ようこそリスベラントへ
(15)因縁と事情
「今日は実戦形式の訓練に入る前に、御前試合の対戦相手と対策について、簡単にご説明します」
「はい、お願いします」
いつも通り来住本家に出向いた藍里達だったが、ジークが基樹に予め話を通していたらしく、訓練前に全員で客間に上がり込んだ。そこでジークが、淡々と報告を始める。
「対戦相手はアンドリュー・ディル・オランデュー殿になりました。そして彼は火炎系の魔術を得意としておりますので、残っている期間藍里殿に、氷水系に加えて雷電系の魔術を、重点的に指導するつもりです」
「ふぅん? イメージ的には分かるわ」
確かに火に対抗するには水だろうと、素直に頷いた藍里に、真顔のままジークが説明を続ける。
「火炎系の魔術の行使はセレナが長じているので、彼女に仮想の相手役を。氷水系はウィルが得意にしていますので、彼に集中的に指導して貰うつもりです」
「なるほどね。了解しました。だけど……、対戦相手の名前って、随分韻を踏んだ様な名前ね?」
どうでも良い口調で相手の名前に言及した藍里に、ルーカスが疲れた様に溜め息を吐いた。
「……他に言う事は無いのか?」
そう言われた藍里は、少し考え込んでから、ある事を思い出した。
「来住家の祖先がライデュー子爵家出身って聞いたけど、それと響きが似ているのね。何か関係が有るとか?」
「意外に鋭いな。それに物覚えも、思ったより悪く無いらしい」
「一々、突っかかる物言いをするわね!?」
淡々とルーカスが述べた内容で怒りの表情になった藍里だったが、ここでセレナが割って入った。
「アイリ様、正解です。リスベラント建国直後から存在するオランデュー伯爵家から、ライデュー子爵家を含む四子爵家が出ています。ですからアンドリュー殿とアイリ様はかなり遠縁にはなりますが、一応、血の繋がりがある事になります」
セレナが一気にそう告げると、忽ち藍里は嫌そうな顔付きになった。
「げ、本当に? ちょっとやりにくくない?」
「どこがだ。その程度の繋がりで親戚と言うなら、リスベラントの国民全てが親戚だぞ。遠慮は無用だ」
どこまでも冷静に評するルーカスに、ウィルも同意しながら話に加わる。
「そうですよ。それに向こうは、なまじそんな繋がりがある分、『極東の未開の島国なんかに流れ着いた挙げ句、そこの女を妻にした不心得者の子孫に同族面されるなんて噴飯物だ』と公言して、アイリ嬢を排除する気満々なんですから」
「ウィル!」
「はぁ、なるほど……。血統の貴さを誇る名門のお方にしてみれば、先祖返りのぽっと出はお呼びじゃないと」
慌ててジークがウィルを窘めたが、藍里は納得して頷いた。それにもっともらしくウィルが応じる。
「そうなんです、困った事に。しかも公爵閣下の正妻のエリノア様が、オランデュー伯爵家現当主の妹でして。対戦相手は、エリノア様の甥に当たるんです」
「え? そうすると、その対戦相手ってあんたの従兄弟じゃないの? 手加減しなくて良いなんて、言っちゃって良いわけ?」
いきなり告げられた新事実に、藍里が慌ててルーカスを振り返りながら尋ねたが、途端に彼は、苦々しい顔付きになって答えた。
「……確かにアンドリューはエレノア様の甥だが、俺にとっては従兄弟じゃない。俺の母親はエレノア様じゃ無いからな」
「はぁ?」
当惑した藍里の顔を見て、ルーカスは溜め息を吐いて事情を説明した。
「本当に、何も聞いていないんだな……。上の姉のアメーリアの母親はエレノア様だが、俺とすぐ上の姉のクラリーサの母親は、ディアルド公爵の公妾の一人だ」
「ちょっと待って。『公妾』って、何?」
全く聞き覚えの無い言葉に藍里は本気で首を捻り、そんな彼女にルーカスが苦笑しながら説明を加えた。
「アルデインでは勿論認められていないが、リスベラントでは少しでも強い魔力保持者を生み出す為に、貴族当主に限り、正妻の他に公式な愛人を三人まで持つ事が許されていて、それが制度化されている」
「それが『公妾』?」
「ああ。正式な式典では、正妻同様に参加の義務もある、公式な立場だ」
そこで、誰もが予想外の声が割り込んだ。
「因みに、現ディアルド公爵の一人目の公妾がルーカス様達のお母上ですが、二人目の公妾は私です」
「おい!?」
「セレナ?」
「いきなり何を言い出す!?」
その告白に男達は揃って狼狽したが、藍里はさすがに驚いたものの、比較的冷静に問いかけた。
「公爵の公妾? セレナさんが?」
「はい」
穏やかに微笑んでいる相手を、藍里が半ば放心して見つめていると、どこか咎める様な口調で、ルーカスがセレナに声をかけた。
「セレナ。一体、どういうつもりだ?」
その問いかけに、彼女はルーカスに向き直りながら答える。
「本国に戻りましたら、どうしてもアイリ様のお耳に入る事になる筈ですし。それなら今のうちに、自分の口からお話ししておこうかと思いまして」
「それは……、確かにそうだろうが……」
「あの……、ちょっと聞いても良いですか?」
「はい、アイリ様、何でしょうか?」
控え目に会話に割り込んだ藍里に、セレナが改めて彼女に視線を合わせると、彼女はすこぶる真顔で問いを発した。
「公爵様の公式の愛人なのに、日本まで出向いて、長期間ボディーガードなんかしていて良いんですか? ある意味、職務怠慢って言われません?」
完全に斜め上の発想のそれに、ルーカスは呆気に取られてから、がっくりと肩を落とした。
「…………他に何か、言う事は無いのか?」
「どうしてよ? あんたのお父さんに怒られないわけ?」
若干腹を立てながら言い返した藍里だったが、それを見たセレナは穏やかに微笑みながら告げた。
「アイリ様、私の立場などをお気遣い頂き、ありがとうございます。ですが今回のこれは、公爵様から直々に指示された仕事ですので、ご心配には及びません」
「そう? それなら良いけど。私のリスベラントに関する知識の無さと、魔術に関する覚えが悪いせいで、セレナさんの帰国が遅れて叱られたら、申し訳ないなと思ったから」
「本当にお気遣いなく」
如何にも安堵した様子の藍里に、セレナは軽く頭を下げてから、真顔で説明を続けた。
「はい、お願いします」
いつも通り来住本家に出向いた藍里達だったが、ジークが基樹に予め話を通していたらしく、訓練前に全員で客間に上がり込んだ。そこでジークが、淡々と報告を始める。
「対戦相手はアンドリュー・ディル・オランデュー殿になりました。そして彼は火炎系の魔術を得意としておりますので、残っている期間藍里殿に、氷水系に加えて雷電系の魔術を、重点的に指導するつもりです」
「ふぅん? イメージ的には分かるわ」
確かに火に対抗するには水だろうと、素直に頷いた藍里に、真顔のままジークが説明を続ける。
「火炎系の魔術の行使はセレナが長じているので、彼女に仮想の相手役を。氷水系はウィルが得意にしていますので、彼に集中的に指導して貰うつもりです」
「なるほどね。了解しました。だけど……、対戦相手の名前って、随分韻を踏んだ様な名前ね?」
どうでも良い口調で相手の名前に言及した藍里に、ルーカスが疲れた様に溜め息を吐いた。
「……他に言う事は無いのか?」
そう言われた藍里は、少し考え込んでから、ある事を思い出した。
「来住家の祖先がライデュー子爵家出身って聞いたけど、それと響きが似ているのね。何か関係が有るとか?」
「意外に鋭いな。それに物覚えも、思ったより悪く無いらしい」
「一々、突っかかる物言いをするわね!?」
淡々とルーカスが述べた内容で怒りの表情になった藍里だったが、ここでセレナが割って入った。
「アイリ様、正解です。リスベラント建国直後から存在するオランデュー伯爵家から、ライデュー子爵家を含む四子爵家が出ています。ですからアンドリュー殿とアイリ様はかなり遠縁にはなりますが、一応、血の繋がりがある事になります」
セレナが一気にそう告げると、忽ち藍里は嫌そうな顔付きになった。
「げ、本当に? ちょっとやりにくくない?」
「どこがだ。その程度の繋がりで親戚と言うなら、リスベラントの国民全てが親戚だぞ。遠慮は無用だ」
どこまでも冷静に評するルーカスに、ウィルも同意しながら話に加わる。
「そうですよ。それに向こうは、なまじそんな繋がりがある分、『極東の未開の島国なんかに流れ着いた挙げ句、そこの女を妻にした不心得者の子孫に同族面されるなんて噴飯物だ』と公言して、アイリ嬢を排除する気満々なんですから」
「ウィル!」
「はぁ、なるほど……。血統の貴さを誇る名門のお方にしてみれば、先祖返りのぽっと出はお呼びじゃないと」
慌ててジークがウィルを窘めたが、藍里は納得して頷いた。それにもっともらしくウィルが応じる。
「そうなんです、困った事に。しかも公爵閣下の正妻のエリノア様が、オランデュー伯爵家現当主の妹でして。対戦相手は、エリノア様の甥に当たるんです」
「え? そうすると、その対戦相手ってあんたの従兄弟じゃないの? 手加減しなくて良いなんて、言っちゃって良いわけ?」
いきなり告げられた新事実に、藍里が慌ててルーカスを振り返りながら尋ねたが、途端に彼は、苦々しい顔付きになって答えた。
「……確かにアンドリューはエレノア様の甥だが、俺にとっては従兄弟じゃない。俺の母親はエレノア様じゃ無いからな」
「はぁ?」
当惑した藍里の顔を見て、ルーカスは溜め息を吐いて事情を説明した。
「本当に、何も聞いていないんだな……。上の姉のアメーリアの母親はエレノア様だが、俺とすぐ上の姉のクラリーサの母親は、ディアルド公爵の公妾の一人だ」
「ちょっと待って。『公妾』って、何?」
全く聞き覚えの無い言葉に藍里は本気で首を捻り、そんな彼女にルーカスが苦笑しながら説明を加えた。
「アルデインでは勿論認められていないが、リスベラントでは少しでも強い魔力保持者を生み出す為に、貴族当主に限り、正妻の他に公式な愛人を三人まで持つ事が許されていて、それが制度化されている」
「それが『公妾』?」
「ああ。正式な式典では、正妻同様に参加の義務もある、公式な立場だ」
そこで、誰もが予想外の声が割り込んだ。
「因みに、現ディアルド公爵の一人目の公妾がルーカス様達のお母上ですが、二人目の公妾は私です」
「おい!?」
「セレナ?」
「いきなり何を言い出す!?」
その告白に男達は揃って狼狽したが、藍里はさすがに驚いたものの、比較的冷静に問いかけた。
「公爵の公妾? セレナさんが?」
「はい」
穏やかに微笑んでいる相手を、藍里が半ば放心して見つめていると、どこか咎める様な口調で、ルーカスがセレナに声をかけた。
「セレナ。一体、どういうつもりだ?」
その問いかけに、彼女はルーカスに向き直りながら答える。
「本国に戻りましたら、どうしてもアイリ様のお耳に入る事になる筈ですし。それなら今のうちに、自分の口からお話ししておこうかと思いまして」
「それは……、確かにそうだろうが……」
「あの……、ちょっと聞いても良いですか?」
「はい、アイリ様、何でしょうか?」
控え目に会話に割り込んだ藍里に、セレナが改めて彼女に視線を合わせると、彼女はすこぶる真顔で問いを発した。
「公爵様の公式の愛人なのに、日本まで出向いて、長期間ボディーガードなんかしていて良いんですか? ある意味、職務怠慢って言われません?」
完全に斜め上の発想のそれに、ルーカスは呆気に取られてから、がっくりと肩を落とした。
「…………他に何か、言う事は無いのか?」
「どうしてよ? あんたのお父さんに怒られないわけ?」
若干腹を立てながら言い返した藍里だったが、それを見たセレナは穏やかに微笑みながら告げた。
「アイリ様、私の立場などをお気遣い頂き、ありがとうございます。ですが今回のこれは、公爵様から直々に指示された仕事ですので、ご心配には及びません」
「そう? それなら良いけど。私のリスベラントに関する知識の無さと、魔術に関する覚えが悪いせいで、セレナさんの帰国が遅れて叱られたら、申し訳ないなと思ったから」
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