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篠原皐月

(12)知られざる暗闘

 上質なインテリアが配置され、落ち着いた重厚な雰囲気を漂わせる室内で、豊かな明るい栗色の髪の美女が一人壁際に佇んでいたが、その優美な立ち姿とは裏腹に、その顔は怒りを露わにしつつ電話の向こうの相手を口汚く罵っていた。
「また失敗したですって!? 小娘一人片づけるのに、どれだけかかっているのよ! そこまで能無しだとは思わなかったわ!! 恥を知りなさい!!」
 彼女にしてみれば、度重なる失敗の報告に対する当然の叱責だったのだが、電話越しに弁解の言葉が帰って来た為、更に怒りをヒートアップさせる。


「言い訳なんか聞きたくないわ! あれから二週間以上経っている上、こちらからどれだけお金を回したと思っているの!? さっさと結果を出しなさい!!」
 苛々としながら相手を怒鳴りつけた彼女だったが、更にぐだぐだと釈明の言葉を聞かされる羽目になり、心底呆れ果てた口調になった。


「ジャパニーズ・マフィアが有能か無能かなんて、そんな極東の事情を私が知る筈ないでしょう? そもそも使えそうな人間を選べば良いだけの事であって、これまでの失敗は全て、あなたの力量の無さが原因よ。それに魔術を使ったら身元が明らかになる可能性があると言っても、そこをばれない様に片付ければ良いだけの話よね? 大体あなた、私の前ではいつもルーカス達の事を『取るに足らないクソガキ』呼ばわりしている癖に、いざとなったら手も足も出ないわけ? お笑いだわ」
 最後は嘲笑めいた口調になった彼女に、流石に腹に据えかねた様な返事が返ってきた。しかし彼女はそれに冷たく言い返す。


「そこまで言うなら、さっさと結果を出しなさい。今後は吉報以外の報告は、寄越さなくて結構よ」
 言うだけ言って相手の返答を待たずに乱暴に受話器を戻した彼女は、盛大に舌打ちしてから、電話が乗っている腰高の飾り棚を拳で叩きつつ、苛立たしげに吐き捨てた。


「全く、どいつもこいつも! そんな事だから卑しい平民上がりの奴らに、重要な地位を奪われ続けるのよ!」
「……随分と口汚く罵っていらっしゃる事」
「誰!?」
 自分以外に人がいる筈の無い室内で、いきなり第三者の声が聞こえてきた事で、アルデイン公国現君主の長女であるアメーリア・ディアルドは、険しい顔のまま背後を振り返った。するといつの間に入室していたのか、ドアの前に立っている異母妹のクラリーサ・ルイ・ディアルドを認めて、表情を更に険悪な物に変える。


「お久しぶりですね、お姉様。直に顔を合わせるのは、二ヵ月ぶり位でしょうか?」
 国立大学の大学院に籍を置きながら、その優秀さが認められて既に公宮施政スタッフの一員としても活動しているクラリーサは、休憩時間の合間に仕事の資料を抱えて公宮内のプライベートスペースに戻って来たのだが、執務棟に戻ろうとした所で常日頃問題の有り過ぎる異母姉の問題行動に遭遇し、正直うんざりしていた。しかし表情は変えずに一応挨拶してみたのだが、相手からは対抗心も露わな冷笑が返って来る。


「クラリーサ……。そんな所でこそこそ立ち聞きしているなんて、相変わらず品が無いわね」
 しかし幼少の頃から、この異母姉とその母親の悪意に晒されてきたクラリーサが、それ位の嫌味で動じる筈も無く、堂々と言い返した。


「確かにこのエリアはディアルド公爵家のプライベートスペースで、一応この部屋はお姉様に与えられている部屋ですが、そもそも公宮内で聞かれては拙い話をしている事自体、不用心だと言われても弁解できないかと。加えて場を弁えない、品の無いどなたかの怒鳴り声が廊下に響いて来た為に、何事かと思って自然と足が止まってしまったんです。とんだところで時間を無駄にしてしまいました。失礼します」
「待ちなさい!! 私に向かって、なんて口をきくのよ!? この無礼者!!」
 申し訳程度に頭を下げて、ファイルの束を抱えたクラリーサがあっさり踵を返すと、アメーリアが憤怒の形相で言い放った。するとクラリーサは足を止めて振り返ったかと思ったら、思い出した様に落ち着き払って告げる。


「……ああ、そうそう。見たところ相当お暇そうですので、あと十分程でベルギー大使が表敬訪問にいらっしゃいますから、彼を正面玄関でお出迎えして頂けませんか? お姉様の唯一の取り柄の上品なお顔が、大使受けしそうですから」
「クラリーサ!!」
 不遜としか言いようがないその態度と物言いに、アメーリアは激昂したが、クラリーサはさっさとドアを開け閉めして再び廊下に出て歩き出した。それをなすすべなく見送ったアメーリアは、盛大に歯軋りする。


「お父様の寵愛を受けているのを傘に着て、何かにつけて人を馬鹿にして! 今に叩き出してやる!!」
 ヒステリックに叫びつつ、電話の横に飾ってあった花瓶に手を伸ばしたアメーリアは、それを掴んでドア目がけて勢い良く投げつけた。一直線に飛んで行ったそれは見事にドアにぶつかって砕け散り、活けてあった花と水と共に、幾つもの破片が床に散乱する。
 背後から微かに聞こえて来た、何かが派手に砕ける音と喚き声に、クラリーサは廊下を歩き続けながら小さく嘆息した。


「母方の勢力を笠に着て、横柄な振る舞いをしているのはそちらでしょう……。本当に、どこまで懲りない人なのかしら。お父様が提示したカイル殿との縁談が、最後の温情だった事にも未だに気が付いていないみたいだから、当然と言えば当然でしょうけど」
 そして廊下の窓から見える空を見上げ、その方角が東だった事を思い出した彼女は、思わず足を止めてひとりごちた。


「……ルーカスは私以上に、苦労しているでしょうね。アイリ嬢と一緒に、無事に帰って来てね?」
 弟に良く似ている整った顔を、一瞬だけ物憂げな表情にしてから、クラリーサは何事も無かった様に公宮の執務棟に戻って行った。



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