ようこそリスベラントへ
(2)謎の指令
指示された通り、八時直前に来住家を訪れたジーク達は、出迎えた万里に促されてリビングへと入った。
「さあ、どうぞ。遠慮しないで入って」
「失礼しま……」
しかし挨拶しながら室内に足を踏み入れた途端、目の前に広がる光景に呆気に取られた三人は、見事に足の動きを止めた。その三人に向かって、ソファーに座っている兄の膝の上に横抱きにされている藍里が、引き攣り気味の顔で僅かに頭を提げつつ謝罪してくる。
「……こんな格好で、失礼します」
「界琉は家ではいつもこうだから、気にしないで頂戴ね?」
平然と微笑みながら万里が息子の隣に座ると、界琉は先程から微妙な表情をしながら自分達の正面に座っていたルーカスに向かって、不気味な微笑みを見せた。
「何か言いたい事がおありなら、遠慮無く仰って構いませんよ? ルーカス殿下」
「……いや、何も言う事はない」
「そうですか」
ここで界琉は、微妙に視線を逸らしながら応じたルーカスから、壁際に下がったジークに視線を移した。
「やあ、ジーク。久し振りだな」
一見、界琉は親しげに話しかけてはいるものの、ジークは僅かに肩を揺らしてから無表情で軽く頭を下げた。
「……そうですね。ご無沙汰しています、カイル殿」
「君や殿下が付いていながら、妹が危ない目に合ったと聞いて、耳を疑ったよ。俺は二人の力量を、そんなに過大評価していたのか、とね」
「…………」
顔は笑っているものの、父親譲りの暗い緑色の瞳が鋭利な輝きを放っている界琉と、僅かに顔を顰めているジークの間に漂う緊張感と雰囲気の悪さに、その理由が分からない藍里は咄嗟に母親に問いかける視線を向けた。しかし万里はそんな娘の視線を受け止めても黙ってにこにこしているのみで、藍里は何とか自力で状況を打破してみようと試みた。
「界琉、やっぱりジークロイドさんと知り合いなのよね。どうして教えてくれなかったわけ?」
「教える必要性を見い出せない」
「…………」
相変わらず自分を抱え込みながら、ばっさり切り捨ててきた界琉に、藍里は早々と質問と説得を諦めた。しかしそれで意識を切り替えたのか、界琉は物騒な気配を綺麗に消し去り、来訪の目的を口にしてくる。
「それでは時間の無駄だし、さっさと話を進めるか。藍里、お前には1ヶ月後に御前試合をして、青位を穫って貰う」
「はい? その『ディル』って何?」
全く意味が分からなかった藍里が、首を傾げつつ問い返したが、一瞬遅れてルーカスが血相を変えて問い質してきた。
「おい! 正気か、カイル!?」
その狼狽ぶりに藍里が思わず目を向けると、ルーカスの背後に佇んでいる三人も揃って顔色を変えていた。そして何事かと再び至近距離の兄の顔を見下ろしたが、界琉は真っ直ぐルーカスを見詰めながら、口調を変えながらも淡々と話を続ける。
「これは公爵閣下の裁可が下りている、決定事項です。あなた達には引き続き藍里の警護をしつつ、試合に備えての訓練の指導をして貰う事になります」
「どう考えても無理だ! たった1ヶ月訓練したところで、戦闘に関してはド素人のこいつが、ディル相手にまともに戦えるわけが無いだろうが!?」
ドンと二人の間に置いてあるローテーブルを拳で叩きながらルーカスが吠えたが、界琉は事も無げに言ってのけた。
「藍里は、魔術の基礎訓練に関しては、一応習得済みです」
「え? それって何の事?」
「は? どうやって? こいつ、自分が魔力持ちだって自覚も無かったんだろう?」
ここに至っても全く話が見えない藍里と、辻褄が合わない事を言われて困惑したルーカスに、界琉は表情を変えないまま説明を続けた。
「藍里。お前、父さんから渡されているドイツ語の睡眠学習用のデータを、毎晩聞いているだろう?」
そう問われた藍里は、思わず不満を口にした。
「勿論続けているけど……。あれ、不良品じゃないの? ドイツ語なんて、未だに全然分からないんだけど?」
「分からなくて当然だ。あれはドイツ語習得の為のデータじゃないからな」
そこでおかしそうに口元を歪めた長兄に、藍里は本気で腹を立てながら詰問する。
「えぇ? じゃあ何の為にお父さんは、この十年近くあれを毎晩私に聞かせてたのよ!?」
「お前がドイツ語を聞くと五分で熟睡する習性を利用して、魔術の呪文の構成文を繰り返し聞かせてたんだ。普通に呪文を習わせても『何だこれは』って不審に思われるからな」
「……はぁ?」
飄々と言われた内容に、思考が停止した藍里は思わず間抜けな声を上げたが、界琉は冷静に話を続けた。
「お前は十歳近くになっても殆ど魔力を感じ取れなかったが、十歳を過ぎてから強力な魔力が顕現したジークの例もあるしな。基本中の基本は無意識下に刷り込んでおこうと、父さんが画策したってわけだ」
「『画策した』って……、そもそも睡眠学習なんかで、魔術が使える様になるわけ!?」
半信半疑の藍里だったが、セレナとウィルは先程ジークから聞いた話を脳裏に思い浮かべ、彼女の両親が聖紋の事を以前から知っていたならば、取る措置としてはおかしくは無いと、黙ったまま目配せを交わした。
そこで困惑しきっている藍里に対し、界琉がおかしそうに説明を加えた。
「さあ、どうぞ。遠慮しないで入って」
「失礼しま……」
しかし挨拶しながら室内に足を踏み入れた途端、目の前に広がる光景に呆気に取られた三人は、見事に足の動きを止めた。その三人に向かって、ソファーに座っている兄の膝の上に横抱きにされている藍里が、引き攣り気味の顔で僅かに頭を提げつつ謝罪してくる。
「……こんな格好で、失礼します」
「界琉は家ではいつもこうだから、気にしないで頂戴ね?」
平然と微笑みながら万里が息子の隣に座ると、界琉は先程から微妙な表情をしながら自分達の正面に座っていたルーカスに向かって、不気味な微笑みを見せた。
「何か言いたい事がおありなら、遠慮無く仰って構いませんよ? ルーカス殿下」
「……いや、何も言う事はない」
「そうですか」
ここで界琉は、微妙に視線を逸らしながら応じたルーカスから、壁際に下がったジークに視線を移した。
「やあ、ジーク。久し振りだな」
一見、界琉は親しげに話しかけてはいるものの、ジークは僅かに肩を揺らしてから無表情で軽く頭を下げた。
「……そうですね。ご無沙汰しています、カイル殿」
「君や殿下が付いていながら、妹が危ない目に合ったと聞いて、耳を疑ったよ。俺は二人の力量を、そんなに過大評価していたのか、とね」
「…………」
顔は笑っているものの、父親譲りの暗い緑色の瞳が鋭利な輝きを放っている界琉と、僅かに顔を顰めているジークの間に漂う緊張感と雰囲気の悪さに、その理由が分からない藍里は咄嗟に母親に問いかける視線を向けた。しかし万里はそんな娘の視線を受け止めても黙ってにこにこしているのみで、藍里は何とか自力で状況を打破してみようと試みた。
「界琉、やっぱりジークロイドさんと知り合いなのよね。どうして教えてくれなかったわけ?」
「教える必要性を見い出せない」
「…………」
相変わらず自分を抱え込みながら、ばっさり切り捨ててきた界琉に、藍里は早々と質問と説得を諦めた。しかしそれで意識を切り替えたのか、界琉は物騒な気配を綺麗に消し去り、来訪の目的を口にしてくる。
「それでは時間の無駄だし、さっさと話を進めるか。藍里、お前には1ヶ月後に御前試合をして、青位を穫って貰う」
「はい? その『ディル』って何?」
全く意味が分からなかった藍里が、首を傾げつつ問い返したが、一瞬遅れてルーカスが血相を変えて問い質してきた。
「おい! 正気か、カイル!?」
その狼狽ぶりに藍里が思わず目を向けると、ルーカスの背後に佇んでいる三人も揃って顔色を変えていた。そして何事かと再び至近距離の兄の顔を見下ろしたが、界琉は真っ直ぐルーカスを見詰めながら、口調を変えながらも淡々と話を続ける。
「これは公爵閣下の裁可が下りている、決定事項です。あなた達には引き続き藍里の警護をしつつ、試合に備えての訓練の指導をして貰う事になります」
「どう考えても無理だ! たった1ヶ月訓練したところで、戦闘に関してはド素人のこいつが、ディル相手にまともに戦えるわけが無いだろうが!?」
ドンと二人の間に置いてあるローテーブルを拳で叩きながらルーカスが吠えたが、界琉は事も無げに言ってのけた。
「藍里は、魔術の基礎訓練に関しては、一応習得済みです」
「え? それって何の事?」
「は? どうやって? こいつ、自分が魔力持ちだって自覚も無かったんだろう?」
ここに至っても全く話が見えない藍里と、辻褄が合わない事を言われて困惑したルーカスに、界琉は表情を変えないまま説明を続けた。
「藍里。お前、父さんから渡されているドイツ語の睡眠学習用のデータを、毎晩聞いているだろう?」
そう問われた藍里は、思わず不満を口にした。
「勿論続けているけど……。あれ、不良品じゃないの? ドイツ語なんて、未だに全然分からないんだけど?」
「分からなくて当然だ。あれはドイツ語習得の為のデータじゃないからな」
そこでおかしそうに口元を歪めた長兄に、藍里は本気で腹を立てながら詰問する。
「えぇ? じゃあ何の為にお父さんは、この十年近くあれを毎晩私に聞かせてたのよ!?」
「お前がドイツ語を聞くと五分で熟睡する習性を利用して、魔術の呪文の構成文を繰り返し聞かせてたんだ。普通に呪文を習わせても『何だこれは』って不審に思われるからな」
「……はぁ?」
飄々と言われた内容に、思考が停止した藍里は思わず間抜けな声を上げたが、界琉は冷静に話を続けた。
「お前は十歳近くになっても殆ど魔力を感じ取れなかったが、十歳を過ぎてから強力な魔力が顕現したジークの例もあるしな。基本中の基本は無意識下に刷り込んでおこうと、父さんが画策したってわけだ」
「『画策した』って……、そもそも睡眠学習なんかで、魔術が使える様になるわけ!?」
半信半疑の藍里だったが、セレナとウィルは先程ジークから聞いた話を脳裏に思い浮かべ、彼女の両親が聖紋の事を以前から知っていたならば、取る措置としてはおかしくは無いと、黙ったまま目配せを交わした。
そこで困惑しきっている藍里に対し、界琉がおかしそうに説明を加えた。
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