半世紀の契約

篠原皐月

第18話 雑音

 師走も半ばを過ぎて、色々と気忙しい時期。夕飯の支度をしている最中に鳴り響いた電話を、何気なく台所の子機で取って応対した美子は、電話越しに伝えられた内容に思わず固まった。


「はい、藤宮です。……え?」
 しかし一通り聞き終えた後、冷静に言葉を返す。
「……分かりました。ご連絡ありがとうございます。早速家族に伝えますので、宜しくお願いします」
 そうして受話器を戻した美子は、すぐに父親の携帯に電話をかけた。会議中なら最悪秘書に言伝を頼まないといけないかと懸念した美子だったが、その日は幸い昌典がすぐに応答してくる。


「お父さん。今、話をしても大丈夫かしら?」
「ああ、どうした?」
「病院から連絡が来たの。すぐに来て欲しいそうよ」
 それだけで意味を悟った昌典は、少しの間無言だったが、冷静に言葉を返してきた。


「……そうか。幸い、今日はこれからは会議も接待もないから、直接向かう」
「分かったわ。私は家で準備をしているから。あちこちに連絡する必要もあるし」
「そうだな、頼む」
 若干電話越しに躊躇う気配を見せたものの、昌典は美子の申し出に了承の返事を返して通話を終わらせた。そして台所を出て居間に向かうと、既に帰宅して一緒に前日録画していた番組を見ていた妹二人に声をかける。


「美野、美幸。今からすぐ病院に行ける?」
 その唐突な問いかけに、二人はテレビの画面から美子に視線を移し、不思議そうに彼女を見上げた。
「病院?」
「どこの?」
「お母さんが危篤なの」
「え?」
「は?」
 あまりにもさらりと言われた内容に、二人の頭が付いて行かずに戸惑った声を上げると、美子が重ねて声をかける。


「行くのなら、今からタクシーを呼ぶから。どうする?」
 その声に漸く我に返った二人は、血相を変えてソファーから立ち上がった。
「勿論行くけど! 何で急に!?」
「確かに、最近具合が悪いって言ってたけど!」
 二人にしてみれば当然の訴えに、美子は気まずい思いをしながら本当のところを告げた。


「本当はかなり病状は悪かったのよ。そろそろあなた達にも、説明しようと思ってたんだけど……」
 視線を逸らしながらの説明に、二人の怒声が重なった。
「何? あたし達には黙ってたわけ!? 美子姉さん、酷い!!」
「そんな話は後! 美子姉さん、タクシーをお願い。美幸、支度するわよ!」
「……分かった」
 涙目で黙り込んだ美幸を連れて部屋に行こうとした美野は、思い出した様に振り返って美子に確認を入れた。


「美子姉さんも行くんでしょう?」
「ここに残ってるわ」
「何で!?」
 途端に非難がましい叫びを上げた美幸に、美子は淡々と答える。


「ここで色々、する事があるのよ」
「美子姉さん……」
「もういい! 美子姉さんなんてほっといて行こ!」
 おろおろとする美野を連れて美幸は居間を出て行き、程なく到着したタクシーに二人を乗せて見送った美子は、予め深美と相談して決めていた内容に従って、各方面に連絡を入れて早速必要な手配を始めた。


「美恵と美実に連絡したし、叔母さん達に、大叔父さんと大叔母さん達と、お寺と葬儀社と新聞社……。会社はお父さんから話してくれている筈だし……、大丈夫。リストもあるし、お祖父さんとお祖母さんの葬儀の時、お母さんに付いて見ていたから、全体の流れは覚えているし……」
 ぶつぶつと色々な事を書きつけてあるノートを捲りながら独り言を漏らしていた美子だったが、ここでリストに載っていなかった人物の事を、唐突に思い出した。


「……一応、メールだけはしておきましょうか」
 そう呟いた美子は自分の携帯を引き寄せて、無味乾燥な文面を打ち込んで秀明に送信した。それから少しの間、何となく返信があるかと待っていた美子だったが、十五分経っても彼からは何の返信も無く、そうこうしているうちに連絡を受けた葬儀社の者が来訪した為に、その事をすっかり忘れ去ってしまった。
 それから一時間を過ぎると、藤宮家では複数の人間が慌ただしく行き交っていた。


「テントの位置は、ここで良いな?」
「テーブルと椅子も出しておけ!」
「藤宮さん、ここからここまでの襖を外します」
「はい、奥の部屋に運んで纏めて下さい。代わりに出しておいた座布団をこちらに」
「藤宮さん、祭壇の位置はどうされますか?」
「壁にギリギリ付けなくても良いです。もう少しこちらに。その方が出入りし易いと思いますから」
「分かりました。それで遺影は、お預かりしていたこちらで宜しいですね?」
「はい、それでお願いします」
 黒のワンピース姿で家の中を行き来しながら、連絡を受けてやって来た葬儀社の担当者と作業員に細かい指示を出す合間に、色々な打ち合わせをこなしていた美子は、頭の中でこれからしなければならない事を確認しながら、何気なく窓の外に目を向けた。


(ええと……、布団と祭壇の準備、明日の通夜ぶるまいと明後日の精進落としのお料理の手配は、料亭の方に連絡を入れたし……、え!?)
「ちょっと失礼します」
 視線の先に、この場に居る筈も無い人間の姿を認めた美子は、対応している相手に短く断りを入れて立ち上がり、部屋を横切って縁側の窓を引き開けた。


「どうしてそんな所にいるの?」
 本気で当惑した顔を向けてきた美子に、秀明は軽く肩を竦めて事も無げに言い返す。
「メールを貰ったから様子を見に来たんだが、インターフォンのボタンを押しても、玄関で声をかけても、業者らしい人間が忙しそうに出入りしてるだけだから、庭に回ってみた」
「それは悪かったわ。気付かなくてごめんなさい。そろそろ仮通夜に親族が来てもおかしくない時間帯だから、他にも誰か残って貰うべきだったわ。もう少ししたら玄関脇の受付に人を配置して貰うから、大丈夫だとは思うけど」
 如何にも失敗したという顔付きで自問自答っぽく呟いた美子を見て、秀明は軽く眉根を寄せながら尋ねた。


「残っているのは一人だけなのか? というか、誰かに家を任せて、病院には行かないのか?」
「父達が迎えに行っているし、誰かここで迎える準備をしておかないと駄目でしょう?」
 当然の如く言い返した彼女に、秀明は軽く溜め息を吐いてから、手に提げていた小さなビニール袋の中身を軽くかざして見せる。
「多分そうだろうと思って、これを持って来た」
「何?」
 思わず受け取って中身を覗き込んだ美子は、軽く首を傾げた。


(これって所謂栄養ドリンクと、市販の睡眠導入剤?)
 ドラックストアの店名が入ったビニール袋の中に入れてある、四つの箱の品名を美子が確認していると、秀明が事務的な口調で尋ねてくる。
「因みに通夜と告別式の、場所と日程はもう決まったのか?」
 その声に、美子は慌てて顔を上げた。


「ええ。葬儀社の担当者と相談して、菩提寺のご住職の都合も良いし、今日は仮通夜で明日の七時から通夜、明後日の十時から葬儀と告別式にしたわ。全部家で執り行う予定よ」
 それに秀明は軽く頷き、人が行き交っている襖を取り払った広い和室を見回しながら、しみじみとした口調で述べた。


「日程的には、それが妥当な線だろうな。しかし今時、自宅で通夜も葬儀もする家は珍しいし、大変だな」
「これまで祖父母もそうやって見送ってきたし、あまり違和感は無いわ。確かに色々と煩わしい事はあるけど、最期はできるだけきちんと送ってあげたいもの」
「そうか」
 静かに微笑んだ美子を見て、秀明は余計な事は言わずに頷いてから片手を伸ばした。


「それをちょっと貸せ」
「何をする気?」
 一度渡された物をもう一度寄こせとは何をする気かと美子が訝しんでいると、再びビニール袋を受け取った秀明は、ポケットから細字のマジックを取り出したと思ったら、左手の手首に提げた袋の中から箱を一つずつ取り出しては、日付を書き込んで元通り袋に入れるという作業を続けた。そして全ての箱に書き終えてからマジックをしまって、再び美子に袋を差し出す。


「どうせ眠れないだろう。今日の夜に一本、明日の夜に一本、明後日の朝に一本、そして明後日の夜、寝る前に二錠だ。間違っても睡眠導入剤は、他の物と一緒に飲むなよ?」
 真顔でそんな事を言い聞かされた美子は、ちょっと驚きながらビニール袋を受け取りつつ問い返した。


「これを差し入れる為に、わざわざ来てくれたわけ?」
「ついでだ。ひょっとしたら、深美さんの顔を見られるかもと思ったんだが」
 若干素っ気なく言われて、美子は僅かに腹を立てた。
「せっかく教えてあげたんだから、直接病院に行けば良いのに」
「家族の中に割り込むのは、さすがに気が引ける。それに多分君は残っていると思ったから、そんな人間を差し置いて、赤の他人の俺が顔を見に行くのはどうかと思った」
「…………」
 淡々とそんな事を言われて、美子はすぐに怒りを静めた。そして何と言って返せばよいか咄嗟に分からずに黙り込んでいると、秀明が再び口を開く。


「平日なので仕事があるから告別式は無理だが、通夜には顔を出すつもりだ」
 皮肉も嫌味も含んでいない、常には無い穏やかな口調に、美子は思わず穏やかな口調で応じる。


「ありがとう。お母さんも喜ぶわ。だって全くの赤の他人だなんて、思っていなかった筈だし」
「……そうか」
 秀明も表情を緩めて言葉少なに応じた所で、美子の背後から恐縮気味に、年配の黒スーツ姿の男性が声をかけてきた。


「藤宮さん、すみません。通夜と会葬の返礼品の数量について確認したいのですが」
「あ……、はい」
「邪魔になるから、用事は済んだし帰らせて貰う」
 慌てて振り返った美子を見た秀明は、短く告げて踵を返した。しかしその背中に、若干焦った様に美子が声をかける。


「あの!」
「何だ?」
 足を止めて振り返った秀明だったが、美子自身何故声をかけてしまったのか分からずに狼狽した挙句、変わり映えしない言葉をかけた。


「その……、どうもありがとう」
「……別に、改まって礼を言う程の事じゃない」
 そう言ったものの、何やら居心地が悪い様に視線を彷徨わせている彼女を見て、秀明は不思議そうに言葉を返してから再び歩き出した。
 そんな短いやり取りの間に門から玄関までの間に受付用のテントが張られ、テーブルや椅子が設置されているのを横目で見ながら、秀明は藤宮邸を後にした。そして塀に沿って歩きながら、以前に深美から言われていた内容を思い出して呟く。


「『会社は昌典さんに、家は美子に任せておけば大丈夫』か……」
 そこで足を止めた秀明は、何とも言えない表情で振り返り、門の方を見やる。
「確かにそうだろうが……」
 そう呟いて溜め息を吐いてから、秀明は再び最寄駅に向かって歩き始めた。




 翌日、終業時刻と共に社屋ビルの一室で、持参していた喪服と黒いネクタイに着替えた秀明は、着ていた服とブリーフケースを持ってビルの外に出た。それから五分と経たずに目の前にセダンがやって来て、静かに停車して彼を拾う。
 運転していたのは早めに仕事を切り上げて自宅で喪服に着替えて来た淳で、互いに余計な事は言わずに一路藤宮邸へと向かった。


「さてと、着いたぞ。ここから少し歩くからな」
 藤宮邸に程近いコインパーキングに愛車を入れた淳は、助手席の秀明に声をかけた。それに秀明が素直に頷く。
「構わない。どうせ近くには停められないだろうしな。お前が車を出してくれて助かった」
「どうせ仕事帰りに寄ると思ったからな。服と鞄も置いていけ」
「そうさせて貰う」
 そして男二人で並んで歩き出しながら、淳がしみじみとした口調で言い出した。


「しかし……、確かに病状が悪化していると美実から聞いてはいたが、急な事で驚いた。昨夜電話で大泣きして知らせてきて、宥めるのに暫くかかったぞ。お前も美子さんから電話を貰った口か?」
「いや、夕方にメールがあったから、帰りがけに家に様子を見に行った。彼女だけ残ってたな。他は全員、病院に向かったそうだ」
 予想外の事を聞いた淳は、何気なく尋ねてみる。


「気落ちしてたか?」
「業者にバリバリ指示を出してた」
 それを聞いて何とも言い難い顔付きになった淳だったが、ぼそりと感想を述べた。


「……その方が、却って良いかもな」
「そうだな」
 それからは二人は無言で歩き、無事に通夜が始まる前に藤宮邸に到着し、受付を済ませて上がり込んだ。


 如何にも旧家らしく、繋がっている幾つかの和室の襖を取り払ってできた長方形の広々とした空間の向こうに、どうやら昨夜のうちに納棺を済ませたらしい白木の棺と祭壇が設置されていた。一般客である二人は神妙に手前の席に腰を落ち着け、ゆっくりと前方に左右に分かれて座っている、故人の近親者や関係者が座っている場所に目を向ける。
 本来親族が座る右側の最前列には、正式な喪服である黒紋付きの羽織袴姿の昌典と、その横に黒の五つ紋付きに身を包んだ美子が座っており、二人とも無言でその周囲を眺めているうちに僧侶がやって来て正面の席に着席し、読経が始まった。
 しかし最初のうちは神妙に俯いていた淳が、いつの間にか自分の方に顔を向けて、その向こうの何かに真剣な視線を送っているのに気が付いて、小声で尋ねる。


「淳。どうした?」
「うん? ああ、ちょっと……」
 窘められても、言葉を濁しながら何かに視線を向けている友人に、秀明は不審の目を向けてから、さり気なく淳が見ていたであろう方向に視線を向けて見た。


(何だ? 親族席の方に、何かあるのか?)
 常には見られない、友人の落ち着きのないふるまいが気にはなったものの、さすがに秀明もしめやかな場で追及するわけにもいかず、そのまま大人しく読経に聞き入っているふりをした。


 それから少しして読経が続く中焼香が始まり、親族や関係者の焼香が済んでから、参列者の焼香が始まった。秀明達も順番を待ちながらそれとなく遺族の様子を眺めていたが、制服姿で開始当初から泣き続けていた美野と美幸程ではないにしろ、美恵と美実も泣き腫らしたと分かる顔で目も赤くなっていた。しかし喪主である昌典はさすがの風格で微塵も動揺を見せておらず、美子も冷静に会葬者に挨拶して受け答えしていた。


「藤宮さん、この度はお悔やみ申し上げます」
「この度は、誠に突然のことで……」
 焼香を済ませてから二人で喪主の前に正座して頭を下げると、昌典が穏やかな声で言葉を返した。


「やあ、江原君小早川君、揃って来てくれるとは。深美も喜んでいるだろう」
「お忙しい中、足をお運び頂きまして、ありがとうございます」
 父親の横できちんと喪服を着こなした美子が、両手を付いて礼儀正しく頭を下げるのを気遣わしげに眺めてから、二人は余計な事は言わずにすぐその場を離れた。
 そして藤宮邸を出て歩き出し、駐車場の近くまでやって来て周囲に人目が無いのを確認してから、秀明が淳の肩を掴んで足を止める。


「ところで、淳。お前読経の間、何がそんなに気になっていたんだ?」
 どうにも誤魔化しが利かない雰囲気の中、淳は冷や汗を流しながら話し出した。
「それが……、右側の末席の方に座ってたから、藤宮家の遠縁だと思うんだが、夫婦らしい中年の男女が話してたんだ」
「口の動きを読んでたのか。それで?」


 悪友の知られざる特技の一つを思い出した秀明は、納得して話の続きを促したが、途端に淳が言い渋った。
「……怒らないか?」
 その台詞に、秀明は半眼になりながら催促する。


「さっさと言え」
「人の頭越しだったし、全ての会話を確実に確認できたわけじゃ無いんだが……」
「淳」
 弁解がましく言い出した淳だったが、最後通牒の如く低い声で名前を呼ばれて、抵抗するのを完全に諦めた。


「主に喋っていたのは女の方だったんだが……、『娘ばかり五人も産んで息子は一人もいないなんて、何て役立たずだ』とか『婿養子の分際で大きな顔をして』とか『再婚とかでこの家に変な女を連れ込まれたらどうするの』とか『涙一つ見せないなんて、母親同様、なんて可愛げのない』とか……」
「…………」
 秀明から微妙に視線を逸らしつつ、ぼそぼそと告げてからも相手が黙っている為、淳は思わず彼に顔を向け、次の瞬間それを激しく後悔した。


「あ、あのな? その……、本当にその通り言っていたかどうかは、確証は持てないんだが……」
 感情らしき物を一切感じさせない秀明の表情に、淳は盛大に顔を引き攣らせながら弁解がましく口にしたが、秀明は容赦なく追い詰めてくる。


「勿論それだけではなくて、他にも色々言ってたんだろうな?」
「ああ……、まあ、な。……一応、藤宮さんの耳に入れておいた方が良いか?」
 恐る恐るお伺いを立ててみた淳だったが、その提案を秀明は腹立たしげに一蹴した。


「放っておけ。そんな下らん事を教えて、社長に不愉快な思いをさせるな。大体そんな輩は、泣いていたら泣いていたで『あんなに泣いてみっともない』とかほざく阿呆だ。まともに相手をするのは、時間と労力の無駄だ」
「確かにそうだな」
 そこで秀明が再び歩き出した為、淳も(意外にこいつが冷静で助かった)と胸を撫で下ろしながら並んで歩き出したが、すぐに秀明が確認を入れてきた。


「その女、座っていた位置や特徴は覚えているな?」
「ああ。それが?」
 何気なく問い返した淳だったが、それに冷え切った声が返ってくる。


「美実ちゃんに聞いて、それが誰なのかきちんと特定しておけ。家族全員の名前と住所と電話番号と勤務先は必須だ」
「……了解」
 無表情で告げられた事で、却って親友の怒りが最上級であると分かってしまった淳は、(これは本気で怒ってるな……。もう俺は知らん)と、自らがの発言がきっかけだったにもかからわず、事態の収拾を完全に諦めた。


 その後の藤宮邸では無事に通夜ぶるまいも終了し、深美とごく親しい者達だけが残って、祭壇の前で語り合っていた。そんな中頃合いを見て居間に籠っていた美子に、ドアを開けて美恵が報告してくる。


「奥の和室に布団を敷いて、叔母さん達に休んでもらう様に声をかけたわ。仮眠程度になるでしょうけど。交代でお風呂に入って貰う様にも言ったし」
「ありがとう、助かったわ」
「それから、美野と美幸の事は、美実に頼んであるから」
「そうね……、暫く付いてて貰って」
 そこで物憂げに溜め息を吐いた姉の手元を見て、美恵が眉を顰めながら尋ねる。


「それで、姉さんは何をやってるの?」
「請求書と領収書と弔電と香典の整理。これが済んだら明日の朝ご飯の準備をしてから、叔母さん達にお茶でも持って行くわ」
 かなりの分量で積み重なっているそれらを見やった美恵は、溜め息を吐いて姉に申し出ながら台所に移動する。


「炊飯器のセットとお茶出し位、私がやっておくから」
「あ、今日は泊まっている人が何人もいるから」
「その分はちゃんと多く炊くわよ!」
 慌てて呼びかけた美子に、美恵は気分を害した様に言い返して立ち去り、美子は再度溜め息を吐いた。そこで何気なく壁に目を向けた彼女は、昨日受け取ってそのままリビングボードにおいてあったビニール袋に気が付き、立ち上がってそれを取りに行く。


「今日も、忘れないうちに飲んでおこう。確かにあまり眠くならなかったものね」
 そうして箱を一つ取り出し、中の瓶の中身を勢い良く飲んでから、美子は残った一つを見下ろしながら呟く。


「後は明日の朝か。結構役に立っているかも」
 そう言って一瞬秀明の事を思い出しながら苦笑いした美子は、すぐに意識を切り替えて明朝からの段取りと準備を整える事に集中した。





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