裏腹なリアリスト

篠原皐月

第27話 大苦戦

「これって……」
 藤宮家の固定電話に送信されてきたFAXの文面を見て、美子は最初当惑し、すぐに不敵に微笑んだ。


「そう言えば、今日は土曜日だったわね。美実が帰って来るまでに、準備しておきましょうか」
 そう呟いて満足げに笑った美子は早速行動に移り、その成果は夕食後に、家族に披露される事となった。


「美実、小早川さんから夕方にFAXが届いたから、内容を半紙に書いておいたの。目を通してくれるかしら?」
「え? 書いたって……、例の子供の名前を?」
「ええ。これよ」
 食後に居間に移動した全員にお茶を配ってから、美子がどこからともなく出してきた、墨痕鮮やかに名前が書かれた二枚の半紙を目にして、当事者の美実は勿論、昌典まで不穏な物を感じて顔を引き攣らせた。


「美子。どうしてわざわざ半紙に書いたんだ?」
「なんとなくその方が、命名の感じが出るかと思って」
「そうか?」
 父親からの疑わしげな視線を無視し、美子は美実に感想を尋ねた。


「どう? 美実。気に入った?」
 しかしそれをチラリと見た美実は、にべもなく却下する。
「嫌。駄目だって返事してくれる?」
「分かったわ」
 それを聞いた美子は半紙を持ったままさっさと居間を出て行き、あまりの即決ぶりに美野が姉に詰め寄った。


「美実姉さん、あんなにあっさり否定しなくても良いんじゃない?」
「だってあんな名前、嫌だもの」
「そうは言っても小早川さんが、一生懸命考えてくれた筈なのに」
「考えても、あの事をすっかり忘れているみたいだしね……」
 そこでボソッと美実が呟いた内容を聞き損ねた美野が、不思議そうに尋ねた。


「え? 今、何て言ったの?」
「……何でも無いわ」
「そう? だけどせめて、もう少し考えてあげても」
「五月蠅いわね! 嫌な物は嫌なのよ! 私の勝手でしょう? 部外者は口を挟まないで!」
「美実姉さん! ちょっと待って!」
 微妙に非難する響きを含んだ美野の物言いに、美実は怒りを露わにして勢い良く立ち上がった。そしてそのまま足音荒く出て行く姉を美野が引き止めようとしたが、この間黙って様子を窺っていた昌典が、彼女を宥める。


「美野、止めろ」
「でも、お父さん!」
「美実が気に入る名前を考えるのが大前提だ。美実が変に妥協する必要は無いだろう。そんな事をしたら、却ってしこりを残す」
「そうかもしれないけど……」
 もどかしげな表情になった美野だったが、父親の主張を全面的に認めて口を閉ざした。それから無言で茶を飲み干した昌典は、居間を出て美子達の部屋へと向かった。


「美子、こっちに居るのか? ちょっと話があるんだが」
「お父さん? ええ、構わないから入って」
 ドアをノックしながら室内に呼びかけると、美子が気安く返事をしてきた為、昌典は遠慮無く室内に入った。


「美子。さっきの美実の子供の名前…………、何をしているんだ?」
 美子に歩み寄りながらの質問の途中で、彼が微妙に口調を変化させた。それは美子が机で下敷きの上に半紙を乗せ、その傍らで専用の筆に朱墨液を含ませていたところだったからである。


「小早川さんに採用の可否を知らせないといけないから、添削しているところよ」
 涼しい顔で事も無げにそんな事を言った美子は、その直後、全く躊躇わずに名前の上に大きく朱色の×印を記した。昌典が唖然として声が出ない中、美子は書き終えた半紙を横の新聞紙の上に置き、二枚目の半紙を下敷きに乗せて同様に繰り返す。
 そして無事に作業を終えた美子は、清々しい表情で父親を振り返った。


「お父さん、そう言えば話って何?」
「あ、ああ……。ちょっと胃がもたれている感じがするから、明日の朝食は軽めにして欲しいんだが……」
「あら、大丈夫? 分かったわ。そのつもりで準備しておくから」
「すまん。宜しく頼む。ところで、その半紙はどうするんだ?」
 予測は付いていたが一応昌典が尋ねてみると、美子は当然の如く答えた。


「乾いたら封筒に入れて、明日の朝に速達で小早川さんに送るわ」
「……そうか。じゃあおやすみ」
「おやすみなさい」
 そして笑顔の娘に見送られて廊下に出た昌典は、先程目にした物を送りつけられた時の淳の心境を思って、人知れず深い溜め息を吐いた。そこで部屋に荷物を置きにやって来た、秀明と出くわす。


「お義父さん、戻りました。顔色が優れませんが、どうかしましたか?」
「ああ、秀明か……。お前には色々と、苦労をかけているな」
「はぁ?」
 帰宅するなり、何故か舅から気づかわし気な視線を向けられてしまった秀明は、本気で困惑した表情になった。


 ※※※


 十二月も下旬に入ってから、美実は和真から連絡を貰って、午後の時間帯にとある喫茶店で待ち合わせたが、テーブルを挟んで座るなり、和真は彼女に頭を下げた。


「すみません、日中にお呼び立てしてしまって。せっかくのクリスマスイブですから、夜に一緒にお食事でもと思ったんですが、仕事でどうしても体が空かなくて」
 申し訳なさそうにそんな事を言い出した相手に、美実は笑って手を振った。


「そんな事、気にしないで下さい。元々クリスマスイブの日は、毎年家でパーティーをする事になっているので、夜は出られないんです」
「そうなんですか?」
「はい。美子姉さんが用事を入れるなと厳命しているので、美恵姉さんが毎年『デートに誘われてるのに』と大喧嘩していました」 
 苦笑いした美実の台詞を聞いて、和真は僅かに首を傾げてから確認を入れる。


「今の口振りだと、喧嘩しても結局、下のお姉さんはデートとかには行っていないのかな?」
「あ、分かりました?」
「ええ、なんとなく」
 意外そうに眼を見張った美実に、今度は和真が苦笑しながら告げる。


「藤宮家では姉妹全員、美子さんの言う事には逆らわないみたいですね」
「はい。なんかもう、刷り込みっぽいです」
「本当に仲が良いな」
 そう言ってくすくすと笑ってから、和真は思い出した様に言い出した。


「そうそう、忘れる所だった。美実さん、これを持って行って貰えますか?」
「何でしょう?」
「ちょっとした、クリスマスプレゼントです」
「え? でも……」
 和真が隣の椅子に置いておいた紙袋から、包装された包みを取り出し、テーブルの上に置いた。結構大きなそれに、さすがに美実が戸惑っていると、和真が尚も言ってくる。


「ほんの気持ちですから。開けて中を確認して貰えますか?」
「はい。それでは失礼します」
 突っ返すのも失礼かと、美実が慎重に包装紙を剥がしてみると、中から見知っているブランドのロゴが浮き出ている箱が現れた。それに内心で怖気づきながらも、被せてある蓋を上げて中を確認してみる。
 二つに仕切られている箱の中には、同じデザインらしいキャメルを基調にし明るい格子柄の生地があり、美実はそれを持ち上げて確認してみた。


「これは……、ストールと膝掛け、ですよね? 凄い、肌触りが滑らかだし軽いけど、生地自体はしっかり織られていて暖かそう……。って! カシミヤ百%!?」
 そこでサイズや材質を確認した美実は、それらの販売価格を想像して一気に青ざめた。


「あ、あのっ! 小野塚さん!」
「どうかしましたか? 気に入らないのなら交換を」
「そうじゃなくて! このブランドのこのランクだと、この二枚の組み合わせの合計は、下手したら十万近いんじゃないんですか!?」
「安心して下さい。十万はしていませんよ?」
「『十万は』って、じゃあ幾らしたんですか!?」
 取り出した物を手にしたまま、狼狽著しい美実だったが、そんな彼女を見ながら和真は悪戯っぽく笑った。


「美実さん。プレゼントの購入金額を尋ねるなんて、野暮ですよ?」
「え? あ、はい、確かにそうですね。……そうじゃ無くてですね!?」
「これから一層寒い時期になりますし、妊婦に身体の冷えは大敵ですよ? 家の中でも廊下は結構寒いですし、夜に机に向かって仕事をする事だってあるでしょうから、手軽に羽織れる物をと思ったもので」
「それは確かに、そうですが……」
「ですから、後生大事にしまい込んだりしないで、汚れてよれよれになるまで使って下さい。そうすれば、購入した金額分の価値が出ると言うものです。他にこういう物をあげる人はいませんし、できれば使っていただけたら嬉しいです」
 そう言って妙に押しが強い笑顔を振りまいた和真に、美実はそれ以上反論できず、素直に受け取る事にした。


「お気遣い、ありがとうございます。ありがたくいただきます」
「はい」
「その……、すみません。私、小野塚さんに何も準備してませんでしたし……」
 自分だけクリスマスプレゼントを貰うという居心地の悪さに、美実は本当に申し訳なく思ったが、その様子を見た和真は、少し困った表情になった。


「気にしないで下さい。こちらが好きでやっている事ですから。実はこれは、ちょっとしたお詫びを兼ねているんです」
「お詫びですか?」
 別に謝られるような事はされていないけどと、美実が不思議に思っていると、和真が真顔で言い出す。


「少し前にお姉さん夫婦が、私の事でなにやら揉めたとか。人づてに耳にしまして」
 それを耳にした途端、美実は慌てて弁解した。


「いえいえ、それは確かに小野塚さんに多少関係があったかもしれませんが、本質的には姉夫婦の夫婦喧嘩がこじれただけでしたから! 小野塚さんがそんなに気に病む事ではありませんので」
「それなら良かったです」
 そう言って微笑んだ和真に、美実は胸を撫で下ろしたが、少し前の電話のやり取りを思い出して問いを発した。


「それって……、やっぱり加積さんから、小野塚さんに伝わったんですか?」
「ええ。あそこの当主の加積康二郎氏と私は、遠縁に当たるんです。実家が九州の上、殆ど絶縁しているので、都内の加積家に時々顔を出しているんですよ。その折りに、少々お話を」
「そうでしたか……」
「どうかしましたか?」
 そこで何やら考え込んでしまった美実を見て、和真は不思議そうに尋ねた。それに美実が、考えながら応じる。


「いえ、美樹ちゃんに頼まれて、桜さんと電話で話をした事がありますが、どんな方なのかなと思いまして。美子姉さんの友達みたいですが、声の感じだと年齢が随分離れている感じがしますし。どこでどんな風に知り合ったのかも、想像しにくくて」
「なるほど。それなら今度、会いに行ってみますか?」
「え?」
 唐突に言われた内容に、美実は目を丸くしたが、和真は笑いながら話を続けた。


「そろそろあの家に、また顔を出そうかと思っていましたし、美実さんの話を聞いて、おじさん達も直に会ってみたいと興味津々でしたから」
「小野塚さん、一体どんな話をしたんですか?」
「変な話はしていませんよ? 本当です。それで、どうしますか?」
 穏やかに尋ねられ、以前から加積夫妻に少し興味があった美実は、素直に頷いた。


「そうですね。機会があったら直接お礼を言いたいと思っていましたし、先方の都合が良い時に連れて行って貰えますか?」
「ええ、構いませんよ? あの家は若い人はそうそう訪れないので、美実さんならおじさん達は大歓迎してくれますから」
「それなら良かったです」
 それから美実は、綺麗にショールとひざ掛けを畳んで箱に入れ、幾つかの話をしてから和真と別れた。そして背を向けた途端、和真が実に人の悪い笑みを浮かべていた事など、美実は全く気が付いていなかった。


「あず~!」
「うぁ~!」
 久しぶりに玄関先で顔を合わせるなり、喜んで声を上げた娘と姪に苦笑しながら、美子はやって来た妹に声をかけた。


「いらっしゃい。今日は泊まっていくんでしょう? ゆっくりしていって」
 そこで安曇を美子に預かって貰った美恵は、ブーツを脱ぎながら当然の如く答える。


「せっかく来たんだもの。最初からそのつもりよ」
「相変わらずね。お茶は出すけど調理中だから、勝手にのんびりしていて」
「構わないわよ。ご馳走のお相伴になるだけで、感謝してるわ」
 美子は苦笑しながら相変わらずの妹に安曇を渡し、お茶を出す為に台所に向かった。二泊する為の荷物も宅配便で送りつけておいた美恵は、娘だけを抱えて奥へと進む。


「えーちゃん。あずちゃん、あそんでいい?」
「ええ、お願い。遊んであげて?」
「うん!」
 並んで歩く美樹がうずうずしながら尋ねてきた為、美恵が笑いながら娘の相手を頼んだところで居間に着き、安曇を抱えながら慎重にドアを開けた。


「美野、美幸、ただいま」
「美恵姉さん、いらっしゃい」
「ハイローチェアを、ここに準備しておいたから」
「ありがとう」
 妹達に笑顔で出迎えられた美恵は、さっそくハイローチェアに安曇を寝かせた。そして美子からお茶を受け取り、美樹がさっそくおもちゃで安曇をあやし始めてくれたのを見て、リラックスしながら最近の動向を尋ねる。


「やっぱり実家は落ち着くわね。ところで最近、何か変わった事はあった?」
「大あり」
「もう、どうしようかと……」
「何があったの?」
「美恵姉さん、全然聞いてないの?」
「だから何を?」
 美恵が自宅マンションに戻って以降、余計な心配をかけさせない為に、美子は小野塚との間に持ち上がった見合い話や、美実と淳との間での子供の親としての義務云々の話は全く知らせていなかった為、美野の説明を聞いて目を丸くした。そして聞き終えてから、呆れかえった表情になって、感想を述べる。


「ここを出てマンションに戻ってから、まだ二ヶ月も経っていないのに、何なの? その愉快過ぎる状況は?」
「全然楽しく無いわ」
「笑い話でもないし」
 美野と美幸が困惑顔で溜め息を吐いたところで、外出していた美実が帰って来て、居間に顔を出した。


「ただいま。あれ? 美恵姉さん、もう帰って来てたのね。もう少し遅くなるかと思っていたわ」
「せっかくのクリスマスイブに、康太はお世話になってる出版社の人達と忘年会だから、半分当てつけで会社を早く上がって来ちゃったの。泊まってもいくしね」
 苦笑いしながらのその説明に、美実もコートを脱ぎながら笑って応じる。


「クリスマスイブに忘年会? その出版社の人達って、恋人とか奥さんがいない人ばかりなのかしら? 父さんと義兄さんは、会議で遅くなるって言ってたけど」
「あら? そうすると、今夜は美樹ちゃんや安曇を含めて女だけ?」
「そうなっちゃうみたいね。本当だったら思う存分羽目を外せる筈なのに、妊娠中だから残念だわ」
「安心しなさい。私があんたの分まで飲んであげる」
「美恵姉さんだって、まだ授乳中でしょう? 美子姉さんがお酒を飲ませる筈がないわ」
「うわ……、少し位飲ませてくれるように、あんた達姉さんに頼んでよ」
「却下」
「無理じゃないかと」
「頼むだけ無駄だよね」
「あんた達、本当に頼み甲斐が無いわね」
 ひとしきりそんな事を言い合ってにぎやかに笑いあってから、美幸が姉が持ってきた物に気が付いた。


「美実姉さん。その荷物は? 出掛ける時には持って無かったと思うけど。買ってきたの?」
「小野塚さんから、クリスマスプレゼントを貰っちゃったの。ストールと膝掛けのセットよ。身体を冷やさない様にって」
 ソファーに座ったまま足元に置いておいた紙袋を持ち上げて見せた美実に、美野と美幸は微妙な表情になり、美恵は驚いた表情になった。


「美実。あんた今日、例の見合い相手と会ってたわけ?」
「うん、そうだけど?」
「そうだけどって……」
 美恵が口ごもるのと同時に、美野がある事を思い出して慌てて立ち上がる。


「あ、あのっ! 美実姉さん! さっき小早川さんから、宅配便が届いたの。クリスマスプレゼントじゃないかと思うんだけど。今、持って来るから!」
「あ、ちょっと、美野!」
 血相を変えてバタバタと居間を出て行った美野を唖然として見送った美実に、美恵が興味津々の声をかけてきた。


「美実、そのプレゼント、見せて貰って良い?」
「うん、構わないけど……」
 僅かに躊躇いながらも、美実は紙袋から箱を取り出し、ローテーブルの上に置いた。そして蓋を開けて姉達に中身を披露する。


「へえ? なかなかのチョイスよね。落ち着いたデザインと色合いだわ」
「ブランド品だし、この手触りは最高級品だよね」
 美実に断りを入れて品物を取り出し、美恵達が感心していると、美野が箱を抱えて戻って来た。


「美実姉さん、お待たせ!」
「そんなに慌てなくて良いから」
「美実? 当然こっちも見せてくれるわよね?」
「分かったから。今開けるわ」
 美野からその箱を受け取った瞬間、(小野塚さんのプレゼントと同じデパートの包装紙? 偶然ね)などと思ったが、そのまま包装紙を開けて中身を出した。そこで現れた物を見て、思わず固まる。


「あれ? 小野塚さんから貰った物と同じブランド?」
「箱の形と大きさも、同じ位ね」
「同じ位って言うか、全く同じに見えるけど……」
「…………」
 そこで何とも言い難い空気が室内に漂ったが、このまま箱を眺めていてもしょうがないと、美恵が妹を促した。


「ほら、開けてみなさい」
「……うん」
 そして恐る恐る蓋を開けてみた美実だったが、中に入っている物を見て呆然となった。


「これって……」
「全く同じ物、よね?」
「凄い偶然。こんな事ってあるのね」
 しかしここで、急に美恵が険しい顔つきになって美実を追及する。
「美実……。あんたまさか、どっちにもこれが欲しいって言ったの?」
 その疑惑に、美実は真っ向から反論した。


「そんな事、言うわけ無いじゃない!」
「だってありえないでしょう? それぞれ別に贈られた物が、全く同じだなんて。片方を残して、もう一つはリサイクルショップやブランド商品の買い取り業者に叩き売って、現金化する気? そんなせこい事がバレたら、美子姉さんに問答無用でこの家から叩き出されるわよ?」
「なにそれ? 人聞き悪過ぎるわよ!! 美恵姉さんじゃあるまいし!」
「私じゃあるまいしって、どういう意味よ!? 私はちゃんと全員に、それぞれ違う物を催促したわよ!!」
「それ、威張って言う事じゃ無いわよね!?」
「二人とも落ち着いて!」
「全員って美恵姉さん、昔、最大何股かけてたのよ!?」
 そんな興奮した姉妹の不毛な論争に収拾を付けたのは、調理の合間にひょっこり居間に顔を出した美子だった。


「あなた達、何を騒いでるの? あら、美実。お帰りなさい」
「……戻りました」
「皆、どうしたの? それにその箱は何?」
 途端に口を閉ざした妹達に、美子は怪訝な顔を向けながら、テーブルの上に置いてある二つの箱に目を向けた。その為、美実が説明する。


「あの……、こっちは今日小野塚さんと会った時に貰ったクリスマスプレゼントで、こっちは宅配便で届いた淳からのプレゼントなんだけど……」
 しかしそれを聞いても、美子は不思議そうな表情を変えなかった。


「なんだか、全く同じ物に見えるけど?」
「同じ物みたい……」
「へえ?」
 そこで美子ははっきりと面白そうな顔つきになり、二つの箱をしげしげと見下ろしてから、今開けたばかりの箱の方を指さしながら予想外の事を言い出した。


「珍しい事もあるものね。それならこっちを私に頂戴?」
「え?」
「美子姉さん、でも、それは……」
「だって同じ物を二つも要らないでしょう? それとも美実は、私とペアは嫌かしら?」
 妹達が何か言いかける中、美子はにこやかに笑いながら問いかけ、そんな事を言われた美実は、拒絶などできよう筈が無かった。


「いえ……、日頃お世話になってますし、宜しければ差し上げます……」
「ありがとう。大事に使わせて貰うわ。皆、そろそろご飯にするから。座敷の方に移動してね? それじゃあ、これは部屋に置いてくるわ」
 そう言ってあっさり手つかずの箱を持ち上げ、上機嫌で部屋を出ていく美子を見送ってから、美恵は気づかわし気な表情で美実に尋ねた。


「いいの?」
「だって……、ああ言われて嫌だなんて……」
 俯いて言葉を濁した妹を見て、美恵は重い溜め息を吐き出す。


「言えないわね」
「だけどよりにもよって、どうして全く同じ物……」
「それに先に開けていれば、小野塚さんの方を取られたと思うのに……。小早川さん、とことん運に見放されてるわ」
 そこで長姉の容赦の無さと淳の運の無さに、美野と美幸は揃って頭を抱えたのだった。


 その後開始されたクリスマスパーティーは、久しぶりに五人姉妹が顔を揃え、それぞれ抱えている問題などは棚上げして大いに盛り上がり、無事にお開きとなった。そして夜もかなり更けてから、昌典と秀明が揃って帰宅した。
「お帰りなさい。二人とも遅かったわね」
 玄関先で苦笑いで出迎えた美子に、昌典が軽く詫びを入れる。


「ああ、すまん。会議の後、主だった面々で急遽飲みに行く事になってな」
「皆、もう寝ているのか?」
「美野と美幸は、まだ起きていると思うけど。美恵は仕事で疲れていたのか、美樹と安曇ちゃんと一緒にぐっすりよ」
「そうか。それならサンタクロースの出番だな」
 靴を脱いで上がり込みながら秀明が口にすると、若干心配そうに美子が確認を入れる。


「美恵が大きな靴下持参で来たんだけど、大丈夫?」
「見くびるな。それ位、想定済みだ」
「それなら良かったわ。安曇ちゃんはまだ小さいから分からないでしょうけど、一応ちゃんとあげたかったし」
 秀明が余裕綽々で答え、それに美子が安堵した表情で応じたのを聞いて、昌典は心底呆れた表情になった。


「ちゃっかり自分の娘のプレゼントまでせびるとは……。本当に美恵は相変わらずだな」
「良いじゃない、それ位」
「本当にお前は、陰で妹達に甘いな。ところで美子。そのストールは見た事が無いが、最近買ったのか?」
 鷹揚なところを見せた美子に苦笑いしながら、昌典が見覚えの無い物に目を止めると、彼女は笑って答えた。


「美実から貰ったの。普段お世話になってるからって」
 それを聞いた昌典が、しみじみと呟く。
「そうか。美恵と比べたら、美実の方がはるかに常識をわきまえているな」
「美実ちゃんに、後で礼を言っておくから」
 しかしここで美子が、男達にとって予想外の事を言い出した。


「あ、お礼を言うなら小早川さんに言ってくれない?」
「淳に?」
「どうしてだ?」
 途端に怪訝な顔になった二人に、美子が笑顔のまま説明する。


「小早川さんから美実に送られてきた物を貰ったのよ。全く同じ物を、美実が小野塚さんから貰って帰って来たから。同じ物を二つも要らないだろうから、箱から出していない方を頂戴と言ったの」
「…………」
 それを聞いた昌典達が、微妙な表情で互いの顔を見合わせていると、美子が何事も無かった様に尋ねてくる。


「二人とも、軽くお茶漬けでも食べる?」
「あ、ああ……」
「そうだな」
「じゃあ準備はしてあるから、すぐに出すわね。食堂で待っていて」
「分かった」
 さっさと台所に移動した美子の後を追いながら、昌典は秀明に囁いた。


「秀明……、彼にこの事を知らせるのか?」
「直接美子が電話をかけたりしたら、淳のダメージが甚大になりそうな気がしますので」
「これは、あれか?」
 並んで歩きながら、低い声で短く確認を入れてきた舅に、秀明は苦虫を噛み潰したような表情で頷く。


「ええ。おそらく小野塚が淳に尾行を付けて、美実ちゃんに何を贈ったのかを、正確に把握しておいたんでしょう。配達日時も確認の上で、淳の物が手元に届く前に確実に手渡し……。どこまでもえげつない奴だ」
 盛大にした秀明を見て、昌典は深々と溜め息を吐いた。


「この前からの“あれ”の事もあるしな。なるべくショックを受けない様に話してやってくれ」
「それは、どう考えても難しいですが……。なるべく努力してみます」
「頼む。最近、彼が不憫でしょうがない」
 昌典の本心から憐れむ表情を見て、秀明は少々意外に思い、次に彼には珍しく気が重くなった。


(当初あれほど激怒していたお義父さんに、ここまで哀れまれるなんて。良い事なのか、悪い事なのか)
 そして一向に終わりの見えないこの騒動に、心底うんざりしながら、食堂に入るドアを開けた。



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