猪娘の躍動人生
8月 真夏の夜の騒動
幹事から納涼会の終了を告げられた参加者は、機嫌良くぞろぞろと店を出て一階まで下りて行き、美幸もごく親しい同期達と雑談をしながらビルを出て、何人かと別れの挨拶を交わした。
「少しアクシデントはあったけど、無事終わったわね」
腕時計で時間を確認しながら美幸が呟くと、隣に立っていた晴香が若干心配そうに声をかける。
「少し、ねぇ……。お姉さん、まだ連絡付かないんでしょ? 大丈夫?」
「う、うん……。子供じゃないんだし高須さんが一緒に居る筈だし、大丈夫なんじゃない?」
「そういえば、高須さんと藤宮のお姉さんって、以前から付き合ってたのか?」
総司が率直に疑問を呈してきた為、美幸は困った様に応じる。
「微妙? 公言はしていなかったの。でもお互いに好意を持っていた事は確実だし、時々二人で出かけたりしていたし」
「マジかよ……。それを知ってたら、山崎さんにちょっかい出させなかったのに……」
思わず頭を抱えて呻いた隆を、総司と晴香が生温かい目で見やる。
「確かにあの人の面目丸潰れよね。周囲に八つ当たりしそう」
「この場合八つ当たりの対象は、確実に部署が同じで藤宮と同期のお前だな。頑張れ」
「……勘弁してくれ」
「まあ、それはともかく帰ろうか」
「そうね。ええと、ここからだとどうやって帰ろうかな……」
苦悩する隆を放って帰宅する算段を立て始めた面々に、隆が慌てて顔を上げて主張する。
「あ、藤宮、家まで送って行く」
その申し出に、美幸はちょっと考えて変な顔をした。
「あれ? ここからだと私の家に回って行くと、田村君、遠回りにならない?」
「それ位どうって事ないぞ。それに」
「藤宮、ここに居たか。タクシーを捕まえたから送って行くから」
いきなり人垣の向こうから城崎が現れ、自分を探し当てて安堵した様に言ってきた内容に、美幸はもとより周囲の者達も面食らった。
「え? タクシーって、係長? 何もそんな事しなくても良いですよ?」
きょとんとして言い返した美幸だったが、城崎は一つ溜め息を吐いてから真顔で言い出す。
「あのな、今日、結構飲んでいただろう?」
その問いかけに、些かムキになりながら言い返す美幸。
「失礼ですね。確かに飲みましたが、ふらついたりしてませんよ? 前後不覚でもないですし」
「その、ボールとシューズを入れてあるキャリーバッグ。結構な重さが有るだろう?」
「それは確かに有りますが、引いて行く分には全く問題有りませんが?」
「さっき後ろから見てたら、自覚が無いようだったが少しふらついてた。それに手元が疎かになってバッグが蛇行したら、横や背後を歩く人にぶつかる可能性だってあるし迷惑だろうが。そういうわけだから、さっさとあのタクシーのトランクにバッグを入れるぞ」
城崎が捕まえたらしい、少し離れた路上に停車しているタクシーを指差しながら、『これ以上の口答えは許さん』的な表情と口調で主張された為、美幸は抵抗を諦めて素直に頷く。
「……はい、お願いします。じゃあ、皆。ごめんここで」
「分かったわ、気を付けて帰ってね」
「城崎係長って、お前の自宅の場所知ってるのか?」
「うん、これまでにも何回も送って貰ったし。それじゃあ」
総司の質問に律儀に答えてから、美幸は三人に手を振って城崎の後に付いて歩き出した。その直後、何やら二人が軽く言い合いをしてから、城崎が美幸のバッグを奪って引いて行き、手早くタクシーのトランクに入れて後部座席に彼女を押し込むところまで見て、晴香と総司がしみじみと口にする。
「何度も送って貰ったって、紳士だよね~、城崎係長」
「残念だったな、隆。なんか最近、不幸体質が染み付いている気がするが、まあ、頑張れ」
「……放っておいてくれ」
そして晴香と総司は項垂れた隆を慰めつつ、最寄駅までの道を歩き始めた。
「そういえば、美野さんと連絡は付いたのか?」
走り出したタクシーの中で、ボウリング大会の事を含む四方山話をしていた二人だったが、ふと思い出した様に城崎が確認を入れてきた。すると美幸が、心持ち顔を顰めて応じる。
「いえ、まだです。高須さんにも電話してみたんですけど……」
「まあ、確かにあんな風に飛び出した手前、二人とも恥ずかしいとは思うがな。特に高須は、月曜までに何とか平常心を取り戻して出勤して欲しいんだが。絶対、耳聡い課長代理にからかわれるだろうし」
「はあ、そうですね」
そこで城崎は、一層苦笑を深めて言葉を重ねた。
「美野さんもな……、目の前で別れた妹に、改まって外泊するとは言い難いかもしれないが」
「はあぁ!?」
いきなり目をむいて自分を凝視してきた美幸に、城崎は訳が分からず瞬きして問い返した。
「え? どうかしたのか? 藤宮」
「いいいいえっ!! 何でもありません! ちょっと突然思い出した事がありまして!」
「そうか?」
我に返った美幸が、ブンブンと両手を振って何でもないと必死にアピールしたため、城崎は不審そうにしながらもそれ以上の追及を止めた。その時タイミング良く誰かからのメールが届いたらしく、城崎が携帯電話を取り出して確認を始めた為、美幸は安堵しながら先程考えた内容を思い返す。
(外泊って……、帰宅しない可能性もあるって言う事? ……ええと、この場合高須さんと一緒なんだから、そういう事なのよね? いえ、ちょっと待って、そうじゃなくて。美野姉さんと高須さんがそういう関係になるって、いままで理解してたつもりで意識してなかったみたいなんだけど、高須さんとは机が隣同士だし、私こそ月曜にどういう顔で接すれば良いんでしょうか? 気恥しい上に、ちょっと気まずいんですけど!?)
半ば混乱しながら美幸は無言で隣に座る城崎を眺めたが、何やら手元を凝視して手早く文章を打ち込んでいる様子を見て、(相談しても「普通に仕事していろ」位で終わりそうだわ)と密かに肩を落とした。
それから二人で幾つか雑談をしているうちに、無事藤宮家の門前にタクシーが停車した。予めタクシー代は城崎持ちだと押し切られていた為、美幸は「ありがとうございました」と素直に礼を述べてから空いたドアから地面に降り立つ。そしてドアが閉まって走り出すかと思いきや、城崎もここまでの料金を支払って下りてしまった。
「え? 係長、このまま乗って行かないんですか?」
城崎がトランクからキャリーバッグを取り出し、元通りトランクを閉めるとほぼ同時に、タクシーは静かに走り去った。それと目の前に立つ相手を交互に見ながら美幸が不思議そうに尋ねると、城崎は苦笑しながら理由を述べる。
「タクシーに乗っていたら、ちょっと眠りそうだったんだ。何度か送って来た時に道は覚えたから、ここから駅まで十分位だろう? それなら歩いて酔いを醒ますには、ちょうど良い距離だ」
「寝そうならなおの事、タクシーに乗って帰れば良かったじゃないですか」
納得がいかない顔付きで美幸が見上げると、城崎がすこぶる真顔で見下ろしてくる。
「こんな図体の大きいのが後部座席で爆睡して起きなかったら、運転手が困るんだ。一度やらかして、運転手さんに凄い迷惑をかけた事がある」
思わずその場面を想像してしまった美幸は、脳裏で四苦八苦している運転手の姿に小さく噴き出した。
「やだ、係長ったら。笑わせないで下さい」
そんな彼女に、城崎は軽く片手を上げて笑って挨拶する。
「じゃあお疲れ、きちんと戸締まりはしろよ?」
「はい、お疲れさまでした」
そうして一礼してから、美幸は大きな木製の門を開けて敷地内に入った。そして無灯の母屋に向かってゆっくりと足を進める。しかしここで美幸は、唐突に違和感に襲われた。
(あれ? 何かいつもと違う感じ? どうしてだろう……。ええと……)
そして玄関の鍵を開けようと、ガラス戸の向こうに真っ暗な空間が広がる扉に鍵を差し込もうとした瞬間、美幸はとある事実に気が付いて無言で踵を返した。そしてキャリーバッグを放り出し、ハンドバッグに鍵を滑り込ませて、門から道路に出て城崎の後を追って勢い良く駆け出す。
「か、係長!!」
「……藤宮?」
駅に向かって駆け出した美幸は百メートルも行かないうちに、角を曲がってすぐの所で城崎の背中を見つけて声を張り上げた。のんびり歩いていた城崎はそれに驚いて足を止め、何事かと振り返るうちに美幸が息を切らせながら追いついてくる。
「あのっ! ちょっと待っ……」
そうして走ってきた為、乱れた息を整えようとしている美幸に、城崎は冷静に話しかけた。
「どうした。あのタクシーに何か忘れ物でもしたのか? どこの会社かの車かは覚えているから、今から問い合わせるか?」
「違います! 美野姉さんが居ないんです!」
顔を上げて勢い込んで言われた内容に、城崎は首を傾げた。
「いや、それは……、分かってた事だよな? さっきから連絡は取れていないし」
「実は今日、父が子会社の創立記念パーティーで大阪に行ってまして、姉夫婦と子ども達は私から分捕ったボーナスを使って、明日まで沖縄に家族旅行に行ってまして!」
「……そんな事も言ってたな。それで?」
新年度になってからの騒動を思い返し、思わず遠い目をした城崎に、美幸が唐突に訴えた。
「私、これまで夜に、家で一人で過ごした事が無いんです!」
「は?」
一瞬何を言われたのか分からなかった城崎に、美幸は尚も訴えかける。
「だってずっと実家で暮らしてましたし、姉は四人も居ますから誰かは居ましたし、姉二人が結婚してからもお義兄さんや姪や甥が居ましたし! どうすれば良いんですか!?」
「どうすればって……」
(ちょっと待て。本気で言ってるのか?)
最初は冗談かと思ったものの、あくまでも真顔で問いかけてくる美幸に、城崎は半ば途方に暮れながら応じた。
「別に、普通に過ごせば良いんじゃないか?」
「だって、押し込み強盗とか来たら!」
そんな緊迫感溢れる表情から、城崎は微妙に視線を逸らしながら冷静に告げる。
「この前のセクハラ親父と同様に粉砕しろ」
「じゃあ幽霊とか出てきたら? 拳、すり抜けちゃいますよ!?」
「落ち着け、藤宮。それだけ騒いでいれば、幽霊の方が遠慮する」
両手で美幸の両肩を軽く掴みながら、城崎が真顔で言い聞かせた。しかし美幸は泣き叫ぶ寸前の表情になる。
「係長酷い! 私、真剣なのにぃぃっ!」
「だから少し冷静になれ。今から美野さんが帰って来るかどうか微妙だし、取り敢えず今夜は一人でで留守番してみるしかないだろう。今言った様な事は、滅多に無いから大丈夫だから」
(どうしてこんなところで、お嬢様っぽい所が出てくるんだ……。いつもは下手すると、傍若無人なのに)
普段の美幸の行動を振り返って城崎が疲労感を増加させていると、急に表情を改めて何やら考え込んでいた美幸が、静かに問いを発した。
「……係長、明日の予定は?」
「え? いや、日曜だが特に予定は無い。今日がボウリング大会だったから、少しのんびりしようかと」
「じゃあ家に泊まっていって下さい! 客間もお客様用のお布団や寝間着も、すぐ用意できますし!」
「は?」
いきなりの申し出に城崎が固まったが、それにはまったく構わずに美幸が話を進める。
「あ、勿論朝食もお出しします。洋食和食、どちらが良いですか?」
「俺はいつも和食、じゃなくて! 何で家に自分一人の時に、俺を泊めるんだ!」
「一人じゃなかったら、係長に泊まって下さいなんてお願いしませんよ!」
双方本気で怒鳴り合ってから、その場に沈黙が漂った。それを城崎の押し殺した声が破る。
「藤宮……、お前、本気で言ってるよな?」
「当たり前です。どうしてこんな事、冗談で言わなくちゃいけないんですか」
「……何の拷問だよ」
「係長、どうしても駄目ですか?」
片手で顔を覆って本気で呻いた城崎を見て、美幸は心配そうにお伺いを立ててきた。それを横目で見下ろした城崎は、諦めた様に溜め息を吐いて小声で告げる。
「……分かった。一晩お世話になるから」
「良かった! じゃあ遠慮なくどうぞ、家にいらして下さい」
「ああ……」
城崎の返事を聞いた美幸は明らかに安堵した表情になり、手を引かんばかりにうきうきと城崎を促して自宅へと戻った。そして手早く玄関の鍵を開け、放り出しておいたキャリーバッグを玄関の中に入れると、真っ暗な室内の照明を次々点けて回りながら、靴を脱いで上がり込んだ城崎を居間に案内する。
「それじゃあ、客間の準備をして来ますので、少し待っていて下さい」
「ああ、慌てなくて良いから」
手早くお茶を淹れてきた美幸が、自分の前にそれを置いて再び姿を消してから、城崎は座布団に座ったまま深い溜め息を吐いた。
(全くどうしてこんな事に……。しかし母親がもう亡くなっていると聞いていたが、大家族で賑やかな中で育ったんだな。しかしこっちの事情を、全然考えていないよな?)
頭痛を覚えながらそんな事を考えた城崎が、思わず独り言を漏らす。
「だが強盗とか、そんな物騒な話がそうそう有るわけ無いだろう……、え?」
そこで静まり返った家の中で、物音が聞こえてきた為、城崎は瞬時に真顔になった。
(今、向こうの方から物音が……。藤宮はあっちの方に行ったよな? 音がしたのは玄関の方か? 言われてみれば、静かに玄関の引き戸を開ける様な感じの音だったが……)
そこまで考えた城崎は無言で立ち上がり、足音など立てずに襖の方に移動した。
(誰か来る? この家には彼女しか居ないし……、まさか本当に強盗か!?)
静かに歩く気配を襖越しに察知した城崎は、顔付きを険しくしてタイミングを計り始める。
(足音は一人分……、単独犯なら何とかなるか。通報している暇は無いし、先手必勝!)
そして近付いて来た足音に、相手が至近距離まで来た事が分かった城崎は、勢い良く襖を引き開けて廊下に飛び出した。そして「は?」と目を見開いて間抜けな顔をさらした相手の胸元と腕を、迷わず掴んで廊下に引き倒す。
「ぐわぁっ!」
「動くな!」
そして不審者の背中に馬乗りになりつつ、片方の腕を逆手に捻り上げた所で、城崎は冷静に自分が引き倒した相手の姿を見下ろして困惑した。
「……え? どうして強盗がこんな格好を?」
その呟きを耳にした、還暦前後と思われる仕立ての良いスーツ姿の男性は、未だ押さえ込まれたまま憤慨した叫びを上げた。
「強盗だと!? 私はこの家の主だ! 貴様こそ誰だ!? 玄関にあった靴はお前の物か?」
「主……。あのまさか……、藤宮さん、ですか?」
「当たり前だ! 貴様は何者だ!?」
「大変、申し訳ありませんでした!!」
そこで城崎は相手の背中から焦りまくって離れ、廊下で美幸の父である藤宮昌典に向かって、勢い良く土下座しながら非礼を詫びる羽目になった。
「係長! 布団とお風呂の支度ができましたのでどうぞ! 寝間着はこれを」
「美幸、帰ったぞ」
「お父さん!? どうして? 今日は大阪に泊まりじゃ無かったの!?」
綺麗に折り畳まれている寝間着を抱えながら上機嫌で居間に戻って来た美幸は、城崎用に出していた座布団に本来ここに居る筈の無い父親が座っているのを見て心底驚いた。そんな娘を眺めながら、昌典は皮肉っぽい笑いを漏らす。
「つまらん社交辞令のパーティーなど飽き飽きしてな。早めに切り上げて、ホテルもキャンセルして帰って来たんだ。そうしたら美野は居ないわ得体の知れない男が入り込んでいるわ美幸はいそいそと男の泊まり支度をしているわ、本当に人生、何が起こるか分からんな」
「え、ええと……」
「誠に申し訳ありません!」
美幸は咄嗟に何と言って良いか分からずに言葉を濁し、座布団を昌典に譲って畳に直に座っていた城崎が、再度勢い良く土下座する。そんな城崎に再度視線を合わせた昌典は、上辺だけは丁寧な物腰で軽く頭を下げた。
「いやいや謝って頂く必要はありませんぞ、城崎さん。いつもお噂を聞いていた、美幸が大変お世話になっている上司の方にお目にかかれて光栄です」
「それは……、私としては、もう少し別な形でお会いしたかったのですが」
引き攣り気味の表情で応じた城崎に、昌典が尤もらしく頷く。
「奇遇ですね、私もです。ところで……、そろそろお引き取り願えませんかな? 私がいれば、美幸も不安は無いでしょう」
「ごもっともです。それでは失礼致します」
「今後とも、“職場”で娘の事を宜しくお願いします」
「……はい、承知しました」
最後に軽く睨みつけられながら盛大に釘を刺された城崎は、辛うじていつもの顔を保ちつつ、じりじりと後退して居間から出て行った。そして美幸が見送ろうと玄関に行きかけたのを察して、昌典が語気強く美幸に指示を出す。
「さて……、美幸? ちょっとそこに座りなさい」
「……はい」
常には無い父親の迫力に美幸は逆らう事などできず、大人しく目の前に座った。すると昌典は、比較的冷静に話を進める。
「城崎さんから今日の説明を簡単にして貰ったが、美野と、高須という男とは、まだ連絡がつかんのか?」
「……はい」
(何てタイミングが悪い……、他の日だったらどうとでもごまかせたのに。係長、洗いざらい喋っちゃったんですね?)
見た目とは裏腹に、父親が怒りを内包している事を見て取った美幸は、体良く追い返された城崎に心の中で恨み言を漏らした。そんな中、昌典が問いを重ねてくる。
「それで? お前が帰宅した時、この家に朝まで一人で居る事に怖じ気づいているのを見て、送ってきてくれた城崎さんが心配して、泊まっていくからと申し出たのか?」
「え? それはちょっと違うけど?」
「どこがどう違うんだ?」
「だって私の方から『怖いから一晩泊まって下さい』って、係長に無理にお願いしたんだし」
率直に間違いを正した美幸の言葉を聞いて、何故か昌典は表情を緩めて感心した様に言い出した。
「……ほう? そうかそうか。城崎さんはなかなか紳士的な方らしいな。お前が怒られると思ったのか、彼はお前が頼んだ風には言わなかったぞ?」
「そうなのよね。係長って一見、見た目が怖くて融通が利かなさそうだけど、仕事はできるし意外に気配りの人で紳士だから」
城崎が褒められたと思った美幸は、嬉しくなりながら相槌を打ったが、ここで昌典が盛大に雷を落とした。
「誉めとらん! この大馬鹿者がっ!! 大体家に一人の時に、自分から男を家に上げるとは何事だ! 俺が帰って来なかったらどうするつもりだったんだ!?」
「どうもこうも、これから普通に休むつもりだったし!」
思わず真顔で言い返した美幸だったが、昌典は深々と溜め息を吐いてから、底光りのする目で末娘を睨み付ける。
「お前はもう少し、しっかりしていると思ったんだがな……。今夜は朝まで説教だ。覚悟しろ、美幸」
「えぇぇ!? ちょっと待って! 何でそうなるの!?」
「分かっていない所が、一番問題だと言っとるんだ!!」
そうして再び怒鳴りつけられた美幸は昌典の宣言通り、この場に居ない美野の分まで、殆ど徹夜で説教を受け続ける羽目になった。
「少しアクシデントはあったけど、無事終わったわね」
腕時計で時間を確認しながら美幸が呟くと、隣に立っていた晴香が若干心配そうに声をかける。
「少し、ねぇ……。お姉さん、まだ連絡付かないんでしょ? 大丈夫?」
「う、うん……。子供じゃないんだし高須さんが一緒に居る筈だし、大丈夫なんじゃない?」
「そういえば、高須さんと藤宮のお姉さんって、以前から付き合ってたのか?」
総司が率直に疑問を呈してきた為、美幸は困った様に応じる。
「微妙? 公言はしていなかったの。でもお互いに好意を持っていた事は確実だし、時々二人で出かけたりしていたし」
「マジかよ……。それを知ってたら、山崎さんにちょっかい出させなかったのに……」
思わず頭を抱えて呻いた隆を、総司と晴香が生温かい目で見やる。
「確かにあの人の面目丸潰れよね。周囲に八つ当たりしそう」
「この場合八つ当たりの対象は、確実に部署が同じで藤宮と同期のお前だな。頑張れ」
「……勘弁してくれ」
「まあ、それはともかく帰ろうか」
「そうね。ええと、ここからだとどうやって帰ろうかな……」
苦悩する隆を放って帰宅する算段を立て始めた面々に、隆が慌てて顔を上げて主張する。
「あ、藤宮、家まで送って行く」
その申し出に、美幸はちょっと考えて変な顔をした。
「あれ? ここからだと私の家に回って行くと、田村君、遠回りにならない?」
「それ位どうって事ないぞ。それに」
「藤宮、ここに居たか。タクシーを捕まえたから送って行くから」
いきなり人垣の向こうから城崎が現れ、自分を探し当てて安堵した様に言ってきた内容に、美幸はもとより周囲の者達も面食らった。
「え? タクシーって、係長? 何もそんな事しなくても良いですよ?」
きょとんとして言い返した美幸だったが、城崎は一つ溜め息を吐いてから真顔で言い出す。
「あのな、今日、結構飲んでいただろう?」
その問いかけに、些かムキになりながら言い返す美幸。
「失礼ですね。確かに飲みましたが、ふらついたりしてませんよ? 前後不覚でもないですし」
「その、ボールとシューズを入れてあるキャリーバッグ。結構な重さが有るだろう?」
「それは確かに有りますが、引いて行く分には全く問題有りませんが?」
「さっき後ろから見てたら、自覚が無いようだったが少しふらついてた。それに手元が疎かになってバッグが蛇行したら、横や背後を歩く人にぶつかる可能性だってあるし迷惑だろうが。そういうわけだから、さっさとあのタクシーのトランクにバッグを入れるぞ」
城崎が捕まえたらしい、少し離れた路上に停車しているタクシーを指差しながら、『これ以上の口答えは許さん』的な表情と口調で主張された為、美幸は抵抗を諦めて素直に頷く。
「……はい、お願いします。じゃあ、皆。ごめんここで」
「分かったわ、気を付けて帰ってね」
「城崎係長って、お前の自宅の場所知ってるのか?」
「うん、これまでにも何回も送って貰ったし。それじゃあ」
総司の質問に律儀に答えてから、美幸は三人に手を振って城崎の後に付いて歩き出した。その直後、何やら二人が軽く言い合いをしてから、城崎が美幸のバッグを奪って引いて行き、手早くタクシーのトランクに入れて後部座席に彼女を押し込むところまで見て、晴香と総司がしみじみと口にする。
「何度も送って貰ったって、紳士だよね~、城崎係長」
「残念だったな、隆。なんか最近、不幸体質が染み付いている気がするが、まあ、頑張れ」
「……放っておいてくれ」
そして晴香と総司は項垂れた隆を慰めつつ、最寄駅までの道を歩き始めた。
「そういえば、美野さんと連絡は付いたのか?」
走り出したタクシーの中で、ボウリング大会の事を含む四方山話をしていた二人だったが、ふと思い出した様に城崎が確認を入れてきた。すると美幸が、心持ち顔を顰めて応じる。
「いえ、まだです。高須さんにも電話してみたんですけど……」
「まあ、確かにあんな風に飛び出した手前、二人とも恥ずかしいとは思うがな。特に高須は、月曜までに何とか平常心を取り戻して出勤して欲しいんだが。絶対、耳聡い課長代理にからかわれるだろうし」
「はあ、そうですね」
そこで城崎は、一層苦笑を深めて言葉を重ねた。
「美野さんもな……、目の前で別れた妹に、改まって外泊するとは言い難いかもしれないが」
「はあぁ!?」
いきなり目をむいて自分を凝視してきた美幸に、城崎は訳が分からず瞬きして問い返した。
「え? どうかしたのか? 藤宮」
「いいいいえっ!! 何でもありません! ちょっと突然思い出した事がありまして!」
「そうか?」
我に返った美幸が、ブンブンと両手を振って何でもないと必死にアピールしたため、城崎は不審そうにしながらもそれ以上の追及を止めた。その時タイミング良く誰かからのメールが届いたらしく、城崎が携帯電話を取り出して確認を始めた為、美幸は安堵しながら先程考えた内容を思い返す。
(外泊って……、帰宅しない可能性もあるって言う事? ……ええと、この場合高須さんと一緒なんだから、そういう事なのよね? いえ、ちょっと待って、そうじゃなくて。美野姉さんと高須さんがそういう関係になるって、いままで理解してたつもりで意識してなかったみたいなんだけど、高須さんとは机が隣同士だし、私こそ月曜にどういう顔で接すれば良いんでしょうか? 気恥しい上に、ちょっと気まずいんですけど!?)
半ば混乱しながら美幸は無言で隣に座る城崎を眺めたが、何やら手元を凝視して手早く文章を打ち込んでいる様子を見て、(相談しても「普通に仕事していろ」位で終わりそうだわ)と密かに肩を落とした。
それから二人で幾つか雑談をしているうちに、無事藤宮家の門前にタクシーが停車した。予めタクシー代は城崎持ちだと押し切られていた為、美幸は「ありがとうございました」と素直に礼を述べてから空いたドアから地面に降り立つ。そしてドアが閉まって走り出すかと思いきや、城崎もここまでの料金を支払って下りてしまった。
「え? 係長、このまま乗って行かないんですか?」
城崎がトランクからキャリーバッグを取り出し、元通りトランクを閉めるとほぼ同時に、タクシーは静かに走り去った。それと目の前に立つ相手を交互に見ながら美幸が不思議そうに尋ねると、城崎は苦笑しながら理由を述べる。
「タクシーに乗っていたら、ちょっと眠りそうだったんだ。何度か送って来た時に道は覚えたから、ここから駅まで十分位だろう? それなら歩いて酔いを醒ますには、ちょうど良い距離だ」
「寝そうならなおの事、タクシーに乗って帰れば良かったじゃないですか」
納得がいかない顔付きで美幸が見上げると、城崎がすこぶる真顔で見下ろしてくる。
「こんな図体の大きいのが後部座席で爆睡して起きなかったら、運転手が困るんだ。一度やらかして、運転手さんに凄い迷惑をかけた事がある」
思わずその場面を想像してしまった美幸は、脳裏で四苦八苦している運転手の姿に小さく噴き出した。
「やだ、係長ったら。笑わせないで下さい」
そんな彼女に、城崎は軽く片手を上げて笑って挨拶する。
「じゃあお疲れ、きちんと戸締まりはしろよ?」
「はい、お疲れさまでした」
そうして一礼してから、美幸は大きな木製の門を開けて敷地内に入った。そして無灯の母屋に向かってゆっくりと足を進める。しかしここで美幸は、唐突に違和感に襲われた。
(あれ? 何かいつもと違う感じ? どうしてだろう……。ええと……)
そして玄関の鍵を開けようと、ガラス戸の向こうに真っ暗な空間が広がる扉に鍵を差し込もうとした瞬間、美幸はとある事実に気が付いて無言で踵を返した。そしてキャリーバッグを放り出し、ハンドバッグに鍵を滑り込ませて、門から道路に出て城崎の後を追って勢い良く駆け出す。
「か、係長!!」
「……藤宮?」
駅に向かって駆け出した美幸は百メートルも行かないうちに、角を曲がってすぐの所で城崎の背中を見つけて声を張り上げた。のんびり歩いていた城崎はそれに驚いて足を止め、何事かと振り返るうちに美幸が息を切らせながら追いついてくる。
「あのっ! ちょっと待っ……」
そうして走ってきた為、乱れた息を整えようとしている美幸に、城崎は冷静に話しかけた。
「どうした。あのタクシーに何か忘れ物でもしたのか? どこの会社かの車かは覚えているから、今から問い合わせるか?」
「違います! 美野姉さんが居ないんです!」
顔を上げて勢い込んで言われた内容に、城崎は首を傾げた。
「いや、それは……、分かってた事だよな? さっきから連絡は取れていないし」
「実は今日、父が子会社の創立記念パーティーで大阪に行ってまして、姉夫婦と子ども達は私から分捕ったボーナスを使って、明日まで沖縄に家族旅行に行ってまして!」
「……そんな事も言ってたな。それで?」
新年度になってからの騒動を思い返し、思わず遠い目をした城崎に、美幸が唐突に訴えた。
「私、これまで夜に、家で一人で過ごした事が無いんです!」
「は?」
一瞬何を言われたのか分からなかった城崎に、美幸は尚も訴えかける。
「だってずっと実家で暮らしてましたし、姉は四人も居ますから誰かは居ましたし、姉二人が結婚してからもお義兄さんや姪や甥が居ましたし! どうすれば良いんですか!?」
「どうすればって……」
(ちょっと待て。本気で言ってるのか?)
最初は冗談かと思ったものの、あくまでも真顔で問いかけてくる美幸に、城崎は半ば途方に暮れながら応じた。
「別に、普通に過ごせば良いんじゃないか?」
「だって、押し込み強盗とか来たら!」
そんな緊迫感溢れる表情から、城崎は微妙に視線を逸らしながら冷静に告げる。
「この前のセクハラ親父と同様に粉砕しろ」
「じゃあ幽霊とか出てきたら? 拳、すり抜けちゃいますよ!?」
「落ち着け、藤宮。それだけ騒いでいれば、幽霊の方が遠慮する」
両手で美幸の両肩を軽く掴みながら、城崎が真顔で言い聞かせた。しかし美幸は泣き叫ぶ寸前の表情になる。
「係長酷い! 私、真剣なのにぃぃっ!」
「だから少し冷静になれ。今から美野さんが帰って来るかどうか微妙だし、取り敢えず今夜は一人でで留守番してみるしかないだろう。今言った様な事は、滅多に無いから大丈夫だから」
(どうしてこんなところで、お嬢様っぽい所が出てくるんだ……。いつもは下手すると、傍若無人なのに)
普段の美幸の行動を振り返って城崎が疲労感を増加させていると、急に表情を改めて何やら考え込んでいた美幸が、静かに問いを発した。
「……係長、明日の予定は?」
「え? いや、日曜だが特に予定は無い。今日がボウリング大会だったから、少しのんびりしようかと」
「じゃあ家に泊まっていって下さい! 客間もお客様用のお布団や寝間着も、すぐ用意できますし!」
「は?」
いきなりの申し出に城崎が固まったが、それにはまったく構わずに美幸が話を進める。
「あ、勿論朝食もお出しします。洋食和食、どちらが良いですか?」
「俺はいつも和食、じゃなくて! 何で家に自分一人の時に、俺を泊めるんだ!」
「一人じゃなかったら、係長に泊まって下さいなんてお願いしませんよ!」
双方本気で怒鳴り合ってから、その場に沈黙が漂った。それを城崎の押し殺した声が破る。
「藤宮……、お前、本気で言ってるよな?」
「当たり前です。どうしてこんな事、冗談で言わなくちゃいけないんですか」
「……何の拷問だよ」
「係長、どうしても駄目ですか?」
片手で顔を覆って本気で呻いた城崎を見て、美幸は心配そうにお伺いを立ててきた。それを横目で見下ろした城崎は、諦めた様に溜め息を吐いて小声で告げる。
「……分かった。一晩お世話になるから」
「良かった! じゃあ遠慮なくどうぞ、家にいらして下さい」
「ああ……」
城崎の返事を聞いた美幸は明らかに安堵した表情になり、手を引かんばかりにうきうきと城崎を促して自宅へと戻った。そして手早く玄関の鍵を開け、放り出しておいたキャリーバッグを玄関の中に入れると、真っ暗な室内の照明を次々点けて回りながら、靴を脱いで上がり込んだ城崎を居間に案内する。
「それじゃあ、客間の準備をして来ますので、少し待っていて下さい」
「ああ、慌てなくて良いから」
手早くお茶を淹れてきた美幸が、自分の前にそれを置いて再び姿を消してから、城崎は座布団に座ったまま深い溜め息を吐いた。
(全くどうしてこんな事に……。しかし母親がもう亡くなっていると聞いていたが、大家族で賑やかな中で育ったんだな。しかしこっちの事情を、全然考えていないよな?)
頭痛を覚えながらそんな事を考えた城崎が、思わず独り言を漏らす。
「だが強盗とか、そんな物騒な話がそうそう有るわけ無いだろう……、え?」
そこで静まり返った家の中で、物音が聞こえてきた為、城崎は瞬時に真顔になった。
(今、向こうの方から物音が……。藤宮はあっちの方に行ったよな? 音がしたのは玄関の方か? 言われてみれば、静かに玄関の引き戸を開ける様な感じの音だったが……)
そこまで考えた城崎は無言で立ち上がり、足音など立てずに襖の方に移動した。
(誰か来る? この家には彼女しか居ないし……、まさか本当に強盗か!?)
静かに歩く気配を襖越しに察知した城崎は、顔付きを険しくしてタイミングを計り始める。
(足音は一人分……、単独犯なら何とかなるか。通報している暇は無いし、先手必勝!)
そして近付いて来た足音に、相手が至近距離まで来た事が分かった城崎は、勢い良く襖を引き開けて廊下に飛び出した。そして「は?」と目を見開いて間抜けな顔をさらした相手の胸元と腕を、迷わず掴んで廊下に引き倒す。
「ぐわぁっ!」
「動くな!」
そして不審者の背中に馬乗りになりつつ、片方の腕を逆手に捻り上げた所で、城崎は冷静に自分が引き倒した相手の姿を見下ろして困惑した。
「……え? どうして強盗がこんな格好を?」
その呟きを耳にした、還暦前後と思われる仕立ての良いスーツ姿の男性は、未だ押さえ込まれたまま憤慨した叫びを上げた。
「強盗だと!? 私はこの家の主だ! 貴様こそ誰だ!? 玄関にあった靴はお前の物か?」
「主……。あのまさか……、藤宮さん、ですか?」
「当たり前だ! 貴様は何者だ!?」
「大変、申し訳ありませんでした!!」
そこで城崎は相手の背中から焦りまくって離れ、廊下で美幸の父である藤宮昌典に向かって、勢い良く土下座しながら非礼を詫びる羽目になった。
「係長! 布団とお風呂の支度ができましたのでどうぞ! 寝間着はこれを」
「美幸、帰ったぞ」
「お父さん!? どうして? 今日は大阪に泊まりじゃ無かったの!?」
綺麗に折り畳まれている寝間着を抱えながら上機嫌で居間に戻って来た美幸は、城崎用に出していた座布団に本来ここに居る筈の無い父親が座っているのを見て心底驚いた。そんな娘を眺めながら、昌典は皮肉っぽい笑いを漏らす。
「つまらん社交辞令のパーティーなど飽き飽きしてな。早めに切り上げて、ホテルもキャンセルして帰って来たんだ。そうしたら美野は居ないわ得体の知れない男が入り込んでいるわ美幸はいそいそと男の泊まり支度をしているわ、本当に人生、何が起こるか分からんな」
「え、ええと……」
「誠に申し訳ありません!」
美幸は咄嗟に何と言って良いか分からずに言葉を濁し、座布団を昌典に譲って畳に直に座っていた城崎が、再度勢い良く土下座する。そんな城崎に再度視線を合わせた昌典は、上辺だけは丁寧な物腰で軽く頭を下げた。
「いやいや謝って頂く必要はありませんぞ、城崎さん。いつもお噂を聞いていた、美幸が大変お世話になっている上司の方にお目にかかれて光栄です」
「それは……、私としては、もう少し別な形でお会いしたかったのですが」
引き攣り気味の表情で応じた城崎に、昌典が尤もらしく頷く。
「奇遇ですね、私もです。ところで……、そろそろお引き取り願えませんかな? 私がいれば、美幸も不安は無いでしょう」
「ごもっともです。それでは失礼致します」
「今後とも、“職場”で娘の事を宜しくお願いします」
「……はい、承知しました」
最後に軽く睨みつけられながら盛大に釘を刺された城崎は、辛うじていつもの顔を保ちつつ、じりじりと後退して居間から出て行った。そして美幸が見送ろうと玄関に行きかけたのを察して、昌典が語気強く美幸に指示を出す。
「さて……、美幸? ちょっとそこに座りなさい」
「……はい」
常には無い父親の迫力に美幸は逆らう事などできず、大人しく目の前に座った。すると昌典は、比較的冷静に話を進める。
「城崎さんから今日の説明を簡単にして貰ったが、美野と、高須という男とは、まだ連絡がつかんのか?」
「……はい」
(何てタイミングが悪い……、他の日だったらどうとでもごまかせたのに。係長、洗いざらい喋っちゃったんですね?)
見た目とは裏腹に、父親が怒りを内包している事を見て取った美幸は、体良く追い返された城崎に心の中で恨み言を漏らした。そんな中、昌典が問いを重ねてくる。
「それで? お前が帰宅した時、この家に朝まで一人で居る事に怖じ気づいているのを見て、送ってきてくれた城崎さんが心配して、泊まっていくからと申し出たのか?」
「え? それはちょっと違うけど?」
「どこがどう違うんだ?」
「だって私の方から『怖いから一晩泊まって下さい』って、係長に無理にお願いしたんだし」
率直に間違いを正した美幸の言葉を聞いて、何故か昌典は表情を緩めて感心した様に言い出した。
「……ほう? そうかそうか。城崎さんはなかなか紳士的な方らしいな。お前が怒られると思ったのか、彼はお前が頼んだ風には言わなかったぞ?」
「そうなのよね。係長って一見、見た目が怖くて融通が利かなさそうだけど、仕事はできるし意外に気配りの人で紳士だから」
城崎が褒められたと思った美幸は、嬉しくなりながら相槌を打ったが、ここで昌典が盛大に雷を落とした。
「誉めとらん! この大馬鹿者がっ!! 大体家に一人の時に、自分から男を家に上げるとは何事だ! 俺が帰って来なかったらどうするつもりだったんだ!?」
「どうもこうも、これから普通に休むつもりだったし!」
思わず真顔で言い返した美幸だったが、昌典は深々と溜め息を吐いてから、底光りのする目で末娘を睨み付ける。
「お前はもう少し、しっかりしていると思ったんだがな……。今夜は朝まで説教だ。覚悟しろ、美幸」
「えぇぇ!? ちょっと待って! 何でそうなるの!?」
「分かっていない所が、一番問題だと言っとるんだ!!」
そうして再び怒鳴りつけられた美幸は昌典の宣言通り、この場に居ない美野の分まで、殆ど徹夜で説教を受け続ける羽目になった。
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