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猪娘の躍動人生

篠原皐月

8月 思いがけない話

 ボウリング大会終了後、家族連れの参加者や用事がある者は抜けたものの、参加者の八割程度の者は会場のビルを出て、隣のビルの最上階のビヤガーデンに向かった。殆どの者が、何となく職場ごとに固まって移動すると、貸切にしたレストランの前で、蜂谷がバインダー片手に何やらチェックを入れながら、美幸達を出迎える。


「あ、蜂谷、お疲れ様。この納涼会も仕切ってるの? マメね~」
 本気で感心しながら美幸が声をかけると、蜂谷は笑顔で応じた。
「お疲れ様です。組合の執行委員の先輩方の仕事ぶりを覚える、良い機会ですから。あちこちの部署の方と顔を合わせる機会があって、交友範囲も広がりましたし。すみません、皆さん。会費を千円だけ頂きます」
「分かったわ。今出すからちょっと待って」
「だけど千円で飲み放題食べ放題の企画なんて、組合も太っ腹よね。ここ、いつもだったら五千円はするわよ? ビールだけじゃなくてワインの種類も豊富だし、お料理もなかなかだもの」
 美幸が声をかけている間に、既に会費分の千円を取り出していた理彩が感心した様に言いながら差し出すと、それを受け取った蜂谷が嬉しそうに答える。


「はい、今回《予算の通し方のコツその1》をご主人様に直々に伝授して頂きましたので。それを組合内で披露しましたら、執行委員の皆さんに快く賛同して頂きました」
「そう……、良い勉強になったわね」
 思わず理彩は遠い目をしてしまい、他の二課の面々は心の中で(課長代理……、あんた蜂谷に何を吹き込んだですか?)と突っ込みを入れた。するとここで蜂谷が皆から会費を受け取りながら、説明を付け加える。 


「実は今回は、最初のうちは参加者の世代毎にテーブルを分ける事にしたんです。自由席にすると、どうしても同じ職場で固まりがちなので」
 そう言われて理彩は何となく周囲を見回し、大体部署毎に固まっている集団を眺めてから、納得した様に頷いた。
「それもそうね。偶には同期毎に顔を合わせる機会を作って欲しいとか言われたの?」
「はい。納涼会の企画を考えていた時に、そういう声を結構拾いまして。入社後1・2年は割と集まり易いですが、後は旗振り役がいないとなかなか難しいとか」
 そこで黙って聞いていた瀬上が、確認を入れる。


「確かにな。こういう機会に旧交を温めるのも良いか。だが『最初のうちは』って事は、少ししたら席を変わっても良いんだろう? 人それぞれだから、寧ろ同期に囲まれたくないって人間もいるかもしれないし」
「はい、勿論です。主催者の組合青年部部長が開始の挨拶の時、そちらも軽く説明しますので」
「なるほど。するとテーブル分けはどんな風になるの?」
 少し興味を引かれて美幸が確認を入れると、蜂谷は一枚の紙を取り出して、指し示した。


「参加者の人数も鑑みて、三十歳以上のグループはこちらのエリアで、四年目から七年目までの方はこちら、三年目の方はこちら、二年目の方達はこちら、今年入社の俺達はここになります。該当するマークを置いてあるテーブルの好きな所に座って貰いますか? 各グループ毎に、二つか三つはテーブルを用意してありますから」
 一覧表の名前の横にそれぞれ記号が振ってあり、更にガラス張りの壁越しに見える屋上のテーブルの中央に、様々なマークが立ててあるのを見て取った美幸は、少しだけ考え込んだ。
「ふぅん……、要するに年齢別なのよね? 美野姉さん、大丈夫?」
 法務部は美野以外は年配の男性ばかりの為ボウリング大会に参加する者は居らず、美野は必然的に美幸達と同行していたのだったが、この配置だと自分と離れるからどうだろうかと美幸は少し心配になった。しかし当の本人は、何でも無い事の様に告げる。


「別に構わないわよ? 保護者みたいな事を、言わないで欲しいんだけど」
「そう? なら良いんだけど……」
「法務部には同世代の人が居ないし、偶には普段交流が無い人達と、知り合える機会を持つのも良いと思うから」
 何となく不安そうな美幸に、少し困った様に美野が言い聞かせると、横から理彩がガシッと美野の肩を掴みながら、笑いを堪える様な表情で言い出す。
「そうそう。枯れ切ってた法務部に咲いた一輪の花は、社内では結構噂の的なんだから」
「ええ!? あの仲原さん、何ですかそれは?」
 明らかに動揺しながら美野が問い返したが、理彩は機嫌良く彼女に告げた。


「普段法務部と接する機会がある人間って社内でもそんなに居ないし、美野さんがどんな人かちょっと話してみたいなって人が、結構居るのよ? この際、同年代で親交を深めてみましょうよ。私も同じグループだし、責任持ってフォローするから」
「あ、そうですね……。すみません仲原さん、今日は宜しくお願いします」
「任せて。だから安心して良いわよ、藤宮。高須君も居るしね」
「もし居心地悪そうだったら、適当に場所を移動するから」
 やはり少しは緊張していたのか、美野がホッとして頭を下げたのを見て、美幸も理彩と高須に任せる事にした。


「分かりました。お願いします。じゃあ姉さん、また後でね」
「ええ。一緒に帰りましょう」
 にこやかに微笑んでから、三人で指定されたテーブルに向かって行く後姿を見て、美幸はしみじみと考え込んでしまった。
(う~ん、美野姉さん、去年までと比べると、凄い社交的になったわよね。さっきもチラッと高須さんの方を見て安心してたみたいだし、高須さんのおかげかな~)
 そんな事を思いながら美幸は城崎と瀬上に会釈してその場を離れ、二年目のグループ席に向かって久々に一堂に会した面々と、笑顔で言葉を交わし合ったのだった。


 そして開始時刻になり、参加者たちは主催者側からの挨拶までは大人しくしていたものの、アルコールも料理も十分揃えられている中、乾杯の音頭の後は皆めいめいに盛り上がっていた。
「藤宮さん、久しぶり。最近社員食堂でもなかなか会えないわよね」
「確かにね。職場の同僚で食べに来る事が多いから、席が空いてるからって同席するのも躊躇うし」
「偶にはこういう席で、同期毎に集まるって言うのも新鮮かもね」
「うん、情報交換とかもしたいし」
(偶にはこういうのも楽しいわね)
 初期研修で一緒だった、久しぶりに顔を見る同期と女同士でわいわい固まって話していると、やはり話題が先程のボウリング大会の事になった。


「そう言えばさ、今日藤宮さんが入ってたグループ、レベルが違い過ぎる人ばかりだったよね!」
「そうそう、私2つ隣のレーンだったけど、自分達の投球の合間に凄いプレーを見せ付けられちゃって、グループ全員で愕然としちゃったわ」
「一位から同点三位まで四人で独占って、どういう事よ!?」
「どういう事と言われても……」
(う……、プレー中は殆ど何も考えて無かったけど、さすがに文句の一つも言われるかしら。特に五位までは豪華賞品だったしね)
 半ば責める様に言われて密かに身構えた美幸だったが、周囲の意識は他の所に向いていた。
「恰好良過ぎるよね、あの三人! それぞれタイプの違うイケメンだし!」
「え?」
 誰かが上機嫌でそんな事を言ってから、呆気に取られた美幸の前で、その場のテンションが一気に上がる。


「しかも三人とも東成大卒って何!? 一部の男連中『天は二物を与えずなんて嘘だ』ってどんより落ち込んでたわよ?」
「私の先輩は、あんな優良物件をゲットした柏木課長を、崇拝の目で見てたわ」
「誰とは言わないけどさ……、浩一課長狙いのお局様が、目の色変えてたわね。浩一課長、これに参加しないでさっさと帰って正解よ」
「うん、あれはドン引きだったよね~」
「そう言えば、城崎係長を狙ってる人達も、キャアキャアうるさかったよね?」
「藤宮さん、同じグループだったし、五月蠅くて気が散ったんじゃない?」
 口々に騒ぎ始めた周囲に呆然としながらも、一人に同意を求められて、美幸は思わず反射的に答えた。


「そうなの? 全然気が付かなかった」
「美幸……、確かにボウリング場ってそれなりに五月蠅いし、勝負に集中してたって事は分かってるけどね……。現に去年、城崎係長との仲を疑われて、元カノの人達と一悶着あったでしょうが。城崎係長が社内で結構人気があるのを忘れたの?」
「すっかり忘れてたわ……」
 思わず突っ込みを入れた晴香だったが、それに美幸がしみじみとしながら言い返す。それを聞いた晴香は無言で額を押さえたが、そこで周りから声が上がった。


「だけど職場でやりにくく無いの? 仲原さんと城崎さんって、以前付き合ってたのよね?」
「二人とも仕事とプライベートは分けてるわよ? それに仲原さん、はっきり聞いてはいないけど、最近瀬上さんと付き合ってるみたいだし」
 何気なく美幸が言った内容に、途端に周囲が反応する。
「本当!? じゃあ仲原さんは元カレが上司で、今の恋人は同僚になるわけ?」
「うっわ! 何それ、凄い修羅場の予感!」
「ううん? だから皆、普通に仕事してるって言ったじゃない」
 僅かに首を傾げながら美幸が平然とそう告げた為、周りのテンションは急速に低下した。


「普通なんだ……」
「さすがと言うか何と言うか……」
「私だったら無理だわ」
「じゃあ、今城崎さんってフリーなんだよね? 去年の藤宮さんの騒動は誤解だったんでしょう?」
「え、ええ、まあ……」
(確かにあの時点では、何も問題は無かったし……)
 色々と後ろ暗い所がある美幸が曖昧に言葉を濁していると、周囲で勢い込んだ声が上がった。


「それなら、城崎さんのタイプってどんな人か知らない?」
「あ、私も聞きたい! 趣味とか分かれば誘いやすいし」
「ちょっと! 図々しいわね、抜け駆けする気!?」
「何よ、そっちこそ引っ込んでなさいよ!」
「ちょっと二人とも落ち着いて!」
 美幸を挟んで急に一触即発の空気を醸し出し始めた二人を、後ろから晴香が慌てて宥める。そんなやり取りを聞きながら、美幸は一人密かに冷や汗を流した。


(言えない……、こんな場面で実は『係長からは後から改めて口説くって言われてます』なんて。どう説明すれば良いか分からない上、袋叩きに合いそうで……)
 そして傍目には冷静に見えつつ狼狽していると、ここで美幸の携帯がメールを着信した事を知らせてきた。
「あ、ちょっとごめんね」
 周囲に断りを入れてバッグの中から携帯を取り出し、届いたメールの内容を確認した美幸は、途端に満面の笑みになって歓喜の声を上げた。


「うわ! 良かったぁ~!」
 そして会場を見回し、少し離れたテーブルで同年代の男性社員達と、何やら楽しそうに話しながら飲んでいた城崎を見つけた。その時、ちょうど城崎が美幸の方に顔を向けた為、美幸は軽く城崎に手を振って頭を下げる。城崎もそれは分かったらしく、笑顔で小さく手を振ってから同席している者達に視線を戻した。
「何? 美幸、どうしたの?」
 その場全員を代表して晴香が問いかけて来た為、美幸は上機嫌で答えた。
「ついさっき、柏木課長が無事出産したって。息子さんも娘さんも元気だそうよ。課長代理から係長にメールが来たから、課の全員に係長が転送してくれたわけ」
 それを聞いた周囲の面々も、一斉に表情を明るくする。


「あら、良かったじゃない! しかも双子?」
「うん、性別は生まれてからのお楽しみって、課長達も聞いていなかったみたいだけどね。でも会場で産気づかれたのには驚いたわ」
「本当にね。何事もなくて本当に良かったわ」
「やっぱり同じ職場だと、メルアドとかは分かってるのよね」
「城崎さんのメルアド教えてくれない?」
 そこで再び詰め寄られた美幸は、内心たじろぎながらもきっぱりと断った。


「それは駄目。個人情報を迂闊に流出させられません。信用問題なんだから、本人に聞いて」
「ええ? 同じ社員なんだし、少し位良いじゃない。城崎さん、ちょっと怖いんだもの」
「メルアド聞くだけで怖がってて、付き合えるわけ?」
 恨みがましく言った台詞に鋭く晴香が突っ込みを入れ、周囲で笑いが弾けた。
「違いないわね!」
「晴香に一票!」
「じゃあここで、柏木課長の御無事な出産をお祝いして、乾杯しましょうか」
 そう言って晴香が提案すると、たちまち周りから賛同の声が上がった。


「賛成! じゃあ、柏木課長のご出産を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
「もうあの二人の子供なら、どっちに似ても美形だよね」
「柏木課長、羨ましいな~」
 そこで話題が真澄に関する事に変わった為美幸は安堵したが、何となく胸中でもやもやしたものを抱えているのを自覚していた。


 それから暫くの間は楽しく飲んで食べていた美幸だったが、少し離れた場所で何か派手に倒れる音と怒声が聞こえて来た為、反射的に目を向けた。すると立ち上がって周囲に何やら言っている美野の姿が目に入り、美幸は何事かと慌てて立ち上がって彼女の元に駆け寄ろうとした。しかしその寸前で、美野とはテーブルを挟んで向かい側にいたらしい高須が美野の手を取り、彼女を引っ張って行く様にして会場を出て行ってしまう。
「え? 何事? まさか帰っちゃったわけじゃないわよね?」
 全く訳が分からずに、取り敢えず立ち上がって自分を出迎えた理彩に尋ねてみる。


「仲原さん、美野姉さんはどうかしたんですか?」
 その問いかけに、理彩は美幸に向かって両手を合わせ、軽く頭を下げながら謝罪してきた。
「ごめん、藤宮。ちょっと揉めちゃって」
「何かあったのは分かりましたが、揉めたって一体何が」
「ってぇ。全くこれだからレベルが低い奴は……」
 そこで呻き声がしたため、美幸がそちらに顔を向けると、テーブルの向かい側の床に倒れ込んでいたらしい山崎が顔を押さえながらゆっくりと立ち上がる所だった。山崎と揉めた記憶も新しい美幸は無意識に眉を寄せたが、その場の女性達も揃って彼に険しい視線を向ける中、理紗が忌々しげに声を潜めて事情を説明し始める。


「あの営業一課の山崎ったら、ボウリング大会の最中から美野さんに目を付けたらしくて、少し離れたレーンだったのに、ちょくちょく美野さんの所に顔を出しててね」
「そうだったんですか? 気が付きませんでした」
「ウザかったからここも最初は女同士で親睦を深めたいからって締め出して、女だけで和気あいあいと盛り上がってたんだけど、ちょっと前から強引に割り込んできて」
「何をぶつくさ言ってるんだ。席も空いてたし、どこに座っても構わないだろうが!?」
 理彩の台詞を耳にしたらしく、山崎は苛立たしげに反論してきた。しかし忽ち周囲の女性達の猛反撃を受ける。


「そこの席は、早川さんがあちこちに挨拶を済ませてから、戻って来るって言ったでしょう?」
「大体失礼じゃないの? いきなり人のプライベートを根掘り葉掘り聞くなんて」
「挙句に『若いけどバツイチって噂本当? 浮気でもされた? 見る目ないな』ってヘラヘラ笑いながら言う事じゃないんじゃない?」
「本当……、デリカシー皆無よね」
「そんな事を言ったんですか!?」
 周囲から軽蔑する様な眼差しを受け、美幸が思わず怒りの声を上げた為、山崎は顔を赤くして反論した。


「あれはっ! 彼女の様な人間をぞんざいに扱うなんて、その男は見る目がないなと言おうとしたんだ! それなのにあの野蛮人、いきなり殴り倒しやがって!」
 八つ当たりじみた叫びを上げた上、高須に責任転嫁する様な台詞を口にした山崎に、美幸は両眼を細めて言い放った。


「生憎と、こっちにはあんたの胸糞悪いご高説を、黙って最後まで聞かなきゃいけない義理は無いのよ。第一、バツイチって分かってるなら、離婚話はNGワードでしょ。常識も無ければ空気も読めない残念っぷりね」
「何だと!?」
「それでそいつが暴言吐いた瞬間、高須君が少し離れた所から駆け寄って、物も言わずにこいつを殴り倒して、『こんなのをまともに相手する必要は無い! 行くぞ美野!』って叫んで美野さんを連れて出て行っちゃったのよ……」
 美幸がバッサリ切り捨てた為山崎が気色ばんだが、それを無視して理彩が説明を続けた。それを聞いた美幸は、僅かに驚いた様に目を見張ってから、パチパチと些か気の抜けた感じの拍手をしながら、率直な感想を述べる。


「……うおぅ、高須さんもやりますね。なかなかのナイトぶりじゃないですか」
「妹として、その感想で良いの?」
「取り敢えず、こんなのとじゃなくて、高須さんと一緒に居るのが分かってますから良いです」
「まあ、それもそうね」
 チラッと女二人に侮蔑的な視線を向けられ、山崎は苛立たしげに吐き捨てた。


「はっ、あんな男を見る目が皆無の女なんて、こっちから願い下げだ。どうせろくな大学を出ていないんだろ!」
 その暴言を耳にした周囲の人間は揃って顔を顰めたが、美幸は落ち着き払って尋ねた。


「山崎さんって、確か東成大の工学部ご出身でしたよね?」
「それがどうした」
「美野姉さんは東成大の法学部、現役入学なんです。同窓生ですね」
「……え?」
 出身大学を言われて得意そうな顔になったのも束の間、美幸の話を聞いて山崎は呆然とした顔付きになった。と同時に、周りの者達も騒ぎ出す。


「それ、本当?」
「法学部って言ったら、東成大の中でも最難関じゃない!」
「さっき美野さん、そんな事一言も言ってなかったけど!?」
「姉は自分の最終学歴を、声高に吹聴するタイプの人間じゃ無いんですよ。自分の事を知識一辺倒の頭でっかちな人間だと思ってるので、周囲の方から反感を持たれない様に常日頃から気を配ってますから」
 真面目くさって美幸がそう説明すると、先程まで美野を囲んで談笑していたらしい面々は、納得した様に頷き合う。


「ああ、分かるわね、そういうの」
「彼女、万事控え目だし」
「もう少し、厚かましくなっても良い位よね?」
 そこで美幸はチラッと山崎に視線を向けてから、理彩にわざとらしく意見を求めた。


「先程の山崎さんのお話だと、東成大の出身者は揃って人を見る目が無いって事でしょうか? 柏木課長も東成大出身ですけど」
 それを受けた理彩は、心得た様に真顔で応じる。
「それはやっぱり人それぞれなんじゃない? 柏木課長の他にも課長代理や係長や、営業一課の浩一課長だって東成大出身なのよ?」
「そうですよね~、人を見る目が無い傍若無人な人間と、皆さんが一括りって失礼ですよね~」
「お前ら……、いい加減にしろよ!」
「あら、山崎さん何か御用ですか?」
 目の前で好き勝手言われて堪忍袋の緒が切れたらしい山崎が、大きなテーブルを回り込んで美幸達に詰め寄ったが、ここで美幸の背後から声がかけられた。


「どうかしたのか? 何か揉めているみたいだが」
「……いえ、何でもありません」
 顔を顰めて周囲を見回しながら歩み寄って来た城崎に、山崎は一部始終を語る気にはなれなかったのか、視線を逸らしながらごまかした。しかし美幸はしっかり嫌味を口にする。


「ええ、単に山崎さんが1人でよろけて転んだだけなんです。ろくな大学を出ていない後輩に、問答無用で殴り倒されるなんて失態、天下の東成大出身者でいらっしゃる山崎さんがされる筈ありませんもの」
 そう言って楽しげにコロコロと笑ってみせた美幸に、さすがに山崎は顔色を変えた。


「…………っ!」
「二人とも、それ位にしておけ。周囲の迷惑だ」
「はい」
「……失礼します」
 怒りを内包した山崎と受けて立つ気満々の美幸の双方を軽く睨み付け、城崎はやや強引にその場を収めた。そして山崎が無言で立ち去るのを眺めてから、美幸をテーブルに戻る様に促す。
 そして元の席に戻った美幸は、早速周囲に詮索される羽目になった。


「何か揉めてたみたいだけど、どうしたの?」
「う~んと、要は姉を巡ってちょっとした乱闘未遂?」
 美幸は慎重に言葉を選んでみたが、途端に周囲が目の色を変えて口々に言い出した。
「なにそれ?」
「あの人、営業一課の山崎さんよね?」
「怖い顔をして何か叫んでたから、何事かと思ったわ」
「でも城崎係長に一睨みされて引き下がったから、害は無かったわよ?」
 宥める様に美幸が説明すると、感心した様な声が上がる。


「やっぱり城崎係長って、迫力が違うよね~」
「山崎さんって普段横柄な感じがするけど、城崎さんには太刀打ちできないんだ」
「城崎係長がもう少し打ち解けやすいタイプだったら、アタックしてみるんだけどな~」
 そんな好き勝手に城崎を評する声を聞きながら、(やっぱり係長って結構人気有るのね)などと漠然と考えた美幸は、それから無意識に眉を寄せつつ、グラスを傾ける事になったのだった。





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