ダブル・シャッフル~跳ね馬隊長の入れ替わり事件~

篠原皐月

(12)本音と建前

 密かに国の上層部を騒がせた事件から、数日後。アルティナは久々に休暇を貰ってシャトナー伯爵邸に戻り、夕刻、マリエルを除いたシャトナー家の面々と共に、食堂のテーブルを囲んでいた。


「今回は本当に、大騒動だったな。外国からの内政干渉に、貴族でも上位の者の関与が明らかになるとは」
 どうしても話題は、先日の騒動に関しての事になり、アルデスがしみじみと言い出すと、フェレミアが、眉根を寄せながら応じる。


「それでも、明確な相手国が判明しない上、『事をこれ以上拡大させると、他国に付け入る隙を見せる事になる』との嘆願もあって、領地の一部返上と配置換えで済んだのでしょう?」
「筋違いの断罪だけど、それを否定する材料を出しても、ラグランジェ国との関係が明らかになるだけだしね」
「あの抜け目のないラグランジェ国王とジャスパー伯が、連中如きに自分達の関与を証明できる物など、渡している筈がない。あの誓約書には、本当に笑わされた」
 息子二人が容赦なく断言するのを聞いて、夫婦は揃って苦笑いした。そこで思い出した様に、アルデスが尋ねる。


「それで、実行犯はどうなったんだ? 騎士団の中から、かなりの数の造反者が出たのだろう?」
「最後まで『反逆罪などでは無い』とか、見苦しく弁解をしていましたが、関与は明らかでしたからね。全員、騎士位を剥奪されて、懲戒解雇になりました。既に王宮内の寮からも、叩き出してあります」
 憮然として詳細を口にしたケインだったが、クリフが口を挟んできた。


「確か、死者は出なかった筈だけど、酷い怪我人は出ていなかったかな? そういう人間も?」
「人道上の問題はあるが、さすがに王宮内に不穏分子を滞在させるわけにはいかないから、数名は怪我が完治するまで、宰相殿の屋敷で治療を受けさせる事になった」
 それを聞いたフェレミアが、心底同情する声を出す。


「宰相閣下も、ご苦労様ですね。私だったら自分の屋敷に、そんな物騒な方を引き受けるのは嫌だわ」
「念の為、宰相邸には近衛騎士団の一隊を派遣して、監視をさせています」
 苦笑まじりのケインの説明を聞いて、クリフは納得したように頷いた。


「なるほど。だけどそういう人間は怪我が回復しても、騎士として働けるかどうかは微妙なんだろうね」
「それ以前に、近衛騎士を解任されたと口にするのは、よほどの不祥事を起こしたと明言するのと同じ事だ。これまでの経歴が役に立たないだろうな」
「加えて、国中の騎士のトップに位置する近衛騎士団に入ったとなれば、出身地の知り合いは殆ど入団した事を知っているだろうし、実家にも迂闊に帰れないんじゃないか?」
「自業自得ではあるが、少々後味が悪いな」
 アルデスがそう話を締めくくると、男達は微妙な表情で黙り込んだ。そこでフェレミアは、この間黙っていたアルティナに声をかけてみた。


「アルティナ、どうしたの? さっきから静かだけど、やはり疲れが溜まっているのではないかしら?」
 それを聞いた男達が無言で視線を向ける中、アルティナは神妙な顔付きで言い出した。


「いえ、そうではありません。その……、例の事件の時、当直していた筈なのですが、目が覚めたらすっかり前の晩の事を忘れていたもので……」
「まあ、そんな事を気にする必要は無くてよ? 現に王妃陛下と王太子妃殿下から、お褒めの言葉を賜ったそうじゃない」
「それで余計に、面目がないと言いますか……」
「アルティナは真面目なのね」
 フェレミアが微笑ましそうにそう述べると、アルデスも力強く頷いた。


「それだけ危険な思いをして、王太子妃の身を守ったと言う事だ。私も鼻が高いぞ?」
「そうですよ。アルティナ殿は、何も引け目に思う事はありません」
「ありがとうございます」
 クリフにも宥められて、アルティナはしおらしく礼を述べながら、心の中で安堵した。


(これであの夜はアルティナではなくて、アルティンが活動していたと、確実に思い込んで貰えたわよね?)
 今まで慎重にタイミングを図り、首尾良く誘導できた事でアルティナが満足していると、ケインが唐突に言い出した。


「それでアルティナ。王太子殿下に願い出て、君を騎士団から除隊させて貰おうと考えているんだ」
「え? どうして?」
「『どうして』って……。そもそも君に白騎士隊への就任要請があったのは、妃殿下の身辺に不穏な気配があったから、それを防ぐ為だったわけだし。これで一件落着したわけだから、王宮勤めを続ける必要は無いだろう?」
 本気で戸惑ったアルティナに、ケインが困惑しながら理由を説明すると、周りからも賛同の声が沸き起こった。


「そうだな。暫くはラグランジェが手を出そうとしても、国内の貴族は相手にしないだろうし、反妃殿下の先鋒だった公爵達は、自分の事で手一杯だろう」
「確かにアルティナ殿は、これでお役御免とも言えますね」
「良かったわね。思ったより早く、問題が片付いて。寮を引き上げて、この屋敷に戻って来られるわよ?」
(確かにそうだけど、それは困るわ! リディアとマーシアと、約束したばかりだし!)
 すっかり自分が、表向きはケインの妻である事を忘れていた彼女は、慌ててケインの申し出を回避する策を考えた。そして、必死の面持ちで声を張り上げる。


「あの! それは、ちょっと待って頂けないでしょうか?」
「え?」
「アルティナ?」
(冗談じゃないわ。寮を出てこの屋敷に戻って来たら、そうそう気安く皆と会ったり、出かける事ができなくなるもの)
 そして声を出した事で、幾らか落ち着きを取り戻したアルティナは、神妙に話し出した。


「その……、今回、近衛騎士団への就任要請をして下さった王太子殿下には、深く感謝しているんです」
「どういう事だ?」
 そこで怪訝な顔をしたケインに向かって、彼女は切々と訴えた。


「私はずっと領地の屋敷で暮らしていて、社交界はおろか、一般の同年代の女性達とも、普段接する事は無かったの」
「ああ、そうだったな」
「だからいきなり寮暮らしになった時、身の回りの事には不安は無かったものの、人間関係についてはかなり不安を覚えていて。でもこれからは、積極的に他人と交わっていかないと駄目だと思って、その訓練のつもりで頑張って生活してみたの」
「本当に、アルティナは努力家ね」
「ああ。前向きな姿勢は、とても良い事だな」
「ありがとうございます」
 すかさず誉めてくれたアルデスとフェレミアに軽く頭を下げてから、アルティナは話を続けた。


「それで最近漸く、白騎士隊の中にお友達が何人もできて、やっと打ち解けて話ができる様になってきたところなの。それでもう暫く、このまま騎士団に在籍して、寮生活を続けたいのだけど……」
「ほう?」
「あら、まあ……」
「そうなんだ。これは困ったね、兄さん」
「アルティナ。それは確かに残念だろうが、騎士団を辞めても友人付き合いを続ければ良いだけの話だし」
 少々動揺しながらも、ケインは真っ当な事を言ってみたが、アルティナはそれを控え目に否定してみた。


「白騎士隊の隊員は、殆どが平民の人達なの。そうなると、こちらのお屋敷に連絡を取る事だって躊躇う事になるし、どうしても気を遣わせて、今の様な隔意の無い付き合いは出来ないと思うわ。お願い、ケイン。どうしても駄目? 勿論、これからも、むやみやたらと危ない事はしないから」
 そう言って懇願する眼差しをアルティナが彼に向けると、それを正面から受け止めたケインは、何か言いたそうにしながらも、結局了承の返事をした。


「それは……。いや……、分かった。君がそこまで言うのなら、当面、このまま白騎士隊に在籍していて構わない」
「ありがとう、ケイン!」
「その代わり、時々休暇を取って、家に帰って来る事」
「分かったわ。必ずそうするから!」
(良かった。これで当面、女同士の話とか寮でできるし、買い物とかにも気軽に行ける。やっと落ち着いて、そういう事を楽しめる様になったんだもの。こんな立場を手放せないわよ!)
 そして嬉々としてケインに礼を述べるアルティナの様子を眺めながら、シャトナー家の面々は、苦笑いしながら囁き合った。


「ケインの奴、やっぱりアルティナには甘いな」
「でも確かに、未だにアルティン殿が、しっかり彼女の中に居るみたいですしね」
「迂闊に手を出せないのは変わらないから、彼女の好きにさせてあげようって事かな? 兄さんは、まだまだ苦労しそうだね」
 そうしてアルティナの近衛騎士団勤務続行が決まり、平穏無事とは言いがたい生活が、まだまだ続いていくのだった。


(完)





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