ダブル・シャッフル~跳ね馬隊長の入れ替わり事件~

篠原皐月

(4)活動資金源

「それから、そのアルティン組の面々には、我が家から報酬をどれ位払えば良いんだろうか? 個人的に屋敷の護衛を頼むわけだし」
「それは心配しなくて良い」
「しかし」
「彼らには今現在でも、近衛騎士団の俸給よりも多い額を、毎月個別に与えている」
 言われた内容が納得できなかったケインは、率直に尋ねた。


「アルティン? お前、そんな金をどこから捻り出しているんだ? 隊長の報酬だけでは足り無いだろうし、お前が死んでからはその報酬も無い。アルティナにはグリーバス公爵家の金は、全く動かせないだろうし」
「グリーバス家には金のなる木じゃなくて、金になるドレスがあったからな」
「はぁ?」
「ドレス?」
 ニヤリとおかしそうにアルティナが笑い、その背後でユーリアがうんざりした様に溜め息を吐いたのを見て、ケイン達は益々困惑した顔つきになったが、そんな二人にアルティナは笑いながら、詳細を説明し始めた。


「実はあの屋敷には、グリーバス家の先祖が建てた時に施しておいた、抜け道が幾つかあるんだ」
 それにケインは本気で驚いた表情になる。
「抜け道? 王宮でもあるまいし、本当にそんな物が、一介の貴族の屋敷にあるのか?」
「それが有ったんだな。ご先祖に相当用心深い方が居て、屋敷が襲撃されても確実に逃げられる様に、密かに作らせておいたんだろう。当主の寝室の棚の裏、当主夫人の衣装部屋のクローゼットの壁板、私が使っていた寝室のクローゼットの壁板にも、その隠し通路に繋がる入口がある。その通路を使って、互いの部屋も行き来できるといった優れ物だ」
 そこまで呆気に取られた表情で聞いていたケインは、真剣な顔つきで確認を入れた。


「因みに、外部への出口はどこに繋がっている?」
「隣の敷地にある、教会の祭壇の裏側だ。調べてみたら、公爵邸を建築したのと同時期に、グリーバス公爵家の全額寄進で建てられていた」
「成程……。そうなると当然、設計から実際の建築まで、全て当時のグリーバス公爵の指示で進めたわけだな?」
 納得して頷いた彼に、アルティナは説明を加えた。


「そういう事だ。祭壇の裏側なんて滅多に人は通らないし、目の前に廊下に通じる扉もある。加えて日中なら教会は開放されていて好きなだけ出入りできるし、夜間人気が無い教会に押し入る不心得者はそうそういないからな」
「秘密の通路の出入り口としては、まさに理想的だな」
 ケインがそう感想を述べた所で、ユーリアが少々うんざりとした口調で事情を説明した。


「それを使ってアルティン様は、ギネビア様の衣裳部屋からドレスをこっそり盗み出しては自分の部屋に持ち込み、それを私達で解いて古布状態にしてかさばらない形にして、私が服飾店に売りに行ってました」
「どうしてそんな事を?」
「古布と言っても新品同様ですし、幾らでも新しいドレスに作り直せます。そのままの形で持ち込んだら、誰がどこで身に着けたドレスかなんて目ざとい女性が気付く可能性があるので、危険ですから」
「いや、そうじゃなくて、そもそも古布でドレスを作る服飾店や、そんなドレスを着る人間なんているのか?」
 怪訝な顔で根本的な事を尋ねたケインに、アルティナとユーリアは一瞬きょとんとした顔を見合わせてから、説明が足りなかったことを悟った。


「シャトナー伯爵家は、まだ裕福な方だからな。領地が少なかったり、領地の特産品や収穫が少ない下位貴族達にとっては、交際費が凄い負担になるんだ。特に女性陣の衣装代が、馬鹿にならないしな」
「勿論、大っぴらにドレスを古布で作って売ってるなんて公表している店はありませんが、有名どころは皆支店を出して、そこで弟子やお針子の修行をさせながら、手元不如意な方にはそちらを紹介して、古布を使って安く仕上げたドレスを安く売っているんですよ」
「そうなのか?」
「それは知らなかったな……」
「貴族の殿方だと、そこら辺には無頓着かもしれませんね」
 兄弟揃って知らなかった事を恥じる気配を見せた為、ユーリアは少々困ったようにその場を宥めた。そんな中でも、アルティナが淡々と説明を続ける。


「あの女は頻繁にドレスを作っては、一度袖を通しただけで衣装部屋に放置だからな。どんな物をいつ作ったかなんて、詳細に覚えている筈も無い。侍女も衣裳部屋から溢れれば、適当に捨てると言う有り様で。さすがに宝飾品はきちんと管理していたから、外に持ち出して売り払う真似は出来なかったが」
「アルティン様が八年程前に、『勿体ないからドレスを売って、お金に変えよう』と言い出しまして。それからずっと、売りさばいていました」
「金に糸目を付けずに作るから、生地は最高級品だし、刺繍も素晴らしいし、縫い付けてある装飾品も見栄えがするし。いやぁ、実に良い金になった。それで手駒を十分養えたし、余剰金を纏めて質屋と古着屋を立ち上げて、今ではそこから安定した収入を得ているし。これ以上は無い、有効活用じゃないか」
 満足げに語りながら、さりげなく副業収入まで打ち明けたアルティナに、ケインは思わず頭を抱えた。


「一体、どれだけ売りさばいたんだ?」
「その……、それなりに、相当数を……」
「アルティン、お前な……」
 尋ねたユーリアがあからさまに視線を逸らして言葉を濁したのを見て、ケインは深い溜め息を吐いた。そして呆れた口調でクリフが問い質す。


「それだけ紛失しても気が付かないとは……。どれだけ管理がなっていないんだか。それにその抜け道を使って盗まれたとは、誰も考えなかったんですか? ご先祖が作られたのなら、代々の公爵はご存知なのでしょう?」
「いや、少なくともあの親父は知らない筈だ。同時期に設置された隠し戸棚も日常的に使っていたが、隠しておいた物は一度も見つかっていないからな」
「そうなんですか?」
「それなら現当主が知らない情報を、なぜお前が知っている?」
 その彼らの当然の疑問に、アルティナは悪びれずに答えた。


「昔、書庫室を漁っていたら、書架の中から偶然、埃を被っていた説明書きを見つけたんだ。多分、何代か前のご先祖様が、自分の後継者が信用できなかったか、こいつには秘密は守れないとか思って教えなかったんじゃないのか? そこで知識が途切れたとか」
「確かに過去、グリーバス公爵家から近衛騎士団に送り込まれた人材には、当たり外れが多かった記録が残ってはいるが」
「どれだけなんだ……」
 兄弟で心底うんざりしていると、女二人の苦笑気味の台詞が続く。


「さすがにあの屋敷を出てしまったから、今後はそうそう気軽にドレスを売れないが、店での稼ぎも資金を貸して利子を稼いだ分もあるし、当面は間に合うな」
「本来ドレスは、気軽に売る物では無いんですけどね」
「分かった。それでは今回、報酬はこちらでは特には出さないが、何か入り用の物があったらいつでも言ってくれ。あの持参金は手付かずで残しておく」
「ああ、必要な時は使わせて貰う。取り敢えず連中を迎え撃つ為に、一通りの武器の手配が必要だからな。近衛騎士団の備品を、少しばかり横流ししてくれ」
 謝礼に関しては準備する必要が無い事が分かって安堵したものの、代わりに要請された内容に、ケインは盛大に顔を引き攣らせた。


「お前……、そういう事をサラッと言うな」
「だが、やっぱり色々使い慣れている物の方が良いだろう?」
 どこまでも真顔で主張されたケインは、完全に反論や翻意を促すのを諦めた。


「確かにそうだろうな……。分かった、何とかしよう」
「頼む。適当な理由を付けて、一時的に借り受けてくれ。運が良ければ完璧な状態で返すし、運が悪く破損した分は弁償する」
 本気なのかふざけているのか、若干分からないような台詞を口にしたアルティナに、ケインは思わず苦笑いで応じた。


「物は言いようだな……。あまり日も無いし、明後日までには必要な物を手配するから、今夜はもう少し内容を詰めてから寝るぞ」
「そうだな」
 そしてクリフとユーリアが見守る中、二人は淡々と対策案を検討し、幾つかの修正を加えてから、眠りにつく為に応接室を後にしたのだった。





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