ダブル・シャッフル~跳ね馬隊長の入れ替わり事件~

篠原皐月

(10)非礼極まりない申し出

「感謝なさい、アルティナ。シャトナー伯爵家は、あなたを嫡男のケイン殿の妻にご希望だそうよ。それでご兄弟揃って、わざわざ我が家まで出向いてくださったのです」
「はぁ?」
 理解が追い付かないアルティナがまだ呆けていると、そんな彼女を無遠慮な視線で上から下まで無言で眺め回していたケインが、如何にも面白くなさそうな顔でギネビアに申し出た。


「公爵夫人。申し訳ありませんが、先程のお話は、やはり無かった事にしてください」
「え? ええ!? どうしてですの?」
 いきなりの撤回にギネビアが混乱していると、ケインはそんな彼女を半ば無視して立ち上がり、素っ気なく言い放った。


「アルティナ殿は、私の好みとはかなりかけ離れておられるので。やはり直にお会いして、確認して良かったです。それでは失礼します」
「はぁ!? ケイン殿、ちょっとお待ちになって!」
「兄さん、それは幾らなんでも、ご婦人方に失礼でしょう!」
「それなら、俺の代わりにお前が詫びを入れておけ。俺は時間の浪費は嫌いだ」
「兄さん!」
 ギネビアは勿論、クリフも兄の非礼極まりない発言を咎めたが、ケインは言葉少なに言い捨て、そのまま部屋を出て行った。


(なんなの? ケインの奴、人を馬鹿にするにも程があるでしょう!? 料理を奢るのは構わなくても、好みじゃない女には愛想を振り撒く必要性は、微塵も感じられないわけ!? こっちだって願い下げよ!!)
 アルティナが膝の上で拳を握り締めながら、心の中で悪口雑言を吐きまくっていると、クリフが狼狽しながら謝罪の言葉を口にした。


「公爵夫人、アルティナ殿。誠に申し訳ありません。兄に代わってお詫びいたします」
「全くだわ! 非礼にも程があります!」
 憤然として言い返したギネビアに、クリフは再度頭を下げて弁解する。


「お恥ずかしい話ですが、我が兄はそれなりに整った容姿であり頭の回転も悪くはなく、騎士としても将来を嘱望されていますが、唯一女性関係が派手な事が欠点でして……。あちこちの女性に声をかけては、後腐れなく別れてを繰り返しております。今まで、全く問題になってはいませんが」
 僅かに渋面になりながら言われた台詞に、ギネビアは取り敢えず怒りを収めて苦言を呈した。 


「まあ……、ご家族が懸念する程ですの? 仮にも伯爵家の後継者としては、どうなのかと思いますが。せめて外聞だけでも、取り繕うべきでしょう」
「誠に仰る通りです。それで両親がアルティナ殿の噂を聞いて、是非兄の結婚相手に貰い受けたいと言い出しまして」
 そこで力強く頷いてクリフが言い出したことで、ギネビアは僅かに興味をそそられて尋ねた。


「あら、どんな噂をお耳に入れたのです?」
「御年二十四歳の行き遅れでいらっしゃる上に、兄君や縁談が発生した殿方やその家に不幸をもたらす、稀にみる凶相の持ち主だとか」
「…………」
 真顔でクリフが告げてきた内容を聞いて、ギネビアとアルティナは揃って無言で固まった。そんな彼女達の反応を無視して、クリフが話を続ける。


「加えて兄君の容姿とはかけ離れた不器量な姫であり、それを家の恥と考えた公爵夫妻によって、社交界デビューを控えられたとか。これだけ難があるなら、それなりの家格の貴族には貰い手が無いだろうし、我が家のような伯爵家でも貰って差し上げますと言えば、まさか否とは言わないだろうと」
 そう言ってにこやかに笑顔を向けて来たクリフに、アルティナは無表情を装いながら内心で殺意を覚えた。
(何? ふざけているの? どこまで人を馬鹿にするつもり? 人の足下を見て、一家揃ってせせら笑っているわけ!?)
 必死に怒りを抑えていた彼女だったが、クリフが更に遠慮のない内容を口にする。


「まあ、容姿に関する噂の方は、根も葉もないデタラメだったようですが、兄の好みは出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる体型の女性の方なので、アルティナ殿にとっては少々残念でしたね。ですが兄以外の家族はそんな事はどうでも良いので、ご安心ください」
 そこで如何にも気の毒そうな視線を向けられたアルティナは、即決した。
(よし、間違いなく喧嘩を売ってるわね!! それなら高く買ってあげるわよ!?)
 無表情を保ちつつ、やる気満々でどんな制裁措置を下してやろうかと考え始めたアルティナの横で、ギネビアが怪訝な視線をクリフに向けながら慎重に口を開いた。


「クリフ殿、一つお尋ねしたいのですが」
「はい、公爵夫人。なんなりとお尋ねください」
「先程あなたは、アルティナの事を『希にみる凶相の持ち主』だと仰いましたが、それなら何故わざわざそんな娘を、兄上であるケイン殿の妻に貰い受けたいと申し出てきたのですか?」
 その疑念にも、クリフは落ち着き払って答えた。


「私にとっては、不利益はありませんので。寧ろ、益の方が多いのです」
「どういう意味でしょう?」
「我が家には手を染めている陰謀や不正行為などは皆無で、後ろ暗いところはありません。そうなると不幸が降りかかるなら、アルティナ殿と結婚した兄自身になると思われませんか?」
 平然と答えた上でニヤリと狡猾そうな笑みを浮かべたクリフを見て、どうやら彼が伯爵家後継者の座を狙っているために、寧ろ兄の身に不幸が降りかかって欲しいのだと判断したギネビアは、皮肉気な笑みを浮かべた。


「なるほど……。なかなか麗しい兄弟愛でいらっしゃいますのね」
「恐れ入ります。加えて両親にしてみれば世間の評判はどうあれ、格上の公爵家から嫁を迎えたとなれば箔が付きますし、兄も一応外聞を憚って女遊びを控えるだろうと期待しておりますので」
「確かに、それなりにそちらに益はありそうですわね」
 軽い皮肉を受け流して淡々と説明を加えてきたクリフに、ギネビアは納得した顔付きになった。するとここで、クリフが顔付きを改めて徐に言い出す。


「それでは……、公爵夫人に色々とご納得頂けたようですので、我が家からの細かい条件をお伝えさせていただきます」
「条件? 何に関しての事でしょうか?」
「アルティナ殿の、我が家へのお越し入れの条件です。まず持参金は一括引き渡しで、三百万リランでお願いします」
「何ですって!?」
 怪訝な顔になったギネビアだったが、さらりと提示された内容を聞いて驚愕した。しかしクリフの法外な要求は更に続く。


「それからアルティナ殿の生活費や遊興費に充てますので、公爵領を少し我が家に割譲して貰って、そこから税を徴収します。ピザール荘の辺りが、広さも収益面でも妥当ですね」
「なっ、何を仰って……」
「ああ、それから、我が家は普段慎ましく生活しておりまして、使用人も少数なのです。ですからアルティナ殿付きの使用人を、我が家に十人程派遣してください。勿論、その者達の給金の支払いは、グリーバス公爵家側でお願いします」
「いい加減になさい!! 何を厚かましく言いたい放題言っているの! 恥を知りなさい!」
 常識外れの要求にギネビアは勿論アルティナもさすがに驚き、次いで激怒した。
(もの凄く不本意だわ。この人と意見が一致するなんて!! しかも何よ、そのあからさまな財産狙いの発言はっ!)
 しかし女二人の怒りを物ともせず、クリフが不思議そうに問い返してくる。


「おや? お気に召しませんか? 我が家なりに、公爵家の体面を考えた上での申し出だったのですが」
「どこがです!」
「仮にも公爵家が、貰い手の無い娘を二束三文で放り出したとなれば、外聞が悪いでしょう。領地に閉じ込めようとしてもこれだけ噂になった後なら、尚更憶測や嘲笑の対象になりますよ。それなら公爵令嬢として相応しい支度を整え、家格は合わなくても是非にと望まれて伯爵家に嫁がせたという体裁を取った方が、公爵家のためではありませんか?」
「…………」
 クリフがあくまでもにこやかに言い聞かせてきた内容を聞いて、素早く損得勘定を計算し始めたギネビアは黙り込み、アルティナはそもそも喋るつもりはなく、そのまま事態の推移を見守った。するとクリフが言いたい事は全て言い終えたとばかりに、素早く席を立つ。


「正直私は先程述べたように、この話が成立してもしなくても、どちらでも構いません。それでは我が家の意向は伝えましたので、これで失礼致します。ああ、見送りは必要ありませんので、お気遣いなく」
 そしてお構いなしに歩き出し、ドアを開けてクリフが出て行くのを呆然と見送ってから、ギネビアは漸く我に返り、アルティナに向かって喚き散らした。


「なんなの!? あの無礼な若造はっ!! お前の事で伯爵家風情に鼻で笑われて、あんなに馬鹿にされるなんて!! 冗談じゃないわ!! あ、ちょっとアルティナ待ちなさい! 誰のせいで私が、こんな屈辱を!」
「五月蠅いわよ、厚塗りババァ」
「なんですって!?」
 勝手に歩き出したアルティナをギネビアは制止しようとしたが、相手にする気は皆無の彼女が毒舌で応じた。それに激押さえ込む。


「奥様、とにかくお静まりください!」
「あんな恥知らずな輩など、今に天罰が下りますから!」
 そんな悲鳴じみた叫びが背後から響く中、アルティナは無表情で歩き続けて自室へと戻った。


「お帰りなさいませ、アルティナ様。ケイン殿のご用件は一体」
「今度道ですれ違ったら、確実に殺ってやるわ」
 戻るなりユーリアがケイン達の訪問の内容を尋ねてきたが、アルティナは最後まで聞かずに近くにあった椅子を派手に蹴り飛ばしながら、地を這うような声で呻いた。それを見て流石に異常を感じたユーリアが、恐る恐る尋ねる。
「あ、あの……、アルティナ様? 何があったんですか?」
 するとアルティナは勢い良く振り返り、怒りを露わにしながら声高に訴えた。


「ユーリア、聞いて! あの兄弟ったら本当に、性根の腐ったろくでなしどもだわ!!」
「は?」
 それから応接室での一部始終を聞かされ、アルティナの悪口雑言にとことん付き合わされた彼女は、(頻繁に飲み会に引っ張り込むだけではなく、本当に最低野郎だったのね)と、ケインとついでにクリフの評価も最低ランクに落として、深々と溜め息を吐いた。



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