箱庭の光景
(3)天性の女優
勇貴が精神的に切り捨てている、母方の祖父を撃退した翌日。子供部屋で妹と向かい合って座った彼は、徐に沈鬱な表情で話し出した。
「りん……。ぼくはさんさいのりんには、ちょっとむりな事を言う事になるかもしれない……」
「おにいちゃん? なぁに?」
「だけど『ころばぬさきのつえ』って言うし、ひつようさいていげんの手はずは、ととのえておくべきだと思う」
「なに? わからない……」
兄の言っている事が全く理解できなかった凛は、困ったように首を傾げたが、ここで勇貴は傍らに置いておいたアルバムを持ち上げ、妹の前で開いて見せた。
「りん。じぃじとばぁばはわかるよね?」
「うん! こっち、じぃじ、こっち、ばぁば!」
凛が笑顔で一枚の写真を選び、亮輔と香苗を指さした為、勇貴は質問を続けた。
「おじいちゃんとおばあちゃんもわかるよね?」
「うん! こっち、おじいちゃん! こっち、おばあちゃん!」
違う写真に写り込んでいる竜司と蓉子を自信満々で指さした凛に、勇貴は真顔で質問を続けた。
「それじゃあ、この写真に写っていないちがう人が、自分の事を『りんのおじいちゃんだ』って言ったら、どうする?」
「え?」
そう問われた凛は、無言のまま何度も瞬きし、考え込んでから導き出した結論を口にした。
「ええと……。おじいちゃん、ちがう。おじいちゃんじゃない」
その反応を見て、勇貴は幾らか安心したように頷く。
「そのとおり。おじいちゃんじゃなくて、そいつはたんなるへんたいだから。かかわっちゃダメだからね?」
「へんたい?」
「わるい事をする人だよ」
「わるいこと……、はんざいしゃ!」
どうやら最近覚えたばかりらしい言葉を嬉しそうに叫んだ凛に、勇貴は満足そうに笑いかけた。
「そう、はんざいしゃ。もしそいつが、りんのちかくにいた時に、する事をおしえるから、一人でもちゃんとするんだよ?」
「うん、する!」
それから幾つかの事を慎重に教え込んだ勇貴だったが、嬉々として自分の言う通りの言動を繰り返す妹を見て、少し安心した。
(あれでこりて、ふつうならうちに近づかないと思うけど、あのじじい、ふつうじゃ無さそうだし……。ぼくだと、てなづけるのはむりとか思って、りんにまとわりつくかもしれないしな)
「……うん、だいじょうぶみたいだね。りんは、頭がいいよ」
「いいこ?」
「うん、いいこだ」
「えへへ」
一通り練習してみて大丈夫そうだった為、勇貴は凛を誉めながら頭を撫でた。そして嬉しそうに笑っている彼女に、勇貴は更なる指示を出す。
「じゃあしあげに、ちょっと泣きまねしてくれる?」
「なきまね?」
キョトンとして問い返した凛に、勇貴は分かり易く説明した。
「いたく無かったり、かなしく無くても、なく事だよ」
「どうするの?」
「そうだな……。あたまの中で、かなしい事をかんがえてみて?」
「かなしい……」
大真面目に考え込んだ凛は、何やら難しい顔で黙り込んだと思ったら、いきなり大粒の涙をボロボロと両目から流しながら絶叫した。
「ふぇっ、うえぇぇ――――っ!!」
「え、ええ!? りん、ちょっとまって! どうしたの!?」
「うわぁあぁ――――ん!!」
その豹変っぷりと響き渡った泣き声に度肝を抜かれた勇貴は、慌てて凛に声をかけたが、彼女は力一杯泣き続け、普段仕事を持っている貴子の代わりに面倒を見ている香苗が、それを聞きつけて血相を変えて子供部屋に駆け込んできた。
「勇貴、凛、どうかしたの!?」
「あ、おばあちゃん。なんでも無いんだけど……」
「うぎゃあぁぁ――っ!!」
「なんでも無いって感じじゃないんだけど!?」
狼狽しきっている祖母を見て、勇貴もかなり焦りながら妹に言い聞かせた。
「ええと、りん! もうなかなくていいから! おしまい!」
すると彼女は、ピタッと声を上げるのを止め、真顔で兄に目を向ける。
「うえぇぇーっ!! ……おしまい?」
「うん、おわり」
「わかった」
重ねて言い聞かせると、凛は素直に頷いて、手のひらでごしごしと涙で濡れた顔を拭った。それを勇貴が慌てて取り出したハンカチで拭いてあげていると、まだ幾分心配そうに、香苗が尋ねてくる。
「凜は大丈夫? 本当にどこか怪我をしたとか、具合が悪いわけでは無いのね?」
「うん、だいじょうぶだから」
「それなら良いんだけど……。あまり脅かさないでね?」
「うん、おおさわぎして、ごめんなさい」
神妙に勇貴が頭を下げたのを見て、香苗は怪訝な顔をしながらも部屋を出て行き、凛が不思議そうに首を傾げた。
「おにいちゃん?」
そこで振り返った勇貴は、笑顔で妹を褒め称えた。
「りんはすごいね。じょゆうになれるよ。さっき言ったはんざいしゃがいたら、そのちょうしでやるんだよ?」
「うん、わかった!」
(このようすなら、何かあってもだいじょうぶかな?)
力強く頷いた凛を見て、勇貴は少し安心して、再度妹の頭を撫でてやった。
※※※
勇貴が密かに、妹に指導を行ってから数日後。
幼稚園から帰宅後、近所の母子達と一緒に兄妹で公園に遊びに行った勇貴は、凛が砂場で同い年の女の子と遊び始めたのをきっかけに、声をかけてその場を離れた。
「じゃあ、りん。ぼくは向こうでなおくんとあそんでるから、ここでみんなとあそんでてね?」
「うん、あそんでる」
「りんちゃん、おやまつくろ?」
「うん、つくろう」
そして小さい子が五人程が好きに遊んでいる砂場で、凛が二人で仲良く遊んでいると、少しして声をかけられた。
「……凛ちゃん? 榊凛ちゃんだよね?」
「だれ?」
凛が不思議そうに声をした方を見上げると、啓介が彼女に向かって愛想笑いを振り撒いた。
「おじさんは、凛ちゃんのおじいちゃんだよ?」
「おじいちゃん?」
「そう、お母さんのお父さんなんだ。分かるかな?」
(おにいちゃんいってた、ちがうおじいちゃん?)
そこで凛は、少し前に聞いた兄の話を思い出した。
「うん、わかる」
「そうかそうか! やっぱり凛ちゃんは勇貴と違って、頭が良いし可愛いな! あの可愛げの無いクソガキとは、えらい違いだ!」
(おにいちゃん、わるくち。やっぱり、はんざいしゃ)
啓介は、凛が自分を祖父だと認識してくれたと勘違いして、満面の笑みで彼女を誉める一方、自分を痴呆老人扱いした勇貴を罵倒した。それで凛の中で、啓介がしっかりと敵認定される。
「おじいちゃん、て、つなごう?」
「おう、そうかそうか。おじいちゃんと、手を繋ぎたいか! よし、何でも欲しい物を買ってやるぞ?」
「じゃあ、あっちいく」
「ああ、行こうか」
「ゆいちゃん、バイバイ」
「バイバイ」
手を伸ばされた啓介は大喜びで彼女と手を繋ぎ、そこで凛は一緒に遊んでいた結衣に別れを告げた。当然結衣は事情など全く分からない為、素直に手を振り返し、そんな彼女に背を向けて、凛と啓介は公園の出口に向かって歩き出す。
(おにいちゃん、いってた。おおきいひと、いるところにいく。おおきいひと……)
勇貴が教え込んだ時、大人がいる所に行くと言う意味で「おおきいひと」と言ったのだが、砂場の近くのベンチで噂話に花を咲かせていた、結衣の母親を初めとする何人かの母親は、全員座っていて背が高くは見えなかった為、凛に「おおきいひと」と認識されなかった。
それで背の高い人を探そうと、公園の外に向かっていた凛だったが、丁度その時、出入り口から三人の男子高校生が入って来た。
「ったく、毎日毎日かったるいよな~」
「全くだぜ。今日はどこ行く?」
「駅前のあそこはなぁ……。最近五月蠅いのが巡回してるんだよな……」
(おおきいひと、いた。じゃあ、なく)
公園を突っ切って近道するつもりの高校生が、自分達に近付いてきた途端、凛は急に足を止め、頭の中で悲しい事を考え始めた。
「……ふえっ、うえぇっ」
「凛ちゃん? どうし」
「うわぁぁ――――ん!! やぁ――――っ!!」
「……あ?」
「何だ?」
「あのじいさん、何ガキを泣かせてんだ?」
その泣き声に、さすがに三人が驚いて揃って目を向けたが、ここで凛が更に仰天する事を絶叫した。
「たすけてぇ――っ!! おじいちゃん、つれてく――っ!! なめる! さわる! て、いれる! いっしょ、おふろ、やだ――っ!! うわぁぁ――ん!!」
「はぁあ!? 何だと!?」
「おい! ちょと待て!」
「こんのエロじじい!!」
凛の叫びを耳にした三人は瞬時に顔色を変え、中の一人は怒りの形相で二人に駆け寄った。当然啓介も動揺し、慌てて凛を宥めようとする。
「は、はぁ!? り、凛ちゃん!? 何を言ってるんだ! おじいちゃんはそんな事は」
「うわぁぁぁ――ん!!」
「じじい! その腐った手を離しやがれ!!」
「何を、うおっ!! ……ぐはぁっ! 貴様、何を!?」
駆け寄った少年は、凛の手を未だ掴んだままだった啓介の手を引き剥がし、そのまま力一杯彼を突き飛ばした。そして勢い余って地面に尻餅をついた啓介を、問答無用で蹴り転がし、うつ伏せにした上でその背中に馬乗りになって、彼の左肩を抑えつつ、右腕を背後にねじり上げる。手早くそこまでしてから、連れの二人を振り返って叫んだ。すると一人は既に自分のスマホで警察に通報しており、もう一人は凜に駆け寄っていた。
「剛、警察!」
「やってる! すみません、変質者です! 警察官を至急こっちに」
「慎弥!」
「この子は任せろ! 章二、そいつを逃がすなよ!」
「当たり前だ!」
「いててて! このガキども、何をする!?」
盛大に文句を言った啓介だったが、章二と呼ばれた少年は、それ以上の声で怒鳴り返した。
「それはこっちの台詞だ! 昼日中から何しようとした! このロリコンじじい!!」
「誰がロリコンだ! 俺はその子の祖父だ!」
「はぁ? 相手が小さいから分からないと思って、大嘘吐くな!」
「本当だ! 凛ちゃん、俺はおじいちゃんだよな?」
不自由な体勢ながら、必死に顔を向けて凛に訴えた啓介だったが、彼女は力一杯否定した。
「おじいちゃん、ちがう! へんたい! うわあぁ――ん!!」
「ほら見ろ! やっぱり赤の他人だろうが!」
「違うぞ! 俺はれっきとした」
「まだ言うか!」
「いだだだだっ!!」
章二が更に腕を捻り上げて啓介が悲鳴を上げるのを、凛が泣き喚いたと同時に異常に気が付いて子供達の所に駆け寄った母親達が、顔色を変えながら見守る。
「こっちに来て! 離れちゃ駄目よ!」
「怖いわ、こんな所に年寄りの変質者なんて」
「皆、大丈夫?」
「ねえ、へんしつしゃって、なに?」
「ろりこん?」
「しいっ! 見ちゃ駄目よ!」
「あんな人に近付いたりしたら、駄目ですからね!」
そんな騒然とする中、凛を庇うようにしゃがみ込んでいた慎弥が、未だに泣いている彼女に話しかけた。
「おい、お前、ここに一人で来たのか? 誰かと一緒に来たんじゃないのか?」
「ふえぇっ!! お、おにいちゃ、ふえぇぇっ!!」
「うん? 兄貴と来たのか? そいつはどこに」
「りん! どうしたの、だいじょうぶ!?」
「うえぇぇ――――っ!! おにいちゃーん!」
ここで妹の泣き声を聞きつけて、少し離れた所から勇貴が駆け付け、凛が彼に抱き付いた。それを見て安堵してから、慎弥が尋ねる。
「お前、この子の兄貴か? 今までどこで、何してた?」
「ごめんなさい。向こうでともだちと、ゲームしてました」
そこで勇貴が手にしている携帯型ゲーム機を認めた慎弥は、溜め息を吐いてから苦言を呈した。
「……夢中になる気持ちは分かるがな。二人で来ているなら、妹から目を離すな。危うく変質者に連れて行かれるところだったぞ」
「はい、ごめんなさい」
神妙に頭を下げた勇貴を見て、これ以上は言わなくても良いかと慎弥は判断したが、ここで悲鳴混じりの声が上がった。
「ゆ、勇貴君! おじいちゃんだ! 頼むからこいつらに、私を離すように言ってくれ!!」
「何だ? お前の知り合い?」
未だ啓介を押さえ付けたままの章二が尋ねると、勇貴は嫌悪感満載の顔で、啓介を冷たく見下ろしながら吐き捨てた。
「前にぼくをストーカーしてきた、いかれたじいさんです。いちど、けいさつのおせわになったのに、ばかとおなじで、せいへきってしななきゃ治らないんですね。それとも、しんでも治らないのかな?」
そんな情け容赦ない勇貴の台詞を聞いた三人は、揃ってドン引きした。
「げ……、女の子だけじゃなくて、男の子もかよ……。マジで触りたくねぇんだけど?」
「一度捕まっても懲りないとは……。頭も根性も腐ってんな」
「ここまでのゲス野郎って、お目にかかった事無いぜ」
「なっ、何だと、貴様ら!!」
「あ、警察が来たぜ?」
母親達に加えて、何事かと野次馬が少しずつ集まって遠巻きに見守る中、とんでもない濡れ衣を着せられて怒り狂った啓介が怒鳴り散らしたが、ここでサイレンを響かせながら、公園の出入り口前にパトカーが到着した。
「りん……。ぼくはさんさいのりんには、ちょっとむりな事を言う事になるかもしれない……」
「おにいちゃん? なぁに?」
「だけど『ころばぬさきのつえ』って言うし、ひつようさいていげんの手はずは、ととのえておくべきだと思う」
「なに? わからない……」
兄の言っている事が全く理解できなかった凛は、困ったように首を傾げたが、ここで勇貴は傍らに置いておいたアルバムを持ち上げ、妹の前で開いて見せた。
「りん。じぃじとばぁばはわかるよね?」
「うん! こっち、じぃじ、こっち、ばぁば!」
凛が笑顔で一枚の写真を選び、亮輔と香苗を指さした為、勇貴は質問を続けた。
「おじいちゃんとおばあちゃんもわかるよね?」
「うん! こっち、おじいちゃん! こっち、おばあちゃん!」
違う写真に写り込んでいる竜司と蓉子を自信満々で指さした凛に、勇貴は真顔で質問を続けた。
「それじゃあ、この写真に写っていないちがう人が、自分の事を『りんのおじいちゃんだ』って言ったら、どうする?」
「え?」
そう問われた凛は、無言のまま何度も瞬きし、考え込んでから導き出した結論を口にした。
「ええと……。おじいちゃん、ちがう。おじいちゃんじゃない」
その反応を見て、勇貴は幾らか安心したように頷く。
「そのとおり。おじいちゃんじゃなくて、そいつはたんなるへんたいだから。かかわっちゃダメだからね?」
「へんたい?」
「わるい事をする人だよ」
「わるいこと……、はんざいしゃ!」
どうやら最近覚えたばかりらしい言葉を嬉しそうに叫んだ凛に、勇貴は満足そうに笑いかけた。
「そう、はんざいしゃ。もしそいつが、りんのちかくにいた時に、する事をおしえるから、一人でもちゃんとするんだよ?」
「うん、する!」
それから幾つかの事を慎重に教え込んだ勇貴だったが、嬉々として自分の言う通りの言動を繰り返す妹を見て、少し安心した。
(あれでこりて、ふつうならうちに近づかないと思うけど、あのじじい、ふつうじゃ無さそうだし……。ぼくだと、てなづけるのはむりとか思って、りんにまとわりつくかもしれないしな)
「……うん、だいじょうぶみたいだね。りんは、頭がいいよ」
「いいこ?」
「うん、いいこだ」
「えへへ」
一通り練習してみて大丈夫そうだった為、勇貴は凛を誉めながら頭を撫でた。そして嬉しそうに笑っている彼女に、勇貴は更なる指示を出す。
「じゃあしあげに、ちょっと泣きまねしてくれる?」
「なきまね?」
キョトンとして問い返した凛に、勇貴は分かり易く説明した。
「いたく無かったり、かなしく無くても、なく事だよ」
「どうするの?」
「そうだな……。あたまの中で、かなしい事をかんがえてみて?」
「かなしい……」
大真面目に考え込んだ凛は、何やら難しい顔で黙り込んだと思ったら、いきなり大粒の涙をボロボロと両目から流しながら絶叫した。
「ふぇっ、うえぇぇ――――っ!!」
「え、ええ!? りん、ちょっとまって! どうしたの!?」
「うわぁあぁ――――ん!!」
その豹変っぷりと響き渡った泣き声に度肝を抜かれた勇貴は、慌てて凛に声をかけたが、彼女は力一杯泣き続け、普段仕事を持っている貴子の代わりに面倒を見ている香苗が、それを聞きつけて血相を変えて子供部屋に駆け込んできた。
「勇貴、凛、どうかしたの!?」
「あ、おばあちゃん。なんでも無いんだけど……」
「うぎゃあぁぁ――っ!!」
「なんでも無いって感じじゃないんだけど!?」
狼狽しきっている祖母を見て、勇貴もかなり焦りながら妹に言い聞かせた。
「ええと、りん! もうなかなくていいから! おしまい!」
すると彼女は、ピタッと声を上げるのを止め、真顔で兄に目を向ける。
「うえぇぇーっ!! ……おしまい?」
「うん、おわり」
「わかった」
重ねて言い聞かせると、凛は素直に頷いて、手のひらでごしごしと涙で濡れた顔を拭った。それを勇貴が慌てて取り出したハンカチで拭いてあげていると、まだ幾分心配そうに、香苗が尋ねてくる。
「凜は大丈夫? 本当にどこか怪我をしたとか、具合が悪いわけでは無いのね?」
「うん、だいじょうぶだから」
「それなら良いんだけど……。あまり脅かさないでね?」
「うん、おおさわぎして、ごめんなさい」
神妙に勇貴が頭を下げたのを見て、香苗は怪訝な顔をしながらも部屋を出て行き、凛が不思議そうに首を傾げた。
「おにいちゃん?」
そこで振り返った勇貴は、笑顔で妹を褒め称えた。
「りんはすごいね。じょゆうになれるよ。さっき言ったはんざいしゃがいたら、そのちょうしでやるんだよ?」
「うん、わかった!」
(このようすなら、何かあってもだいじょうぶかな?)
力強く頷いた凛を見て、勇貴は少し安心して、再度妹の頭を撫でてやった。
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勇貴が密かに、妹に指導を行ってから数日後。
幼稚園から帰宅後、近所の母子達と一緒に兄妹で公園に遊びに行った勇貴は、凛が砂場で同い年の女の子と遊び始めたのをきっかけに、声をかけてその場を離れた。
「じゃあ、りん。ぼくは向こうでなおくんとあそんでるから、ここでみんなとあそんでてね?」
「うん、あそんでる」
「りんちゃん、おやまつくろ?」
「うん、つくろう」
そして小さい子が五人程が好きに遊んでいる砂場で、凛が二人で仲良く遊んでいると、少しして声をかけられた。
「……凛ちゃん? 榊凛ちゃんだよね?」
「だれ?」
凛が不思議そうに声をした方を見上げると、啓介が彼女に向かって愛想笑いを振り撒いた。
「おじさんは、凛ちゃんのおじいちゃんだよ?」
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そこで凛は、少し前に聞いた兄の話を思い出した。
「うん、わかる」
「そうかそうか! やっぱり凛ちゃんは勇貴と違って、頭が良いし可愛いな! あの可愛げの無いクソガキとは、えらい違いだ!」
(おにいちゃん、わるくち。やっぱり、はんざいしゃ)
啓介は、凛が自分を祖父だと認識してくれたと勘違いして、満面の笑みで彼女を誉める一方、自分を痴呆老人扱いした勇貴を罵倒した。それで凛の中で、啓介がしっかりと敵認定される。
「おじいちゃん、て、つなごう?」
「おう、そうかそうか。おじいちゃんと、手を繋ぎたいか! よし、何でも欲しい物を買ってやるぞ?」
「じゃあ、あっちいく」
「ああ、行こうか」
「ゆいちゃん、バイバイ」
「バイバイ」
手を伸ばされた啓介は大喜びで彼女と手を繋ぎ、そこで凛は一緒に遊んでいた結衣に別れを告げた。当然結衣は事情など全く分からない為、素直に手を振り返し、そんな彼女に背を向けて、凛と啓介は公園の出口に向かって歩き出す。
(おにいちゃん、いってた。おおきいひと、いるところにいく。おおきいひと……)
勇貴が教え込んだ時、大人がいる所に行くと言う意味で「おおきいひと」と言ったのだが、砂場の近くのベンチで噂話に花を咲かせていた、結衣の母親を初めとする何人かの母親は、全員座っていて背が高くは見えなかった為、凛に「おおきいひと」と認識されなかった。
それで背の高い人を探そうと、公園の外に向かっていた凛だったが、丁度その時、出入り口から三人の男子高校生が入って来た。
「ったく、毎日毎日かったるいよな~」
「全くだぜ。今日はどこ行く?」
「駅前のあそこはなぁ……。最近五月蠅いのが巡回してるんだよな……」
(おおきいひと、いた。じゃあ、なく)
公園を突っ切って近道するつもりの高校生が、自分達に近付いてきた途端、凛は急に足を止め、頭の中で悲しい事を考え始めた。
「……ふえっ、うえぇっ」
「凛ちゃん? どうし」
「うわぁぁ――――ん!! やぁ――――っ!!」
「……あ?」
「何だ?」
「あのじいさん、何ガキを泣かせてんだ?」
その泣き声に、さすがに三人が驚いて揃って目を向けたが、ここで凛が更に仰天する事を絶叫した。
「たすけてぇ――っ!! おじいちゃん、つれてく――っ!! なめる! さわる! て、いれる! いっしょ、おふろ、やだ――っ!! うわぁぁ――ん!!」
「はぁあ!? 何だと!?」
「おい! ちょと待て!」
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「は、はぁ!? り、凛ちゃん!? 何を言ってるんだ! おじいちゃんはそんな事は」
「うわぁぁぁ――ん!!」
「じじい! その腐った手を離しやがれ!!」
「何を、うおっ!! ……ぐはぁっ! 貴様、何を!?」
駆け寄った少年は、凛の手を未だ掴んだままだった啓介の手を引き剥がし、そのまま力一杯彼を突き飛ばした。そして勢い余って地面に尻餅をついた啓介を、問答無用で蹴り転がし、うつ伏せにした上でその背中に馬乗りになって、彼の左肩を抑えつつ、右腕を背後にねじり上げる。手早くそこまでしてから、連れの二人を振り返って叫んだ。すると一人は既に自分のスマホで警察に通報しており、もう一人は凜に駆け寄っていた。
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「やってる! すみません、変質者です! 警察官を至急こっちに」
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「当たり前だ!」
「いててて! このガキども、何をする!?」
盛大に文句を言った啓介だったが、章二と呼ばれた少年は、それ以上の声で怒鳴り返した。
「それはこっちの台詞だ! 昼日中から何しようとした! このロリコンじじい!!」
「誰がロリコンだ! 俺はその子の祖父だ!」
「はぁ? 相手が小さいから分からないと思って、大嘘吐くな!」
「本当だ! 凛ちゃん、俺はおじいちゃんだよな?」
不自由な体勢ながら、必死に顔を向けて凛に訴えた啓介だったが、彼女は力一杯否定した。
「おじいちゃん、ちがう! へんたい! うわあぁ――ん!!」
「ほら見ろ! やっぱり赤の他人だろうが!」
「違うぞ! 俺はれっきとした」
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「いだだだだっ!!」
章二が更に腕を捻り上げて啓介が悲鳴を上げるのを、凛が泣き喚いたと同時に異常に気が付いて子供達の所に駆け寄った母親達が、顔色を変えながら見守る。
「こっちに来て! 離れちゃ駄目よ!」
「怖いわ、こんな所に年寄りの変質者なんて」
「皆、大丈夫?」
「ねえ、へんしつしゃって、なに?」
「ろりこん?」
「しいっ! 見ちゃ駄目よ!」
「あんな人に近付いたりしたら、駄目ですからね!」
そんな騒然とする中、凛を庇うようにしゃがみ込んでいた慎弥が、未だに泣いている彼女に話しかけた。
「おい、お前、ここに一人で来たのか? 誰かと一緒に来たんじゃないのか?」
「ふえぇっ!! お、おにいちゃ、ふえぇぇっ!!」
「うん? 兄貴と来たのか? そいつはどこに」
「りん! どうしたの、だいじょうぶ!?」
「うえぇぇ――――っ!! おにいちゃーん!」
ここで妹の泣き声を聞きつけて、少し離れた所から勇貴が駆け付け、凛が彼に抱き付いた。それを見て安堵してから、慎弥が尋ねる。
「お前、この子の兄貴か? 今までどこで、何してた?」
「ごめんなさい。向こうでともだちと、ゲームしてました」
そこで勇貴が手にしている携帯型ゲーム機を認めた慎弥は、溜め息を吐いてから苦言を呈した。
「……夢中になる気持ちは分かるがな。二人で来ているなら、妹から目を離すな。危うく変質者に連れて行かれるところだったぞ」
「はい、ごめんなさい」
神妙に頭を下げた勇貴を見て、これ以上は言わなくても良いかと慎弥は判断したが、ここで悲鳴混じりの声が上がった。
「ゆ、勇貴君! おじいちゃんだ! 頼むからこいつらに、私を離すように言ってくれ!!」
「何だ? お前の知り合い?」
未だ啓介を押さえ付けたままの章二が尋ねると、勇貴は嫌悪感満載の顔で、啓介を冷たく見下ろしながら吐き捨てた。
「前にぼくをストーカーしてきた、いかれたじいさんです。いちど、けいさつのおせわになったのに、ばかとおなじで、せいへきってしななきゃ治らないんですね。それとも、しんでも治らないのかな?」
そんな情け容赦ない勇貴の台詞を聞いた三人は、揃ってドン引きした。
「げ……、女の子だけじゃなくて、男の子もかよ……。マジで触りたくねぇんだけど?」
「一度捕まっても懲りないとは……。頭も根性も腐ってんな」
「ここまでのゲス野郎って、お目にかかった事無いぜ」
「なっ、何だと、貴様ら!!」
「あ、警察が来たぜ?」
母親達に加えて、何事かと野次馬が少しずつ集まって遠巻きに見守る中、とんでもない濡れ衣を着せられて怒り狂った啓介が怒鳴り散らしたが、ここでサイレンを響かせながら、公園の出入り口前にパトカーが到着した。
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