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箱庭の光景

篠原皐月

(1)ちょっとした出来心

 風呂から上がった隆也が、貴子に声をかけようと寝室に向かっていると、ドアの向こうから彼女の声が聞こえてきた。
「……そうなのよ、祐司。明日そっちに宅配便で送るから、暫く預かっていて頂戴。……ええ、宜しくね」
(何だ? 祐司君に預け物?)
 聞いた内容に特に不審な物は感じなかったが、隆也は何となく引っかかりを覚えながら寝室のドアを開けた。


「貴子、上がったぞ」
「じゃあ入ってくるわね」
 声をかけると貴子はパジャマ片手に立ち上がり、入れ替わりに出て行った。それを見送った隆也は、何気なく足下にあるダンボール箱を見下ろす。


「これか……。祐司君に何を送るって? いつもの料理じゃないよな?」
 時折、一人暮らしの弟の所に惣菜の類を送っている事は知っていたが、普通のダンボール箱ではそれは無いだろうと思いながら、隆也は屈んで蓋を開けてみた。すると案の定、中身は本やファイルの類で、何故こんな物を預かって貰う必要があるのかと隆也は不審に思った。


「これは何だ? レシピ? それに……」
 パラパラと綴じられた用紙を確認し、積み重なっている中身を外に取り出してみる。すると隆也は箱の底から、フォトフレームに入った貴子と見知らぬ男とのツーショット写真を見つけてしまい、瞬時に表情を消した。今よりもかなり若く見える彼女の楽しそうな笑顔を凝視しながら、隆也が一人静かに腹を立てていると、風呂から上がった貴子が寝室に戻って来る。


「いいお風呂だった~。え? ちょっと隆也、何やってるのよ! せっかく詰めたのに!」
 隆也が箱から粗方を出してしまっているのを見た貴子は、驚いて声を荒げたが、彼の手にあるフォトフレームを見て顔を強張らせた。


「何だこれは?」
「何って……、ただのレシピ集とかノート……」
「男の物だよな?」
 貴子の筆跡とは異なるそれを見て、半ば確信しながら尋ねた隆也だったが、ここで貴子は開き直った。


「……だったら何? 何か文句でもあるの? 私の仕事が何か分かってるわよね? どんなレシピを持ってても、構わないじゃない」
「仕事で必要なレシピだったら、手元に置いておくよな? どうしてこそこそ、祐司君の所に送りつける必要があるんだ?」
 フォトフレームをレシピの山の上に重ねながら、隆也が冷え切った声で尋ねると、貴子が思わず悪態を吐いた。


「聞いてたの? 陰険ね」
「聞こえただけだ。話を逸らすな」
 威圧感を増しながら隆也が問い質してきた為、貴子はそれから微妙に視線を逸らしながら、弁解じみた呟きを漏らした。


「あんたの実家の部屋に、どれだけ収納スペースがあるか分からないから、引っ越しの時には必要最低限の物だけ持っていくつもりで……」
「それなら捨てれば良いだろうが」
「…………」
 しかし貴子が面白く無さそうにそっぽを向いて無反応だった為、隆也は怒りに任せて怒鳴り付けた。


「それなら勝手にしろ!」
 そして振り返らずに寝室からキッチンへと向かった彼は、乱暴な手つきで水割りを作り、リビングで一人、飲み始めた。ムカムカしながら飲み進めても一向に怒りが収まらず、寧ろ怒りが倍増していると、何やら玄関へと続くドアの方から物音がしてきた為、無意識に立ち上がる。


「何だ?」
 そして仏頂面のままそのドアを押し開けると、先程までパジャマ姿だった貴子が、コートまでしっかり着込んで大きなスーツケースを引き、今まさにドアから外に出ようとしている所なのを認めた


「おい、貴子。こんな時間に何をやってる」
 隆也は反射的に足を踏み出しながら声をかけたが、貴子は振り返らずに告げる。
「祐司の所に泊めて貰うのよ」
「はぁ? お前、何を言ってるんだ?」
 本気で面食らった隆也だったが、貴子は素っ気なく言い返した。


「『勝手にしろ』って言ったでしょう? だから勝手にさせて貰うわ。おやすみなさい」
「おい!」
 隆也が慌てて声をかけたが、貴子はそれを無視してさっさと外に出て行った。それを唖然として見送ってから、隆也は憤然として自分しかいない玄関で、怒鳴り声を上げる。


「ふざけるな!」
 しかし当然、自分以外にそれを耳にする者はおらず、彼の苛立ちは収まる気配を見せなかった。
 それから少しして、無事に弟のマンションに辿り着いた貴子は、驚いた祐司に洗いざらい事情を説明した。


「……それで? 発作的に出て来てしまったと?」
「だっ、だってぇぇっ……、隆也がっ、これっ……、捨てろってぇぇっ……」
「ああ、久地さんの奴か……。そりゃあ、捨てられないよなぁ……」
 問題になっている人物の事を偶々知っていた祐司が、頭痛を覚えながら同意を示すと、貴子が泣きながら頷き返す。


「う、うんっ……、だけど、隆也これ見たら、怒るかと……、だから祐司に預かっ……」
「俺は怒っても呆れてもいないから、とにかく泣き止め、姉貴」
「ごっ、ごめんね、祐司。夜遅くに、迷惑……」
「ああ、もう分かったから、取り敢えず顔を洗って寝るぞ。そうしないと、朝に酷い顔になるから。姉貴はお肌の曲がり角を、もう何回も曲がった後なんだし」
「あんたは一言も二言も余計なのよっ!」
 差し出したタオルを引ったくり、貴子が泣き喚きながら洗面所に向かうのを見送ってから、祐司は深々と溜め息を吐いた。


「男として、榊さんの言い分は分からないでも無いがな……。ここはやっぱり、少し反省して貰った方が良いよな? 結婚早々、姉貴を泣かせるなんて許せん」
 離れて育った分、実は結構シスコン気味の祐司は、一人で顔を顰めながらそんな事を固く決意した。
 そして翌朝、予想通り職場で隆也からのメールを受けた祐司は、休憩時間に彼に電話をかけた。


「祐司君? 時間を取って貰って悪いね」
「いえ、予めメールで空き時間を尋ねて頂きましたので。榊さんこそ、大丈夫ですか?」
「ああ、暫くは大丈夫だ。それで」
「姉貴が持参してきた、レシピとかの事ですよね?」
「……ああ」
 早速話を切り出すと、隆也は神妙に言葉を返してきたが、それを聞いた祐司は声を潜めて言い出した。


「あれなんですけど……、俺から話を聞いたって事は、姉貴には内緒にして貰えますか?」
「それは構わないが……」
「実はあれって、姉貴にとってはかけがえのない物なんです」
「……え?」
 たかがレシピに何を大袈裟なと、隆也が不審そうな声を返してきたが、祐司はそれには構わず、淡々と話を続けた。


「姉貴が柳井調理師専門学校に入った時の同期の人で、久地仁さん。ツーショット写真もあったと思うんですが、その人が書いたレシピです」
「……どうしてそいつのレシピを、貴子が持っている?」
「その人、姉貴の大親友って言うか恩人って言うか……、もの凄く仲が良かった人なんですよ。例の姉貴が付き合っていた男が専門学校内で二股かけてて、それを姉貴が暴いて騒ぎになった時も、終始姉貴の味方をしてくれましたし。俺も当時一緒に出かけて、引き合わされた事があります」
「へえ? それはそれは……」
 弟公認の男かと、皮肉っぽく言葉を返した隆也だったが、祐司の次の台詞で黙り込んだ。


「そこを卒業する時、二人とも優秀だったので、どちらか一人に柳井クッキングスクールの講師として残って欲しいと打診された時、久地さんはそれをあっさり姉貴に譲って、自分は修行先を探しながら武者修行に出たんですよ。その先で事故に巻き込まれて、亡くなってしまったんですが」
「…………」
 そんな大嘘を吐いた祐司は、相手が黙り込んでいるのを幸い、更なる嘘を盛って作って話し続けた。


「姉貴が、それをもの凄く気に病んでしまって。『私じゃなくて仁が講師として残っていたら、こんなに若死にしなかったかもしれない』って、葬式で号泣しまして。そして彼のご家族にお願いして、遺品の中からレシピを形見分けして貰って、今まで大事に持っていたんですよ。それで」
「分かった、もう良い。ありがとう」
 そこで話を遮ってきた隆也に祐司は礼儀正しく、しかし若干の嫌みを含んだ口調で告げた。


「そうですか……。俺も榊さんの気持ちは分からないでもないですが、少々大人気なかったかと思います。姉貴は頃合いを見て宥めて帰しますが、榊さんも少し反省して下さい」
「分かった。君には面倒をかけるが、宜しく頼む」
 神妙に頼み込んだ隆也だったが、祐司はそれを冷たく切り捨てた。


「俺の姉なんで、世話を焼く事を迷惑だとは思っていません。それでは、お話がこれだけなら失礼します」
「……ああ、時間を取って貰って悪かった」
 最後、微妙に意気消沈しているらしい声で謝ってきた隆也に、祐司はさすがに少し罪悪感を覚えた。


「ちょっと冷たい言い方になったかな?」
 しかしスマホをしまい込みながら、昨夜の貴子の様子を思い返した祐司は、すぐに気持ちを切り替える。
「だけど姉貴を泣かせたんだから、これ位は可愛いものだよな。榊さんにはこの際、とことん反省して貰おうじゃないか」
 そして彼はすっきりとした顔で、何事も無かったように自身の職場へと戻って行った。





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