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箱庭の光景

篠原皐月

高木孝司の場合~最強ストッパー

「……そういうわけで、今度姉貴が結婚する事になったんだ」
 貴子と自分の関係に始まり、これまでの宇田川家との確執を一通り語り終えた孝司は、目の前に正座して黙って話を聞いてくれていた恋人の反応を待った。すると彼女は何度か瞬きしてから、感心した様に感想を述べる。


「なんか、凄い暗闘っぽかったわね~。でもそんな裏事情まで、部外者にペラペラ喋っちゃって良いわけ?」
「香月は他人の裏事情を、ペラペラ喋る様な真似はしないだろ?」
「それはそうだけどね。それで? そもそも私にどうしてあんな話をしたのかが、まだ分からないんだけど。説明してくれない?」
 腕組みをしながら、淡々と香月が説明を求めると、孝司は真顔で告げた。
「俺と一緒に、姉貴と榊さんの挙式と披露宴に出て欲しいんだ」
 そんないきなりの申し出に、大抵の事には驚かない香月も面食らった。


「何で? 私、その貴子さんってお姉さんと、全然面識が無いんだけど?」
「それは俺の婚約者って事で、親戚扱いとかでどうとでもするから」
 ずいっと膝を進めて訴えた孝司に、香月が冷静に指摘する。
「……確かに、孝司とは付き合ってるつもりだけど、婚約なんかしてないわよね?」
 それを聞くなり、孝司はガシッと両手で香月の肩を掴み、滝の様に涙を流しながら叫んだ。


「『付き合ってるつもり』ってなんだよ! それに香月、冷たい! 頼むから俺を見捨てないでくれぇぇっ!!」
「ちょっと! 何でいきなり泣き出すのよ! 落ち着きなさいって!」
 恋人の感情の起伏が、良くも悪くも激しいのは分かっていた香月だったが、孝司が叫んだ内容を聞いてさすがに驚き、慌てて腕を解いて孝司の腕を引き剥がそうとした。しかし相手は益々興奮して、肩を掴む手に力を込めながら訴える。


「お、俺のっ! 俺の初恋の人は、姉貴なんだよ! 母方の祖父さんの初七日の時に、暴言吐きに来た時に初めて会って、一言も話さないでそのまま別れて、初恋自覚した瞬間に失恋って、もうどうしてくれんだよ!!」
「私の方こそ『どうしてくれんだよ』なんだけど? 現在進行形で付き合ってる彼女に、一歩間違えれば近親相姦話なんて、聞かせないで欲しいわ」
 香月が呆れながら文句を口にした途端、泣き喚いていた孝司がピタッと泣き止み、突然真顔になって断言した。


「その可能性はないから。会わないでいるうちに、きちんと気持ちの整理は付けた。再会してからは姉だとしか思ってないし、今は香月だけだから安心してくれ」
「……何で瞬時に真顔に戻るの? 孝司の感情の起伏スイッチってどこにどう入ってるのか、全然分からないわね」
 疲れた様に香月が溜め息を吐くと、孝司が独り言の様に続ける。


「それで……、再会してからも暗い顔をしてる事が多い姉貴に、何とか笑って貰おうと色々馬鹿な事を言ったりやったりして、ずっと頑張ってきたんだけど」
「何か急に話が逸れた上、孝司が馬鹿な事を言ったりやったりしてるのは、いつもの事でしょ?」
 香月が鋭く突っ込みを入れると、孝司は両目にじんわりと涙を浮かべながら、涙声で愚痴を零した。


「やっぱり香月、いじめっ子だ。初対面の時、俺を突き飛ばして倒したし……」
「人聞き悪いわね! 入園式の時にお互いよそ見してて、ぶつかっただけでしょ!? 当時、あんたの方がチビで軽かったのが悪いのよ!」
 幼稚園入園以来の長い付き合いである香月は、憤然として文句を言ったが、孝司はまた話題を変えた。


「男関係でも、色々苦労が多かった姉貴だけど、漸く結婚できるんだ。結婚相手の榊さんは、ガタイが良くて威圧感バリバリで、睨まれるとハンパなく怖くて、変な事をしたらがっつり捕まる腕利きキャリアさんなんだけどさ」
「……あまりお近づきになりなくないタイプだわ」
 思わずうんざりとした表情で香月が零したが、孝司の話は続いた。


「あの面倒臭い姉貴の事を、まるっと丸ごと受け入れてくれる榊さんの様な人が、この世に存在していたなんて、もう殆ど奇跡……」
「だから一々、メソメソ泣かないでよ。鬱陶しいわね!」
「だから、香月に一緒に出席して欲しいんだよぉぉっ!!」
「何が『だから』なのよ! お願いだから、ちゃんとした日本語を喋ってよ! さっきから支離滅裂よ!」
 再び泣き出した孝司の発言の意味が分からず香月が叱りつけると、孝司は何度かしゃくりあげながら目を擦ってから訴えた。


「俺、絶対泣く。賭けても良いが号泣する。式や披露宴の最中で大泣きしたら、周囲からドン引きされるじゃないか!」
「この時点で泣いているのも、どうかと思うんだけど」
 再び冷静に突っ込んだ香月に、孝司が再度瞳を潤ませながら問いかける。


「だけどそんな事になったら、姉貴まで泣き出しちまうかもしれないだろ?」
「さながら『感極まって号泣する父親を見て貰い泣きする花嫁』の図?」
「そう!」
「……あんたはいつ、『年上の娘の父親』になったのよ」
 力強く頷いた恋人を見た香月はげんなりしたが、孝司はそんな事には構わず涙声で本題を口にした。


「せっかくの晴れの日なんだから、姉貴には最初から最後まで、笑ってて欲しいんだよ! だから香月! 俺が泣きそうになったら、殴って蹴って踏みつけて捻り上げて俺を止めてくれ! もうお前しか頼れないんだ! この件については、祐司も両親も当てにならないし!」
 そんな本人にしてみれば切羽詰った訴えを聞いた香月は、僅かに目を細めて文句をつけた。


「あのね……、人を暴力女扱いするのは止めてくれない? それに孝司。ここ、私の家のリビングに繋がってる和室だって事、忘れてない?」
「ちゃんと分かってるぞ? そっちのリビングに、香月の両親と兄さんと妹さんが勢揃いしてるし」
 チラッと香月の背後に視線を向け、「どうも、お騒がせしてます」と涙でぐしょぐしょになった顔を一瞬だけ素にしてぺこりと頭を下げた孝司を見て、香月の家族は全員僅かに顔を引き攣らせながら「どうも……」と応じた。そんな孝司を見て、香月は本気で頭を抱えたくなる。


「孝司……、あんた絶対酔ってるでしょ?」
「だって香月に『大事な話があるから夜に時間取れないか?』って相談したら、『お父さんが、聞かれてまずい話なのか? そうでないなら、家に来て話せって言ってる』って言うから! あのおっかない親父さんが居る場所に、素面で来れなかったんだよぉぉっ!!」
 そこで色々振り切れたのか、孝司が自分の膝に突っ伏して身体を丸めてしくしくと泣き始めた為、香月は盛大に溜め息を吐いた。


「あんた普段は泣き上戸じゃ無くて笑い上戸だし、そんなにチキンじゃない筈なのに……。今日は変なスイッチが入っちゃってるわね。大体あたしと結婚したら、お父さんはあんたの舅なのよ? 怖がっててどうすんのよ。私を奪い取んなきゃいけないのに」
「こ、心の準備がぁ……」
「はいはい。全く始末に負えないわね」
 再び盛大な溜め息を吐いた香月は、苦笑しながら孝司に声をかけた。


「良いわよ? 出てあげようじゃない。お姉さんの挙式と披露宴」
「本当か!?」
 ガバッと勢い良く体を起こし、喜色満面で確認を入れてきた恋人に、香月は笑顔で請け負った。


「その代わり一つ貸しよ? それに出席する時の肩書きは、ちゃんと考えてよね?」
「分かった。恩に着るよ。香月の言う事、何でも聞くから。ありがとう香月、愛してるぅぅっ!!」
「ああ、もう、ほら、泣かない泣かない」
 感極まって香月に抱きついた孝司は、そのまま泣き出した。それを呆れた表情の香月が背中を叩きつつ宥めていると、背後から声がかけられる。


「おい、大丈夫か? 取り敢えずこれを飲んで落ち着け」
「ええと、顔、拭いた方が良いですよ? これ、使って下さい」
「ぅえ?」
 未だ泣きながら孝司が顔を上げると、そこには手に水の入ったコップとタオルを持って、幾分心配そうに見下ろしてくる香月の兄妹の顔があった。それを認めた孝司は、再び涙を溢れさせる。


「おっ、お兄さんも妹ちゃんも良い人だぁぁっ!!」
 そう叫んで、これまで以上に大泣きし始めた孝司を力尽くで引き剥がした香月は、両手で力一杯孝司の頬を引っ張り始めた。


「ええい、鬱陶しいわね! いい加減泣き止め! このボケがっ!!」
「いででででっ!」
「おい、香月止めろ!」
「高木さんの顔が伸びちゃうっ!!」
 そして兄妹二人がかりで香月を制止し、孝司も何とか泣き止んだところで、帰り道で何かやらかしそうだからと心配する兄が、孝司を家まで送って行く事になった。そして一気に静かになったリビングで、香月が妹に問いかける。


「奈月、ちゃんと撮ってた?」
「うん。お姉ちゃん達のやり取りは、一部始終ばっちり撮ってたけど……。どうして撮らせてたの?」 
「だって孝司が『大事な話と頼み事がある』って言うんだもの。貸しが作れるなら、後々言う事きかせられるネタになるじゃない? その証拠作りよ。一生モノよね」
 事も無げにそんな事を言って「うふふ」と楽しげに笑った姉を見て、ハンディカメラで二人のやり取りを録画させられていた奈月は、気の毒そうな顔になった。


「お姉ちゃん、黒い。ちょっと高木さんが可哀想……」
「お前のその性格を知り抜いてても、良いっていう高木君の方が、奇跡だと思うんだが……」
「本当に、そうよねぇ……」
 末娘の呟きに彼女の両親も揃って同意し、近い将来婿になる可能性のある若者の行く末を、少しだけ心配したのだった。



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