フライ・ア・ジャンプ~絵から始まる事件~

篠原皐月

(11)騎士団上層部の動揺

 王太子ジェラルドを含めた関係者を集めての、翌日の打ち合わせを滞りなく進めたバイゼルは、若干険しい表情を緩めながら会議を締めくくった。


「さて、それでは明朝の段取りの確認はできたな。皆、遺漏の無いように」
「念の為、踏み込む直前まで、関係各所に最低限の見張りを配置しておきます」
「ああ。カーネル、宜しく頼む。それではこれで」
 しかし彼が散会を告げようとした所で、室内に複数人が揉めながら押し入った。


「失礼します! 団長とナスリーン隊長に、至急の面会要請が、あ、こら!」
「お前達、勝手に入るな!」
「すみません、ちょっとどいて!」
「隊長、良く分かりませんが、大変っぽいんです!」
「あなた達、一体どうしたの?」
 廊下で警戒に当たっていた黒騎士隊の者を押しのけるようにして、自分の部下達が強引に入室して来た為、ナスリーンは目を丸くしながら声をかけた。すると彼女達が答える前に、その後ろからグレイシアが進み出て、騎士団幹部達に向かって礼儀正しく一礼する。


「皆様、会議中に乱入して、誠に申し訳ございません。ですが、至急お伝えしなくてはいけない事が生じました」
「グレイシア殿、何事ですか?」
 目の前の相手が、普段は礼節と場を弁えている人物なのを知っているジェラルドが、その場全員を代表して尋ねると、彼女は硬い表情のまま報告した。


「白騎士隊のリディアが、先程マークス・ダリッシュの家に向かった可能性があるのです。いえ、かなりの確率で、彼に自首を勧めに出向いたと思われます」
 彼女がそう告げるやいなや、ジェラルドの隣に座っていたランディスが、血相を変えて立ち上がった。


「何ですって! グレイシア殿、それは本当ですか!?」
「はい。迂闊にも私が、彼女にあの男の住所を尋ねられた時に、何も考えずに教えてしまいましたので」
 そう悔しそうに語る彼女の背後から、ラリーサ達が付け加える。


「リディアが夕食の途中で飛び出して行ったきり、まだ寮に戻っていないんです!」
「アルティナさんが、追いかけて行きましたが」
「アルティナまで出ただと!?」
「団長!」
 今度は実働部隊の責任者の一人として参加していたケインが、背後に椅子を蹴倒して立ち上がり、ナスリーンも顔色を変えてバイゼルに視線を向けた。その彼は、傍目には全く動揺する素振りは見せないまま、低い声で確認を入れる。


「両者とも、制服姿のままで……、だろうな」
「その筈です」
 グレイシアが頷くと同時に、室内には溜め息が漏れた。


「また面倒な事に……」
「下手をすると、こちらの動きを察知されるぞ」
「何とかアルティナが、リディアがダリッシュの家に到着するまでに、捕まえてくれれば良いのですが……」
 ナスリーンが本気で頭を抱えて呻いたところで、乱暴な足音と共に一人の年配の男が、その場に乱入してきた。


「ナスリーン隊長! あんたの部下の躾はどうなってるんだ!!」
「え? ルメード殿? どうかされましたか?」
 騎士団の厩舎を預かる人物にいきなり非難されて、ナスリーンが戸惑いながら問い返すと、彼は怒りの形相で吐き捨てた。


「どうもこうも……。白騎士隊の人間が二人、続けざまに馬を勝手に引き出して乗って行きやがったんですよ! ちゃんと手続きを踏ませて欲しいですな! 巡回用の馬を、新たに出す羽目になったんですよ!」
 その行為は確かに規則違反であった為、取り敢えずナスリーンは立ち上がり、この場にいない部下に変わってルメードに対して深々と頭を下げた。


「それは……、誠に申し訳ありませんでした。彼女達には私から重々言い聞かせますし、後で必ず本人達にお詫びに行かせます。勿論、二度と同様の事はさせませんので」
「そうしてくださいよ! 全く、最近の若い奴らは!」
 取り敢えず訴えて気が済んだのか、彼はブチブチ文句を言いながら引き下がり、その場に重い沈黙が満ちる。


「二人とも、馬で行ったか……。カーネル、ダリッシュ家の出入りを監視する為に、張り付かせている隊員はまだ居るな?」
 落ち着き払ったバイゼルの問いかけに、カーネルは硬い表情のまま、上司の言外に含ませた指令を確認する。
「はい、直ちに彼らに連絡して、彼女達が近付いた時点で身柄を確保させます!」
 それに続いて、黒騎士隊隊長のチャールズも声を張り上げた。


「念の為、動ける隊員は全員このまま待機させておけ! 証拠隠滅などさせないように、前倒しで踏み込む事も視野に入れておくぞ!」
「はい!」
「了解しました!」
 その指示を受け、黒騎士隊副隊長のケインは勿論、この会議に参加していた小隊長達が勢い良く立ち上がり、部屋から駆け出して行った。そして、この間事情が全く分からないまま、事のなりゆきを見ていたラリーサ達が、恐る恐る上司にお伺いを立てる。


「あの……、隊長?」
「一体どういう事ですか? 副隊長とアルティナさんは、大丈夫なんですか?」
 不安で一杯の表情をした彼女達を、ナスリーンは何とか笑顔を取り繕いながら宥めた。


「ええ、大丈夫だから落ち着いて頂戴。すぐに二人は戻って来ますから。それでは悪いけど、グレイシアさんを後宮のお部屋まで送って貰えないかしら?」
「分かりました」
「それでは失礼いたします。申し訳ありませんでした」
「いや、あなたの落ち度ではありませんので、お気になさらず」
 ラリーサ達に付き添われたグレイシアが、一礼して部屋を出て行くと、ランディスも無言で立ち上がってドアに向かおうとしたが、その背中に鋭い声がかけられた。


「ランディス、どこに行くつもりだ。お前まで、勝手な真似は許さんぞ」
 そのジェラルドからの叱責に、ランディスが振り返って訴える。


「ですが兄上! 『今回の事が明らかになったら、処罰を受けるであろうダリッシュの絵の評価が落ちる』と、私が今日不用意にリディアに言ってしまったから、彼女がこんな行動に出て」
「それなら尚更現場をうろうろして、騎士団の行動を邪魔するな! 先日、お前が巻き込まれて怪我をしたせいで、周囲にどれだけの迷惑をかけたと思っている!? お前には、王族としての自覚は無いのか!?」
「…………っ!」
 怒りの形相のジェラルドに全く反論できず、ランディスは悔しそうに歯ぎしりした。そんな兄弟の諍いに、バイゼルの冷静な声が割り込む。


「ランディス殿下。部下の不始末は、騎士団できちんと対応致します」
「お気になさらず」
「お二方とも、取り敢えずこの場は、お引き取りくださいませ」
 騎士団長に続き、黒と白、両騎士隊隊長に宥められて、ジェラルドは何とか怒りを抑えながら席を立った。


「それではランディスが余計な事をしないように、説教がてら私が執務室で身柄を預かる。詳細が分かったら、報告を入れてくれ」
「畏まりました」
「ランディス、行くぞ」
「……はい」
 ジェラルドがランディスを引き連れて退出するのを見送ってから、バイゼルはにがり切った表情で溜め息を吐いた。


「全く、困った事になった……。おい、アトラス殿は?」
 ここでアドバイザーとして同席していた筈の、アトラスの姿が無くなっている事に気付いた彼が問いかけると、チャールズも少々驚いたように空いた席を眺める。


「いつの間に……。他の隊員達に紛れて、ダリッシュの家に向かったのでしょうか?」
「それならある意味、現場で臨機応変に対処できるとは思うが……」
「確かにそうですが、アトラス殿はアルティン殿以上に型破りな方でしたから、余計に騒ぎが大きくならないか心配です」
「確かに『あの師匠にしてこの弟子あり』って感じでしたからね」
「…………」
 しみじみとした口調での、ナスリーンとチャールズの台詞を聞いたバイゼルは、一人無言のまま更に渋面になった。





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