フライ・ア・ジャンプ~絵から始まる事件~

篠原皐月

(7)水面下での動き

(最初にジャービスが額縁の中から見つかったから、すっかりそちらに注意が向いていたわね。早速団長に報告して、誰かタシュケルの調査に向かわせないと)
 そんな事を考えながら足早に回廊の曲がり角を曲がろうとしたアルティナは、反対方向から歩いて来た人物と、出会い頭にぶつかりそうになった。


「うおっ!?」
「あ、すみません! アトラス隊長!」
 相手を確認して慌てて謝罪した彼女だったが、かつての上官は苦笑しながら窘めた。


「元隊長、だろうが。こんな人目がある所で、迂闊に口走るな。それより急用か?」
「はい、例の件に関わる事で、これから団長に報告に行くところです」
「朝っぱらから? アルティナがか?」
「…………」
 アルティンならともかく、アルティナがそれほど事情に通じていない事を冷静に指摘されて、彼女は黙り込んだ。


「とにかく、俺にその内容を言ってみろ」
 アトラスに促されるまま、アルティナが周囲を警戒しつつ昨夜から今朝にかけての事情を手短に説明すると、彼は納得したように頷いた。


「……なるほどな。ラズナイアを利用していたか。そこら辺はすっかり抜け落ちていたな。しかしそれをどう、団長に報告するつもりだったんだ? ラズナイアの事を昨夜掴んだのは“アルティン”なのに、翌朝“アルティナ”がいきなりリディアに確認を入れるのは、どう考えても不自然だろうが」
「それは……。アルティナの夢の中にアルティンが出て来て、何か話していたけれど良く分からなかったから、印象に残った単語を聞いてみたとか……」
 苦し紛れにそれらしい筋書きをひねり出したアルティナだったが、アトラスはそれを切って捨てた。


「それが騎士団の内偵に関する事だと、知りようもないアルティナが、勢い込んで騎士団長に報告するのは、もっと不自然だと思わんか?」
「……仰る通りですね」
 全く反論できずに項垂れた元部下を見て、アトラスは溜め息を吐いて苦言を呈した。


「全く……、最近たるんどるぞ。それは俺が偶然ここでアルティナと遭遇した時、リディアと夢についてのやり取りをした話を聞いて、事情を察したという事にして団長に報告しておく。これから訓練場に顔を出した後、団長室に出向くつもりだったからな。予定変更だ」
「宜しくお願いします」
 神妙に頭を下げたアルティナを見て、アトラスは思わず苦笑いした。


「本当に迂闊な奴。稀代の名軍師の肩書きが泣くぞ」
「誓って、自分で名乗ったわけではありませんし、敵が私以上の迂闊者揃いだったんですよ」
「確かにそうかもしれんがな。それでは早速団長室に行くから、お前は通常任務に戻れ」
「はい、失礼します」
 一礼してアルティナが立ち去ると、アトラスは歩いてきた回廊を引き返しながら、低い声で呟く。


「さて、忙しくなりそうだ。今度こそきちんと、根こそぎ退治できると良いが」
 そして険しい顔付きのまま団長室に入ったアトラスは、さり気なく前夜のアルティンの守備をバイゼルから聞き出してから、「そう言えば……」と惚けながら先程出くわしたアルティナから聞いた話を口にした。その途端、バイゼルの顔色が変わる。


「なるほど、詳しく調べさせようと思っていたが、そういう事だったのか……。そうと分かった以上、アルティンが物取りを偽装したとしても、一刻の猶予もならんな」
「同感です」
 アトラスも深く頷く中、バイゼルが声を張り上げた。


「誰かいないか!」
「はい! 団長、お呼びでしょうか!」
 彼の呼びかけに、団長室の前で立哨していた騎士が慌てて室内に入ってくると、バイゼルは彼に素早く言いつけた。


「大至急、黒騎士隊と緑騎士隊に連絡。隊長もしくは副隊長に、即刻こちらに来るように伝えろ!」
「はい、了解しました!」
 命令を受けた彼は敬礼をしてから駆け出していき、騎士団内の一部が密かに慌ただしく動き出したが、それと同じ頃、ペーリエ侯爵邸でも動きがあった。


「すまないな、朝早くから呼び立てて。手紙で伝えるには、少々不都合な事態が生じてな」
「それは構いませんが、何事ですか?」
 朝早くから呼びつけられたトーマスだったが、内心はどうあれいつもの表情で顔を出すと、ジェイドが声を潜めて彼に打ち明けた。


「実は昨夜、この屋敷に賊が侵入してな。書斎がかなり荒らされて、金庫の中の宝飾品や金貨が全て盗られたのだ」
「何ですと!? それは一大事ではありませんか! 届けは出されたのですか?」
 驚愕したトーマスだったが、次のジェイドの台詞で更に顔を青ざめさせた。


「貴重品だけが盗られたなら、そうしたのだがな。室内を片付けながら確認したら、引き出しの二重底になっているスペースに入れておいた書類も、一緒に無くなっていた」
「まさか、侯爵様!?」
「そのまさかだ。あれを目的に忍び込んだとは考えにくいから、金品を盗むついでに、何か私を脅迫するネタを探して、しまい込んでいたそれらに目を付けて洗いざらい盗っていっただけだとは思うが……」
 不安を払拭するようにそう呟いたジェイドだったが、トーマスは全く楽観視していなかった。


「それでも、あまりのんびりとはしていられませんね」
「分かっている。不確定要素は、極力排除しておくべきだろう」
「それでは人の手配を急がせます。この際ご注文になった額縁は、諦めてください。殺しても死体を処理するのに困りますから、準備が整うまではあの額装師は生かしておきますが」
「止むを得ないな。マークスの奴も併せて、処理を頼む」
「お任せください」
 共犯者二人はそこですぐに意思統一し、事態は一気に悪化する事となった。



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