フライ・ア・ジャンプ~絵から始まる事件~

篠原皐月

(13)不穏な気配

 アルティナとのデートを満喫していたと思ったら、最後に予期せぬ事態になった翌日。ケインはいつも通り王宮に出勤し、近衛騎士団の管理棟に出向くなりバイゼルに人払いをして貰って、前日の出来事を報告した。


「それはそれは……。せっかくアトラス殿が気を利かせたのに、最後の最後で残念だったな」
 苦笑いしながら、まず率直な感想を述べたバイゼルに、ケインも苦笑で返す。
「確かに最後は台無しになりましたが、それまではしっかり楽しめましたし、ブレダ画廊への疑惑も深まりましたので、結果的には良かったかと」
 それを聞いて、その場に同席していた黒騎士隊隊長のチャールズが、難しい顔で口を挟んでくる。


「しかし、完全に想定外だったな。麻薬を画廊で、堂々と売りさばいている可能性が出てくるとは。あそこは確かに密輸の実行犯だが、てっきり仲介者を経て、他者が売りさばいていると考えていたぞ」
「アトラス殿もこれまではその推測に基づいて、取引先の業者や出入りの人間を当たっている筈だ。早急に連絡を取って、対策を考えよう」
 バイゼルも険しい顔つきで応じると、ケインが控え目に申し出た。


「それから団長。あの地域の巡回強化に関してですが」
 すると彼に最後まで言わせずに、鋭い声で指示が飛ぶ。
「取り敢えずルートは二倍、巡回回数は三倍に増やせ。黒騎士隊だけでは人員にしわ寄せが来るなら、一時的に赤騎士隊と青騎士隊の中で、定期訓練や休暇で王都内に滞在している隊員を招集する。お前の責任で編成しろ」
「了解しました」
「早速今日から、臨時編成に取りかかります」
 即座に頷いた黒騎士隊の責任者二人に、バイゼルが重々しく頷いてから、ふと思いついた事を口にした。


「それにしても……。お前の話では、先程の内容は先にアルティナが推察したそうだが?」
「はい。私も連中の言動に違和感を感じましたが、特に気にせずに流しておりましたので。彼女が一緒にいてくれて助かりました。夜にアルティンを呼び出して、色々相談しつつ話し込んだのですが、その時にも特に昼間は表に出てこなかったと言っていましたし」
 そう言って真顔で頷いたケインに、上司二人はしみじみとした口調で感想を述べた。


「深窓育ちでも、さすがはアルティンの妹と言う事だな」
「一応、剣の指導を受けていたとはいえ、それほど実戦経験もないのにきちんと襲撃をしのげるとは。持って生まれた戦闘センスと言う物か。いっそ羨ましい位だ」
 そんな事を少し言い合ってから、彼らはそれぞれの仕事を始める為に散って行った。




 その日、ケインと一緒にシャトナー邸から王宮に出勤したアルティナは、昼食時に偶然食堂で顔を合わせた同僚達に、笑顔で挨拶した。


「アルティナ、お疲れ」
「ああ、リディア、お疲れ様。イレーナ、丁度良かったわ。夜に部屋に行こうと思っていたの。昨日は急に、勤務を代わって貰って助かったわ。ほんの少しだけどお土産を持って来たから、受け取って貰える?」
「お互い様だから、そんな事は気にしなくて良いのに……。でもせっかくだから、ありがたく頂くわね」
「ええ、そうして頂戴」
 トレーを抱えていた二人に、空いていた席を勧めて三人でテーブルを囲んだ直後、早速イレーナが興味津々でアルティナに尋ねてくる。


「ところで、昨日のデートはどうだったの? 久しぶりに夫婦水入らずで、楽しく過ごせた?」
 その問いかけに、彼女は苦笑しながら答えた。
「まあ、それなりに。最後はちょっと、トラブルに巻き込まれてしまったけど」
「トラブル? どんな?」
「強盗に遭遇してしまって。取り敢えずケインと私で、撃退したけど」
「強盗!?」
「撃退って、どうやって!?」
 あっさりと彼女が口にした内容を聞いて、リディアとイレーナが思わず声を荒げて身を乗り出してきたが、アルティナは淡々と状況を説明した。


「どう、って……。私はドレスの下の脚に、短剣を忍ばせて持ち歩いていたし、ケインは賊から剣を奪ったから……」
「そんな事、さらっと言わないで……」
 思わず頭を抱えたイリーナの横で、リディアが半ば呆れながら問いを重ねる。


「さすが、シャトナー副隊長……。というか、アルティナもアルティナよね。その口ぶりだと副隊長に守って貰ったりせずに、しっかり撃退してたわね? 何人組の賊だったの?」
「七人だったけど、一応、何とかなったし」
「それに当然、怪我なんかも皆無よね?」
「ええ、まあ……」
「うん、そうよね……。何と言っても『血塗れ姫』だもの……」
「あなた達、もの凄くお似合いだわ」
「どうも……」
 同僚二人に揃って遠い目をされて、アルティナも微妙な表情で頷いた。しかしすぐに気を取り直したらしいリディアが、再び食べ始めながら疑問を口にする。


「でも、どのあたりで襲撃されたの? シャトナー副隊長が付いていて、変に物騒な所には足を踏み入れないと思うのに」
「それが……、グレイド地区なの。あそこにあるブレダ画廊から出て来て、待ち合わせ場所の広場まで近道しようと思って、大通りからそれた横道に入ったところで襲撃されて」
「……ブレダ画廊?」
 それを聞いた途端、微妙に顔つきを険しくしたリディアの手の動きが止まり、イレーナが首を傾げた。


「グレイド地区? そこってそんなに治安が悪かったかしら?」
「少し前までは、そうでもなかったみたいね。それでケインが大丈夫だと判断して通ろうとして、ろくでもない連中に遭遇してしまったの」
「それは災難だったわね。久しぶりに副隊長と、のんびりできる筈だったのに」
 本気で同情していると分かるその表情を見て、アルティナは笑って宥めた。


「でも画廊に寄ったのが、最後だったし。それまでは楽しく過ごせたから、大した問題では無かったわ」
「それなら良かったわ」
 そこでイレーナが食事を再開したタイミングで、リディアが短く尋ねる。


「アルティナ。ブレダ画廊って、例の事で?」
「ええ、ちょっとね。頼まれて」
「そう……」
 他人の目がある為、詳細を口にできずに尋ねてきた彼女に、アルティナも簡潔に返した。それに頷いて返したリディアだったが、その後暫く、難しい顔で何事かを考え込んでいた。





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