フライ・ア・ジャンプ~絵から始まる事件~

篠原皐月

(12)真相

 二人が広場に到着した時には、既に待ち合わせ予定時刻を過ぎていた。一人でやきもきしながら自分達を待っていた御者に詫びを入れてから、二人は馬車に乗り込んだが、無事に走り出した直後にケインが話を切り出す。
「アルティナ。さっき君が口にしていた事だが」
 それにアルティナが即座に応じた。


「さっき襲ってきた連中が口にしていた内容と様子だけど、私達が普通に歩いていたから、羽振りの良い商人だと思っていた風情ではなかった? 貴族なら普通、馬車を使うと思っていたような発言もしていたみたいだし」
「確かにそうだな……。それが?」
「それから、私が箱ごと投げつけて落ちたこの絵を見て、『普通の絵だ』と言って驚いたというか、悔しそうにしていたでしょう?」
 そう同意を求めた彼女に対し、ケインは頷きながらも納得しかねる顔つきになった。


「確かにこれは、ありふれた『普通の絵』かもしれないが、そうなると連中は、俺達がどんな『特別な絵』を持っていると勘違いしたんだ?」
「必ずしも、絵が特別な物だと思い込んでいたのでは無いかもしれないわ」
「……どういう意味だ?」
 咄嗟に意味を捉え損ねたケインが怪訝な顔で尋ねると、アルティナは慎重に考え込みながら話を進めた。


「ひょっとしたら、ブレダ画廊を出た直後から、後を付けられたのではないかと思ったの」
「そこまで鈍くは無いつもりだと言いたい所だが……。アルティナと一緒で少々浮かれて、注意力散漫になっていたかもしれないな」
(それはお互い様ね。私も予想外に購入する羽目になった絵の事で、結構真剣に悩んでいたし)
 密かに反省したアルティナだったが、微妙に逸れてしまった話を、ケインが元に戻した。


「それで? ブレダ画廊から後を付けられた可能性があるのは分かったが、それが何か問題なのか?」
 その問いに、彼女が気を取り直して話を続ける。
「画廊で聞いたでしょう? 最近は平民の人達が、結構絵を購入していくという話を」「ああ、マークス・ダリッシュのあれだな。確かに貴族やその使いが買いに来たなら馬車を使うし、当選広い道を使うから、その場合、路地などで襲う事はないだろうな。それなら連中の狙いは、マークスの絵だったのか? 正直に言わせて貰えば、わざわざ購入する程の物だとは思えないし、ましてや襲って奪う価値など無いと思うが」
 今度は疑わしげな表情で意見を口にしたケインに、アルティナが真顔で告げた。


「だから絵本体では無くて、付属品の方が欲しかったのではないかしら」
「付属品? だが、あの店員が色々説明した中に、『基本的に平民の方に購入し易いように、絵本体のみの販売で額縁なども付けずに、より安値で販売しております』と言っていたから、付属品なんて……」
 そう反論しかけたケインだったが、急に何かを思い付いたように口を閉ざし、若干険しい表情になって問い質した。


「そういえば、あの店員が言っていたな。『ここに飾ってあるのは見本品で、複製品を多数作製してある』と。その中に予め何か仕込んだ物を準備しておいて、例えば『この花の絵が欲しい』と言えば、すぐに奥の部屋か倉庫からそれを入れた箱を出して、売ると言うわけだよな?」
 そう確認を入れてきた彼に、アルティナが真顔のまま頷く。


「そういう事ではないのかしら。一般的な絵の値段よりは安値。でも廉価版の複製品とすれば、その価格は一応納得できない事もないけれど……」
「だがそもそも絵の値段としての設定ではなくて、麻薬の価格設定か」
「絵の大きさに比例して値段も上がっているけれど、同様に箱に仕込んである麻薬の量も増量してあると考えれば、納得できないかしら?」
 その意見に、ケインは徐々に顔を怒りに染めながら相槌を打った。


「それなら納得できるな。普段、あまり絵を買わないような平民が、ブレダ画廊で買うならマークス・ダリッシュの絵。そしてそれが入った箱の中には、実は連中が欲しい物が入っている、か?」
「襲撃されてそれを奪われても、正直に申告したら捕まるのは麻薬を使っていた自分達も同じ。だから単に絵を盗まれたり、金品を盗まれた事にしたとは考えられない?」
「それに、強盗事件が有った事実すら、公表しない場合もあるな……。くそっ! そう考えると、報告書が上がっている以外に、相当数の襲撃事件が発生しているな!?」
「ひょっとしたら、そうかもしれないわ……。入った当初から思っていたけど、あの辺りの活気の無さはおかしかったもの。普段から麻薬中毒患者がうろついていて、騒ぎが起こりやすくて住人が警戒していると考えているなら、納得できるわ」
 アルティナが真顔で無意識に口にした内容に、ケインが引っかかりを覚えて尋ねた。


「アルティナ? あの辺りに、以前出向いた事があるのか? アルティンが死ぬまで殆ど領地で暮らしていたし、王都に来てからも出歩いた事は殆ど無かったと聞いていた筈だが」
(げ!? ついうっかり、以前緑騎士隊で見回っていた頃の話をしちゃったわ!)
 不思議そうに彼に言われたアルティナは、慌ててその場を取り繕った。


「え、ええと……、偶々兄が以前王都について、あの辺りの事について話していた事を思い出したの。広い街路とは違う、庶民の雑多な活気が溢れている場所だとかなんとか……」
「そうだったのか。確かにアルティンは、ああいう所には好んで足を伸ばしていたしな」
「そうみたいね」
(あっ、危なかった……。つい考えた事をだだ漏れさせちゃったわ)
 取り敢えず納得して貰えたらしいと判断したアルティナが胸をなで下ろし、さらに“素人と大して変わりないアルティナ”をアピールする為に、わざと尋ねてみる。


「ケイン、どうするの? 騎士団長に報告して、ブレダ画廊を捜索して関係者を捕縛するの?」
 その問いに、彼は益々難しい顔つきになりながら、彼女に説明した。


「いや、今回の事はあくまで状況証拠だからな。いくらそう推察できても、現物はまだ目にしてはいないし、仮に踏み込んでジャービスが出てきたとしても、密輸ルートを完全に把握できないままだと、すぐ他の方法で出回るだけだ。当面は調査を継続させつつ、あの地域の巡回ルートと担当人数を増やして、これ以上の襲撃事件の発生を防ぎつつ、連中がボロを出すのを見張っていくしかないな。勿論、進展があったら直ちに捕縛する事になるだろうが」
「それもそうね……。ごめんなさい、何も知らないで簡単そうに言ってしまって」
 面目なさそうに軽く頭を下げて謝ってきたアルティナを、ケインが穏やかに宥める。


「いや、確かに中毒症状がでている人間がいる可能性を考えると、早急に小売りの売人を取り締まるべきだとは思う。なるべく早く事を進める様に、上層部とも相談するから」
「そうね。黒騎士隊は特に、王宮と王都内の治安維持が主な任務ですものね。頑張ってね?」
「ああ、勿論だとも」
 さり気なく笑顔で激励すると、ケインも笑って頷く。それを見ながらアルティナは(今日もシャトナー邸に一泊してから王宮に出仕するし、夜寝る前に酒を飲まされるな)と、推察した。


「やあ、毎回呼び出して悪いな、アルティン」
「ケイン、お前な……。しかも、今日の昼のあれは何だ。少しはアルティナを庇わないか。殆ど放置しやがって」
「いや、だがアルティナの腕は、お前が入れ替わっていなくてもなかなかのものだぞ? お前だってそれは一応分かっているから、今日は無理に表に出てこなかったんだろう?」
「それはそうだがな。ところで、ブレダ画廊の件で俺を呼び出したんだろう?」
「ああ、早速だが、お前の意見を聞かせてくれ」
 その夜予想通り、飲めない酒で酔い潰されたという演技の下、彼女はアルティンの口調でケインと軽口を叩き合ってから、少しの間、深刻な表情で諸々の事を語り合った。





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