藤宮美樹最凶伝説

篠原皐月

美樹二十歳、桜からの贈り物

「皆、今日はこんな辛気くさい所に顔を出してくれてありがとう。せっかく来てくれたから、皆にプレゼントをあげるわね」
「プレゼント?」
 首を傾げた美昌に、桜が頷いて話を続ける。


「ええ。あなた達全員に、この部屋にある物の中で、欲しい物を何でも一つだけあげるわ。好きな物を取りなさい。ただし、喧嘩はしないでね?」
「わ~い! ありがとう、桜さん!」
「それじゃあ、何にしようかな?」
 桜の台詞を聞いて、美昌と美那は早速周囲を見回し始めたが、陸斗は困惑顔で、美久ははっきりと顔を強張らせて立ち尽くしていた。そんな彼らに、桜が声をかける。


「ほら、陸斗君も美久君も、変に遠慮なんかしなくて良いのよ?」
「うん、わかった」
「はぁ……、どうも……」
 そして陸斗は難しい顔をしながらも、周囲を見回しながら壁際に向かって歩き出したが、美久はすぐ隣に立っていた姉に、険しい表情のまま囁いた。


「ちょっと姉さん! 入った時から、この部屋のインテリアがどう考えてもおかしいと思っていたけど、こういう事だったのか?」
 飾り棚に一面に飾られた模型や貴金属に加え、棚に納まりきらない物が複数のテーブルに無造作に置かれている光景に、美久は当初から眩暈がしていたが、美樹はそんな弟から視線を逸らしながら、弁解がましく呟いた。


「桜さんから、これらを揃えてくれと言われてはいたけど、本当にあんた達に選ばせるつもりだったとは、思わなかったわね」
「あの飛行機とかクルーザーとかスポーツカーとのミニチュアは、あれを選んだらもれなく本物が貰えるわけじゃないよな?」
「……貰えるんじゃない?」
 険しい表情で確認を入れた美久だったが、美樹は他人事のように告げる。


「それならあのビルとか、別荘っぽい精巧な模型はともかく、あの辺りのモデルガンとかは? 全然洒落にならないんだけど?」
「…………」
 全く反論できない美樹が押し黙ったが、美久は真顔で常識的な事を口にする。


「いや、それよりも何よりも、自宅に金塊とか札束を山積みにして飾ってあるなんて良識を疑われるし、防犯上の問題があると思うけど」
 しかしそこで美昌が札束、美那が金塊を持ち上げながら、桜に明るい声で呼びかけた。


「桜さん、私、これが良い!」
「僕、これが良いな~! 頂戴?」
「はいはい、構わないわよ? あ、それは一山で一つ扱いだから、そこにある分は丸ごと持って帰って頂戴ね」
「やった! もって来たエコバックが、だいかつやくだ!」
「う~ん、全部貰えるのは嬉しいけど、どうやって持って帰ろうかな。カートは持って来なかったし。ちょっと重いよね……。お兄ちゃん、お願い!」
 満面の笑みでいそいそと持ち帰りの手筈を整える弟妹を見て、美久は盛大に溜め息を吐いた。


「即座に金塊と札束を選び取るのって、人間性に問題は無いのかな……」
「美久。あんた仮にも実の弟妹に対して、なんて事を言うのよ」
「これで陸斗君が重火器を選んだりしたら、どうリアクションするべきなんだろうか……」
「見なかった事にすれば良いわよ」
「できるわけ無いだろ!?」
 年長者達の間で、囁き声でそんな会話が交わされる中、陸斗は一人難しい顔のまま、部屋の中を行ったり来たりしていた。


「う~ん」
「陸斗君、本当に遠慮せずに、何でも一つ選んで良いのよ?」
 陸斗が遠慮しているのかと思った桜が声をかけると、彼は振り向いて真顔で確認を入れてきた。


「さくらさん、ほんとうにこのへやの中にあるなら、何でもいいの?」
「勿論よ。こんな年寄りになってから、子供に嘘はつかないわ。遠慮なくおっしゃい?」
 そう桜が微笑むと、陸斗がすかさず声を上げる。


「それじゃあ、さくらさんをちょうだい?」
「はい?」
「え?」
「はぁ?」
 その予想外のおねだりに、尋ねた桜は勿論、美樹と美久も目を丸くしたが、陸斗は大真面目に訴えた。


「あのね、ようちえんの友だちには、おじいちゃんやおばあちゃんがいるの。だけど、僕には、お父さんのほうも、お母さんのほうもいないんだよ。四人いる友だちもいるのに、一人もいないなんていやだもん。だからさくらさんが、僕のおばあちゃんになって?」
「…………」
 それを聞いた年長者達が揃って黙り込むと、陸斗は周囲を見回してから心配そうに尋ねてきた。


「……やっぱりだめ?」
 するとここで気を取り直した桜が、笑いながら了承の返事をする。
「良いわよ? こんなしわしわのおばあちゃんで良かったら、陸斗君のおばあちゃんになってあげる」
 それを聞いた陸斗は、満面の笑みで喜びの声を上げた。


「やった! おばあちゃんができた! みんなにおしえていい?」
「もちろんよ」
「良かったね、陸斗君。滅多におばあちゃんなんか貰えないよ? 流石だね」
「うん!」
「しまった……、僕も桜さんをおばあちゃんに欲しいって言えば良かった。おじいちゃんしかいないし」
「よしまさお兄ちゃん、さくらさん、あげないからね?」
「分かったよ。横取りしないよ? 言ってみただけだからね」
「よかった」
「美昌、意地悪言わないの」
 美那と美昌が陸斗を挟んで、ほのぼのと和んでいるのを見た美久が、目頭を押さえながら呟く。


「駄目だ……。安心したのと陸斗君の純粋さに感動して、涙が出そうだ……」
「ぐだぐだ言って無いで、あんたもさっさと一つ選びなさいよ」
 すると美久は瞬時に真顔になって、あるビルの模型を指さしながら即答した。


「あ、それはもう決めてるから。あのビルにするよ。桜さんの事だから都内一等地の立地の筈だし、賃貸収入を当てにする他に、選挙対策事務所を入れても良いし」
「一番欲にまみれてるのはあんたでしょうが! 少しは陸斗君を見習いなさいよ、この俗物!」
 そこで美樹は再度雷を落とし、そのやり取りを聞いていた桜は、暫くの間楽しげに笑い続けた。


 その後、無事美樹の誕生日パーティーはお開きになり、加積家の車で自宅マンションまで送って貰った陸斗は、帰宅するなり嬉々として両親に報告した。
「それでね? さくらさんを、おばあちゃんにもらっちゃったんだ!」
「…………」
 一部始終を陸斗が報告し終えると、寺島は憮然とした表情で押し黙り、妻の心海はそんな夫の顔色を窺いながら、苦笑の表情でコメントした。


「あらあら……、陸斗ったら、随分なものをおねだりしちゃったのね」
「それでよしきお姉ちゃんが『そぼとまごなら、ていきてきなスキンシップをしなくちゃね』って言って、これをくれたの」
 そして陸斗が持って帰って来た紙袋から取り出した箱を見て、心海は完全に困惑顔になった。


「これって……、iPad?」
「それで、かおを見ながらおはなしできるんだって。『パパにせっていしてもらいなさい』って言ってたよ?」
「Skypeとかでって事よね……。豊さん、どうすれば良いかしら?」
 妻から懇願された寺島は、苦虫を噛み潰したような顔になり、呻くように応じる。


「突っ返すわけにもいかないし、返してもなんだかんだ理由を付けて、押し付けられるに決まっている。仕方がないから設定してやるが、制限はかけろ。陸斗はまだ幼稚園児だからな」
「分かったわ」
 それを聞いて安堵した心海は、陸斗に向き直って言い聞かせた。


「陸斗、使わせてあげるけど、決めたルールはちゃんと守るのよ?」
「うん!」
「それから、お父さんにお礼を言いなさい」
「お父さん、ありがとう!」
「……ああ」
「それから美樹さんに、職場でお礼を言っておいてね?」
「…………分かった」
 陸斗のお礼の言葉には諦めの表情で頷いた寺島だったが、心海から頼まれた内容には、仏頂面で心底嫌そうに応じた。
 その日、休日出勤していた和真は、夕方に屋敷に戻るなり、桜の部屋に顔を出した。


「ばあさん、戻ったぞ」
「あら、和真。今、公社から戻ったの? 今日の話は聞いた?」
「ああ。予想通りの美久達の選択には呆れたし、予想外の陸斗の選択には驚いたがな」
 ベッド脇の椅子に座りながら和真が溜め息を吐くと、桜が横になったまま彼の方に顔を向けて笑う。


「本当に美久君達は美樹の弟妹なだけあって、どんな事があっても心配要らないわね。そういう事だから、生前贈与の手続きをお願い」
「分かった。きっちり進めておく。それはそうと、陸斗の事だが……。ばあさんは、それで良いのか?」
「これから大して生きられないくせに、がっかりさせるなって事かしら?」
「わざわざ言葉を濁したのに、はっきり言うな」
 和真は軽く顔を歪めたが、桜は苦笑いの表情で応じる。


「構わないんじゃない? 寧ろ良かったわ。こんな私だからこそ、陸斗君に教えてあげられる事があるもの」
「おい、陸斗に何を教えるつもりだ?」
(陸斗に変な事を吹き込んだりしたら、寺島が今度こそキレるな。一言注意しておくか)
 ここで渋面になって注意しようとした和真だったが、次に桜が発した台詞に意表を衝かれた。


「人が死ぬって事がどんな事かを、陸斗君に教えてあげられるわ」
「……え?」
 和真が本気で当惑すると、桜が淡々と話を続ける。


「最近は核家族が普通だし、身近で人が亡くなるのを見て育つ子供は少ないでしょう? 祖父母はいても遠く離れて暮らしていて、臨終に立ち会ったり、お葬式に出席する事も無いかもしれないわ」
「確かに、そうかもしれんな」
「私が死んだら、陸斗君は悲しんでくれるかしら?」
「あのガキなら泣くだろう。美樹達も泣くだろうがな」
 何を当たり前の事を言っていると呆れている和真に、桜が微笑みながら告げた。


「それなら陸斗君は、それからは私の分も、自分の親を大事にしてくれると思わない? 私はそれで十分よ」
 静かにそう述べた桜の顔を、数秒の間しげしげと眺めた和真は、皮肉っぽく笑いながら感想を述べた。


「そうか……、あんたにしては珍しく、欲の無い事だな」
「だってこの期に及んで欲張っても、仕方がないものね? それに欲しい物は殆どあの人がくれたから、思い残す事は殆ど無いし」
「他人がどうこう言ってても、結構充実した人生だったって事か」
「私の人生よ。他人がどうこう言う権利も資格も無いわ」
「それもそうだな」
 そこで二人は顔を見合わせ、少しの間楽しげに笑った。



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