悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(59)譲れない条件

「ルーナ。実は俺、今回領地に行ったついでに、ちょっとした用事を済ませてきたんだ」
「何か、領地の運営に関してですか?」
「いや、極めて個人的なことだ」
「そうですか?」
(なんだろう? 急に改まったような言い方に聞こえたんだけど。個人的な事みたいだし、気のせいかしら?) 
 急に真顔になってヴァイスが言い出したのをみて、ルーナは首を傾げた。すると彼は幾分躊躇してから、重い口を開く。


「いや……、その、だな。ルーナからご実家宛の荷物を言付かったから、そのついでに皆さんにご挨拶してきたんだ」
 それを聞いたルーナは、目を丸くした。


「ご挨拶って……、そんな。ちょっとした荷物を届けるのをお願いしただけなのに、わざわざ家族全員に挨拶をしてきたんですか?」
「いや、そうじゃなくて」
「知らなかったです。ヴァイスさんの育った家って、凄く厳格な家だったんですね。届け物で訪問しただけで、そこまで畏まる必要はなかったのに、気を遣わせてしまってすみません」
「この場合、気を遣うのは当然だから! 俺は結婚を了承して貰うために出向いたわけだし!」
「……はい?」
 大声でヴァイスが主張した内容を聞いて、ルーナの思考が停止した。そして店内が静まり返る中、他の客達の視線を浴びながら、ルーナはものすごく疑わしげに確認を入れる。


「あの……、一応確認しますけど、誰と誰の結婚ですか? ヴァイスさんとアリーじゃありませんよね?」
「どうしてそうなる!? 俺と君に決まってるだろ!!」
 思わず声を荒らげたヴァイスだったが、ルーナはそれ以上の勢いで言い返した。


「それこそ、どうしてそうなるんですか!? 私これまで、ヴァイスさんから結婚を申し込まれたりしていませんよね!?」
「確かにそうだよ! 順番が色々おかしいって、全面的に認めるさ! だからこれから結婚を前提に、俺と付き合ってくれ!」
「ちょっと待ってください! いきなりそんな事を言われても!」
「本当だったら、この1年くらいで色々話を進めるつもりだったんだが、ナジェーク様の人使いが荒くて荒くて! 休みを合わせて君を誘うのも、一苦労だったんだ!」
「ええ……、それはまあ、そうでしょうね……」
 ヴァイスの心からの叫びを聞いて、ルーナはさもありなんと納得すると同時に、凄く同情してしまった。


「それで今回エセリア様に同行して君がアズール伯爵領に移住することになったし、幸い俺自身もそちらに異動になったし、また状況が変わる前に話を進めておかないと駄目だろうと思ったんだ」
「状況がどう変わるんですか?」
「俺が将来、王都や公爵領での勤務になる可能性がある」
「なるほど……。確かにそうかもしれないですね。それで本人を本格的に口説く前に、実家に突撃訪問してきたと……」
「ああ」
(もう、本当に順序が逆よね!? どうして私の回りってエセリア様といいナジェーク様といい、予想外の行動に出る人が多いのかしら!)
 頭痛を覚え始めたルーナだったが、済んでしまった事をどうこう言っても仕方がないと思い返し、現実的な問題について尋ねてみた。


「因みに実家を訪問した時、家族は何か言っていましたか?」
「ええと……、君の従兄や妹さんは大歓迎してくれた。伯母さんやお祖母さんの反応も悪くなかったと思うが……」
「伯父やお祖父さんは?」
「なんだか、あまり反応が無かったような……」
(多分、寝耳に水の求婚者なんかが現れたから、伯父さんとお祖父さんは理解が追い付かなくて固まっていたんじゃないかしら? 正気に返った後の反動が恐いわ)
 少々自信なさげに報告してきたヴァイスを見て、ルーナは溜め息を吐いた。
 しかしすぐに苦笑いの表情になって話を続ける。


「この間の経過は分かりました。取り敢えず、結婚を前提にお付き合いしても良いですよ? 他に付き合っている人もいないですし、ヴァイスさんとは気が合うし働き者ですし、ナジェーク様の側近で将来も安泰っぽいですし」
「本当か!?」
「ただし、条件が一つだけあるんですけど」
「何かな?」
 嬉々として応じたヴァイスだったが、ルーナが真顔になって付け加えてきたことで慎重に問い返した。すると彼女が重々しく告げる。


「ヴァイスさんの勤務地が変わる可能性がある以上、結婚したら私も一緒に移住することになりますよね? だから結婚するまでに、私の後任を探す必要があります。この条件は譲れません」
「後任って……。そうか……、エセリア様専属メイドか。確かに、滅多な人間には務まらないだろうな……」
 ルーナの説明を聞いたヴァイスは、納得して深く頷く。


「見所のある後輩がいたら、鍛えないといけないですね。ロージアさんとケイトさんにも、私以上の逸材がいたら紹介して貰うように、お願いしておかないと」
「分かった。俺もあちこちに声をかけてみよう」
 そこでなんとなく顔を見合せた二人は、どちらからともなく笑い出してしまった。それから二人は結婚云々の話はひとまず置いておき、他の他愛もない話をしながら食べ進めていった。


(受け取った手紙には、絶対ヴァイスさんのことが書いてあるわよね。「どうして黙っていたのか」とか「結婚式はいつか」とか書いてあるんだろうな……。伯父さんとお祖父さんの反応も、どう転ぶか良く分からないしね。でも、まあ……、なんとかなるかな? エセリア様の言動よりは予想がつくし、傍迷惑ではないだろうし。あのエセリア様を任せられる後任を、本当に頑張って探さないとね)
 ヴァイスとの会話の合間に、今後のことについて色々と思いを馳せていたルーナは、一人密かにそんな決意をしていた。


(完)



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