悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(54) 心の叫び

「陛下。誠に申し訳ございません。騒動を引き起こしたアリステアに代わって、心から謝罪いたします。今回の事では、後見人たる私の責任も免れません。潔く職を辞して、国教会から退く所存でございます」
「いや、ちょっと待て、ケリー大司教。少し冷静に話し合おう」
(確かに後見をしていた大司教様が責任を感じるのは仕方がないけど、あの人がやらかした諸々に関して大司教様が責められるいわれはないわよね? エセリア様、どうするつもりですか? ご自身や学園内だけに留まらず、外部にまでこの騒動の影響が出てしまっていますよ?)
 ひたすら恐縮しながらケリーが申し出た内容を聞いて、エルネストは困惑しながら彼を翻意させようとした。無意識にルーナがこの騒動を引き起こした真の張本人に目を向けると、その視線の先でエセリアが静かに語り出す。


「ケリー大司教。お気持ちは分かりますが、それは少々筋が違うのではありませんか?」
「エセリア様?」
「確かに聖職者として、忸怩たる思いであるのは理解できます。ですが厳しい言い方になるかもしれませんが、引退して国教会を去るのは、単に責任から逃げるだけではありませんか?」
「それは……」
 エセリアが正論を繰り出し、ケリーが戸惑いの表情を浮かべたところで、彼女は顔つきを改めて話を続けた。


「ケリー大司教。仮に、今回の騒動に関してあなたに責任があるのなら、私にも同様にあるのです」
「どういう意味ですか?」
「彼女が入学する前、既に学園に在籍していた私に『彼女にできるだけの助力を』とのお話がありました。その時に私は『上級貴族の私が表立って目をかけたら、彼女が却って他の下級貴族や平民出身の生徒の反感を買う可能性があるので、何か問題が生じた場合、陰ながらフォローします』とお約束しました。覚えていらっしゃいますか?」
「はい、その通りです。エセリア様の配慮に、感謝しておりました」
(エセリア様ったら、国教会に出向いた時にそんなお話をされていたんですか!? 別室で控えていたから、全然知らなかったわ)
 ルーナは唖然としたが、真顔でのエセリアとケリーの話は続いた。


「それで当初、殿下が彼女を自らの側近くに置くようになった時、私は喜んだのです。私よりも殿下に目をかけて貰えた方が、周囲に対する影響ははるかに大きい上、異なる価値観の生徒と交流を深める事は、殿下の見識を深める事にもなりますから。ですが……、次第に殿下は、何事においても彼女に便宜を図るように……。そもそも以前、大司教との話題に出た音楽祭も、得意な演奏で彼女の学園内での知名度と好感度を高めようと、殿下が企画されたものだったのです」
「それは存じませんでした。アリステアからは、そんな事は一言も……」
「仮にも殿下が企画された行事です。婚約者である私は殿下からの参加要請に従いましたし、担当教授に何の断りも無く彼女だけ五曲演奏した事も、『退出する生徒を送り出す為の曲』と誤魔化して、周囲から反感が出るのを抑えました」
「そうでしたか……。エセリア様に、陰でそんなフォローをしていただいたとは」
「なるほど、そういう事情だったのね」
「エセリア様が彼女についてのあれこれを、極力騒ぎにしないように抑えていた理由が、漸く納得できたわ」
 エセリアの話を聞いたケリーが呆然としながら呻く一方で、観覧席のあちこちから納得したような呟きが漏れる。


「実際にあの二人の間で、どのような話がされていたのかは存じません。確かに最近、殿下との意志疎通に不安を感じていましたが、卒業してこれから公務が増えるに従い、王太子としての自覚を新たにし、私との関係も見直していただけると、愚かにも一昨日まで信じておりました。ですが私のその甘さが、水面下で事態の悪化を招いたのです。ですから、ケリー大司教に彼女に対する監督責任が生じるなら、私にも殿下との関係を正常に保てなかった、婚約者としての責任がございます」
(エセリア様……、凛とした決意に満ちた表情でいらっしゃいますが、真相を知っている身としては白々しいの一語に尽きるのですが?)
 ルーナはうんざりしながら芝居がかったエセリアの台詞を聞き流していたが、それを聞いたケリーは、彼女の主張を真っ向から否定した。


「そんな事はありません! エセリア様は、れっきとした被害者ではありませんか!」
「私は自らの思い上がりと判断の甘さを猛省し、今後は一層この国の発展と繁栄の為に、力を尽くしていくつもりです。ですからあなたも、例え周囲の人間に白眼視されようとも、これまで通り国教会内に留まり、以前の彼女のように頼るものの無い、困難に直面した弱い立場の人々を、一人でも多く救う事に尽力していただけないでしょうか?」
 切々と訴えたエセリアに続き、国王夫妻も揃ってケリーに言い聞かせる。


「誠に、エセリア嬢の申す通り。私としても、そなたの責任を問おうとは思わない」
「万が一、国教会内であなたの責任を問う声が上がるなら、陛下と連名でそれに対する意見書を国教会に提出しましょう。これからも末永く国教会と国民の為に、力を尽くしてください」
 そんな思いやりに満ちた台詞を聞いたケリーは、そこで不覚にも落涙し、深々と三人に向かって頭を下げた。


「エセリア様……。それに国王陛下、王妃陛下……。この身に余るご厚情、誠に、感謝の念に堪えません……。分かりました。この命ある限り、全力でこの国と国民の為に、力を尽くす事を誓います」
 その涙声でのケリーの宣言の直後、観覧席の前方で彼を励ますように拍手が起きた。それは瞬く間に観覧席を広がっていき、講堂中が温かい拍手に包まれる。そしてとうとうむせび泣き始めてしまったケリーにエセリアがハンカチを差し出し、学園長のリーマンが彼を慰めるように声をかけながら誘導して講堂から退出していった。


(なんかものすごく感動的な良い感じで、騒動が収束したみたいですね。専属として仕えている相手に対しての台詞ではないと分かってはいますが……、心の中で一回だけ言わせていただく分には構いませんよね? というか、言わずにはいられませんから! もう本当にエセリア様って、呆れるくらい悪辣で性悪な策士様ですよね!?)
 ルーナが心の中でそんな事を絶叫していると、エルネストが静かに立ち上がって厳かに終了を宣言する。


「それでは当審議は、これで終了する。皆、ご苦労だった」
 それを聞いて講堂内の全員が立ち上がって一礼し、国王夫妻が退出するのを微動だにせず見送った。
(うん、一回言ったらスッキリした。これ以後は何も言わずに、仕事に専念しよう)
 国王夫妻が退出すると同時に、エセリアを女生徒達が取り囲んで歓喜の叫びを上げ、その場は喧騒に包まれた。しかし彼女達の多くは本来学園内に無許可で入場できない卒業生達であり、控え目に教授達に退出を求められ、すぐにその場はお開きとなる。エセリアは彼女達やコーネリアと幾らか言葉を交わしただけで別れ、離れた場所で待機していたルーナの所までやって来た。


「待たせたわね、ルーナ」
 実に満足げな明るい笑顔に、思わずルーナは冷め切った声で返してしまった。
「エセリア様。今日のあれは、一体何だったんですか?」
「何って、審議だけど?」
「単なる自爆披露会と、嘘八百告白会じゃありませんか。どこが審議だと言うんですか。あまりにも馬鹿馬鹿しくて、途中でよっぽど帰ろうかと思いましたよ」
 ルーナが思う所を正直に述べると、さすがにエセリアは少々居心地悪そうに答える。


「……そうかもね。気持ちは分かるわ。ああ、ルーナ。帰り道で国教会総主教会に寄るから、そのつもりでね」
 そこで歩き出しながらさり気なく告げられた内容に、ルーナは激しく動揺した。
「今度は総主教会で、何をなさる気なんですか!?」
「人聞きの悪い……。人助けだから安心して」
「全然安心できません!」
(もう本当に、私の知らないところで何をやらかしてくれているのよ、このお嬢様はっ!?)
 前々から自分が仕えている相手が、普通の貴族のお嬢様ではないと理解していたつもりではあったが、この間のあれこれで、慢性的な精神的疲労を覚えていたルーナだった。







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