悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(48)前日の騒動

 建国記念式典の翌日は、朝からコーネリアとレオノーラの訪問で騒々しかったシェーグレン公爵邸だが、さすがに夕刻ともなると訪問客や連絡を取ってくる者もいなくなり、落ち着きを取り戻していた。


「さてと……、明日の装いがどんな感じのものが良いかしら。エセリア様が食堂から戻られる前に、ある程度の方向性を固めておきたいけど……」
 エセリアが両親と共に食堂で夕食を取っている時間帯。翌日のエセリアの服装について、彼女の私室から繋がっている衣装部屋で、ルーナは一人悩んでいた。


「両陛下ご臨席の場だから、普段着ではなくてそれなりの格式が必要よね。でもあまり派手すぎると周囲を威圧して傍若無人な印象を与えることになりかねないし、和やかなお茶会などではなくてエセリア様に対する審議の場であることを考えると、上品かつ控え目に、だけどグラディクト殿下に見劣りしない程度の華やかさとなると……。意外に匙加減が難しいわね……」
 独り言を呟きながら、取り敢えず選び出してみようかとルーナがエセリアの衣装を幾つか選り分けていると、ドアが控え目にノックされてミレディア付きのメイド達が現れる。


「ルーナ、ちょっとお邪魔するわね」
「はい、構いませんが……。三人ともお揃いで、どうかしましたか?」
 何か緊急の用事なのかと思ったルーナが尋ねると、三人を代表してナディアが答えた。


「奥様から、明日のエセリア様の装いについて、あなたとエセリア様に助言するように指示されたのよ。明日のエセリア様のお立場と出向く先を考えたら、なかなか判断が難しいでしょう?」
「ありがとうございます、本当に助かります! 誰かに相談して、意見を貰おうと思っていたところでした!」
 ありがたい申し出に、顔つきを明るくしてルーナが礼を述べると、三人は頼もしげに満面の笑みで応じる。


「任せて頂戴。明日はエセリア様には非の打ち所のない出で立ちで、審議の場に出向いていただきましょう」
「さあ、そうと決まれば、まずドレスからよ」
「派手すぎず、かといって地味すぎずでしょう? そうね……、まずは、これとこれと……、これなんかどうかしら?」
「最後のは、デザインが変わっていて目立つわ。飾り気の無いのは困るけど、無難なデザインの方が悪目立ちしなくて良いわよ。そうすると、これとかどうかしら?」
「確かにそうかもね。それにこういう光沢がありすぎる生地も、避けておいた方が良いかしら」
「そうね。明るい色合いでも、その類いの物は避けましょう」
 三人は時間を無駄にはせず、条件に合うものを見繕いながら様々な選定を始めた。それを呆気に取られながら見守りつつ、ルーナは心底感心する。


(皆さん、さすがの判断力と手際の良さ。さすがに常日頃、奥さまの支度を整えているだけのことはあるわ。ドレスの色合いやデザインに変化をつけながら、この短時間で5パターンも考えてしまうなんて。私も見習わないと)
 この間の先輩達からの指導やエセリアとの意見のすりあわせで、各種催し物毎の出で立ちなどは自分なりに研究していたルーナだったが、普段エセリアが寮生活をしていることで実際に揃えた回数は少なく、まだまだ自由自在に整えるまでには至っていなかった。対する三人は、日々精力的に社交に励んでいるミレディアの装いを整えているだけのことはあり、ルーナはここは勉強させて貰おうと、手も口も出さずに観察させて貰うことにする。するとルーナを探しに来たのか、エセリアが衣装部屋に現れた。


「ルーナ? ここにいたのね。あら? 皆、こんなところに集まってどうしたの?」
 衣装部屋に、ルーナの他にミレディア付きのメイドが三人も揃って、ああでもないこうでもないと論争しているのを見て、エセリアは目を丸くした。そんな彼女に、ルーナが解説する。


「エセリア様、お戻りになりましたか。奥様のご指示で、皆さんに明日の装いを考えていただいているところです」
「そうだったの。でも学園に出向くのだし、そんなに気合いを入れて衣装を選ばなくても良いと思うのだけど……」
 エセリアは困惑顔で告げたが、そのやり取りを耳にした他の三人が一斉に振り返り、エセリアに駆け寄って語気強く主張した。


「とんでもありません! 明日はエセリア様にとって、確実に勝利をもぎ取らなければならない、戦場ではありませんか!」
「非の打ち所のない装いは、完全勝利を打ち立てるための第一歩ですわ!」
「軟禁されているとお伺いした王太子殿下は、どうせ適当な装いで赴かれるのでしょうし、その方との格の違いを、まず参加者の皆さんの目に焼き付けるのです!」
「……ええと、皆の言う通りね。それならあなた達に、衣装を選ぶのを任せるわ。よろしくね」
 三人の迫力に負け、エセリアは控え目な笑顔で頷いてその場から離れようとしたが、そこで鋭く制止の声がかかる。


「とんでもございません! エセリア様、お待ちください! やはり最後はエセリア様に決めていただかないと!」
「そうですよ! この紫色のドレスはいかがですか? 落ち着いた色合いに縁飾りの刺繍が秀逸で、流れるようなデザインもエセリア様の才媛ぶりをアピールするのに最適かと」
「それとも若草色をベースに、要所要所に白のレースでアクセントを入れた、こちらではどうでしょうか? 若々しい印象ですし、アクセサリーも合わせやすいと思われます」
「でもある程度、華やかさも欲しいです。この山吹色のドレスはどうでしょう? 裾と袖口のグラデーション部が新しいデザインで、人目を引く上に常に新しいものを求めるエセリア様には、より相応しいのではありませんか?」
「そ、そうね……。どれも明日の審議の場に出向く服装としては、相応しいと思うのだけど……。ルーナ?」
 三人に捲し立てられて閉口したエセリアは、助けを求めるようにルーナに視線を向けた。しかしそこでルーナは、恭しく頭を下げる。


「それでは、私は向こうで就寝の準備を進めておきますので、皆様、よろしくお願いします」
「勿論よ!」
「ルーナ、任せておいて!」
「万事そつなく揃えてあげるから!」
「あ、ちょっとルーナ!?」
 先輩である以上に、衣装の選定に関して確実に自分より経験も実力もある三人の邪魔などするつもりはなかったルーナは、無情にもエセリアを見捨ててあっさり衣装部屋から退散した。


「長引きそうなら強制終了させる必要があるけど、先輩方なら下手に長引かせる心配はないわよね。明日は朝から忙しいし、さっさとお休みの準備をしないと」
 そんな独り言を口にしながら、ルーナは抜かりなくエセリアの就寝準備を整えることに専念したのだった。





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