悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(47)思わぬ展開

「エセリア、入るぞ」
「お父様、どうかされましたか?」
「王宮から、昨日殿下が申し立てた事に関する、審議の日程が決まったとの連絡が来た。明日の午前中にクレランス学園で、両陛下ご臨席の下、開催するそうだ」
「学園で……、そうですか。分かりました」
 ディグレスは先程来訪した使者から告げられた内容を伝えてから、少々同情するように口にする。


「まだ官吏達も、相当混乱しているみたいでな。詳しい開始時間は改めて、今日中に連絡するとのことだ」
「両陛下のスケジュール調整だけでも、大変でしょうね……。本当にご苦労様ですわ」
 王宮内の混乱が容易に予想できたエセリアも、神妙に頷き返した。そしてディグレスはレオノーラと礼儀正しく挨拶を交わしてから、何事もなかったかのようにその場を離れた。


「意外に早く、日程が決まりましたね」
「お兄様辺りが、あちこちに働きかけたのではないでしょうか」
「ナジェークが? 確かあの子は、王太子殿下の補佐官に就任したばかりだし、殿下の振る舞いにはさすがに腹に据えかねていたのかもしれないけれど……」
(絶対にナジェーク様が、積極的に動かれたわね。先程の話を聞く限り、そんな迂闊な人の下でおとなしく働くなんて、ナジェーク様がなさるはずがないもの。それにしても明日とはね。王家としても、一日も早く決着をつけたいのでしょうけど)
 王宮内を駆けずり回っているであろう官吏達にルーナが深く同情していると、ここでレオノーラがいかにも悔しげに呻いた。


「学園で審議が……。在校生なら何としてでもその場に潜り込みますのに、卒業してしまったのが悔しいですわ。あの女が公の場で世迷い言を口にするなら、エセリア様の手を煩わせること無く、私が叱責して差し上げますのに。王宮で開催されるなら忍び込める筈もありませんから、まだ諦めがつきますが……」
 するとコーネリアが、苦笑しながら口を挟んでくる。


「まあ、レオノーラ様。そんなに悔しがる必要はございませんでしょう?」
「え? コーネリア様、どうしてですか?」
「レオノーラ様は、クレランス学園の制服を、もう処分してしまいましたか?」
「いいえ、暫くは記念に保管しておくつもりでいます。それが何か?」
「それなら明日は制服を着て、学園に乗り込めば宜しいのではなくて?」
「……はぁ?」
「お姉様!?」
(コーネリア様! いきなり何を言い出すんですか!? この突拍子のなさ! やっぱりエセリア様のお姉様だわ!!)
 ルーナは本気で戦慄したが、笑顔でのコーネリアの主張が続いた。


「学園の教授陣も事務係官も、在籍生徒全員の顔を覚えている筈はございませんもの。あなたの顔をご存知の方も、まさか公爵家のご令嬢を力ずくで締め出そうとする度胸のある方は、そうそういらっしゃらないのでは? 後々問題になったとしても、あなたが制服を着ていれば『卒業生とは気が付かなかった』と学園側は弁明する事ができますし、十分見逃して貰えるのではないかしら?」
「…………」
(コーネリア様……、何を唆しておられるのですか……。それにレオノーラ様、明らかに心を動かされていますよね? もう、本当にどうすれば……)
 あまりと言えばあまりな内容に、ルーナは勿論エセリアも唖然として固まってしまった。しかしレオノーラはルーナの推察通り、嬉々としてコーネリアを褒め称え始める。


「さすがは、エセリア様の姉君でいらっしゃいます。感服致しました」
「それほどでもございませんわ」
「あ、あの……、レオノーラ様? お姉様?」
 不穏な会話に慌ててエセリアが割り込もうとしたが、ここでレオノーラがすっくと立ち上がった。
「私、これから皆様に、急ぎお知らせしなければいけない事ができましたので、失礼させていただきます」
「ええ、ごきげんよう」
「レオノーラ様、あの……」
 エセリアが引き止める暇もなく、レオノーラは上機嫌で応接室を出て行った。




「お姉様……。どうしてレオノーラ様に、あのような焚き付ける事を仰いましたの?」
 レオノーラが退出してから若干非難がましくエセリアが問い質すと、コーネリアが大真面目に答える。
「エセリア。昨晩の式典後の夜会では、随分好奇心旺盛な方々に纏わりつかれてしまったでしょう? 直に事情を知る方が多ければ多い程、あなたが黙っていても皆様があちこちで吹聴してくださるわ」
「今後の対策ですか……。確かに何度も同じ話をするのは、面倒だとは思いますが」
「それにこんなに面白い話、書かなくてどうするの」
「……はい? 書く?」
「コンセプトは『性悪女に誑かされた愚かな権力者に、不当に虐げられた深窓の令嬢の逆転劇』ね。あなたが虐げられる筈はないけれど、その辺りは盛大に脚色すれば、よりドラマチックに仕上げられると思うし。どう? 売れると思わない?」
(え? あの、ちょっと待ってください、コーネリア様。なんだか妙にその手の話を書き慣れているような物言いというか、雰囲気というか……。エセリア様が小説を書いているのは勿論知っているけど、まさかコーネリア様もなの? そんな事、全然聞いていないけど?)
 にこやかに問いかけたコーネリアを見てルーナは顔を引き攣らせたが、エセリアの考えも同様だったらしく、恐る恐る問い返した。


「あ、あの……、お姉様? まさかお姉様まで、執筆活動をなさっておられるとか、仰いませんよね?」
「私にはあなたほど想像力や才能は無いから、夢のある恋愛話とかでは無くて、主に実話を脚色したものしか書けていないのだけど。貴族間の利権が絡んだ暗闘話とか、不倫が絡んだ三角関係とか」
(本当に執筆していらしたんですか!? しかもこれまでに、相当書いておられるみたいだけど!)
 あっさり肯定されてルーナは驚愕したが、ここでとある可能性に思い至ったエセリアが、狼狽しながら問いを重ねた。


「おおおお姉様!? まさか六年前に卒業したお姉様まで、学園に出向かれるおつもりではございませんよね!?」
(エセリア様、何を言い出すんですか!? 去年まで在籍していたエセリア様やレオノーラ様ならまだしも、コーネリア様は既にお子様が二人いらっしゃる、二十代半ばの貴婦人ですよ!? 幾らなんでも無理がありますよね!?)
 エセリアの台詞にルーナは唖然として心の中で叱りつけたが、ここでコーネリアがいかにも心外そうに言い返してくる。


「まあ……、エセリア。あなたは私が子供を二人産んだくらいで、体型を崩すと思っているの? 私は今でも、学園在籍中と体型を変えていなくてよ?」
「いえ、私が言っているのは、今でも当時の制服が着られるかどうかという問題では無くてですね!?」
「うふふ、どんな展開になるのか、明日が楽しみね。エセリア、期待しているわよ?」
「……ご期待に沿えるよう、頑張ります」
(コーネリア様……、当時の制服着用で、明日はクレランス学園に堂々と出向かれるおつもりなのですか……。いえ、私は何も聞いてはいないわ。コーネリア様の明日の予定なんて、知りようがないじゃない。平常心で聞き流すのよ、ルーナ)
 相変わらず穏やかな笑みを振り撒くコーネリアと、どこか虚ろな表情で頷くエセリアを見ながら、ルーナは必死に自分自身に言い聞かせていた。



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