悪役令嬢の怠惰な溜め息
(43)驚愕の事態
「エセリア様。クロード様とティム様が、先程お戻りになりました。第三応接室にお通しして、ただいまお二人にお茶と軽食を出しております」
「ありがとう、ルーナ。今行くわ」
公爵邸に戻った二人を再び第三応接室に案内し、すぐに用意しておいた昼食を出してから、ルーナはエセリアの私室に出向いて報告した。それを聞いたエセリアは即座に立ち上がり、第三応接室へと向かう。
「お二人とも、お待たせしました。そのまま食べていてくださって構いませんので。今日はお休みの所、本当に申し訳ありませんでした」
エセリアが室内に入ると、サンドイッチをつまみながら談笑していた二人が慌てて立ち上がろうとした。エセリアはそれを手振りで制しつつ、笑顔で礼を述べる。それにクロードが苦笑しながら応じた。
「ご馳走になっております。それにこの間騎士団内で密かに噂になっていた、王太子殿下のお気に入りの方がどのような人間か、一度直に見たかったものですから気になさらないでください」
(え? お二人は今日、以前話に聞いたミンティア子爵令嬢とかいう人と会っていたの? その人って、エセリア様と敵対しているのではないの?)
お代わりのお茶を準備しながらルーナは内心で驚いたが、三人の会話は平然と続く。
「彼女は私達の卒業と入れ替わりに、学園に入学しましたから。これまでイズファインを介して簡単に話は聞いていましたが、それにしてもあれは……」
「直にご覧になって、どうでしたか?」
言葉を濁したティムにエセリアが感想を尋ねてみると、彼はクロードと無言で顔を見合わせてから、彼女に向かって正直に答えた。
「良く今まで、表立って問題にならなかったものだと、ほとほと呆れました」
「エセリア殿の手腕が、よほど素晴らしかったのだろうと推察致します」
それを聞いたエセリアは感想そのものよりも、彼らの言葉遣いに笑ってしまった。
「クロード様、ティム様。この二年あまりの間に、近衛騎士団での勤務にも随分慣れたみたいですね。在学中の頃とは、口調が全く違っておりますもの。ですがこの場は私と私付きのメイドだけですから、もっと砕けた口調で構いませんのよ?」
笑いながらそう言われた途端、二人は笑顔のままぞんざいな口調で話し出した。
「それは助かる。やっぱりまだ、堅苦しい喋り方は苦手だからな。しかし今回、殿下の目の節穴ぶりには、本気で呆れたぞ」
「しかもあんたとの婚約を破棄して、あの女を後釜に? 天地がひっくり返ってもあり得んな」
「あらあら、本当に手厳しいですわね」
(あの……、お二人とも口調が砕けすぎですし、問題の彼女と王太子殿下へのコメントが辛辣すぎませんか?)
態度の豹変した彼らと、それにもかかわらず笑顔を振り撒くエセリアを見て、ルーナは頭を抱えたくなったが、お茶を出した後は黙って壁際に控えていた。
「それで無事に、彼女のドレスは発注できましたか?」
「ああ、採寸を済ませてデザインも決めて、割り増し料金を払って急がせている。預かった金は、店主に全部渡してきた」
「ご苦労様です。式典当日は、近衛騎士団は全員駆り出されて勤務でしょうから、うちの者に彼女の迎えと送迎をさせますので、安心して下さい」
(ちょっと待って、彼女のドレスって……。それに『式典』とか言っているのは、まさかとは思うけれど、来月に控えている建国記念式典のことではないでしょうね!?)
シェーグレン公爵家全員が出席する建国記念式典のことは、当然準備をしなければならないルーナも知っており、動揺しながらも注意深くエセリア達の会話に耳を傾けた。しかし聞いているうちに、間違いなく建国記念式典で何やら事を起こすらしいと推察したルーナは、無言のまま肩を落とす。
(完全に建国記念式典の事だし、どう考えてもその場で騒ぎを起こすつもりなら、婚約破棄云々を持ち出すつもりなのよね? れっきとした公式行事で、エセリア様は何を考えているのよ!?)
暗澹たる気持ちになったルーナの目の前で、クロードとティムは食事の合間にエセリアとの会話を楽しんでいた。
「それでは詳細については、後ほど改めて、兄とイズファイン様経由でお知らせしますね」
「分かった。それでは失礼する」
「ご馳走様でした」
正面玄関ホールで別れの挨拶を済ませた彼らは、徒歩で屋敷から去って行った。その後ろ姿を見送ってから自室へと向かったエセリアだったが、人気のない廊下を歩いていると、後方から低い声がかけられる。
「エセリア様……」
「何? ルーナ」
「着々と、婚約破棄に向けての準備が整っておられるみたいですね」
なんとか平静を装うとしたルーナだったが、微妙に咎める口調での問いかけになった。それを聞いたエセリアは軽く振り返って、苦笑しながら言い返す。
「そうね。それが? まさかあなた、今更お父様やお母様に告げ口なんかしないわよね? どうして今まで黙って放置していたと怒られるわよ?」
「そんな告げ口なんか致しません。それに漏れ聞く王太子殿下の残念ぶりだと、とても即位していただきたくありませんし……。ですがよりによって建国記念式典で事を起こすなんて、全然聞いていなかったんですが!? 話が違いますよね! 在学中に、何とかするんじゃなかったんですか!!」
口に出しているうちに感情が振り切れてしまったルーナは、声を荒らげてエセリアに迫った。さすがにその剣幕に驚いたエセリアが、慌ててルーナを宥める。
「ちょっとルーナ、落ち着いて。そう心配しなくても大丈夫よ。上手く確実に、婚約破棄に持ち込んでみせるから」
「エセリア様はともかく、周囲への影響が甚大だと言っているんです!」
「お願い、ルーナ。ちょっとだけ声を小さくして貰えるかしら」
廊下に他の人影が無かった事に安堵しつつ、エセリアはそれから少しの間、涙目になっているルーナを宥めるのにかなりの時間を費やす羽目になった。
「ありがとう、ルーナ。今行くわ」
公爵邸に戻った二人を再び第三応接室に案内し、すぐに用意しておいた昼食を出してから、ルーナはエセリアの私室に出向いて報告した。それを聞いたエセリアは即座に立ち上がり、第三応接室へと向かう。
「お二人とも、お待たせしました。そのまま食べていてくださって構いませんので。今日はお休みの所、本当に申し訳ありませんでした」
エセリアが室内に入ると、サンドイッチをつまみながら談笑していた二人が慌てて立ち上がろうとした。エセリアはそれを手振りで制しつつ、笑顔で礼を述べる。それにクロードが苦笑しながら応じた。
「ご馳走になっております。それにこの間騎士団内で密かに噂になっていた、王太子殿下のお気に入りの方がどのような人間か、一度直に見たかったものですから気になさらないでください」
(え? お二人は今日、以前話に聞いたミンティア子爵令嬢とかいう人と会っていたの? その人って、エセリア様と敵対しているのではないの?)
お代わりのお茶を準備しながらルーナは内心で驚いたが、三人の会話は平然と続く。
「彼女は私達の卒業と入れ替わりに、学園に入学しましたから。これまでイズファインを介して簡単に話は聞いていましたが、それにしてもあれは……」
「直にご覧になって、どうでしたか?」
言葉を濁したティムにエセリアが感想を尋ねてみると、彼はクロードと無言で顔を見合わせてから、彼女に向かって正直に答えた。
「良く今まで、表立って問題にならなかったものだと、ほとほと呆れました」
「エセリア殿の手腕が、よほど素晴らしかったのだろうと推察致します」
それを聞いたエセリアは感想そのものよりも、彼らの言葉遣いに笑ってしまった。
「クロード様、ティム様。この二年あまりの間に、近衛騎士団での勤務にも随分慣れたみたいですね。在学中の頃とは、口調が全く違っておりますもの。ですがこの場は私と私付きのメイドだけですから、もっと砕けた口調で構いませんのよ?」
笑いながらそう言われた途端、二人は笑顔のままぞんざいな口調で話し出した。
「それは助かる。やっぱりまだ、堅苦しい喋り方は苦手だからな。しかし今回、殿下の目の節穴ぶりには、本気で呆れたぞ」
「しかもあんたとの婚約を破棄して、あの女を後釜に? 天地がひっくり返ってもあり得んな」
「あらあら、本当に手厳しいですわね」
(あの……、お二人とも口調が砕けすぎですし、問題の彼女と王太子殿下へのコメントが辛辣すぎませんか?)
態度の豹変した彼らと、それにもかかわらず笑顔を振り撒くエセリアを見て、ルーナは頭を抱えたくなったが、お茶を出した後は黙って壁際に控えていた。
「それで無事に、彼女のドレスは発注できましたか?」
「ああ、採寸を済ませてデザインも決めて、割り増し料金を払って急がせている。預かった金は、店主に全部渡してきた」
「ご苦労様です。式典当日は、近衛騎士団は全員駆り出されて勤務でしょうから、うちの者に彼女の迎えと送迎をさせますので、安心して下さい」
(ちょっと待って、彼女のドレスって……。それに『式典』とか言っているのは、まさかとは思うけれど、来月に控えている建国記念式典のことではないでしょうね!?)
シェーグレン公爵家全員が出席する建国記念式典のことは、当然準備をしなければならないルーナも知っており、動揺しながらも注意深くエセリア達の会話に耳を傾けた。しかし聞いているうちに、間違いなく建国記念式典で何やら事を起こすらしいと推察したルーナは、無言のまま肩を落とす。
(完全に建国記念式典の事だし、どう考えてもその場で騒ぎを起こすつもりなら、婚約破棄云々を持ち出すつもりなのよね? れっきとした公式行事で、エセリア様は何を考えているのよ!?)
暗澹たる気持ちになったルーナの目の前で、クロードとティムは食事の合間にエセリアとの会話を楽しんでいた。
「それでは詳細については、後ほど改めて、兄とイズファイン様経由でお知らせしますね」
「分かった。それでは失礼する」
「ご馳走様でした」
正面玄関ホールで別れの挨拶を済ませた彼らは、徒歩で屋敷から去って行った。その後ろ姿を見送ってから自室へと向かったエセリアだったが、人気のない廊下を歩いていると、後方から低い声がかけられる。
「エセリア様……」
「何? ルーナ」
「着々と、婚約破棄に向けての準備が整っておられるみたいですね」
なんとか平静を装うとしたルーナだったが、微妙に咎める口調での問いかけになった。それを聞いたエセリアは軽く振り返って、苦笑しながら言い返す。
「そうね。それが? まさかあなた、今更お父様やお母様に告げ口なんかしないわよね? どうして今まで黙って放置していたと怒られるわよ?」
「そんな告げ口なんか致しません。それに漏れ聞く王太子殿下の残念ぶりだと、とても即位していただきたくありませんし……。ですがよりによって建国記念式典で事を起こすなんて、全然聞いていなかったんですが!? 話が違いますよね! 在学中に、何とかするんじゃなかったんですか!!」
口に出しているうちに感情が振り切れてしまったルーナは、声を荒らげてエセリアに迫った。さすがにその剣幕に驚いたエセリアが、慌ててルーナを宥める。
「ちょっとルーナ、落ち着いて。そう心配しなくても大丈夫よ。上手く確実に、婚約破棄に持ち込んでみせるから」
「エセリア様はともかく、周囲への影響が甚大だと言っているんです!」
「お願い、ルーナ。ちょっとだけ声を小さくして貰えるかしら」
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