悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(20)旅立ち

 ルーナが王都へ出向くことについて、正式にケイトに了承の返事をした日。アルレアが夕食の席で、少々心配そうに尋ねてきた。


「ルーナ。そういえばエセリアお嬢様付きのメイドになる話は、どうなったの?」
 そこでルーナは手にしていたスプーンを置き、冷静に報告する。


「食べ終わってから話そうと思っていましたが、今日メイド長の試験に合格して、エセリア様付きになることが正式に決まりました」
「そう……。ルーナが認められたのは良かったし誇らしいけれど、少し複雑な気分だわ」
 微妙な顔になりながらアルレアが溜め息を吐くと、続けてミアが質問してくる。


「そうなると、王都に行くのはいつ頃になるの?」
「ひと月後には王都に行くことになります。エセリア様専属メイドの方が、ふた月後に退職予定なので、一ヶ月かけて引き継ぎをしたいとのことでした」
「そう……。でも引き継ぎにそれだけ時間をかけて貰えるなら、色々安心ね」
「はい。これまで通常の接客業務はこなしてきましたけど、誰かの専属として働いたことはないですし。そこは助かりました」
 女三人が安堵の表情で頷き合っていると、ラングとカイルがその場を盛り上げるように言い出す。


「よし! そうと決まれば、ルーナの出発前に祝いの場を設けて、盛大に送り出すか!」
「そうだな。ルーナと顔見知りの、近隣の連中にも声をかけるか。アリー、良いよな?」
 しかしアリーだけは、幾分寂しげな表情で問い返してきた。


「お姉ちゃん、本当に王都に行っちゃうんだね……。もう、戻って来ないの?」
 その問いかけに、ルーナは慌てて言い返す。


「そんなわけないじゃない! 勿論、今までみたいに毎日帰宅するわけにはいかないけど、最低でも年に二回は半月の長期休暇が認められているし」
「そうなの?」
「ルーナ、それは本当かい?」
 アリーは勿論、ゼスランも驚いて問い質してきたため、ルーナはその日ケイトから聞いてきた話を要約して伝えた。


「ええ。今日、メイド長から細かい就業条件の説明を受けてきたけど、領地からの採用者に関しては、交代で最低年2回半月毎の休暇取得が義務化されているそうなの。王都からだと片道2日はかかるから、それ位ないと休めないし用事を片付けられないからということらしいわ」
「まあ……、それは良かったけど、ルーナを一人で送り出すのも心配ね。こちらに戻ってくるのも、女性の一人旅だとなにかと物騒だし……」
 孫娘を心配するあまりアルレアが口を挟んできたが、その懸念をルーナは打ち消した。


「そこら辺も、あまり心配しなくても良いかと。王都の公爵邸とここの領地のお屋敷間で、週2回荷物や人員を運ぶ為の馬車が定期運行されているの。予め申請しておけば、それに同乗させてくれるんですって。だから往復の旅費がかからないし、毎回警備の為に公爵家の騎士が同行するから、安全だと説明されました」
「それなら良かったわ」
 そこでルーナは、改めてアリーに向き直って視線を合わせる。


「アリー、ごめんね? 一人にしちゃうけど、私、自分がどれだけできるかやってみたいの。時々は帰ってくるから」
 しかしそれに対し、何やら短時間のうちに悟ったらしいアリーは、大真面目に言い返した。


「お姉ちゃん、皆に失礼だよ? 別に私、一人になるわけじゃないもの。それにもう十歳だから、何もできないわけじゃないんだからね?」
「そうか……。うん、確かに一人じゃないよね」
「時々お姉ちゃんが帰って来るごとに、私がどれだけ色々なことができるようになったか見せてあげて、びっくりさせてあげるんだから。期待してて」
「うん、分かった。楽しみにしてる」
 妹が多少強がっていることは分かっていたが、ルーナはこれなら皆に任せて大丈夫だろうと安心した。するとここで、これまで黙っていたネーガスが呼び掛けてくる。


「ルーナ」
「はい、お祖父さん。なんですか?」
「まあ……、その、なんだ……」
 話しかけてきたものの、ネーガスは視線をさまよわせて口ごもった。しかしそれはいつもの事であり、ルーナは落ち着いて祖父の次の言葉を待つ。他の者達も邪魔せずに口を閉ざしていると、少ししてからネーガスがぼそりと呟くように告げた。


「……どうしても仕事を続けるのが無理と思ったら、すぐに帰って来て構わん」
「はい、そうさせて貰います」
 自分と視線を合わせず、そっぽを向きながらのその台詞に、ルーナは噴き出したくなるのを必死に堪えながら答えた。そんなネーガスを見て、周りの者は全員
(相変わらず、素直じゃないな)と呆れ気味の視線を送る。そこでラングが、あることを思い出した。


「ルーナ。そういえばどうして本を3冊読むのが、採用試験になるんだ?」
 その疑問に、カイルとアリーが追随する。


「そうだな。結果を聞いたんだから、その合否判定の基準とか聞いたんだろう?」
「あ、それ、私もずっと不思議に思っていたの! 大事な試験の本だから勝手に読んだりしたらまずいと思って、借りて読んだりしなかったから凄く気になっていて。どんな内容のお話で、お姉ちゃんはどんな感想を言ったの?」
「ええと……、それは……」
(困った……。男恋本のことなんて全く目にしたことがないアリーに詳細を説明できないし、それを話したらエセリア様が本を書いている話までしなくちゃいけなくなりそうだし……。ここはなんとか誤魔化さないと)
 興味津々の視線を浴びたルーナは、進退窮まった。しかしここでネーガスが、訳知り顔で口を挟んでくる。


「やはり王都で公爵家のお嬢様に仕えるとなったら、礼儀作法とか使用人の心構えが色々違うのだろう。最近王都内で流行っている事についての知識も必要だろうし、その類に関しての内容ではなかったのか? 追々きちんと身に付けていくにしても、予めざっくり頭に入れて、根本的に分からないところが無いかとか質問をされたのではないか?」
「あ、う、うん。まさにそんな感じだったから! ちょっと疑問に思った幾つかの事についてメイド長とやり取りをして、合格を貰ったの」
 渡りに舟とばかりにルーナが笑顔を作りながら応じると、3人は少々残念な顔になりながらも納得した。


「なんだ。そういうことだったのか」
「ちょっと拍子抜けだったな」
「そうか。じゃあ私が読んでも、全然意味がなかったのね」
「あ、あはは……、面白味がなくてごめんなさい」
「いや、ルーナが謝る事じゃないから」
 そこで全員が顔を見合わせて笑い合い、ルーナは最大の関門を無事突破できたことで、祖父に内心で深く感謝した。


(お祖父さん、ありがとう! 本当に助かったわ! 王都で美味しいものを見つけたら、お祖父さん宛に送るわね!)
 それからルーナは屋敷の仕事をこなしつつ荷造りと、この間お世話になった人達への別れを済ませ、約1ヶ月後に家族に見送られて王都へ向かう馬車の人となったのだった。





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