悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(9)風変わりな採用試験

「伯父さん、伯母さん、私一人でも大丈夫ですよ? メイド見習いと言っても採用試験なのに、保護者同伴というのはどうかと思います」
 採用試験当日。当初、一人で出向くつもりだったルーナは、店を抜けてきたゼスランと家のことをイルマに任せて出てきたミアに挟まれて、公爵家の屋敷に向かった。その道すがら控え目に伯父夫婦に意見を述べると、即座に反論される。


「何を言っているんだ、ルーナ。10歳から13歳の求人なんて、職人の弟子入りや住み込みの従業員ならともかく、普通はないぞ?」
「そうよ。子供一人で出向く方が珍しいわよ!」
「そんなものですか?」
(う~ん、伯父さんも伯母さんも、考えすぎだと思うんだけど……)
 釈然としなかったものの、ルーナはそれ以上口答えなどはせず、おとなしく歩き続けた。


「あの……、メイド見習いの採用試験に来た者ですが……」
「はい、どうぞお通りください」
 三人で到着した公爵家の屋敷の門番は、ゼスランが恐縮気味に申し出ると快く通してくれた。
「こちらへどうぞ」
 屋敷の玄関でも同様で、応対してくれた執事がすぐさま屋敷内を先導してくれる。それで確かにこの屋敷での求人だったと確信した三人は、安堵しながら足を進めた。


「それでは、こちらで少々お待ちください」
「分かりました。…………あれ?」
 執事に案内された部屋に入ったルーナは、広い室内にいる者達を見て、意外そうな顔になった。そんな姪に対し、ゼスランとミアが当然の如く言い聞かせる。


「ほら、ルーナ。見なさい」
「皆、一緒に来ているわよ?」
「そうですね……」
 室内には既に八組の親子らしき集団がおり、ルーナは伯父夫婦の主張を認めざるを得なかった。


(親と一緒に働くわけじゃないのに、どうして一緒に来ないといけないのかしら? 街の人って、良く分からないわ)
 ルーナは今一つ納得しかねる顔つきで周囲を見回したが、他の者達は普段着のルーナをあからさまに馬鹿にした目付きで眺めてから、興味を失ったように銘々で話し始めた。


「頑張ってね。落ち着いて受け答えすれば、受かるのはあなただから」
「ええ、任せて!」
「大丈夫よ。絶対あなたが採用されるから!」
「うん、頑張るわ!」
 ルーナの耳に、あちこちで囁いている会話が聞こえてきた。そして改めて観察してみると、ルーナ以外の全員が明らかに新品の上質の服を着込んだ上、薄化粧を施されている者さえいた。


「なんだか親子で、随分気合いが入ってるみたい。皆、明らかに着飾っているし」
 少々驚きながらルーナが小声で感想を述べると、ゼスランとミアが溜め息混じりに告げる。


「ご領主様のお屋敷勤めだと、箔がつくからな」
「家族も自慢できるし、良縁にも恵まれるでしょうから」
「ああ……、なるほど。だから良く分からない求人でも、人気があるんですね」
「……真っ当な求人だったら、この倍の人数は集まっていると思うぞ?」
「10倍かもしれないわね……」
 本当はゼスラン達も採用試験に際して、ルーナに新しい上質な服や靴を用意しようと考えていたのだが、内心ではルーナが働きに出ることに反対していたネーガスに「メイド勤めで着飾る必要があるのか!」と一喝され、敢えていつも通りの服装で出向いた経緯があった。
 ルーナ本人は気が付いていなかったが、本人に加えて付いてきた親まで着飾っている集団は、全員残らずルーナ達が普段着で現れた瞬間に侮蔑的な視線を向け、競う相手にもならないとあからさまに見下しており、ゼスラン達は内心で憤慨していた。


「それでは試験を開始しますので、移動します。一列に並んでください」
「ほら、早く並んで!」
「負けちゃ駄目よ!」
 時間になって執事が少女達を呼びに来ると、先着順ではないにも関わらず、親は血相を変えて娘達を押しやった。そんな中、ルーナはのんびりと伯父夫婦に声をかける。


「じゃあ、行ってきます」
「ルーナ、本当に無理しなくて良いからな?」
「あなたはまだ子供だし、無理に働きに出なくて良いから」
「はい」
 そしてルーナは少女達の最後尾に並び、執事に先導されて廊下を進んだ。


(だけど本当に、やる気満々の子達よね。それに一芸披露って、何をするのかな?)
 自分と同様に大小の布袋を持っている少女はいるが、中には手ぶらの少女もおり、ルーナは一抹の不安を抱えながら無言で歩いて行った。




「皆さん、初めまして。私はこの屋敷の各種メイドの管理を公爵様から命じられている、メイド長のケイト・クロプトです。公爵様から、今回のメイド見習い採用に関して一任されておりますので、この場で審査の上で結論を出させて貰います」
「…………」
 9人の少女が入った室内で待ち構えていたのは、厳めしい顔つきの年配の女性だった。愛想などどこかに置き忘れてきたかのような無表情と、全く隙のない佇まいに、入ってきた順番に横一列に並んだ少女達の顔が強張る。


(う……、見た感じが厳しそうな上に、この人、威圧感が半端じゃないわ。クマ……、まではいかないけど、真正面からイノシンと対峙しているのと、同じくらいかな?)
 ルーナは密かに、結構失礼なことを考えた。しかしある意味感心し、納得する。


(このお屋敷に何人メイドがいるのか分からないけど、さすがはそのメイド達を束ねている人だけの事はあるわね。相手にとって不足はないわ!)
 ルーナが気合いを入れ直していると、ケイトが先頭になって入ってきた少女に顔を向けながら促した。


「採用試験を始めます。そちらから一人ずつ名前を名乗って、この求人に応募した理由を簡潔に述べた上で、一芸を披露してください。それではまず、あなたから」
 そこで指名された少女は一歩前に出て、勢い込んで喋り始めた。


「はい! 私の名前はノエル・リンガードです! 私の家はご領主様のお屋敷があるこの街で、代々上質のお酒を取り扱っており、この街の繁栄に尽力してきました! 残念なことにお屋敷の出入り商会にはなっておりませんが、私自身がお屋敷勤めができたら凄く光栄なことだと思い、応募しました! 雇っていただけたら、公爵家に死ぬまで誠心誠意お仕えします! それで!」
「そうですか。もう良いです。それで披露するものはなんですか?」
 長々と続きそうなノエルの口上を、ケイトは淡々と遮り、次の段階に話を移した。それに彼女は一瞬不満そうな表情になったものの、すぐに先程と同様の笑顔になって続ける。


「はい! 私は物覚えが良いのが特技なので、名作と名高いジャスパー・クレイの詩、《群青の囁き》を暗唱します! お聞きください!」
 そこでノエルは高らかに詩を暗唱し始めたが、ルーナには全く意味が分からなかった。そのうちに暗唱が終わり、ケイトが素っ気なく告げる。


「はい、ご苦労様でした」
「あの! どうでしたでしょうか!?」
「次、始めなさい」
「はい。私はグレイス・ノーウェルです! 私の家は石材を取り扱っています!」
「…………」
 嬉々として感想を尋ねたノエルをケイトは無視し、次の少女を促した。それにノエルはあからさまに不満げな顔で押し黙り、次の少女が満面の笑みで語り出す。それからは、その繰り返しだった。


(皆、必死にアピールしていると思うのに、メイド長さんの反応が薄いというか、無関心というか……。元々、こういう人なのかな?)
 もう少し反応とか感想があっても良いのにと、ルーナは内心で不思議に思った。


(それにしても、詩の暗唱とか、刺繍とか、歌とか、笛の演奏とか……。一芸って大きな街では、こういうことを言うのね。これは失敗したかも。伯父さんと伯母さんがこの場にいなくて良かった。恥をかかせるところだったわ)
 持参した布袋の中身について考えながらルーナが少しだけ後悔していると、八人目の少女が終わり、ケイトから声をかけられる。


「それでは、最後はあなたですね」
「はい、ルーナ・ロゼレムです」
 ここに至って完全に開き直っていたルーナは、真正面からケイトの顔を見返しながら堂々と名乗った。



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