悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(13)終わり良ければ全て良し

 ※※※


「十四の時、そんな風に偶然ガロア侯爵と再会したが、それ以降は数える程しか会っていなかったな。それも本当に顔を見かけた程度で、懇談などはしなかったし、未だに彼は私があの時の『ジェイク』だとは、夢にも思っていないだろう」
 ナジェークがしみじみとした口調で語っていると、エセリアが怪訝な顔で確認を入れた。


「あの……、何やら話の途中から、ガロア侯爵様との出会いがお兄様の人格形成に大きな影響を与えたように感じるのは、私の気のせいですか?」
「違わないよ? あの方と出会った事がきっかけで、私は私財と人材の使い方の何たるかに開眼したからね」
「それは果たして、良かったのか悪かったのか……。それにカテリーナ様よりも、ガロア侯爵に認められたいという願望が、全面に押し出されていたような……」
「それも否定しないかな? 定期的に他の貴族と同様にガロア侯爵の動向を調べさせてはいたけど、改めてカテリーナに興味を持ったのは学園入学後だったしね」
「まるで、カテリーナ様がついでのような言い方をしないでください……」
 呆気なく肯定の答えが返されてしまったエセリアは、頭を抱えながらこの間疑問に思っていた事を尋ねた。


「ところで、先程から気になっていたのですが、ヴァイスの姉の結婚はどうなりましたの? 話が途中で終わってしまったので、気になっていたのですけど」
「ああ、そう言えばそうだったな。その後、ヴァイスが結婚式に列席する為に領地に出向いて詳細が分かったのだが、問題のベールは姉の不注意で駄目になったのではなくて、何者かが家に侵入して燃やしたらしいんだ」
 そこで事も無げに語られた内容を聞いたエセリアは瞬時に顔色を変え、僅かに腰を浮かせながら兄を問い質した。


「何ですって!? それではまさか、自宅ごと燃えてしまったのですか?」
「いや、早めに家の者が気が付いて消火したから、ベールをしまっていた部屋の中が少し焼けただけで済んだそうだ」
「それにしても何者かが侵入など、物騒極まりない話です! どうして手紙がきた時点で、それが分からなかったのですか!?」
 エセリアが当然の疑問を口にすると、ナジェークは難しい顔になりながら詳細を説明した。


「それが……、当時地元では面倒な事になっていてね。火事が発覚する直前の時間帯、その付近で近所の者に目撃されていたのが、新郎にふられた女性の兄だったんだよ」
「え? と言う事はまさか、自分がふられたのはヴァイスの姉のせいだと逆恨みしたその女性が、兄に頼んで花嫁のベールを燃やさせたのですか?」
「普通に考えればそうなるね。だがその日の所在を周囲から問い質された兄妹が、『自分達はその日時にそんな所に行っていない。そんな言いがかりをつけるとは、何て性悪女だ』と、猛然と反論したんだ」
「確かに目撃されただけで、現場を押さえられたわけではありませんが……」
「その上、その兄妹の父親が、その近辺の村から作物や商品を買い上げている商人でね。『そんな性悪女の肩を持つなら、今後の買い付けはしない』と恫喝したしたそうだ。それで騒ぎがそれ以上大きくならないようにヴァイスの両親も口を噤んで、手紙に詳細を書かなかったらしい」
「どちらが性悪ですの!? 絶対、その兄妹が放火犯ですわ! 盗人猛々しいとはこの事ですわね!!」
 エセリアは憤然としながら叫んだが、ナジェークは苦笑しながら宥めた。


「全くその通りだが、彼らはそれなりの報いを受けたから、そう怒らないでくれ」
「どんな報いですか?」
「カルタスに言付けて手紙と荷物を送った直後、気になったのでワーレス商会に相談に行ったんだ。そうしたら偶々ワーレスが領地に戻る用事があったから、詳細を調べてくれる事になってね」
「……何となく、筋書きが読めてきました」
 エセリアがどこか遠い目をしながら呟くと、ナジェークが彼女の予想と殆ど差異がない内容を語り出す。


「帰り道でその村に寄ったワーレスは事情が判明すると同時に、ヴァイスの実家やその周囲の村民が売れずに抱えていた作物や商品をその陰険な商人より高値で買い上げ、それ以降も継続して購入する事を約束したんだ。さらにその周囲の村にも声をかけたら、雪崩を打ってワーレス商会との取り引きを決めてね」
 そこでエセリアが、疑問の声を上げた。


「お兄様、ワーレス商会は領地で手広く商売をしていると思っていましたが、その村の地域とは商売をしていなかったのですか?」
「手広く商売をしているとはいっても、長年取り引きをしている商人ごとの縄張りみたいなものがあるからね。不用意に他の縄張りに手を出したら、色々面倒な事になるんだよ。だけどこの場合、その商人が取り引きを放棄したわけだからね。ワーレスが遠慮無く、手を突っ込んで荒らしまくったたわけだ」
「本当にワーレスは、商機を逃しませんね……」
 人の悪い笑みを浮かべながらの兄の解説に、エセリアの顔が僅かに引き攣ったが、ナジェークは構わずに話を続けた。


「その商人は元々買い叩く事で有名で、地元では評判が良くなくてね。忽ち取り引きが減ってしまって。焦って父上が領地に出向いた時、『ワーレスが無法な買い付けをしている』と訴えたが、『ワーレスは領民が作物や商品を売る先が無くて困っているのを助けただけだが。何か問題でもあるのか?』と一蹴されて終わりだったよ」
「……お父様に予め詳細を伝えておいたのは、間違いなくお兄様ですよね?」
 エセリアはそう確認を入れたが、ナジェークは薄く笑っただけだった。


「それでヴァイスの姉は『自分の結婚で、家族や周囲の皆さんに迷惑をかけるなんて』と凄く自分を責めていて、結婚を止めようかとかなり悩んでいたそうだが、私の手紙を添えてヴァイスの家族宛てにベールの生地を送ったら、『ヴァイスがこんなに若様の覚えめでたいなんて』と周囲が感激した以上に、『自分よりも年下のヴァイスが王都で一人で頑張っているのに。これ位の嫌がらせで結婚を止めるなんて、こんな立派なレースを送ってくれたヴァイスに申し訳ないわ』と思い直し、無事に結婚する事になったとか」
「それは本当に良かったですわね!」
「例の兄妹は『弟が若様に仕えているのを自慢するとは、鼻持ちならない』とか『わざとベールを燃やして若様からせしめるとは、浅ましいにも程がある』とか悪態を吐いたらしいが、買い上げを止めると恫喝した後だったからね。『どの口がそれを言う』とまともに取り合って貰えないどころか周囲に白眼視されて悪評が広まり、それ以降兄妹の縁談が悉く潰れた上、父親の商売も立ち行かなくなって、今ではワーレス商会から運搬の仕事を下請けして細々と暮らしているらしい」
「……確かに、十分過ぎる位の報いを受けたみたいですね」
 思わずエセリアが溜め息を吐くと、ナジェークが話を纏めにかかった。


「それ以降、『ナジェーク様は姉や家族の恩人です。これから一生、誠心誠意ナジェーク様にお仕えします!』と感激してくれたヴァイスが、それまで以上に真摯に私に仕えてくれるようになってね。本当に骨身を削って尽くしてくれる忠臣を得られるなら、多少の金銭や手間隙を惜しむものではないよ。その後、アルトー絡みでもトラブルが発生した時に即刻手を貸して解決したら、彼も同様に仕えてくれるようになったし」
 満足そうに頷いたナジェークに、エセリアは僅かに顔を引き攣らせながら指摘した。


「お兄様。自分の手柄のように仰っていますけど、元々はカテリーナ様が指摘した事で気が付いたのですよね?」
「そうだね。だからガロア侯爵家の内偵調査とか裏工作に関しては、アルトーとヴァイスが余計に気合いを入れて頑張ってくれて助かったよ」
「本当に何をやっていたんですか!?」
「因みに今話した事は、カテリーナや義父上には全く話していないんだ。露見したら『今まで黙っているとは何事だ』と激怒されるかもしれないから、内密に頼むよ」
「ここまで暴露しておいて、口外するなと言うわけですか!」
「ああ」
「もう本当に、お兄様は手に負えない性悪ですわね! こんな面倒な人を引き受けていただくカテリーナ様には、申し訳ない思いで一杯ですわ!」
「あはは、酷いなエセリア。実の兄に向かって、それはないだろう?」
 とんだ裏事情を聞かされてしまったエセリアは本気で頭を抱え、そんな妹を見ながらナジェークは暫くの間、楽しげに笑い続けたのだった。


(完)



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