悪役令嬢の怠惰な溜め息
番外編:腹黒令息、初めての挫折:(1)ちょっとした打ち明け話
夕食後に二人で談話室に移った直後、自分の婚約が破棄されて周囲が盛大に動揺し混乱している中、何故か着々と前々からの秘密の恋人と自身の婚約成立を進めていた兄に対して、エセリアは少々恨めし気な目を向けた。
「はぁ……、いよいよ明日が婚約披露パーティー……。緊張するわ……」
「どうしてエセリアが、そんなに緊張する必要があるのかな? 今回正式に婚約するのは、エセリアじゃなくて私だよ?」
ソファーで向かい合って座っているナジェークが苦笑しながらカップを傾けると、エセリアは益々不満げな顔になる。
「だって今まで散々秘密にされていた挙げ句、お相手がカテリーナ様だと聞かされてから、まだひと月しか経っていませんのよ? それなのに異様な手際の良さでちゃっちゃと婚約まで持ち込むなんて、本当に呆れました。こちらの心の準備が、まだできていないのですが?」
「結婚式は二ヶ月後だから、忘れないように」
「色々おかしいですよね!? 貴族の慣習とか常識とかを、丸無視しないでいただけませんか!?」
「慣習とか常識とか、君がそれを言うのかい?」
「……言う資格はありませんね」
笑みを浮かべながら問われたエセリアは、自身の非常識な振る舞いの数々を思い返し、がっくりと項垂れた。しかしすぐに、愚痴っぽい呟きが続く。
「だけどそうと分かっていたら、クレランス学園在学中にもっとカテリーナ様とお近づきになっておくべきだったわ。それなら義理の姉妹として、スムーズにお付き合いできると思うのに……。でもこれまでに家同士の付き合いは皆無でしたし、お兄様達が知り合ったのはクレランス学園入学後ですから、実際にお付き合いしてお互いの事を良く知り合われたのも、この何年かの話。紹介が遅れても、仕方がありませんね」
そう自分自身に言い聞かせたエセリアだったが、ここでナジェークは少々人の悪い笑みを浮かべながら、意外な事を言い出した。
「そうでもないんだ。実はカテリーナには言っていないが、本当に彼女と最初に会ったのは入学の五年も前も子供の頃でね。私の方は、その頃からガロア侯爵家の事を調べさせていたから」
「はい? お兄様。今のお話はどういう事ですか?」
驚きで目を丸くした妹に、ナジェークが不気味な笑みを深めながら念を入れる。
「聞きたいかい? 彼女は完全に忘れているようだから、内密にしておいて貰いたいのだが」
「あ、いえ、それなら結構です」
「そう遠慮せずに。誰かには話しておこうと思ったから良い機会だ。最後まで聞いてくれるだろう? この前は学園入学後のカテリーナとのあれこれを、朝までじっくり聞いてくれたのだから」
「……拝聴します」
「よろしい」
翌日の仕事など全く配慮せず、本当に徹夜で話に聞き入った過去を持ち出されたエセリアは、全く反論せずに頭を下げた。それに満足そうに頷いてから、ナジェークが口を開く。
「あれは私が十歳の時だ。当時の私は本当に鼻持ちならない、生意気で考え無しの子供だったよ」
そんな風に切り出されたエセリアは、思わずまじまじと兄の顔を見返してしまった。
「幾ら子供の頃だとしてもお兄様が考え無しだとは思いませんが、ご自分の事をそこまで言うなんて……。何があったんですか?」
「今から話す内容を知っているのは、ヴァイスとアルトーだけなんだ。カテリーナは勿論、父上と母上にも内緒で頼むよ」
「分かりました。それで?」
何やら察したらしいエセリアが真顔になって居住まいを正したのを見て、ナジェークは徐に過去の出来事を語り始めた。
「はぁ……、いよいよ明日が婚約披露パーティー……。緊張するわ……」
「どうしてエセリアが、そんなに緊張する必要があるのかな? 今回正式に婚約するのは、エセリアじゃなくて私だよ?」
ソファーで向かい合って座っているナジェークが苦笑しながらカップを傾けると、エセリアは益々不満げな顔になる。
「だって今まで散々秘密にされていた挙げ句、お相手がカテリーナ様だと聞かされてから、まだひと月しか経っていませんのよ? それなのに異様な手際の良さでちゃっちゃと婚約まで持ち込むなんて、本当に呆れました。こちらの心の準備が、まだできていないのですが?」
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