悪役令嬢の怠惰な溜め息
(12)アラナの告白
公爵家の者達が食堂で夕食を食べている時間帯も、使用人達は屋敷内で各自の仕事に勤しんでいたが、アラナが廊下を歩いていると、メイド長であるロージアからすれ違いざま何気ない口調で声をかけられた。
「アラナ。今日の仕事が終わったら、少し話があります。厨房を借りているから、来て貰えるかしら?」
「……はい、分かりました」
(コーネリアお嬢様の前ではいつも通りに見えるけれど、それ以外では本当に覇気が無いわね。一体、どうしたのかしら?)
笑顔で穏やかに声をかけてみたものの、数日前から微妙に生気が薄く見えるアラナを見送ったロージアは、小さく溜め息を吐いてからその場を離れた。
その後ロージアは宣言通り、全ての仕事を終わらせてから予め料理長から使用許可を貰っていた厨房に向かい、お湯を沸かして茶器を温め始めた。そしてお茶を淹れ始めてアラナを待っていると、何とかポットの中身が冷め始める前に待ち人がやって来る。
「ロージアさん、失礼します。お待たせしてしまいましたか?」
「いいえ、私も少し前に来たばかりよ。お茶を淹れておいたけど、冷める前に来てくれて助かったわ。良かったら飲んでちょうだい。それからこの焼き菓子は個人的な物だから、遠慮しないで一緒に食べてね」
「……ありがとうございます」
作業台の前に置いておいた椅子に少々強引にアラナを座らせたロージアは、有無を言わせず手早く焼き菓子を添えて彼女にお茶を出した。そして自らも一口それをすすりながら、注意深くアラナの様子を窺う。
(さて、遠回りに尋ねても、時間の無駄よね)
相変わらず物思いにふけっている様子のアラナを見やったロージアは、単刀直入に話を切り出した。
「アラナ。あなた最近、何を悩んでいるの? 先週あたりから、どうも様子が変だと思っていたのだけれど」
「…………」
そう話の口火を切った途端、アラナの表情が強張った。それを認めたロージアは、なるべく優しく言い聞かせてみる。
「本当は私も、あまり個人的な事に口を挟むつもりは無いの。あなたはコーネリア様に対してこれまで通り接しているし、仕事に支障を来していないのは分かっているわ」
「……はい」
「だけど、この状態が長引くようならさすがにコーネリアお嬢様にも不審がられて、気にされると思うの。ここで聞いた事は決して口外しないと約束するから、思い悩んでいる内容を、私に話して貰えないかしら? できるだけ力になるし、私の手に余るようなら内密に他の方へ助力をお願いするから、一人で抱え込まないで?」
「私事でご心配をおかけして、本当に申し訳ありません。悩みというか、後悔というか……」
そこで如何にも面目なさげに俯いたアラナだったが、少しして思いつめた表情になりながら顔を上げた。
「あの、メイド長。ちょっとした愚痴を聞いて貰ってよろしいですか? それに内容は、遅かれ早かれ事情を知っている方々には分かる事なので、厳密に秘密にする内容でもありませんが」
「ええ、分かったわ」
ロージアは即座に頷いたものの、秘密にしなくても良いならどうしてこんなに悩んでいるのかしらと、内心で不思議に思った。しかしせっかく話す気になったのに話の腰を折るような真似はできないと、黙って話の続きを促す。するとアラナは大真面目に語り出した。
「メイド長はコーネリア様がお話を書く参考にする為に、店舗の見学とお話を伺う目的でワーレス商会を訪問されたのは覚えていますよね?」
その問いかけに、ロージアは真顔で頷く。
「勿論です。その時に何か不都合な事でも?」
「いいえ。ワーレス商会の皆様には丁重にお出迎えいただき、懇切丁寧な説明を受け、事細かなお話をお伺いしてきました。勿論コーネリア様に対して、失礼な言動など皆無でした」
「それは良かったこと」
「ええ……。本当にワーレス商会の皆様には、大変お世話になりまして……」
「それで? 何が問題なの?」
話がなかなか進まない事にロージアは微妙に苛立ってきたが、アラナはそれに気が付かない様子で話を続けた。
「問題は、お嬢様がその時の内容を元に書かれた、お話の内容です」
「どういう事かしら?」
「コーネリア様は、エセリア様のように全くの架空の物語を作り上げる事は無理でも、実際の出来事を元に創作するのはできそうだと仰いました」
「ええ、それは私も耳にしています」
「それで、ざっくりと粗筋を申し上げますと、貧農の娘であった主人公が、立て続けに両親を失った事をきっかけに兄弟姉妹と生き別れになり幼くして奉公に出ますが、長じて働き者の青年と出会い、夫婦一丸となって大店を築き上げたところから話が始まります」
そこまで聞いたところで意外に思ったロージアは、つい口を挟んだ。
「あら、そこからなの? 何となくワーレス夫妻の、これまでの成功の軌跡を書くのかと思っていたのだけれど」
「私もてっきり、そう思っていました。商売は順調、三人の息子達も立派に成人し、憂いなども微塵も感じられないその時、主人公の夫である店の主人が突如不審死を遂げるのです」
「………………え?」
真剣極まりない表情でそんな事を言われてしまったロージアは、盛大に顔を引き攣らせながら絶句した。
しかし一旦話し始めたアラナの口からは、その話の粗筋が途切れることなく流れ出た。
「アラナ。今日の仕事が終わったら、少し話があります。厨房を借りているから、来て貰えるかしら?」
「……はい、分かりました」
(コーネリアお嬢様の前ではいつも通りに見えるけれど、それ以外では本当に覇気が無いわね。一体、どうしたのかしら?)
笑顔で穏やかに声をかけてみたものの、数日前から微妙に生気が薄く見えるアラナを見送ったロージアは、小さく溜め息を吐いてからその場を離れた。
その後ロージアは宣言通り、全ての仕事を終わらせてから予め料理長から使用許可を貰っていた厨房に向かい、お湯を沸かして茶器を温め始めた。そしてお茶を淹れ始めてアラナを待っていると、何とかポットの中身が冷め始める前に待ち人がやって来る。
「ロージアさん、失礼します。お待たせしてしまいましたか?」
「いいえ、私も少し前に来たばかりよ。お茶を淹れておいたけど、冷める前に来てくれて助かったわ。良かったら飲んでちょうだい。それからこの焼き菓子は個人的な物だから、遠慮しないで一緒に食べてね」
「……ありがとうございます」
作業台の前に置いておいた椅子に少々強引にアラナを座らせたロージアは、有無を言わせず手早く焼き菓子を添えて彼女にお茶を出した。そして自らも一口それをすすりながら、注意深くアラナの様子を窺う。
(さて、遠回りに尋ねても、時間の無駄よね)
相変わらず物思いにふけっている様子のアラナを見やったロージアは、単刀直入に話を切り出した。
「アラナ。あなた最近、何を悩んでいるの? 先週あたりから、どうも様子が変だと思っていたのだけれど」
「…………」
そう話の口火を切った途端、アラナの表情が強張った。それを認めたロージアは、なるべく優しく言い聞かせてみる。
「本当は私も、あまり個人的な事に口を挟むつもりは無いの。あなたはコーネリア様に対してこれまで通り接しているし、仕事に支障を来していないのは分かっているわ」
「……はい」
「だけど、この状態が長引くようならさすがにコーネリアお嬢様にも不審がられて、気にされると思うの。ここで聞いた事は決して口外しないと約束するから、思い悩んでいる内容を、私に話して貰えないかしら? できるだけ力になるし、私の手に余るようなら内密に他の方へ助力をお願いするから、一人で抱え込まないで?」
「私事でご心配をおかけして、本当に申し訳ありません。悩みというか、後悔というか……」
そこで如何にも面目なさげに俯いたアラナだったが、少しして思いつめた表情になりながら顔を上げた。
「あの、メイド長。ちょっとした愚痴を聞いて貰ってよろしいですか? それに内容は、遅かれ早かれ事情を知っている方々には分かる事なので、厳密に秘密にする内容でもありませんが」
「ええ、分かったわ」
ロージアは即座に頷いたものの、秘密にしなくても良いならどうしてこんなに悩んでいるのかしらと、内心で不思議に思った。しかしせっかく話す気になったのに話の腰を折るような真似はできないと、黙って話の続きを促す。するとアラナは大真面目に語り出した。
「メイド長はコーネリア様がお話を書く参考にする為に、店舗の見学とお話を伺う目的でワーレス商会を訪問されたのは覚えていますよね?」
その問いかけに、ロージアは真顔で頷く。
「勿論です。その時に何か不都合な事でも?」
「いいえ。ワーレス商会の皆様には丁重にお出迎えいただき、懇切丁寧な説明を受け、事細かなお話をお伺いしてきました。勿論コーネリア様に対して、失礼な言動など皆無でした」
「それは良かったこと」
「ええ……。本当にワーレス商会の皆様には、大変お世話になりまして……」
「それで? 何が問題なの?」
話がなかなか進まない事にロージアは微妙に苛立ってきたが、アラナはそれに気が付かない様子で話を続けた。
「問題は、お嬢様がその時の内容を元に書かれた、お話の内容です」
「どういう事かしら?」
「コーネリア様は、エセリア様のように全くの架空の物語を作り上げる事は無理でも、実際の出来事を元に創作するのはできそうだと仰いました」
「ええ、それは私も耳にしています」
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そこまで聞いたところで意外に思ったロージアは、つい口を挟んだ。
「あら、そこからなの? 何となくワーレス夫妻の、これまでの成功の軌跡を書くのかと思っていたのだけれど」
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「………………え?」
真剣極まりない表情でそんな事を言われてしまったロージアは、盛大に顔を引き攣らせながら絶句した。
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