悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(9)疑心暗鬼の塊

 最後に呼ばれてやって来た三男のミランは、最初からコーネリアに対する警戒心を露にしていた。
「コーネリア様、いらっしゃいませ」
「ええ、お邪魔しているわ」
 最初の挨拶こそ当たり障りなく済ませたミランだったが、彼女と向かい合って座った途端、いかにも不審そうに問いかけた。


「あの……、ここへは何をしにいらっしゃったのですか?」
「あら? 聞いていないの? 本を書くための参考になるお話を聞きに来たのだけど」
「母さんがモデルですよね?」
「ええ、そうよ。やっぱり話は聞いていたのよね?」
「他にはございませんか?」
 しつこく問いを重ねられたにコーネリアは、さすがに困惑を深めながら口ごもった。


「え? 他にと言われても……、特に無いけれど?」
「……本当に?」
「それ以外に、何かあるのかしら?」
「コーネリア様の言動にはエセリア様と同様、いえ、それ以上に斜め上で読めないところがありますから」
「…………」
 ミランの遠慮の無さすぎる物言いにコーネリアは呆気に取られて口を閉ざし、アラナは内心で憤慨した。


(何なの、この子は!? 屋敷内でお嬢様とすれ違う時もいつも妙に警戒しているけど、お嬢様は笑顔で相対しているのに! 本当に失礼な子ね!?)
 しかし室内に満ちた不気味な沈黙を、コーネリアの小さな笑い声が打ち消した。


「ミランは独特な考え方をするのね。コネと人脈作りの為だけにクレランス学園の官吏科を目指していると、先程デリシュさんから聞いたし」
 クスクスと笑ってから、コーネリアが指摘してきた内容を聞いたミランは、がっくりと肩を落とした。


「デリシュ兄さん……。何をペラペラ話してるんだよ……」
「でも型に填まらない考えをしても、良いのではないかしら。ワーレス夫妻も認めているみたいだし」
「そうですね。僕に対しては、両親は割と放任主義みたいで助かっています」
 まだ若干警戒しつつも正直に述べたミランに対して、コーネリアは問いを重ねた。


「だけど先程話を聞いてから気になっていたのだけど、勉強はどうしているの? 貴族みたいに教師を頼んでいるの?」
「いえ、さすがに好き勝手させて貰っているのに、そこまでは……。自主的に小遣いの中から本を購入して、自主勉強しています」
「それは大変ね。ナジェークが学習に使った後の教材や資料があるから、あの子に頼んでミランに譲って貰おうかしら」
 コーネリアは何気なく善意で申し出たが、ミランは途端に顔色を変えて固辞した。


「とんでもない! そんな大切な物をいただけませんよ!」
「大丈夫よ。ナジェークが完全に頭に入れた後の物を譲って貰うつもりだから。あの子は家庭教師の皆さんに『同年代の子供と比較して、数年は進度が早い』と言われているから、もう学園選抜試験程度の内容までは習得している筈だし」
「ですが!」
「勿論、本人とお父様の許可は貰うから安心して? お父様はワーレス商会を贔屓にしているし、そこの子息がクレランス学園の官吏科に進んだらお喜びになるわ。それに兄達とは違う立場でワーレス商会を盛り立てようとしているあなたの姿勢に、感心してくださる筈よ」
「ええと、それは……、どういう意味でしょうか?」
 その微妙に含んだ物言いにミランが戸惑っていると、コーネリアは笑みを深めながら確信している口調で述べる。


「ワーレス商会は、王都内でも指折りの規模に成長したわ。でも残念ながら、随一とまでは言い切れない。それはこれまでワーレス商会が、主に庶民を商売相手にして拡大してきたからよ。王家や各貴族家と太い繋がりを持っている昔からの大店おおだなには、取引量や販売額でまだ一歩及ばない。違うかしら?」
「……違いません」
「我が家とは優先的に取り引きしているし、何年か前からエセリアが考案した物の販売で、庶民向けは勿論、他の貴族達との取り引きも徐々に増えてきたわ。だけど大店の牙城を崩すには、まだまだ足りない。それで貴族の子女が数多く在籍し、官吏を何人も輩出するクレランス学園に所属する事で、これまでのワーレス商会には無かった人脈を自分が確立しようと考えたのでしょう?」
 自分の考えに疑いを持っていない様子のコーネリアを見て、ミランは盛大に溜め息を吐いてから問い返した。


「今の話、デリシュ兄さんが言ったんですか?」
「いいえ。単なる私の推測に過ぎないわ。あなたも家族には面と向かって言っていないみたいだし。だから私も、余計な事は何も言っていないわ」
 当然の如くコーネリアに言われたミランは、両手を上げて完全に降参した。


「本当に、読めないお嬢様ですよね……。エセリア様はそんな深読みはしませんでしたよ。進学希望の話をした時、『それなら二年間は学園で一緒ね。よろしくね!』の一言で終わりでした」
「ありがとう。誉め言葉として受け取っておくわ」
(なるほど、そういう考えがあったのね。それを看破するなんて、さすがはお嬢様だわ!)
 笑顔で応じたコーネリアに、ミランが苦笑を深める。そして密かにアラナが感激している中、コーネリアが不思議そうな顔をしながら言葉を継いだ。


「でも、どうして正直に、家族に進学理由を言わないの?」
「だって……、そんな大層な事を偉そうに口にして、受からなかったら恥ずかしいじゃないですか。それに今までの経営方針を否定しかねないから、父さんやデリシュ兄さんが気を悪くするかもしれないし……」
 しかしそんな彼の懸念を、コーネリアが一笑に付す。


「あら。しっかりしているように見えて、ミランはやっぱり子供なのね。そんな変な気の回し方をするなんて」
「あのですね!」
「つまらない見栄を張ったり余計な邪推はしないで、思う事を正直に言ってみたら? 皆応援してくれると思うし、選抜試験に落ちても馬鹿にしたり邪険にされたりしないわよ。あなたの家族は、そんなに了見が狭い人ばかりなの?」
 にこやかにそう問われたミランは、入室してからもう何度目になるのか分からない溜め息を吐いてから、顔付きを改めてコーネリアに申し出た。


「分かりました。今の内容に関しては、機会を見て自分から家族に言いますから、コーネリア様は黙っていて欲しいのですが」
「勿論、余計な事は言わないわ。教材の譲渡に関しては、ナジェークとお父様にはお願いしておくけど。あ、いっそのこと費用は我が家持ちで、家庭教師にこちらにも来て貰う?」
「それは勘弁してください! そこまでして貰って万が一試験に落ちてしまったら、本当に父さんに殺されかねません!」
「まあ、ミランったら大袈裟ね」
 血相を変えて懇願してきたミランを見てコロコロと楽しそうに笑ってから、コーネリアは顔付きを改めて話題を変えた。


「それでは本題に入るけど、もうお店の手伝いをしているのよね? その時に、困ったお客に遭遇した事は無い? 逆に年配の店員の方が、上手くトラブルを捌いた事もあれば教えて欲しいのだけど」
「色々ありますけど……、そうですね。あの事とかなら、聞いて面白そうかな?」
 話題が変わったのを幸いミランは真顔になって考え込み、すぐに二人の間で活発なやり取りが開始された。


(やっぱりお嬢様の洞察力は、抜きん出ているわね。言い聞かせている辺りでは人徳が滲み出て、全身が光り輝いているようだったわ)
 会話で盛り上がっている二人を微笑ましく眺めながら、アラナは一人、満足げに頷いていた。



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