悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(2)看過できない出来事

 アラナが専属メイドになってからの主であるコーネリアは、彼女にとって他者の追随を許さない自慢のお嬢様であった。
(本当にお美しい上に、他のお嬢様達と比べても、コーネリア様の気品と教養とカリスマ性は抜きん出ているわよね)
 子供ではあっても、大貴族のご令嬢ともなれば他家のお茶会や催事に参加するのは当然であり、当然その時は専属メイドが同行してお世話する為、アラナは何度もコーネリアと同年代の貴族の子女を観察する機会があった。しかし彼女に言わせると、主と比べると周囲の子供達が見劣りする事甚だしかった。


(本当に申し訳無いけれど、他のお嬢様方なんてコーネリア様の引き立て役にしかならないわよね。やっぱりコーネリア様は我が国一の、いいえ、世界一のお嬢様よ! この国に年の釣り合う王子様がいらしたら、絶対にコーネリア様が王妃様になられた筈なのに……。それだけが、残念で残念で仕方がないわ)
 勿論、心の中でそんな事を思っていても口には出さず、アラナは笑顔でコーネリアに仕えながら優越感に浸る日々を過ごしていたが、専属メイドに就任してから四年程経過した頃、予想外の事態に直面する事となった。


 ※※※


「はぁ……」
 自室のソファーに座りながら見るともなしに窓の外を眺めつつ、時折十四歳という年齢には似つかわしくない物憂げな溜め息を吐くコーネリアを見て、アラナは何日か前から密かに思い悩んでいた。


(この数日間、コーネリア様は、ずっとあの調子だわ。何か、よほどお悩みの事があるみたい……)
 そんな主の異常に気付いてから、内心では心配しながらも普段通り接してきたアラナは、ここにきて完全に腹を括った。
(単なるメイドの分際で、「お嬢様のお悩みを解決できる」などと思い上がるつもりは毛頭無いけれど……。このまま何もしないで傍観しているなんて、私にはとてもできないわ)
 そう決意したアラナは、コーネリアに歩み寄って神妙に声をかけた。


「あの……、コーネリア様。少々お時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
「それは構わないけれど……。アラナ、どうかしたの?」
 物思いから現実に立ち返ったコーネリアが何気なく尋ねると、アラナは真摯な表情で訴えた。


「その……、余計な事かもしれませんが、ここ暫くコーネリア様には、何かご心配な事やお悩みの事があるようにお見受けします。私で良かったら、それを話してみてくださいませんか?」
「…………え? アラナに?」
 それを聞いたコーネリアが如何にも当惑しながら尋ね返してきた為、アラナは見当違いな事を言ってしまったと深く後悔しながら、慌てて頭を下げた。


「あああのっ! 差し出がましい事を申し上げて、本当に申し訳ございません! 確かに私ごときがコーネリアさまのお悩み事をお伺いしても、解決できる筈はございませんが、お話しするだけで気持ちが楽になるかもしれないと思いまして! たった今申し上げた事は、全てお忘れください!」
(私の馬鹿馬鹿馬鹿! コーネリア様が呆れて、声も出ないでいらっしゃるじゃない! やっぱり余計な事を口走るんじゃ無かったわ!)
 しかし深く後悔しながら頭を下げたアラナに対し、コーネリアは困惑顔から一転して穏やかな笑みを浮かべながら告げた。


「別に、アラナが謝る事は無いわよ? いきなり言われたから、何事かと思って確かに少し驚いたけれど、アラナはこの間ずっと私の事を心配してくれていたのでしょう? ありがとう。とても嬉しいわ」
「おっ、お嬢様ぁぁっ!!」
(やっぱりコーネリアお嬢様はお美しくて、それ以上にお優しい方だわ! この方付きになれて、本当に良かった)
 もはや心酔を通り越して崇拝の域に達しそうなアラナに、コーネリアは苦笑ぎみに語りかける。


「そうね……。心配事と言うのとは違うのだけど、確かに少し悩んでいるかもしれないわ。悩みと言うか愚痴と言った方が正しいと思うし、アラナが聞かされても困るとは思うけれど……。少しだけ、私の話を聞いて貰えるかしら?」
「はい! 勿論でございます。幾らでもお伺いしますので、ご遠慮なく仰ってください」
(やっぱり、思いきってお伺いして良かった。コーネリア様が少しでも心穏やかに過ごせるように心掛けるのが、専属メイドの仕事だものね!)
 力強く頷き、満面の笑みで話を聞く態勢になったアラナだったが、ここで予想外の話を聞かされる事となった。





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