悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(7)男女平等社会参画構想

「つまり男は外で働き、女は家事一般をこなす。この固定観念を打ち崩すきっかけを作りたいの。男の人と同様に商売や作業をしていても、家事は女性が担っているのが殆どでしょう? 貴族ではなくとも裕福な商人の家なら、使用人を雇って済ませるでしょうけど」
「はぁ……、そうですね」
「それに元々私の領地は目立った特産品も産業も無いから、男性は他に出稼ぎに出て、残った女性が細々と内職をするか、畑仕事をして生計を立てている家庭が多いの。その女性達を雇おうとしても、家事をする時間や子供の世話をどうするかという問題が出て来るわ。だから学術院に付属した施設に託児所も作って、彼女達が洗濯作業をしている間、遊ばせたり食事を出すのよ」
 頷きつつエセリアの説明を聞いていたシレイアは、ここで素朴な疑問を口にした。


「その託児所の運営費は、学術院が負担するのですか?」
「そうだけど、洗濯屋で働く女性以外に忙しい外部の女性も利用して料金を徴収すれば、十分採算は取れると踏んでいるわ。その推定利用者数や、想定利用料金を考慮に入れた試算書がこれよ」
「拝見します」
 続けて差し出された書類を受け取ったシレイアが、早速真剣な表情でそれに見入る中、エセリアが冷静に話を続けた。


「それか……、幅広く洗濯物を受け入れると、誰の物か分からなくなる可能性があるでしょう? それを防ぐ為に預かる洗濯物には、全て名前か個別の模様を刺繍するの」
「全てですか? それはなかなか、手間のかかる作業ですよ?」
 思わず顔を上げて懸念を口にしたシレイアだったが、エセリアは笑顔で頷いてそれに答えた。


「だから、預かる子供の中で大きい子なら刺繍ができそうな子が何人かいそうだし、その子達に歩合制で頼むのよ。小さな模様とか短い名前とかなら、少し練習すればできそうじゃない?」
「子供の職業訓練の場としつつ、安定した安価な労働力の確保ですか……」
「それからさっきの乾燥室。晴れた日は窓を開けて自然の風や日光を取り入れるけど、雨の日は例のプロペラを回すわ。その回転作業を外で遊べなくて退屈している男の子達に、『作業してくれた時間に応じてお駄賃をあげる』と言ったら、面白がってやってくれそうじゃない?」
「雨で外に出られないのなら尚更、暇つぶしと小遣い稼ぎにやりそうですね。わざわざ普段から人員を配置せず、必要な時に余剰人員を流用するとは……」
 エセリアの話に一々感心した声を漏らしつつ、シレイアは食い入るように書類を凝視していた。そんな彼女に、エセリアが更なる問題点を提起する。


「その託児所の事だけど、小さい子の世話を大きい子に任せる事もあるけど、子供だけだとどうしても不安があるわ」
「それはそうです」
「だから今は体力が衰えたりして、仕事や家事ができなくてただ家にいるけど、子供の世話をするのは可能で学術院まで来れるご老人方を集めて、その方達の暇つぶしを兼ねた職場として、健老託児所を開設する予定なの。仕事を持つ母親達が、子供の世話を頼める家族と同居していたり、隣近所に親しい預け先があるとは限らないしね」
 彼女がそう告げた途端、シレイアは感極まったように叫んだ。


「現地で使用可能な人材を、とことん有効に使おうとするその無駄の無さ! 本当に素晴らしいですわ、エセリア様!」
「ありがとう。それで洗濯を外注する文化と言うか習慣が根付いたら、今度は外食ね。勿論、飲食店はあるけど、何というか……。庶民が気軽に家族揃って食べるような、雰囲気のお店は皆無なのよ。それは王都でも同様だけど」
 そんな新たな問題を指摘されたシレイアは、瞬時に難しい顔で考え込んだ。


「言われてみれば、確かにそうですね……。貴族向けの高級店ならともかく、子供連れとなると……。後は、酒場の延長みたいな感じですし」
「その辺りを改善する事で、外食による抵抗感を無くして常日頃気軽に利用できるようにすれば、外で働く女性達も家事の負担が少なくなって、かなり働きやすくなると思わない? 例えば食堂のシステムのビュッフェスタイルを、世間に浸透させるとか」
「本当に、エセリア様が仰る通りですね」
 神妙な顔で深く頷いたシレイアだったが、次のエセリアの台詞で困惑した表情になった。


「シレイア。実は今言った一連の事は、あなたの事を念頭にして構想した物なの」
「私を、ですか?」
「あなたが王都から離れたアズール学術院に赴任したら、何かあった時に気軽に実家を頼りにできないでしょう? 一人で暮らすなら何とかなるかもしれないけど、結婚するとなるとそうも言っていられないから、仕事を続ける為に結婚を忌避している心境は理解できるわ」
「…………」
「でも私はあなたに、自分から自分の可能性と選択肢を狭めて欲しくないのよ。それでアズール学術院周辺から、《男女平等社会参画特区》として、住民の意識改革を目指す事にしたわ」
 黙ってエセリアの主張を聞き終えたシレイアは、盛大に溜め息を吐いて項垂れた。


「エセリア様……。やはりあなたは、私とは一回りも二回りもスケールが違う方ですね……。比べてみて、如何に自分が固定観念に縛られた、卑小な人間かを思い知らされました……」
「私はそこまで、偉い人間では無いわよ?」
 どうやら落ち込んでしまったらしい彼女を見て、思わず苦笑したエセリアは、そのままの表情で語りかけた。


「確認させて欲しいのだけど、結婚せずに独身のまま官吏として勤め上げた方は、これまで数は少ないけど、何人もいらっしゃるのでしょう?」
「はい、それはそうです」
「だけど、結婚後も仕事続けた方は皆無の筈。それなら、あなたが結婚後も仕事を続けたら、栄えある既婚女性官吏第一号になるのよね? それだけでも後進女性官吏達にとっての希望と羨望の的になる事は確実だけど、これで仕事上でも成果を上げたら、歴史の1ページに名前を残す事は確実だと思うわ」
 それにシレイアが、ピクリと反応して顔を上げた。


「……名前を残す?」
「ええ。だって女性官吏の新たな可能性を切り開いた先駆者、つまり女性の社会進出時代の寵児じゃない。そうは思わない?」
 そこで同意を求められたシレイアは、徐々に顔つきを明るくして叫んだ。


「女性の社会進出時代の先駆者…………。なんて、なんて素晴らしい響き!! エセリア様! きっとそれこそが、私が今まで心の中で、真に追い求めてきた物ですわ!」
「そうでしょう? 私は以前から、シレイアは単なる一官吏ではなく、目覚ましい働きを後世に残す人間だと確信していたわ」
 そこでエセリアがさり気無く彼女を持ち上げると、シレイアは感動のあまり涙ぐむ。


「エセリア様……。私の事を、そこまで評価してくださっていたなんて……。感激です!」
「それで、女性達の仕事と家事育児の両立をサポートする為に、先程出したような事柄を考えてアズール学術院周辺での準備も進めているので、シレイアには仕事を続けても結婚を諦めて欲しく無いなぁと」
「勿論です! 絶対に仕事と家庭を両立させてみせますわ! そして後輩の女性官吏達の希望の星となりつつ、私の名前を歴史に刻んでみせます!」
「……そう、頼もしいわね」
 鬼気迫る勢いで自分の台詞を遮りつつ宣言したシレイアを見て、エセリアは僅かに顔を引き攣らせつつ、密かに安堵の溜め息を吐いた。


(シレイアの眼が少し怖いけど、取り敢えず結婚に関して前向きになってくれたから良いわよね。これで第一段階はクリアとして、シレイアの気が変わらないうちに、さっさと次に移りましょうか)
 そしてエセリアは気合を入れ直し、慎重に再び口を開いた。





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