悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

後日談:目指すのは、常に時代のパイオニア:(1)世話焼きおばさんではありません

 婚約破棄後、エセリアは傷心を抱えて打ちひしがれる事など無く、寧ろ精力的に活動を開始した。
 領地運営は父兄に頼んで信頼できる人物に任せ、自らは領内視察と構想実現に向けての活動に明け暮れて早二年近く。彼女は自領内に、賜った爵位を冠した《アズール学術院》の設立を、翌年に控えるまでに漕ぎつけた。


「キリング総大司教、カルバム大司教、ご無沙汰しております。久しぶりに総主教会を訪問しましたら、ご多忙なお二人にお目にかかる事ができて、本当に光栄ですわ」
「いえいえ、エセリア様の多忙さに比べたら、私どもの日頃の行いなど、微々たる物に過ぎません」
「エセリア様の構想が実り、学術院がいよいよ来年に開設との事。誠におめでたく、頭が下がる思いでおります」
 久々に王都の総主教会に出向き、出迎えてくれた二人が笑顔で口にした内容に、エセリアが本気で驚いた顔になる。


「まあ……、まだ正式な公表は控えておりますのに、どちらからお聞きになりました?」
「どちらからと言いますか」
「既に、王都中の噂になっております。ご存じありませんでしたか?」
「それは……。こちらの情報収集に、些かの手落ちがあったようですね」
 そんな事を言い合って互いに苦笑してから、男二人は急に顔つきを改めて言い出した。


「それでですな、エセリア様。この間の資金運用状況の報告とは別に、この機会にあなたに折り入ってご相談があるのです」
「それでわざわざ高位のお二人が、揃って対応して下さったと?」
「はい、そうです」
「それでは、まずそちらのご相談をお伺いした方が宜しいみたいですね。私などでお役に立てるかどうかは分かりませんが、お聞かせください」
「ありがとうございます。実は相談と言うのは、ローダスとカルバム大司教の娘の事なのです」
 キリングがそう切り出すと、エセリアは少々驚きながらも、今でも交流がある友人達について言及した。


「ローダスとシレイアに関する事ですか? 時折手紙のやり取りをしていますが、二人とも官吏として充実した日々を送っているみたいですね」
「はい、その通りなのです。いつも活気みなぎる様子で、王宮に通っております」
「それは良かったですね。お二方も親として、鼻が高いのではございませんか?」
「はい、仕事にやりがいを見いだして頑張っているようで、誠に結構な事で……」
(あら? カルバム大司教の表情が、台詞と合っていないんだけど、どういう事かしら?)
 口では「結構な事」と言いながらも、俯きがちで表情が曇っているカルバムを見て、エセリアは密かに困惑した。そんな彼女に向かって、キリングが真剣な面持ちで話を続ける。


「エセリア様、二人は幼なじみという奴でして、ローダスは幼い頃に聖典の暗唱で彼女に負けて以来、何かにつけてシレイアと張り合ってきたのです」
「ええ、学園内でも気心の知れた好敵手と言う感じで、定期試験毎の二人の首位争いは、皆が注視しておりましたわ」
「確かに以前は、シレイアに負けたくないと言う気持ちが勝っておりましたが、段々とシレイアに無様な点数を見せられないと言う方向に、気持ちが変わっておりましてな……」
「はぁ」
(だから何? キリング総大司教の様子も、何だか変。いつもの簡潔明瞭な話しぶりは、どこにいったの?)
 一向に話の筋が見えてこなかった為、エセリアは非礼にならない程度に促してみる事にした。


「あの……、要するに、お二人は何が仰りたいのでしょうか?」
 控え目にそう尋ねて見た途端、カルバムが勢い良く頭を下げながら叫ぶ。
「伏してお願い申し上げます! 娘に結婚するように、エセリア様から言い聞かせてくださいませ!!」
 いきなりそんな頼みごとをされたエセリアは、当然動揺した。


「は、はいぃ!? いえ、あの、ちょっと待ってください! 『結婚するように言い聞かせる』と言われましても、私自身は独身の上、婚約者すら存在していないのですよ? そんな私などよりも、既婚者で立派に家庭を築いていらっしゃる方の方が、説得役に相応しいと思われますが?」
 慌てて真っ当な提案をした彼女だったが、カルバムが申し訳なさそうに力なく首を振る。


「既に、そう言った方々にはお願いして、さり気なく結婚を勧めて貰いましたが、娘は歯牙にもかけぬ有り様で……。年を取ってから生まれた一人娘故、これまであの子が望むまま学問をさせ、官吏を目指すと言った時も本心から応援致しましたが、程良いところで諦めて家庭に入ってくれるだろうと、安易な考えを持っておりました……」
「それは少々大司教様の見通しが甘かったと、言わざるを得ませんわね」
「誠に、仰る通りです」
 神妙に頷いた彼を見て、エセリアは本気で頭を抱えたくなった。


(う~ん、本来なら『これまでの娘の努力と奮闘を全否定するような事を、そう簡単にほざくな!』と怒鳴りつけたい所だけど、悪気は無かったと思うし。これまで彼女を応援してきたカルバム大司教の気持ちは、紛れもない本物だと分かるもの。シレイアは父親の事を、凄く尊敬しているし)
 どう穏便に断ろうかと密かに頭を悩ませていると、今度はキリングが懇願してきた。


「それで、エセリア様には更にお手数をおかけしますが、ローダスの尻を叩いていただきたいのです」
「は? あの『尻を叩く』と言うのは、どう言った意味でしょうか?」
 本気で問い返したエセリアに、彼が溜め息まじりに応じる。


「あれは以前から、シレイアの事を好いておりましてな。幾ら他の女性との縁談を勧めても、首を縦に振らんのです」
「えぇ!? そうなのですか? 確かに仲がよいと言うか、気心が知れた間柄だと思っていましたが!」
「先程カルバム大司教が口にしたように、シレイアは勉学や仕事一筋で、色恋沙汰にうつつを抜かす娘ではありませんでしたからな。現に学園在学中や官吏として王宮勤めを始めてからも、言い寄られる事が多々あったそうですが、悉く振っているそうです」
(確かに本来のゲームの設定では、あの二人は親同士が決めた許婚同士だったけど、クレランス学園で顔を合わせた時点で、そんな設定は無かったし。傍から見ている分には、全く色恋沙汰の気配が感じ取れなかったから、大幅に設定が変わって単なる友人関係だと思い込んでいたわ)
 冷静に説明してくるキリングに、エセリアも当初の驚きを押さえ込んで話を続けた。


「そうでしたか……。確かにシレイアは美人ですし、気さくな性格で男女共に好かれていましたから。ですがそれはシレイアから、直接お聞きになったのですか?」
「いえ……、シレイアと仲が良いと言う事で、彼女に言い寄る人間の半数程は、ローダスに仲介を頼んできたらしく……」
 如何にも言い難そうに説明された内容を聞いて、エセリアの顔が微妙に引き攣った。


「総大司教様。まさかローダスはそれを馬鹿正直に仲介していたとか、仰いませんよね?」
「はぁ……。勉学や仕事一筋の彼女が、見向きもしないと確信していたらしく……」
(何やってんのよ! 馬鹿ローダス!)
 自分から微妙に視線を逸らしながら、面目なさげに告げてきたキリングを見て、エセリアは心の中でローダスを罵倒した。そして、とある可能性に気が付く。


「まさかローダスは、いざ自分も告白しようとしたら、これまでの男達と同様に、言下にはねつけられそうで怖くて告白できないとか、世迷い言を口にしているわけではありませんよね?」
「……誠に、お恥ずかしい限りです」
(ちょっと、本当に勘弁して。どうして他人の色恋沙汰に、首を突っ込まなきゃいけないわけ?)
 息子の不甲斐なさに項垂れたキリングだったが、エセリアもこのまま机に突っ伏したい心境に駆られた。しかしここでカルバムが、身を乗り出して訴えてくる。


「お願いします、エセリア様! 勝手な事を口にしている事も、娘が官吏として活躍している事も、重々承知の上でございます!」
「あの、カルバム大司教?」
「ですが親として、このまま娘が一生独り身で過ごす事になったら、行く末が心配で心配で、夜も眠れません! 親の言葉は聞かずとも、あの子が心酔しているあなた様の言葉なら、素直に聞いてくれるやもしれません。お願い申し上げます!」
「そう言われましても」
 興奮状態のカルバムだけでもエセリアが持て余しているところに、キリングまで一緒になって真顔で主張してくる。


「私からも、お願いいたします。ローダスは末っ子の為、甘やかして育てた事もあり、こうと決めた事を容易に覆したりはしません。しかしシレイア同様、尊敬しているあなた様からの訓辞で、腹を括ってシレイアに想いを告げるか、すっぱり諦める事ができるのではないかと考えております」
「そんな……、総大司教様。買い被りすぎですわ」
「宜しくお願い致します!」
「もうエセリア様しか、お縋りする方がいないのです!」
 年長者の男二人に深々と頭を下げられ、エセリアは進退窮まってしまった。


(そう言われても……。どうして婚約者も恋人すらいない私が、縁談を纏めるのが趣味なおばさんっぽい役割をする羽目に……)
 そう思ったものの、その要請を回避する手段を考え付かなかったエセリアは、取り敢えず二人に働きかける事を約束して総主教会を辞去し、その足でワーレス商会へ向かった。





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