悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(11)KYなのにもほどがある

 マグダレーナの生誕記念祝賀会には、国内貴族の殆どが笑顔で会場入りしていたが、その片隅に一組の男女の姿を認めるなり、出席者達は例外なく顔を顰めて近くの者と囁き合った。そして両親とナジェークと共に会場入りしたエセリアも、その現状を認めて軽い頭痛を覚えた。


「おい、あれを見たか?」
「ああ。殿下、では無くて、今は確かジムテール男爵だったよな?」
「あの騒ぎから半月も過ぎていないのに、堂々と公の場に現れるとは……」
「取り調べを受けたバスアディ伯爵やミンティア子爵は、面目を失って今回は欠席らしいぞ」
「それだけでは無く、あの方の元秘書官達も、公金流用や諸々の手配をした実行犯と見なされて取り調べを受けたから、その家の人間も顔を出していない筈だ」
「それなのに当の本人だけは、涼しい顔をしているとは」
「どれだけ厚顔無恥なのやら。本当に恐れいったぞ」
 王宮から形式上招待状が届けられても、さすがに今回は辞退するだろうと思い込んでいたエセリアは、そんな会話を耳にしながら唖然とするしかなかった。それに加えて彼らには、嫌でも噂にならざるを得ない、他の理由もあった。


「奥様。あのドレス、どこかで見覚えがございませんか?」
「まあぁ、いつかどこかで見覚えが……。と言うか、あのような騒ぎの中で目撃した物など、とても忘れる事などできませんわ」
「恥ずかしげも無く、全く同じドレスで出向くとは。王妃陛下にお目にかかるのに、着古したドレスで十分と言う事なのかしら? 陛下に失礼ではありませんか」
「幾ら余裕の無い家でも、少々手を入れてデザインを変えたり、小物で誤魔化す位は致しますのに……」
「本当に、物の道理を弁えておられない方とお見受けしますわね」
 そんな冷笑と侮蔑の視線を周囲から向けられながらも、グラディクトとアリステアはそれらを無視しているのか、はたまた全く気付いていないのか、平然と会場の隅に佇んでいた。


(あの二人が幾ら招待状を貰ったとしても、この場に乗り込んで来るとは想像していなかったわ。しかも、全く同じドレスだなんて……。確かに明確なマナー違反ではないけれど、暗黙の了解とか常識と言う物が……。グラディクト殿は、何も言わなかったのかしら?)
 もう溜め息しか出ないエセリアだったが、隣に立つナジェークが問題の二人に視線を向けながら、低い声で言い聞かせてくる。


「エセリア。このような場で滅多な事にはならないと思うが、今夜は最後まで私の側を離れないように」
「十分気を付けます」
 神妙にエセリアが頷くと、ここで司会進行役の侍従が声を張り上げて国王夫妻の入場を告げた為、出席者全員が恭しく礼を取った。


「皆、今夜はマグダレーナの生誕記念祝賀会に集ってくれてありがとう。是非、楽しんでいってくれたまえ。それから急な事ではあるが祝賀会に先立ち、アーロン王子の立太子式と、エセリア・ヴァン・シェーグレンに対する、アズール伯爵位及び領地の授与式を執り行う。それでは両者、前へ」
 そして湧き起こる拍手の中、指名を受けた二人がエルネストの前に進み出て、最初にアーロンの立太子式が、続けてエセリアへの授与式が問題無く執り行われた。
 その後、本来の祝賀会が開催され、親族であり上級貴族でもあるシェーグレン公爵家は、早い段階でマグダレーナへの祝辞と挨拶を済ませ、エセリアはナジェークと共に会場を移動した。


(何か本当に、会場がざわざわして落ち着かない……。取り敢えずアーロン殿下の立太子に異義でも唱えて、祝賀会自体をぶち壊そうとする気なら、徹底的に理論武装して叩きのめしてやろうと思ったけど。この間おとなしくしていたし、本当に自分の行いを悔い改めたのかしら? それなら何よりだわ)
 そんな事を考えながら、新たな王太子の婚約者として披露されたマリーリカの所に向かうと、貴族達に囲まれていたマリーリカが、安堵した顔になって声をかけてきた。


「エセリアお姉様、本日はおめでとうございます」
 本心から祝いの言葉を述べたマリーリカだったが、エセリアは思わず苦笑しながら言葉を返した。


「ありがとう、マリーリカ。でも王家から授与される事になった理由を考えると、少し複雑だわ」
「あ……、そうですわね。申し訳ありません、お姉様。無神経な事を口にしまして」
「別に、嫌みで言ったわけではないから、気にしないで。それより、これから大変なのはあなたの方なのだから」
「はい、分かっております」
 そこで瞬時に緊張した顔になった従妹に、エセリアは優しく言い聞かせた。


「当面は公式行事の際は、なるべく私が側に付いてフォローするわ。覚えていない細かい所は、その都度その場で教えますから」
「宜しくお願いします、お姉様。頼りにしております」
 縋るような目をしながらも、安堵した表情になったマリーリカに、エセリアは力強く頷いてみせた。そこで少し離れたところで有力な上級貴族達からの祝辞を受けていたアーロンが、二人のやり取りを耳にしたらしく、周りの人間を引き連れながら声をかけてくる。


「エセリア嬢。いえ、アズール伯爵。これからマリーリカの事を、宜しくお願いします」
「はい、お任せください。アーロン殿下。それから今回の立太子、おめでとうございます。改めてお祝いを申し上げます」
「ありがとう、アズール伯爵」
 そこまでは真面目な表情でやり取りをしたエセリアだったが、ここで明るく笑いながら告げた。


「先程のお話ですが、それほど心配しなくともマリーリカは素質は十分ですし、すぐに必要な事を覚えられますわ。私がお役御免になるのも、そう遠い日ではございませんでしょう」
 それにアーロンも笑顔で応える。


「それは良かった。マリーリカが常に私よりもあなたを頼りにしていたら、少々妬いてしまいそうだと密かに考えておりました」
「実は私もそうではないかと、推察しておりましたので」
「やはりアズール伯爵は余人を以って代え難い、聡明な方でいらっしゃいますね」
「お姉様!? 殿下まで一緒になって、こんな所で何を仰っているのですか!?」
 楽しげに笑い合う二人を見て、マリーリカが顔を赤くしながら狼狽し、それを見た周りの者達は特に咎めるような真似はせず、寧ろ微笑ましそうに眺めていた。


「仲が宜しくて、結構ですこと」
「本当にそうですわね」
「王家の未来に、何の不安もございませんな」
「まさに安泰と言えるでしょう」
 そんな和やかな空気を、その場に遠慮無く割り込んだ人物が、呆気なく霧散させた。


「随分とご機嫌だな、エセリア」
「…………」
 アリステアを引き連れていきなり現れたグラディクトに、その場全員が不愉快そうに黙り込み、中の数人ははっきりと彼に非難の眼差しを向けたが、真っ直ぐエセリアを見ていた彼は、それに全く気が付いていなかった。しかしその状況に、エセリアが密かに焦りまくる。


(殊勝にアーロン殿下にお祝いを言いに来たにしても、まだ上級貴族の方々が周りにいらっしゃるのよ!? 今は男爵に過ぎないのに、どうしてあからさまに序列を無視するような真似をするのよ!?)
 心の中で彼女は盛大に非難の声を上げたが、対するグラディクトは横柄な口調で言い出した。



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