悪役令嬢の怠惰な溜め息
(19)マグダレーナの怒り
「申し訳ありません。なるべく重ならないように、それらを机に並べて貰いたいのですが」
「これで宜しいでしょうか?」
綺麗に自分の前の長机に並べられた全ての宣誓書を見て、エセリアは予め分かりきっていた事ながら、さもたった今、確信できたように頷いてみせた。
「はい、ありがとうございます。良く分かりました」
「何が分かったと言うんだ!」
「それではこれらを全て、両陛下にお渡しください」
「はい」
「私を無視するな! 質問に答えろ!」
書記官もエセリアも、声を荒げたグラディクトを完全に無視して事を進め、書記官は彼女の指示通り再び宣誓書を纏めて国王夫妻に手渡した。エセリアはそれを確認してから、改めてグラディクトに向き直る。
「それでは、グラディクト殿下にお伺いします。あれらの宣誓書の日付はバラバラで、どこの誰とも知れない方々の名前ではありますが、全て違う方の署名がしてあります。そうしますと半年以上の期間に渡って、複数の人間によって書かれた物と言う事になりますが、それで間違いございませんか?」
「その通りだ」
「異なる時期に、枚数分の人数によって、書かれた物だと仰いますのね?」
「くどい! そうだと言っているだろうが!」
「それなら何故、使われた用紙とインクが、酷似しているのですか?」
「……え?」
核心に触れたエセリアに、グラディクトは困惑した表情になったが、彼女は淡々と話を続けた。
「同じサイズ、同じ白色、同じ質感、同幅の罫線、同じ黒のインク。複数人が個別に書いたにしては、凄い偶然の一致ですわ」
そんな含む物言いをした彼女に、グラディクトは盛大に言い返した。
「馬鹿か貴様は! そんなありふれた白い紙や黒のインク、似たような物がどれだけ世間に出回っていると思っている!」
「ええ、確かに無数の白い紙と黒インクが出回っており、似通った物も無数にあります」
「当たり前だ!」
「ですが逆に言いますと、材質、質感、光沢、罫線の引き方などの組み合わせも無数ですのよ? インクも作っている工房や商品によって、青に近い物、緑がかった物、茶系の物、ひたすら黒く暗い色合いの物など、それぞれです。人それぞれ好みで、その微妙に違う物を選択する場合もあります」
そんな両者の主張を聞いた者達は、顔を見合わせながら意見を言い合った。
「確かにそうよね。似たような物は、確かにあるけど……」
「ええ。以前インク壺を忘れてお借りしたら、同じ黒なのにいつもの字の色と微妙に違っていて、違和感があったわ」
「確かに、ただの白い紙と言っても、随分違うよな?」
「そうそう。俺達平民と上級貴族の使っているノートなんか、雲泥の差だぜ?」
「それなのに、全員が酷似した物を、偶々利用していたと?」
「ここからだと、現物がどんな感じなのかは分からないが、確かに筋が通らないよな?」
そんな意見を耳にしてもグラディクトは、声高に主張した。
「こじつけだ! 似たような物が数多く出回っているなら、偶々似た物が重なる可能性だってあるだろうが!」
「それでは、最大の疑問点に移らせていただきますが」
「貴様、まだ難癖を付ける気か!?」
さらりとグラディクトの非難の声をスルーしたエセリアは、舞台上に向き直ってエルネスト達に要請した。
「これは両陛下にも、ご確認いただきたく存じます。お手元の宣誓書の文面や言い回しは、それぞれ微妙に異なりますが、共通する文言、『エセリア・ヴァン・シェーグレン』『証言』『脅迫』『強要』『宣誓』『悪辣』などの筆跡をご覧ください。複数人の手による物の筈なのに、不思議な事に全ての筆跡が酷似しておりませんでしょうか?」
「何だと!?」
予想だにしていなかったその指摘に、グラディクトは大きく目を見開いたが、国王夫妻は真剣に宣誓書の筆跡を確認し、彼女の主張を認めた。
「先程、エセリア嬢が言った通りだな。全ての筆跡が酷似している」
「誠に。これを見て、異なる人間の書いた物だとは、到底思えませんわね」
「むしろ、同一人物が同じ用紙やインクを用いて書いた物と言った方が、適当だろうな……」
「私も、陛下と同意見です」
深く頷き合う二人を見て、愕然とした表情になったグラディクトが叫んだ。
「そんな……。そんな馬鹿な!?」
「先程も申し上げましたが、それはこちらの台詞です、グラディクト殿下。是非とも、万人が納得できるご説明をお願いします」
「それは……」
エセリアに促されて完全に進退窮まった彼は、口ごもった挙げ句、思い付いた事をそのまま口にした。
「ア、アーロンが! アーロンです!」
「何だと?」
何故そこにその名前が出てくるのかと、エルネストが怪訝な顔になると、グラディクトは必死の形相で父親に向かって訴え始めた。
「アーロンが王太子の私を陥れようと、このような卑怯な事を企んだのです! こんな手の込んだ真似をして!」
「お黙りなさい!! この場はあなたが式典の場で、エセリアを誹謗中傷した内容が事実かどうかを審議する場であって、そんな愚にもつかない物を誰が作成したのかなどを、検証する場ではありません! そもそもそんな代物を迂闊にも信じ込み、堂々と陛下の前に持ち出して散々埒も無い事を喚いた事実を恥じなさい!! この愚か者がっ!!」
「…………」
この期に及んで責任転嫁するにも程があると、エセリアが内心で呆れ果てた瞬間、マグダレーナの怒りの声が講堂内に響き渡った。その剣幕に恐れをなして、全員が瞬時に口を閉ざす。
(う、うわぁ……。王妃様が完全にブチ切れたところを、初めて見たわ。さすがの迫力で、誰も口を挟めない……。悪あがきをするにも程があるわよ。本当に勘弁して! どうしてくれるのよ!)
この険悪な場の収拾をどう付けるのかと、エセリアが心の中でグラディクトを罵倒していると、急に講堂の出入り口付近が騒がしくなった。
「失礼いたします!!」
「え?」
「何?」
勢い良く扉を押し開けて駆け込んで来たのはケリー大司教であり、アリステアは勿論エセリアも面食らったが、彼は舞台上に国王夫妻の姿を認めると、脇目も振らずに一直線にそちらに駆け寄りながら悲痛な叫びを上げた。
「国王陛下! 王妃陛下! アリステアが王家乗っ取りなど大それた事を企てたなど、何かの間違いです! 是非とも詳しい詮議の上、寛大なご処置をお願いいたします!!」
「はぁ?」
エルネストが間抜けな声を上げたのは勿論、横でマグダレーナも無言のまま困惑顔になる。
(え? ちょっと待って! どうしてこのタイミングで、大司教が乱入して来るの? しかも王家乗っ取りって、話がかなり違っているんだけど?)
アリステアの擁護をするなら、昨日のうちに出向いて来る筈なのにとエセリアが訝しむ中、事態は益々混迷の度を深めながら推移していった。
「これで宜しいでしょうか?」
綺麗に自分の前の長机に並べられた全ての宣誓書を見て、エセリアは予め分かりきっていた事ながら、さもたった今、確信できたように頷いてみせた。
「はい、ありがとうございます。良く分かりました」
「何が分かったと言うんだ!」
「それではこれらを全て、両陛下にお渡しください」
「はい」
「私を無視するな! 質問に答えろ!」
書記官もエセリアも、声を荒げたグラディクトを完全に無視して事を進め、書記官は彼女の指示通り再び宣誓書を纏めて国王夫妻に手渡した。エセリアはそれを確認してから、改めてグラディクトに向き直る。
「それでは、グラディクト殿下にお伺いします。あれらの宣誓書の日付はバラバラで、どこの誰とも知れない方々の名前ではありますが、全て違う方の署名がしてあります。そうしますと半年以上の期間に渡って、複数の人間によって書かれた物と言う事になりますが、それで間違いございませんか?」
「その通りだ」
「異なる時期に、枚数分の人数によって、書かれた物だと仰いますのね?」
「くどい! そうだと言っているだろうが!」
「それなら何故、使われた用紙とインクが、酷似しているのですか?」
「……え?」
核心に触れたエセリアに、グラディクトは困惑した表情になったが、彼女は淡々と話を続けた。
「同じサイズ、同じ白色、同じ質感、同幅の罫線、同じ黒のインク。複数人が個別に書いたにしては、凄い偶然の一致ですわ」
そんな含む物言いをした彼女に、グラディクトは盛大に言い返した。
「馬鹿か貴様は! そんなありふれた白い紙や黒のインク、似たような物がどれだけ世間に出回っていると思っている!」
「ええ、確かに無数の白い紙と黒インクが出回っており、似通った物も無数にあります」
「当たり前だ!」
「ですが逆に言いますと、材質、質感、光沢、罫線の引き方などの組み合わせも無数ですのよ? インクも作っている工房や商品によって、青に近い物、緑がかった物、茶系の物、ひたすら黒く暗い色合いの物など、それぞれです。人それぞれ好みで、その微妙に違う物を選択する場合もあります」
そんな両者の主張を聞いた者達は、顔を見合わせながら意見を言い合った。
「確かにそうよね。似たような物は、確かにあるけど……」
「ええ。以前インク壺を忘れてお借りしたら、同じ黒なのにいつもの字の色と微妙に違っていて、違和感があったわ」
「確かに、ただの白い紙と言っても、随分違うよな?」
「そうそう。俺達平民と上級貴族の使っているノートなんか、雲泥の差だぜ?」
「それなのに、全員が酷似した物を、偶々利用していたと?」
「ここからだと、現物がどんな感じなのかは分からないが、確かに筋が通らないよな?」
そんな意見を耳にしてもグラディクトは、声高に主張した。
「こじつけだ! 似たような物が数多く出回っているなら、偶々似た物が重なる可能性だってあるだろうが!」
「それでは、最大の疑問点に移らせていただきますが」
「貴様、まだ難癖を付ける気か!?」
さらりとグラディクトの非難の声をスルーしたエセリアは、舞台上に向き直ってエルネスト達に要請した。
「これは両陛下にも、ご確認いただきたく存じます。お手元の宣誓書の文面や言い回しは、それぞれ微妙に異なりますが、共通する文言、『エセリア・ヴァン・シェーグレン』『証言』『脅迫』『強要』『宣誓』『悪辣』などの筆跡をご覧ください。複数人の手による物の筈なのに、不思議な事に全ての筆跡が酷似しておりませんでしょうか?」
「何だと!?」
予想だにしていなかったその指摘に、グラディクトは大きく目を見開いたが、国王夫妻は真剣に宣誓書の筆跡を確認し、彼女の主張を認めた。
「先程、エセリア嬢が言った通りだな。全ての筆跡が酷似している」
「誠に。これを見て、異なる人間の書いた物だとは、到底思えませんわね」
「むしろ、同一人物が同じ用紙やインクを用いて書いた物と言った方が、適当だろうな……」
「私も、陛下と同意見です」
深く頷き合う二人を見て、愕然とした表情になったグラディクトが叫んだ。
「そんな……。そんな馬鹿な!?」
「先程も申し上げましたが、それはこちらの台詞です、グラディクト殿下。是非とも、万人が納得できるご説明をお願いします」
「それは……」
エセリアに促されて完全に進退窮まった彼は、口ごもった挙げ句、思い付いた事をそのまま口にした。
「ア、アーロンが! アーロンです!」
「何だと?」
何故そこにその名前が出てくるのかと、エルネストが怪訝な顔になると、グラディクトは必死の形相で父親に向かって訴え始めた。
「アーロンが王太子の私を陥れようと、このような卑怯な事を企んだのです! こんな手の込んだ真似をして!」
「お黙りなさい!! この場はあなたが式典の場で、エセリアを誹謗中傷した内容が事実かどうかを審議する場であって、そんな愚にもつかない物を誰が作成したのかなどを、検証する場ではありません! そもそもそんな代物を迂闊にも信じ込み、堂々と陛下の前に持ち出して散々埒も無い事を喚いた事実を恥じなさい!! この愚か者がっ!!」
「…………」
この期に及んで責任転嫁するにも程があると、エセリアが内心で呆れ果てた瞬間、マグダレーナの怒りの声が講堂内に響き渡った。その剣幕に恐れをなして、全員が瞬時に口を閉ざす。
(う、うわぁ……。王妃様が完全にブチ切れたところを、初めて見たわ。さすがの迫力で、誰も口を挟めない……。悪あがきをするにも程があるわよ。本当に勘弁して! どうしてくれるのよ!)
この険悪な場の収拾をどう付けるのかと、エセリアが心の中でグラディクトを罵倒していると、急に講堂の出入り口付近が騒がしくなった。
「失礼いたします!!」
「え?」
「何?」
勢い良く扉を押し開けて駆け込んで来たのはケリー大司教であり、アリステアは勿論エセリアも面食らったが、彼は舞台上に国王夫妻の姿を認めると、脇目も振らずに一直線にそちらに駆け寄りながら悲痛な叫びを上げた。
「国王陛下! 王妃陛下! アリステアが王家乗っ取りなど大それた事を企てたなど、何かの間違いです! 是非とも詳しい詮議の上、寛大なご処置をお願いいたします!!」
「はぁ?」
エルネストが間抜けな声を上げたのは勿論、横でマグダレーナも無言のまま困惑顔になる。
(え? ちょっと待って! どうしてこのタイミングで、大司教が乱入して来るの? しかも王家乗っ取りって、話がかなり違っているんだけど?)
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