悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(13)疑惑

「それでは他の話に移るが、貴様は去年ソレイユ教授に賄賂を贈って、音楽祭の企画そのものを話題に出さないように働きかけただろうが! しかも演奏に秀でた生徒達を脅して、参加申請を取り止めさせたのは分かっているぞ!」
 その糾弾を、エセリアは真っ向から否定した。


「全く身に覚えがございません」
「どこまでも厚かましい女だな! コニー・ヴァン・マーベル! リスティア・ヴァン・ライロード! アンナ・ヴァン・ユーグ! 臆する事は無い! 今すぐ出て来て、この宣誓書の内容を両陛下に向かって証言してくれ!」
 目の前に出した宣誓書にサインしてある名前を、高らかに呼ばわったグラディクトだったが、相変わらず観覧席では生徒達が互いの顔を見合わせながらざわめくばかりで、誰も名乗り出る者はいなかった。


「今度は、マーベルにライロードにユーグだと?」
「…………」
 先程と同様にエルネストが首を傾げ、マグダレーナが眉間にしわを寄せる中、講堂内の困惑は徐々に増していった。


「誰も出て来ないわよ?」
「一体殿下は、誰の事を言ってるんだ?」
 しかしそんな中、怒りの声が上がった。


「私が、賄賂を受け取ったですって!? 何という侮辱!! 冗談ではありませんわ!!」
「ソレイユ教授、落ち着いて下さい!」
「気持ちは分かりますが、両陛下の御前ですから!」
「これ以上、騒ぎを大きくするような真似は!」
 プライドを激しく傷付けられたソレイユ教授が、教授達の集団の中で激高して同僚達を押しのけ、周りの者達が唖然としているうちにリーマンに詰め寄り、声高に非難し始めた。


「学園長! そもそもあなたが二年前に、あの物を弁えない女生徒をえこひいきする殿下のごり押しに屈して、音楽祭などという行事を開催する許可を出したのが、そもそもの間違いだったのですわ!」
 それを聞いたリーマンは顔色を変え、グラディクトが気色ばんだ。


「ソレイユ教授! 確かにそれは私の落ち度と認めるが! 両陛下の御前だから、ここは堪えてくれ!」
「何だと!? 貴様、無礼だろうが!」
「ソレイユ教授と言ったな。今の発言はどういう事だ?」
 ここでエルネストが冷静に詳細について尋ねてきた為、ソレイユ教授は何とか怒りを静めながら、彼に向かって訴えた。


「お聞き下さいませ、陛下。殿下はそれまで全く前例の無い音楽祭なるものを一昨年無理やり開催し、多人数の前での演奏の披露など例がございませんのに、音楽に秀でた生徒達に参加を強要した挙げ句、他の生徒は一曲ずつの演奏でしたのに、自らの意思で演奏順を最後にさせたあの女生徒にだけは、五曲も演奏させたのです! これをえこひいきと言わずして、何と言うのですか!?」
 ソレイユ教授に勢い良く指さされたアリステアは真っ青になって固まり、それまで黙って話を聞いていたマグダレーナは、淡々と問いを発した。


「グラディクト殿。今のソレイユ教授の発言に対して、何か申し開きをする事は?」
 それに対してグラディクトが弁解しようとしたが、観覧席のあちこちから女生徒達が立ち上がり、それを打ち消す声が上がった。


「それはっ! 私は強制などはしてはいません! 皆、進んで演奏を」
「私は断じて、希望などしておりませんわ!」
「私は去年殿下に参加をお断りしたら、『私が直々に声をかけているのに断るなど、どうなるか分かっているのだろうな』と恫喝されました!」
「それをエセリア様が『私に遠慮して参加できないとお断りしなさい』と、庇って下さったのですわ!」
「それに一昨年、その方だけ五曲も弾いて、皆しらけきっておりましたもの。誰が進んで参加したいと思うものですか!」
 女生徒達から先を争うように非難の声が上がった為、完全に面目を潰されたグラディクトは、観覧席を振り返って彼女達を怒鳴りつけた。


「五月蝿い! 貴様ら揃いも揃って、性悪女のエセリアに媚びを売るとは、恥を知れ!」
「何ですって!?」
「自分の所業を棚に上げて、何という言い草でしょう!」
「性悪女に誑かされているのは、殿下ご自身ではございませんか!」
「何だと!? お前達、アリステアを罵倒する気か!」
「本当の事を申し上げているだけですわ!」
「静粛に!!」
「…………」
 そのまま延々と続きかねない罵り合いに終止符を打ったのは、マグダレーナの一喝だった。その迫力と剣幕に、講堂内が瞬時に静まり返ってから、彼女が改めてグラディクトに尋ねる。


「グラディクト殿下……。この間、先程のあなたの主張を裏付ける証人は、名乗り出ておりませんが?」
「それは! 何かの手違いです!」
「一つだけ確認します。その女生徒が一昨年の音楽祭で演奏した曲数は、何曲ですか? 一曲ですか? 五曲ですか? 明確なご返答をお願いします」
「いえ、ですが王妃陛下。それは」
「ご返答を」
 鋭く再度尋ねられた彼は、仕方無く真実を口にした。


「……五曲です。ですがそれは!」
「分かりました。それでは殿下の訴えは、もうこれでおしまいですか?」
 尚も弁解しようとした自分の台詞を遮り、議論の打ち切りさえ示唆したマグダレーナに、グラディクトは必死の形相で訴えた。


「違います! アリステアの食事に虫を混入するように、エセリアから指示されたと告白した者もいますし、偶然を装って彼女の足を引っ掛けるように、エセリアに脅された者もおります! これがその宣誓書です!」
 そう言いながらグラディクトが次々に長机に置いた宣誓書を冷めた目つきで眺めながら、マグダレーナが素っ気なく促した。


「それでは、是非ともその生徒の話を、聞かせて貰いたいものですね」
「分かりました。エミリー・ヴァン・シュラバー! ライラ・ヴァン・ジェンナー! 前に出て来てくれ!」
 しかしグラディクトの呼びかける声は虚しく講堂内に響き渡るのみで、誰もそれに応えて出ては来なかった。


「やっぱり、誰も出て来ないわよ?」
「さっきから、聞き慣れない名前ばかりね。あなた知っている?」
「いいえ、全然知らないわ」
「…………」
 再び観覧席のざわめきが大きくなり、マグダレーナの眉間のしわが益々深くなっているのを見て、グラディクトは内心で焦り始めた。


(どうして誰も、証人として出て来ない! まさかエセリアが全員、秘密裏に手を回して捕らえているのでは無いだろうな!? どうして彼らの存在が、エセリアに露見したんだ!)
 そんな見当違いの推測をしているグラディクトの横で、自分達には味方が数多く存在すると信じて疑わなかったアリステアも、明らかに動揺して周囲を見回していた。


(おかしいわ、どうして誰も殿下と一緒に、エセリア様を糾弾してくれないの!? それにどうして一昨年の音楽祭の時の曲数が、問題になるのよ! 今は全然、関係ないじゃない!)
 そんな二人を向かい側から冷静に観察しながら、エセリアが小さく溜め息を吐く。


(何だか見ているだけで、痛々しくなってきたわね。ここで潔く諦めて、詫びの一つも入れれば、まだ傷は浅いのに……。でも私が勧めたって、素直に殿下が聞き入れる筈は無いか)
 言うだけ無駄だとあっさり割り切ったエセリアは、そのまま暫く傍観者に徹する事にした。



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