悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(4)無実の罪と悪あがき

 式典でのグラディクトの暴挙にもかかわらず、それに続く夜会は表面上は和やかに進行していたが、同じ王宮の一角では、実に剣呑な空気が漂っていた。


「ミンティア子爵。子爵夫人。生憎と私は、貴公達程暇では無いのでね……。さっさと本当の事を話していただきたいのだが?」
 この部屋に入った直後から、こめかみに青筋を立てている初老の宰相に、もう何回目になるか分からない問いを繰り出されたミンティア子爵夫妻は、これまでと同様の悲鳴まじりの弁解を繰り返した。


「ですから! 先程から申し上げている通り、アリステアが王太子殿下と婚約するつもりだった事など、私共は一切関知しておりません!」
「勿論、エセリア様を誹謗中傷する事など、夢にも思わず! 大体あの娘は、勝手に財産信託制度を使って総主教会の保護下に入った、恩知らずですのよ!? 私達とは四年近くも音信不通ですのに、どうして私達が責められるいわれがありますの!?」
「そうです! あれは我が家とは無関係の恥知らずです! 何をしようが、私共には責任はありません!」
 必死に言い募る二人を、これまで渋面で睨み付けていた宰相は、ここで何故か急に表情を緩め、穏やかな口調で尋ねてきた。


「ほうぅ? 貴公らは、まだあの娘は『自分達とは無関係』で、『彼女がする事について責任は無い』と、主張するのだな?」
「はい!」
「その通りですわ!」
「それならどうして、毎年の貴族簿に、あの娘が『ミンティア子爵長女、アリステア・ヴァン・ミンティア』と記載されているのだ?」
「それは……」
 何気ない口調で問われたが、咄嗟にミンティア子爵は口を噤んだ。それを見た宰相が、すかさず問いを重ねる。


「国は毎年、貴族簿に記載される家に、確認の書類を提出させている。それを提出した後、書類に不備が無い事を内務局が確認して初めて貴族簿に記載され、貴族と認められる。まさかそれを知らんのか?」
「いっ、いえ! それは確かにそうですが!」
「それなのに貴公は、なぜ『四年も前から音信不通』で『恩知らず』の娘を、わざわざ毎年手間暇をかけて『ミンティア子爵家令嬢』として貴族簿に登録していたのだ?」
「そっ、それは……」
「色々と、込み入った事情が……」
 外聞を憚る話の為、夫妻がとても正直に口にする事ができずに冷や汗を流していると、宰相がさらりとその内容を口にした。


「まさかとは思うが……。籍だけはそのまま娘としておいて、金持ちの老人の後妻として押し付けて、取れるだけ金を絞り取るつもりだった……、とでも言うつもりか?」
 辛うじて微笑みと言えなくもない表情で、言いたかった事を口にしてくれた宰相に対し、夫妻は救われた気持ちになりながら勢い込んで頷いた。


「はっ、はいっ! 誠にその通りでございます!」
「さすがは宰相様! 良くお分かりですこと! ですから私共とは一切無関係で」
「一切無関係で、全ては国教会の責任だとでも言う気か、貴様らは!! 誰がそんな、見え透いた言い訳を真に受けると思っている! 私を馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」
「ひっ!」
「さ、宰相様!?」
 憤怒の形相で台詞を遮られ、これまで以上の剣幕で怒鳴りつけられた夫妻は、恐怖のあまり椅子から転げ落ちそうになった。しかしそんな二人に、宰相から情け容赦ない罵声が浴びせられる。


「いざとなれば娘を切り捨て、国教会に責任の全てを押し付ける事を企むなど、王家に加えて国教会への侮辱! 今現在友好関係を保っている、王家と国教会の間にヒビを入れる気か!? 国内の混乱を敢えて引き起こそうとするとは、貴様、どこの国と内通している! 国家反逆罪に対する刑罰は、一族郎党揃って斬首が相当だとは、理解しているだろうな!!」
「滅相もございません! 他国と内通などする筈がありませんので!」
「反逆罪!? 一族郎党斬首!? そんな!」
 いつの間にか益々話が大きくなってしまった上、とんでもない罪状まで付いてきてしまった為、夫妻は激しく狼狽したが、宰相な苦々しげに吐き捨てた。


「最初はアーロン王子派と繋がっていて、単に公の場でグラディクト殿下の失態を晒して、王太子位の移譲を狙っているだけかと思ったが……。語るに落ちるとは、まさにこの事。四年も前から大掛かりな準備をしていて、それを周囲に微塵も気取らせなかったとは……。いや、実に恐れ入ったぞ。誉めてやる」
「ですから! 私共は無関係です!」
「本当です! 信じて下さい!」
 しかし宰相は必死に無実を主張する夫妻を無視し、彼らの背後に控えている近衛騎士達に指示を出した。


「取り敢えず二人とも、地下牢に投獄しておけ。また明日、改めて取り調べる」
「了解しました」
「二人とも、さっさと立て!!」
「そんな! 私達は本当に無実です!」
「投獄ですって!? 冗談じゃないわ!」
 狼狽して喚き立てる夫妻を騎士達が無理やり立たせ、それぞれ二人がかりで引きずって行こうとしたところで、急にドアの向こうが騒々しくなった。


「お待ちください!」
「只今、部外者は立ち入り禁止です!」
「五月蠅い! 私は関係者だ! さっさと開けろ!」
「あ、お待ちください!」
「……何事だ?」
 複数の人間が言い争う声に、宰相が眉根を寄せてドアに視線を向けたその時、それが勢い良く押し開かれて一人の男が転がり込んで来た。


「ミンティア子爵!! やはりここだったな!?」
「え?」
「何だ?」
「バスアディ伯爵?」
 室内に居た者達が、乱入者を見て目を丸くする中、ダレンは真っ直ぐミンティア子爵に駆け寄り、その胸倉を掴みながら恫喝した。


「貴様、誰に頼まれて私を嵌めようとした! 娘を使って殿下を陥れようとするなど、アーロン王子派の貴族か? 裏で糸を引いているのは誰だ! さっさと吐け!!」
「し、知りません! 助けてください!」
「バスアディ伯爵!」
「何をなさるんですか!」
 目を血走らせたダレンを、近衛騎士が慌ててミンティア子爵から引き剥がそうとしていると、音もなく別の近衛騎士が入室して来た。


「……宰相閣下、ご報告が」
「どうした?」
 その騎士が耳元で囁いた内容を聞いて、宰相は更に顔をしかめた。そして揉めている集団に歩み寄り、冷静に声をかける。


「これはこれは、バスアディ伯爵自らこちらに足をお運びいただけるとは……。お呼びする手間が省けましたな」
「宰相、誤解するな! 今回の事は、私は全く預かり知らぬ事だ!」
 しかし宰相はダレンの訴えを綺麗に無視して、騎士達に言いつける。


「何を呆けている。その二人をさっさと牢に放り込んでおけ」
「はっ、はいっ!」
「ほら、さっさと歩け!」
「歩けないなら、縛り上げて引きずって行くぞ!」
「待て、貴様ら!」
 慌てて夫妻を引き留めて、自分が無関係だと証明しようとしたダレンだったが、その肩を宰相ががっしりと掴んだ。


「バスアディ伯爵。貴公にも問い質す件がある。あの娘は、バスアディ伯爵家指し回しの馬車で、王宮まで来たようなのですが? 本人がそう申していたと、報告が上がっております」
 それを聞いたダレンは、顔色を変えて振り返った。


「なっ、何だと!? でたらめだ! 私は本当に、何も関わり合いは無いぞ! ミンティア子爵の陰謀だ!」
「あの小人物著しい子爵が、あなたを嵌める? 随分と面白いお話ですね。ミンティア子爵の言い分は十分聞きましたので、今度はあなたの言い分をじっくりとお伺いします。そちらにお座りください」
「……っ!」
 凄みのある笑顔で近くにある椅子を手で示されたダレンは、小さく歯ぎしりをしてからおとなしく着席した。そのように、グラディクトの暴挙により思わぬ迷惑を被る事になった者達の不幸な夜は、まだ始まったばかりだった。



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