悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

第8章  “婚約破棄”は、すかさずもれなく返り討ち:(1)波乱の建国記念式典

 国王王妃両陛下を筆頭に、国内の貴族や諸外国の使者が顔を揃えた建国記念式典は、当初何の問題も無く進んだ。
「それでは皆、楽しんでくれ」
 数々の祝辞に対して国王のエルネストが礼を述べ、次の祝宴に移行しようという所で、最前列に控えていた王太子のグラディクトが、一歩前に足を踏み出して神妙に申し出る。


「少々お待ち下さい、陛下」
「グラディクト。何事だ?」
 数段高い所にある玉座から、訝し気に見下ろした父親にも臆する事無く、彼は堂々と願い出た。


「この場をお借りして、次代を担う王太子として皆に宣言したい事がございますので、発言の許可を頂きたく存じます」
「ほう? それでは発言を許す」
「ありがとうございます」
 予定外の息子の行動に彼は一瞬顔を顰めたものの、王太子としての宣言であるならば、婚約者であるエセリアとの挙式日程の発表とかであろうと推測し、快く許可を出した。するとグラディクトが、彼が想像した通り、エセリアに向かって呼びかける。


「シェーグレン公爵令嬢、エセリアはいるか?」
「はい、殿下。こちらにおります」
「それではここへ」
「はい」
 貴族の中でも最上位の公爵家の直系である為、彼女の立ち位置は最前列に近く、すぐにグラディクトがいる玉座の前まで歩み出た。自分の想像通りの事態にエルネストは密かに満足していたが、彼とは裏腹にエセリアは笑顔を保ちつつ、内心では不満が渦巻いていた。


(何度聞いても、似非現実エセリアって……。名前を付けてくれた両親に文句を言うつもりは無いけど、一々ムカつくわ。そもそもこの『クリスタル・ラビリンス』を作ったシナリオライターのセンスを疑うわよ。そもそもセンス以前に、この世界の設定そのものに、以前から多大な不満があるんですけどね! 言ってもどうしようもないけど!)
 そして完全にグラディクトに呼び出された理由が分かっていたというより、そう持ち込んでみせた彼女は、心の中で今現在、自分が存在している世界そのものに対しての悪態を吐いた。しかしそんな苛立ちをエセリアは綺麗に覆い隠しつつ、グラディクトの前で優雅に一礼する。


「殿下のお呼びに従い、参上致しました。私に何用でございましょうか?」
 しかし神妙にお伺いを立てた彼女に対して、彼は事もあろうに国内の貴族や他国からの使者が居並ぶ前で、いきなり暴言を放った。
「よくも白々しい口がきけたものだな、この女狐が! もう言い逃れはできんぞ! さっさとアリステアに謝罪しろ!」
 その声が大広間に響き渡った途端、人垣がざわりと動いたが、エセリアは密かにほくそ笑みつつも堂々としらを切った。


「は? グラディクト様。一体、何の事を仰っておられますの?」
「まだ惚けるのか、図々しい。父上! この女は家名と教養はあるかもしれませんが、公爵令嬢と王太子の婚約者と言う肩書きを笠に着て、クレランス学園内で専横と暴虐の限りを尽くした、品性や慈愛の心など欠片も持たない悪女です!」
 あまりと言えばあまりの事態に列席者は揃って固まったが、息子に呼びかけられたエルネストだけは、真っ青になりながら彼を叱りつけた。


「グラディクト! お前はいきなり、何を言い出すのだ!?」
「すぐには信じて頂けないのも、無理はありません。ですがこの女が在学中は報復を恐れて口を閉ざしていた被害者達が、卒業後の今なら、その実態を証言すると申しております」
「いや、ちょっと待て、グラディクト!」
 急展開に理解が追い付かないままエルネストが息子の暴走を止めようとしたが、彼はその制止を完璧に無視して、声を張り上げた。


「故に! 私は王国の未来を憂い、王太子妃としての資格の無いお前との婚約を破棄する! アリステア、ここに来てくれ!」
「はい、殿下!」
 非礼にもエセリアを指差しながら、一方的な婚約破棄を宣言したグラディクトは、続けて広い会場内に向かって呼びかけた。すると遥か末席に連なる辺りから若い女性の返答が聞こえると、人垣を掻き分けて柔らかなピンク色のドレスに身を包んだアリステアが現れる。するとグラディクトは彼女の手を取って、場を弁えずに切々と訴えた。


「アリステア。君には色々苦労をかけた。不甲斐ない私を許してくれ」
「勿体ないお言葉。私はグラディクト様が、私をお心に留め置いて下さっただけで、十分でしたのに……」
「君は本当に健気で心優しい女性だ。君の様な女性こそ、至高の存在になるに相応しい」
「そんな、恐れ多い……。ですがグラディクト様が私を望んで下さるのなら、私はどんな試練にも打ち勝ってみせますわ!」
「良く言ってくれた。君は私の人生の支えだ。これからはずっと側に居てくれ」
「グラディクト様!」
 そして周囲そっちのけで二人だけで盛り上がっている彼らを見ながら、エセリアは内心で呆れかえっていた。


(うっわ~、ベッタベタな展開。と言うか、この展開と台詞って、私が書いた『クリスタル・ラビリンス~暁の王子編〜』のクライマックスシーン、そのものじゃない。やっぱりアリステア嬢って、あれをそうとう読み込んでいるわよね。台詞が一字一句そのままだし。少しは自分なりにアレンジしようとか思わないのかしら?)
 そして唖然呆然としていたエルネストに向かって、アリステアを片腕で抱きかかえながら、グラディクトが高らかに宣言した。


「私はこの機会に、このミンティア子爵令嬢アリステアと婚約します。父上もご了承頂きたい」
 しかしそこで漸く正気を取り戻した彼は、盛大に息子を怒鳴りつけた。


「何を馬鹿な事を! お前は自分が公の場で、一体何を言っているのか、本当に分かっているのか!?」
「勿論、理解しております。王家の人間として、品格無き人間を、その一員に加える訳には参りません。それは王太子としての責務です。王妃陛下におかれましては、それについてはどう思われますか?」
 話にならないとばかりに、グラディクトが交渉の相手を国王から王妃に移すと、彼女は手にしていた扇を広げて口元を隠しながら、血の繋がらない義理の息子を、玉座に座ったまま雛壇の上から見下ろした。


「誠に……。グラディクト殿の仰る通りでございますね。血統と教養に問題が無くとも、品性と名誉を重んじ得ない者に、王族を名乗る資格はございません」
「マグダレーナ!」
 その冷え冷えとした口調にエルネストは真っ青になったが、エセリアの伯母に当たる彼女が自分を叱責するどころか、主張を認めてくれたと曲解したグラディクトは、エセリアに向き直って得意気に言い放った。


「どうだ、エセリア! 王妃陛下のご賛同も頂いた。即刻、これまでの自分の行いを恥じて、謝罪の後にこの場から立ち去れ!」
「そんな事をする必要はございません」
「何だと? よくもぬけぬけと!」
「第一、何をもって私が王太子妃として相応しくないと仰いますの?」
 自分の言葉に恐れ入るどころか、冷静に問い返した彼女に向かって、グラディクトは苛立たしげに告げた。


「それほど大勢の前で恥をかきたいなら言ってやる。お前は学園内で自分の言いなりになる女生徒達を使って、身分卑しいからと事ある毎にアリステアを蔑み、根も葉もない悪意に満ちた噂を流布させ、嫌がらせの数々をさせただろうが」
「全く身に覚えがございません。それは一体、どちらの『エセリア』嬢のお話ですか?」
「貴様に決まっている!」
「止めんか、グラディクト!」
「いいえ、父上! しおらしい顔をして周りを欺く、この女狐を排除しない限り、我が王家に未来はありません!」
「グラディクト!」
 そこで親子の不毛な怒鳴り合いに、うんざりした表情でマグダレーナが終止符を打った。



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