悪役令嬢の怠惰な溜め息
(27)深まる国王隠し子疑惑
建国記念式典当日。
昼食を済ませて自室でのんびりと本を読んでいたエセリアは、斜め後方から控え目にかけられた声で、我に返った。
「エセリア様、そろそろ夜会に向けての準備を始めたいのですが」
「……あら、もうそんな時間? 早いわね」
丸テーブルに置いた本を静かに閉じ、椅子から立ち上がって貴族らしくなく全身を使って伸びをした彼女を見て、テーブル上のティーカップを片付けながら、ルーナが諦めきった呟きを漏らす。
「本当にお嬢様は、豪胆と言うか無神経と言うか……」
「聞こえているわよ、ルーナ。あなたも随分、言うようになったわね」
「日々神経をすり減らしておりますので、これ位は口にしても宜しいかと。ですが本当に、落ち着いていらっしゃいますね。全く緊張しておられないのですか?」
そんな素朴な疑問に、エセリアが苦笑いで答える。
「それはさすがに緊張するけど、実際に動くのは向こうだもの。私がここでジタバタしても、どうしようも無いでしょう?」
「それは確かにそうですが……」
ルーナはそこで溜め息を吐いたが、それ以上余計な事は言わずに動き出し、すぐに集まってきた他の侍女達を眺めながら、エセリアはもう一方の主役の事を考えた。
(そろそろお兄様が手配した使用人達が、彼女を迎えに行く筈だけど。滞りなく事が進むかしら?)
この期に及んでも、アリステアが予想外の行動や余計な事をしでかす危険性が拭えず、それだけがエセリアの懸念事項だった。
そんな風に危惧されていた彼女だったが、バスアディ伯爵家の使用人と名乗る二人組と首尾良く学園正門前で落ち合い、仕立て屋まで無事に送り届けられていた。
「お待ちしておりました、お嬢様」
「ありがとう。またお世話になります」
「ドレスに着替えましたら、制服や靴一式は、こちらでクレランス学園の寮に届けておきますので。そうすればこちらに寄らずに、寮にお帰り頂けますので。事前に王太子殿下から、そう指示を受けております」
恭しく店主に出迎えられ、そう説明を受けたアリステアは、嬉しそうに頷いた。
「そうね。帰りは遅くなるし、わざわざこのお店を開けて貰うのも気が引けるわ。さすがにグラディクト様は王太子なだけあって、気配りのできる方よね!」
「それではお嬢様。念の為、頂いている招待状の集合時間を確認したいのですが。それに間に合うように、お支度を進めなければいけませんので」
「ああ、そうね。これよ。見て頂戴」
機嫌良く、予めグラディクトからの手紙に同封されていた、アリステアの名前が明記された招待状をポケットから取り出して差し出すと、それを受け取って中身を確認した彼は、感心した表情になった。
「……ほう? やはりお嬢様は、かなり後の方の時間になっておりますね」
「そうなの? それに集合時間に違いなんてあるの?」
彼女が不思議そうに問い返すと、彼は本気で驚いた表情になったものの、律儀に説明を加えた。
「お嬢様は、ご存知ないのですか? こういう公式行事の場合、身分の低い者から会場入りするのが慣例となっております。まず下級貴族である男爵家や子爵家の人間が入場し、次に上級貴族でも伯爵家の者が入った後に、侯爵家と公爵家の方々が入ります。その後に来賓の方々や、外国の駐在大使などの筈ですね。それから王族の方々が入場されて、当然両陛下が最後ですし」
「そうなの。知らなかったわ」
彼女が素直に頷くと、彼が首を傾げながら推察する。
「詳しくは存じませんが……。この時間帯ですと、王族に準じる扱いではないでしょうか?」
「そうよね!? やっぱりグラディクト様は、細かい配慮ができる立派な方だわ!」
実際は、彼女が実家の子爵家の面々に見つかったら、なぜお前がここに居るのかと詰問されて、開場前に騒ぎになりそうだった為、わざと殆どの人間が入場した後の時刻を記載した物を、ナジェークがすり替えておいたのだったが、そんな事とは知る由もないアリステアは心の底から歓喜した。
(凄い! これは本当に私が、王太子殿下の婚約者として認められた証よね!)
そんな上機嫌な彼女を、店主が安堵した顔つきで促す。
「この時間でしたら、まだまだ十分時間に余裕はありますね。それではお支度を始めますので、奥へお入り下さい」
「ええ、分かったわ!」
そして鼻歌交じりに彼女が消えたドアを眺めながら、彼はひとりごちた。
「あのお嬢様は、やはり陛下の隠し子だったか……。今回の式典で、お披露目するらしいな」
益々誤解を深めてしまった彼だったが、生憎とその誤解を正せる人間は、この場に存在しなかった。
「しかし私のような庶民でも漠然と認識している、入場時間の序列も知らないような、社交界デビューすらしていないようなお嬢様を、王女として公式の場でお披露目して良いものかどうか……。一体、どういう育ち方をされた方なんだ?」
真剣に心配されたアリステアだったが、無事に化粧やヘアセットも済ませ、作ったドレスを着付けして貰って、ひたすら上機嫌であった。
更に「王太子殿下から言付かっています」と言って、店主が預かっていたイヤリングとネックレス、指輪のセットを渡すと、彼女の興奮は最高潮に達した。そして支度が整うまで店を離れていた馬車が、迎えに来たのを受けて、彼女はそれに意気揚々と乗り込み、王宮へ向かって出発したのだった。
昼食を済ませて自室でのんびりと本を読んでいたエセリアは、斜め後方から控え目にかけられた声で、我に返った。
「エセリア様、そろそろ夜会に向けての準備を始めたいのですが」
「……あら、もうそんな時間? 早いわね」
丸テーブルに置いた本を静かに閉じ、椅子から立ち上がって貴族らしくなく全身を使って伸びをした彼女を見て、テーブル上のティーカップを片付けながら、ルーナが諦めきった呟きを漏らす。
「本当にお嬢様は、豪胆と言うか無神経と言うか……」
「聞こえているわよ、ルーナ。あなたも随分、言うようになったわね」
「日々神経をすり減らしておりますので、これ位は口にしても宜しいかと。ですが本当に、落ち着いていらっしゃいますね。全く緊張しておられないのですか?」
そんな素朴な疑問に、エセリアが苦笑いで答える。
「それはさすがに緊張するけど、実際に動くのは向こうだもの。私がここでジタバタしても、どうしようも無いでしょう?」
「それは確かにそうですが……」
ルーナはそこで溜め息を吐いたが、それ以上余計な事は言わずに動き出し、すぐに集まってきた他の侍女達を眺めながら、エセリアはもう一方の主役の事を考えた。
(そろそろお兄様が手配した使用人達が、彼女を迎えに行く筈だけど。滞りなく事が進むかしら?)
この期に及んでも、アリステアが予想外の行動や余計な事をしでかす危険性が拭えず、それだけがエセリアの懸念事項だった。
そんな風に危惧されていた彼女だったが、バスアディ伯爵家の使用人と名乗る二人組と首尾良く学園正門前で落ち合い、仕立て屋まで無事に送り届けられていた。
「お待ちしておりました、お嬢様」
「ありがとう。またお世話になります」
「ドレスに着替えましたら、制服や靴一式は、こちらでクレランス学園の寮に届けておきますので。そうすればこちらに寄らずに、寮にお帰り頂けますので。事前に王太子殿下から、そう指示を受けております」
恭しく店主に出迎えられ、そう説明を受けたアリステアは、嬉しそうに頷いた。
「そうね。帰りは遅くなるし、わざわざこのお店を開けて貰うのも気が引けるわ。さすがにグラディクト様は王太子なだけあって、気配りのできる方よね!」
「それではお嬢様。念の為、頂いている招待状の集合時間を確認したいのですが。それに間に合うように、お支度を進めなければいけませんので」
「ああ、そうね。これよ。見て頂戴」
機嫌良く、予めグラディクトからの手紙に同封されていた、アリステアの名前が明記された招待状をポケットから取り出して差し出すと、それを受け取って中身を確認した彼は、感心した表情になった。
「……ほう? やはりお嬢様は、かなり後の方の時間になっておりますね」
「そうなの? それに集合時間に違いなんてあるの?」
彼女が不思議そうに問い返すと、彼は本気で驚いた表情になったものの、律儀に説明を加えた。
「お嬢様は、ご存知ないのですか? こういう公式行事の場合、身分の低い者から会場入りするのが慣例となっております。まず下級貴族である男爵家や子爵家の人間が入場し、次に上級貴族でも伯爵家の者が入った後に、侯爵家と公爵家の方々が入ります。その後に来賓の方々や、外国の駐在大使などの筈ですね。それから王族の方々が入場されて、当然両陛下が最後ですし」
「そうなの。知らなかったわ」
彼女が素直に頷くと、彼が首を傾げながら推察する。
「詳しくは存じませんが……。この時間帯ですと、王族に準じる扱いではないでしょうか?」
「そうよね!? やっぱりグラディクト様は、細かい配慮ができる立派な方だわ!」
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(凄い! これは本当に私が、王太子殿下の婚約者として認められた証よね!)
そんな上機嫌な彼女を、店主が安堵した顔つきで促す。
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「ええ、分かったわ!」
そして鼻歌交じりに彼女が消えたドアを眺めながら、彼はひとりごちた。
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真剣に心配されたアリステアだったが、無事に化粧やヘアセットも済ませ、作ったドレスを着付けして貰って、ひたすら上機嫌であった。
更に「王太子殿下から言付かっています」と言って、店主が預かっていたイヤリングとネックレス、指輪のセットを渡すと、彼女の興奮は最高潮に達した。そして支度が整うまで店を離れていた馬車が、迎えに来たのを受けて、彼女はそれに意気揚々と乗り込み、王宮へ向かって出発したのだった。
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