悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(16)物語は大詰め

「剣術大会も、何とか無事に終了して良かったわ」
 カフェに《チーム・エセリア》を招集したエセリアが、まず最初にしみじみと語ると、サビーネがすかさず問いを発した。


「ところで今回は、どういう宣誓書をあの方達に渡されたのですか?」
「『レオノーラ様はエセリア様の指示を受けて、アリステア様の足を引っ張るようにペアを組んだ』と言う内容と、『セルマ教授に剣術大会中、休暇を取るように指示した』と言う物よ」
 その説明を聞いたサビーネが、思わず疑問を呈する。


「あの……、レオノーラ様に関しては、まだ可能性は考えられますが、それは怪しまれたりはしなかったのですか?」
「セルマ教授の休暇取得で、殿下達がテーブルクロスを入手するのが遅くなったのは事実としても、あの方がお茶を零してテーブルクロスを駄目にするなんて、開始前に全く予想できない筈ですが?」
 思わずと言った感じでカレナも口を挟んだが、ここで呆れ顔のローダスが淡々と報告する。


「微塵も疑問に思わずに、喜んで受け取っていましたね」
「…………」
 これは駄目だという表情で一同が押し黙ると、何とか気合を振り絞ってローダスが話を進めた。


「エセリア様。もう卒業まで、期末試験以外はめぼしい行事はありませんが、今後はどうするおつもりですか?」
「アリステア嬢が《クリスタル・ラビリンス》を参考にして、殿下に近付いて私を断罪させるつもりなら、その舞台は来月の卒業記念式典になる筈なのだけど……」
 そこで困惑顔になったエセリアが口を閉ざすと、その理由が分かったシレイア達が、口々に言い合った。


「あの本に書かれた内容とは、かなり勝手が違いますよね? 去年も一昨年も列席しましたが、華やかなパーティーなどは無くて、教授方と生徒だけで厳かに進行しますし」
「ですがエセリア様があれを書かれたのは、子供の頃ですもの。当時は学園内の様子など、知りようが無かったでしょうから」
「ですが、本当に卒業記念のパーティーとかがあったら良かったですね」
「確かに楽しそうですけど、貴族の方はともかく、学費を免除されて学園で学んでいる平民には、本に書かれてあるような正装など簡単には準備できませんし」
 冷静に指摘したシレイアに、浮かれた口調で発言してしまったカレナが、面目なさげに頭を下げる。


「……それもそうですね。考えが足りませんでした」
「カレナ。怒ったりはしていないから、気にしないで」
 シレイアが苦笑しながら彼女を宥めるのをぼんやりと眺めながら、エセリアは考えを巡らせていた。


(そうなのよね……。入学してから一番驚いたのって、卒業記念パーティーなんか影も形も存在していなかった事だもの。やっぱり私が昔から色々とやらかしてきたから、本来のゲームの内容とかなり変わってしまっているのかしら?)
 しかし原因を考えてもどうしようもないと気持ちを切り替え、エセリアは本題に入った。


「それで、話を元に戻しますが、あの二人が私を断罪するなら、全生徒と全教授が一堂に会するその式典を、その場に選ぶと思うの」
「確かに、それが効果的だと思いますが、何か懸念でも?」
「式典はあくまでも、学園内の行事。その場に部外者は、一切存在しないわ。例えどんな騒ぎが起きたとしても、学園側がその気になれば、隠蔽する事は可能ではないかしら?」
「隠蔽……」
「そんな事が可能でしょうか?」
 エセリアの主張に、その場全員が懐疑的な表情になったが、彼女は冷静に話を続けた。


「殿下達が、嬉々として出してくる証拠はでたらめ。用意した証人も皆無。そんな茶番で終わるのよ? そんな事が表沙汰になったりしたら、学園長以下、教授陣の管理責任問題になるわ。生徒には口止めして外部に漏れないようにして、両陛下に報告。殿下には両陛下からお叱り頂いて、幕引きを図るのではないかしら?」
「ですが、全生徒がそれに従うとも思えません。どうしても噂になると思いますが?」
「噂にはなるでしょう。それでも、殿下が何やら失態を犯したとの噂で終わるでしょうね。それを打ち消す為に私と殿下の結婚準備を、早める可能性すら出てくるわ」
「それは確かに……」
「なんとも、加減が難しいですね……」
 十分にありえるその危険性を提示され、全員が難しい顔で押し黙ったが、ここでエセリアが決意漲る表情で結論を述べた。


「それを踏まえて、部外者がいない、いわば密室で断罪されるのが拙ければ、公の場で盛大に第三者を巻き込んで、断罪されれば良いという結論に達したの」
「はい?」
「公の場、ですか?」
「あの……、具体的にはどういった場所で……。まさか王宮前広場とかですか?」
「いいえ。再来月半ばに予定されている、建国記念式典の場が最適だと思うわ」
 戸惑いながらカレナが尋ねたが、エセリアはそれにあっさりと首を振り、サラリととんでもない事を口にした。その瞬間ミランが、カフェ中に響き渡る奇声を上げながら勢い良く立ち上がる。


「は、はいぃぃぃい!?」
「ちょっと、ミラン! 何て声を上げるの! 皆こっちを見ているから、止めて頂戴」
 周囲から驚きの視線を向けられたエセリアは、慌てて小声で彼を嗜め、ミランも瞬時に真顔になって椅子に座ったが、すぐに身を乗り出して小声で彼女を責め立ててきた。


「エセリア様のせいですよ! 何を馬鹿な事を言ってるんですか! 建国記念式典とそれに続く祝賀会と言えば、国内貴族だけではなく王都に駐留している周辺各国大使も全員招待しての、れっきとした公式行事じゃないですか!?」
「だからそんな場で発言してしてしまったら、もうどうやっても取り返しがつかないでしょう?」
「本気だ……。本気だよ、この人……」
 明らかにやる気満々のエセリアを見て、長い付き合いのミランに彼女の本気度が分からないはずは無く、テーブルに突っ伏して両手で頭を抱えた。すると未だ動揺しながらも、サビーネがある問題について問いかける。


「あ、あの……、そのような公式な場であれば、殿下やエセリア様は列席されるのは当然として、アリステア嬢は会場に入る事すらできませんよね? 彼女は無視して、話を進めるのですか? あの本では王子が悪逆非道な婚約者を断罪した後、ヒロインを新しい婚約者として周囲に紹介して、華々しく終わりを飾っていましたが……」
 その疑問に、エセリアが渋面になって答える。


「できれば私も、その方が面倒が減って良いのだけど、彼女があくまでもあの本を参考にしているのなら、率先してしゃしゃり出て来ないかしら? 殿下に『一番大変な勝負時に、殿下を支えるのが私の役目ですから』とか言って」
 その指摘に、周囲から呻き声が上がった。


「言いかねない……」
「勘弁して……。大人しく引っ込んでてよ」
「その危険性を踏まえた上で、これからあの二人に建国記念式典で私の断罪をするように、皆に誘導して欲しいの」
 エセリアの指示に、他の者達は顔を見合わせながら溜め息を吐く。


「それはまた、難題ですね……」
「やれない事はないと思いますが、慎重に進めないと」
「それに本当に彼女が記念式典に潜り込む事を希望するなら、急いで準備なければいけない物や、根回しをしなければならない事がありますし」
「その通りよ。ですからこれから一つずつ、段取りと必要な事を説明していきます」
 そこで持参した一覧表と簡易スケジュールを全員に配ったエセリアは、手短にその内容を語って聞かせた。


(あまり時間的にも余裕が無いし、これからはお兄様やイズファイン様達にも、色々動いて貰いましょう)
 説明後に他の者からの質問や改善点などが上げられ、それに対応しながらも、エセリアは抜かりなく次の一手について考えを巡らせていた。



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