悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(11)接待係の真髄

 無事に開幕した剣術大会も、その日で三日目に突入し、敗者復活の為の人気投票開票作業日となった。
 広い講堂内の椅子が綺麗に片付けられ、空いた空間の一番舞台寄りに休憩場所として設置されたテーブル群、中央に開票する為の作業台、一番出入り口に近い場所に作業を見学する為の席が設けられ、関係者の熱気が満ちている片隅で、サビーネと隣り合って椅子に座っていたエセリアが、前方を見ながら囁く。


「そろそろ開票作業が始まるわね。昨年みたいに、ディオーネ様とレナーテ様のいがみ合いに巻き込まれ無かったのは良かったけれど……」
 ちらりと正面から、斜め前方に視線を向けたエセリアを見て、サビーネが少しおかしそうに笑った。


「グラディクト殿下が、凄いお顔でこちらを睨んでいらっしゃいますわね」
「私がアリステア嬢に対して、何か嫌がらせをしないかと警戒しているのは分かるけど、こんな人目のある所で、一体何ができると?」
「無理もありませんわ。エセリア様は生徒の殆どを権威と権力で従えている、悪逆非道なご令嬢ですもの」
「サビーネ、笑い過ぎよ? 殿下のお顔が更に怖くなったわ」
「まあ、大変」
 顔を寄せ合って苦笑している二人を、グラディクトはまるで親の仇でも見る様な目で睨み付けていた。


(相変わらず、人を小馬鹿にするような笑い方を……。私が目を光らせている限り、アリステアに滅多な事はさせんぞ!)
 グラディクトがそんな物騒な気配を醸し出していても、事態は全く問題なく進行していった。


「皆様、開票作業が始まると同時に、私達の活動も開始します。担当のテーブルは確認できていますね?」
「はい」
「大丈夫ですわ」
 前方に集まって最終確認を行っていたレオノーラは、まず接待係の者達に声をかけてから、実際にお茶を淹れてくれる小物係の者達に声をかけた。


「それでは小物係の皆様。大役を無事果たされたばかりですが、今日はお茶の準備を宜しくお願いします」
「お任せ下さい」
「ちゃんと前日に、練習もしてありますので」
「それでは皆様、担当のテーブルに着いて下さい」
 その声で全員が速やかに移動する中、レオノーラは担当のテーブルに向かって歩きながら、アリステアに並んで軽く頭を下げた。


「今日は宜しくお願いします」
「いえ……、こちらこそ」
(レオノーラさんと一緒のテーブルだなんて……。やっぱり嫌がらせする気、確定だわ。でも、負けないんだから!)
 一応、挨拶を返したものの、前回の打ち合わせの席で嫌がらせをされたと思い込んでいるアリステアは、反感を覚えながら席に着いた。そして同じテーブルに付いた二人を見て、エセリアとサビーネが微妙に顔色を変える。


「あの方……、よりにもよって、レオノーラ様と組むみたいですわ」
「恐らく彼女を野放しにできないから、レオノーラ様が率先してペアを組むようにしたのではないかしら」
「それが吉と出るか凶と出るか、微妙な所ですわね」
「私達が迷惑する位なら良いのだけど、レオノーラ様達にまで、迷惑をかけたくないわ」
 彼女達が沈痛な面持ちで囁き合っている中、少ししてポツポツと開票係の者が休憩を取り始めた。
 普通に考えれば休憩を取るには早いだろうと思われそうな時間帯だったが、そもそも開票係に属する者は上級貴族で小物係で携わる手作業など経験のない者達の集まりなので、基本的に単調な立ち仕事などもやる気のない者達が殆どである。
 故に接待係とは、そんなやる気のない者を話術で宥め、和ませ、おだてて最後まで働かせるのを目的とする、ある意味、かなり面倒な係でもあった。


「お疲れ様です、そちらの席にどうぞ」
 そんな中、休憩を取ろうとした者が、適当な席に座ろうとしたが、案内役の女生徒にアリステアが担当する席を示されて、ギョッとした顔になった。


「あ……、いや。俺は他の席で」
「休憩を取られる方には、順番に席を勧めておりますの。どうぞこちらに」
「さあ、どうぞ! 遠慮なさらず!」
「はぁ……、失礼します」
 アリステアが立ち上がって満面の笑みで手前の椅子を勧めてきた為、さすがに無視などできなかった彼は、しぶしぶといった感じで椅子に座った。そんな彼に、アリステアが愛想を振りまく。


「今、お茶を出しますから、ちょっとお待ち下さいね?」
「……はい」
(ツイてないな……。何でこの女に、お茶を出して貰わなくちゃいけないんだ。しかもさっきから、グラディクト殿下が睨んでいるし。そんなに茶を出させたく無かったら、何の係もさせるなよ!)
 チラッと斜め後方に視線を向けながら、うんざりしていた彼は、当然進んで話題を出す気力もなく、ただひたすらおとなしく席に座っていた。


「…………」
「すみません、お茶が出るのが遅いですね」
「……いえ」
 相手が黙り込んでいる為、アリステアが愛想笑いをしながら声をかけたが、俯いたまま短い返事を返すのみで、一向に場が盛り上がらなかった。


「お待たせしました。宜しくお願いします」
 少しして小物係の生徒がティーポットとカップを持って来て声をかけたが、アリステアが面白く無さそうに言い返す。
「本当に遅かったわね。私はともかく、待たせている相手に失礼でしょう? もっと手際良くやって頂戴」
「何ですって!?」
 あからさまに文句を言われた相手は、思わず声を荒げたが、横からレオノーラが呼びかけて取りなした。


「ルミーナさんだったわね、ご苦労様。後は宜しいですから、またお願いしますわ」
「……はい、レオノーラ様」
 しっかり名前まで憶えていてくれたレオノーラの顔を潰さない為、彼女はアリステアを一睨みしただけで大人しく引き下がったが、当の本人はそんな事は全く気にせず、カップにお茶を注ぎ入れて相手に差し出した。


「はい、どうぞ。お茶です」
「……どうも」
 そしてカップを受け取って静かに飲み始めたものの、彼が黙りこくっている為、アリステアが声をかけてみた。


「…………」
「あの……、温度はどうですか?」
「……適温です」
「そうですか、良かった! 何だか淹れるのにぐずぐずしていたみたいだから、すっかり冷めちゃったのかと思いました!」
「…………」
「あの……、お味はどうですか?」
「……よろしいかと」
「ですよね! 結構良い茶葉を使ったみたいですし!」
「…………」
「その……、立ちっぱなしで作業って、疲れません?」
「……疲れたので休憩しています」
「あ……、そ、そうですね……。ええと……、今日は良い天気ですね!」
「……そうですね」
「その……」
(会話が続かない……。何でこんな根暗な人が、私の担当になるのよ! 普通に喋る人だったら、もっと盛り上がるのに!)
 端的に答えるばかりの相手にアリステアが苛立っていると、横で和やかな会話が交わされ始めた。


「失礼します」
「まあ、ようこそ、ウィルス様。今お茶をご用意致しますわ」
 一目見て相手の名前を口にしたレオノーラが、何やら後方の小物係の女性に手で合図を送ると、彼女は小さく頷いて奥へと向かった。そして座った生徒が、驚いた様にレオノーラに問い返す。


「レオノーラ様は、私の事をご存知なのですか?」
 そんな彼に、レオノーラが微笑み返す。
「直接お会いするのは初めてですわ。ですが国文学のガルシア教授が、『今年の教養科に詩作に優れた生徒がいる』と、あなたのお名前を口にしておられて。その直後にクラスメート達と廊下を歩いていた時、あなたの事を教えてくれましたから」
 それを聞いたウィルスは、些か照れくさそうな表情になった。


「そうでしたか……。確かに授業で提出した詩をガルシア教授に絶賛して頂きましたが、レオノーラ様のお耳にまで入っていたとは……。誠に、お恥ずかしい限りです」
「まあ、恥ずかしいなど。立派な才能ではございませんか」
「父には『金のかからない道楽だな』と、冷笑されておりますので」
「まあ、そんな」
(間接的に知り合いだったなら、話題も弾むわよね。あの誘導係の人に言い含めて、ちゃんとそういう人を選んでるんだわ。本当に姑息よね!)
 それからお茶の抽出を待っている間も、レオノーラの巧みな話術でその場が盛り上がっていたが、アリステアは勝手に邪推して、一人で腹を立てていた。そして程なくして茶器が運ばれてくる。


「お待たせしました」
「ありがとう」
 それを受け取ったレオノーラは優雅な手つきでカップにポットの中身を注ぎ、ウィルスに差し出した。
「それではどうぞ、こちらをお飲みになって下さいませ」
「これは……、お茶じゃない!?」
 明らかに普通のお茶の色とは異なる、その黄緑色の液体を見たウィルスは驚きの声を上げたが、レオノーラは微笑んだまま確認を入れた。



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