悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(20)アリステアの暴走

「うもぅ! 何か企んでるんだったら、さっさとやりなさいよ! アシュレイさん達からあの話を聞いてから半月以上経ってるのに、一向に何も起きないなんて! グラディクト様も『モナの杞憂だったみたいだな。何も無くて良かった』とか言い出しちゃうし! このまま何も起こらなかったら、証拠も何も集まらないじゃない!」
 シレイア達から警告を受け、半月以上が経過していたが、エセリア達が特に何もしなかった為、当然アリステアに対する攻撃は皆無だった。しかし何か事が起こるのを手ぐすね引いて待っていたアリステアは、寮の自室で一人癇癪を起こしていた。


「本当に、冗談じゃ無いわ。もうすぐ長期休暇に入っちゃうじゃない! このまま何も起こらなかったら、グラディクト様の危機感だって、益々下がっちゃうもの! エセリア様の取り巻き達って、口ばっかりで全然使えないのね! きっと『あの生意気な女に、嫌がらせしておきました』って平気で嘘をついて、それをエセリア様は疑いもせずに『ご苦労様』とか言ってるのよ。本当にろくでもないわ!」
 自分に何も被害が出ていない事を、見当違いな推測をして腹を立てた彼女は、これからどうするかを真剣に考え始めた。


「こうなったら……、多少の演出はしても構わないわよね? だってエセリア様が指示を出して、取り巻き連中がした事になっているんだもの。それを事実にするだけだから、私は何も悪くないわ。そうすると……、何をどうすれば、一番信憑性があるかしら?」
 シレイアに言わせれば「ろくでもないのはあんたの方よね!?」と罵倒される事確実の、自作自演について考えを巡らせ始めたアリステアは、すぐにある事に思い至った。


「あの時、アシュレイさんが言ってたように、私物は持ち歩くからそうそう手を出せないし、寮の部屋は個室で鍵付きだから、入られて盗られたって言うのも、逆に管理がなって無いって言われそうだし……。そうだわ! 礼儀作法の授業! あれならあの机は、私専用じゃない!」
 名案を思い付いたと一気に顔つきを明るくしたアリステアは、どんどん想像を膨らませた。 


「それに週の頭にエセリア様が、あの西棟に出向いている事も聞いたし。それに合わせて事が起こったら一気に信憑性が増すわね! エセリア様が校舎にいる所を、目撃もされるでしょうし。凄い! 私って天才かも! そうと決まれば、何をどうしようかしら? ここはやっぱり、本に書いてある通り教科書を使うのが王道かしらね!」
 そう結論付けた彼女は、上機嫌にセルマ教授から渡されていた、礼儀作法の教科書を鞄から取り出した。


 そんな事があった翌日。
 ローダスはアシュレイの扮装で、ご機嫌伺の為に統計学資料室に顔を出した。
「グラディクト様。その後、何も変わった事はございませんか?」
 それにグラディクトが、笑顔で返してくる。


「ああ、アシュレイ。平穏な物だぞ? 相変わらず群れては小馬鹿にした顔を向けてくる、あの女は忌々しいがな」
「そうですか。それは良かったです」
(やはり幾ら何でも、自作自演まではしないよな? エセリア様の指示で、他の皆と入れ替わり立ち替わり二人に接触して様子を窺っているが、これまでに全く問題は無かったし)
 安堵しながら笑みを振り撒いていたローダスだったが、その心の平穏は長くは続かなかった。


「グラディクト様!」
「アリステア! どうした!?」
「アリステア様!? 何事ですか?」
 いきなり涙目で部屋に飛び込んで来たアリステアに、グラディクトが驚愕し、ローダスが激しく嫌な予感を覚えながら問い質すと、彼女はまだしゃくりあげながら、鞄の中から薄い冊子を取り出した。


「そのっ! ここに来る途中で忘れ物を思い出して、教室に取りに戻ったんですっ! そ、そうしたらっ! 机の中に、これがっ!」
「何だこれは!?」
「えぇっ!?」
 その視線の先には、表紙と言わず中のページと言わず、何かの鋭利な刃物で無数に切り付けられた、辛うじて紐で綴じられている紙の束が存在し、グラディクトとローダスは揃って驚愕した。するとアリステアが二人に向かって、泣きながら訴える。


「れっ、礼儀作法のっ、教科書ですっ! 酷い! あんまりだわっ! あそこの教室は私しか使っていないから、机の中の物は私の物だと分かるから……。これ幸いと、嫌がらせされたんですっ!」
「何て卑劣な奴だ! ここまでするか!? アリステア、これを見つけた時に近くに誰かいなかったか?」
「教室内には誰も……。あ、でも……」
「どうした?」
 ローダスがひたすら唖然としている間に、グラディクトが問い質すと、彼女が何かを言いかけて口ごもった。それを彼が鋭く重ねて問い質すと、アリステアが自信なさげに口から出まかせを言い出す。


「いえ……、あの、後ろ姿でしたし、はっきり誰かを確認したわけでは無いのですが……。私が入ろうとした教室から、一人出て行った人を遠目に見たような気がします……」
「それはどんな奴だ!?」
「その……、エセリア様に良く似た感じの……」
「何だと!?」
 忽ち顔つきを険しくしたグラディクトだったが、ここで慌ててアリステアが宥めた。


「あの、でも! 何となく似てる感じがしただけで、違うと思います! だってエセリア様はいつも取り巻きをたくさん引き連れていて、一人で行動している事は無い筈ですし」
「いいや、あいつは週の頭にイドニス教授の研究室に、講義を受けに来ているんだ。だから今日も来ている筈。アシュレイ、そうだったな!?」
「あ、は、はい!」
「ほら、あいつに間違いないだろうが!」
「そんな!?」
 急に話を振られて思わず頷いてしまったローダスを見て、グラディクトが確信に満ちた声を上げる。そこで悲痛な声を上げたものの、アリステアは予想以上に旨く事が運んでいる事に、内心ですっかり満足していた。


(うん、別に『エセリア様が出て行くのを見た』なんてはっきり言ってなくて、『エセリア様に似た人が出て行くのを見たかもしれない』って言ってるんだから、嘘じゃないわよね? ちゃんと『違うと思います』って否定もしてるし、問題ないわよ)
 そう自分勝手も甚だしい自己弁護をしているアリステアを凝視しながら、ローダスは内心で怒り狂っていた。


(この女、どこまで馬鹿なんだ!? ここまでやるなんて、正気を疑うぞ! しかも堂々と臆面もなく、さもエセリア様を見たかのような、嘘八百を口にしやがって!! いや、そんな事より、今は殿下が暴走しないように、何とかしないと!)
 そんな焦燥に駆られたローダスは、今にもエセリアの下に駆け出して行こうとしているグラディクトの腕を掴みながら、必死に訴えた。







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