悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(13)とんだ茶番

 慌てて全員で講堂の出入り口付近までやって来てから、グラディクトは付いて来た面々に、予め答えを書き込んでおいた用紙を手渡した。


「これが、こちらで用意しておいたチェックシートだ」
「とんだ茶番ですわね」
「本当に」
「…………」
 全くありがたみを感じていない風情で、不満げに受け取る者達にグラディクトは内心で腹を立てたが、何とかそれを堪えて周囲を促して講堂に入った。すると演壇の前に設置された机で、学園長が解答を確認をしており、その前に長く一列に並んでいる生徒達が目に入る。


「随分並んでいるな」
「この列に、私達も並べと仰るのですか?」
「君達は先に確認させる。付いて来てくれ」
 如何にも面白く無さそうな生徒達を引き連れて、グラディクトはそのまま列の先頭に向かった。


「それでは確かに、全問正解を確認した。頑張ったね」
「ありがとうございます」
「それでは次の」
「学園長、次はこちらだ。さっさと終了の確認をしてくれ」
 校内探索会に箔をつける為、急にグラディクトから審査役を割り振られたリーマンではあったが、生徒が学園の理解を深める行事ならばと、一人一人に丁寧に対応し、笑顔を交わしていた。しかし真面目に並んでいる生徒の列に割り込むという暴挙を目にした瞬間、毅然とした態度でグラディクトに応じた。


「殿下。お連れの生徒達は、この列に並んでおりません。全員、この列の最後尾に並ばせて下さい」
「何だと? 貴様、私の指示に従わないつもりか!?」
「学園内での最高決定権は私にありますし、この学園に在籍しておられる以上、王太子殿下であろうと単なる生徒のお一人。私や教授達の指示には、従って頂く義務がございます」
「しかしこの者達は、上級貴族の家の者だぞ! 配慮するのは当然だろうが!」
 居丈高に言い放ったグラディクトだったが、当然リーマンはそんな命令に恐れ入る事無く、益々冷え切った視線を彼に向ける。


「そんな余計な配慮などせずとも、他の上級貴族出身の方々は、既に何人も校内探索会を終わらせております。それに学園内で尊ぶのは、規律と平等。その王立学院の精神を、次代の国王になられる殿下自らが、否定なさるおつもりですか?」
「このっ……!」
 言外に次代の国王としての資質としてはどうなのかと問われたグラディクトは、屈辱の表情で黙り込んだ。するとリーマンが傍らの教授に声をかけ、事態の収拾を図る。


「お分かりになりましたら、そこをお退き下さい。シュレイグ教授、この生徒達を列の最後尾に並ばせてくれ」
「分かりました。さあ君達、移動してくれ」
「ちっ!」
「どういう事ですの!?」
「話が違うじゃないか」
 控えていた教授も、リーマンと同様にグラディクトの暴挙に呆れていた為、有無を言わさず生徒達を睨み付けて列の最後尾に誘導した。それに当然の如く、生徒達の不満が漏れる。その様子を見たアリステアが、不安そうに呟く。


「グラディクト様……」
「アリステア、心配要らない。多少計算が狂ったが、わざわざ校内を歩かせる事はさせなかった訳だから、あの連中に恩は売れたからな」
「そうですよね」
 互いに言い聞かせるように囁き合った二人の前で、長かった列はどんどん短くなり、彼らが連れて来た生徒達の番になった。


「それでは次」
「これだ。間違い無いだろう。終わりだな?」
 横柄に生徒が付き出したチェックシートにリーマンは目を通したが、すぐに三箇所の項目に印を付けて彼に返した。


「いや、三箇所間違っている。きちんと正しい答え調べて、書いてきてくれ」
「はぁ!? そんな筈は無い! 正解の筈だろうが?」
 正解だとグラディクトに言われていたその生徒は、反射的に声を荒げたが、対するリーマンは不快そうに顔を歪めながら、抑えた口調で言い返した。


「間違っていると言っている。きちんとこの場所に言って確認してくれば間違いないのに、君は何をしてきたんだ? 現にこれまでチェックシートを提出した者達の中に、間違った答えを書いた者は皆無だったぞ? 注意力散漫過ぎる。やり直しだ」
「……っ! こんな屈辱、初めてだぞ!」
 そう喚いた彼に構わず、リーマンはその後ろの女生徒に促した。


「次、提出しなさい」
「これですが……」
 するとそれにも、リーマンは即座に三箇所に印を付けて突き返す。


「これも三ヶ所誤りがあるな。訂正して再提出を」
「…………」
「それでは次」
 淡々とリーマンが生徒の列を捌き続ける中、先程チェックシートを突き返された生徒が、怒りの形相でグラディクトに駆け寄り、盛大に非難した。


「殿下、どういう事ですか!? この答えは間違っていると、学園長に突き返されました!」
「何だと!? そんな馬鹿な! これが正解の筈だ!」
「しかし現に、そう言われたのです! しかも、これまで提出した者の中で、間違った者は皆無だったのに、注意力散漫過ぎるとまで言われたのですよ? こんな屈辱は初めてだ! 殿下は私を辱める為に、この行事を企画されたのですか!?」
「そんな事は無い!」
 必死に言い返したグラディクトだったが、次々とチェックシート片手に戻って来た生徒達が、彼とアリステアを取り囲んだ。


「殿下……、どういう事なのか、是非ご説明を。上級貴族でも、これまでに何人も終了している者がいるとの事。私達に恥をかかせるために、集められたのですか?」
「平民に後れを取るとは……。家族に知られたら、叱責される事確実です」
「そこの女! 我々に恥をかかせて、どう責任を取るつもりだ!」
「え? でも、だって……」
 講堂の出入り口に近い一角でそんな騒動が勃発し、出入りする生徒達は全く事情が分からなかった為、不思議そうに眺めた。そして吊るし上げられて困惑しているアリステアに、中の一人が横柄に言い放つ。


「とにかく、私達はここから一歩も動きませんわ! あなたが正しい答えを調べて、これに書いていらっしゃい!」
「そうだな。それ位したらどうだ」
「当然ですわね」
「アリステアに責任は無い! 言いがかりを付けるな!」
 さすがに王太子に難癖を付けるわけにはいかず、アリステアに責任を押し付けようとした面々だったが、当のグラディクトにそう罵倒されて、皮肉気に口元を歪めた。


「そう仰るのなら、殿下が直々に調べて下さっても構いませんが?」
「そうですわね。そもそも殿下が私達をオリエンテーションの開始直後に呼びつけなければ、私達だって真面目に校内を回っておりましたし」
「この際責任の所在を、明確にして頂きたく思います」
 口々にそう言われて、グラディクトは憤然としながら彼らから用紙を奪い取った。


「……分かった、寄越せ! 全部調べて書いてきてやる!」
「あ、グラディクト様! 私も行きます!」
 足音荒く歩き去るグラディクトの後を、アリステアが小走りに追いかけて行くのを、講堂に残った生徒達はしらけ切った目で見送った。


「全く、馬鹿馬鹿しい事」
「入学早々、とんだ大恥をかかされたものだな」
「ですがこんな機会でもないと、王太子殿下をこき使うなんてできませんでしたわ」
「違いない」
「そう考えれば、貴重な機会でしたわね」
 この場に居ない二人を笑い話の種にする事で、不快な思いをさせられた彼らは、多少溜飲を下げたのだった。





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