悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(11)校内探索会開催

  当初アリステアは《クリスタル・ラビリンス~暁の王子~》に描写されている、画期的な学内行事であるオリエンテーションをそのまま実行しようとしたが、それは丸一日を要する企画が盛りだくさんの内容であった。しかし既に年間行事予定を策定済みだったことで、学園長から丸一日を新規行事の為に空けるのは無理だと抵抗された上、近衛騎士や官吏のうち、活躍著しい卒業生を講師に招き、有意義な学生生活を送るための心得などを講義して貰う講演会は、適当な人間の選定と呼ぶ伝手が無く、生徒同士で学園内での抱負やその実現のために何をするべきかなど話し合って親睦を深めるグループディスカッションは、本に細かい描写がないためにアリステアには進め方が分からなかった。
 そんな紆余曲折の末、半日でなら開催可能だとの学園側の許可と、自分達で準備が可能で目新しい企画だということから、オリエンテーリング形式の校内探索会のみを実施する運びとなったが、アリステア達は意気軒高だった。グラディクトが王族の立場でかなり強引に学園長から開催許可を取った直後、その間に側付き達に調べさせておいた動員可能な生徒達を放課後に講堂に集め、何事かと怪訝な顔をしている彼らの前でアリステアが演壇に立ち、上機嫌に声を張り上げた。


「新入生の皆さん、ご入学、おめでとうございます! 今日の校内探索会で、このクレランス学園に対する理解を深めて、より楽しい学園生活を送って下さいね!」
 そこで彼女の側に控えているグラディクトが拍手した為、講堂内にパラパラと気の無い拍手の波が広がったが、既にアリステアの悪評は下級生である教養科の隅々にまで広がっており、二人に向けられる視線は冷ややかだった。


「ああ、あの人なのね? 同じ係の上級生の方々が言っていた……」
「王太子殿下が、肩入れしているとか……」
「殿下の威光を笠に着て、やりたい放題とか聞いたな」
「全く、迷惑な話だよ。校内の事なんて、もう粗方知ってるってのに」
「先輩方に教えて貰った通り、さっさと終わらせようぜ?」
「ええ、頑張りましょうね」
 そんな囁き声が満ちる中アリステアの説明が続き、助手として動員された生徒達が、新入生一人一人に構内の見取り図とチェックシートを手渡していった。


「それでは、全員にチェックシートが行き渡りましたね? それでは今からスタートです! 全てのチェックポイントに用意してある問題の解答を、それに書き込んでこちらに戻ってきて下さい。こちらで待機して頂く学園長に、チェックして頂きますので。全問正解したら終了です。くれぐれも間違った答えを、書き込まないで下さいね!」
「さあ、それじゃあ行こうか」
「ええ、打ち合わせ通りにね」
 そして新入生達は三々五々校内に散って行き、グラディクトとアリステアはカフェの一つに移動した。すると時同じくして、上級貴族出身の生徒十数人もそこに集まり、中の一人が不審そうな表情でグラディクトに声をかける。


「殿下。校内探索会開始後に、こちらで私達にお話があると伺いましたが、行事に参加せずとも良いのですか?」
 その問いかけに、彼は余裕の笑みで返した。


「大丈夫だ。お前達とは、この機会に顔合わせをしたいと思っていた。校内探索会はきちんと参加させるし、心配するな」
「それなら良いのですが……」
「それよりも、皆席に着いてくれ。お茶でも飲みながら、暫し歓談しよう。チェックシートの答えを書き込んだ物は、こちらで準備してあるから、飲み終わったら講堂に戻れば良い。あまり早く戻ると、ちゃんとチェックポイントを回ったのかと、却って怪しまれるからな」
 彼がそんなからくりを述べると、殆どの生徒は選民意識を露骨に表情に出しながら、勧められた席に座った。


「なるほど……、そういう事でしたか」
「まあ、王太子殿下自ら、そんな不正をして宜しいのですか?」
「不正? とんでもない。君達のような上級貴族の者達を、他の有象無象と一緒に扱う事の方が、理不尽な事では無いのか? これは適正な処置だ」
「それはそうですね。私達が平民風情と同様に、校内を歩き回らなければいけない理由など、何もありませんから」
「王太子殿下は、良く物事がお分かりの方だと、家族にも伝えますわ」
「それは光栄だ」
「…………」
 堂々と不正を肯定するグラディクトに、その場の何人かは冷めた目を向けたが、口に出しては何も言わず、大人しく席に着いた。そして本来ならセルフサービスのカフェであるが、グラディクトの側付きの者達がカウンターからお茶を貰って出席者に配っていると、一人の女生徒が当然の如くグレディクトの隣に座ったアリステアに、厳しい視線を向ける。


「ところで殿下、そちらの生徒はどうしてここに同席しているのですか?」
「このアリステア・ヴァン・ミンティアは、今回の校内探索会の発案者で、実行委員会の委員長を務めている才媛だ。他にも昨年、音楽祭や絵画展なども企画している。君達が学内で交流を広げるに当たって、親しくしておくのに越した事は無い人物だと思ったからな。以後、懇意にしてやってくれ」
「学内の事で何か分からない事があれば、何でも遠慮なく聞いて下さいね!」
「はぁ、それはどうも……」
「……宜しく、お付き合い下さいませ」
 満面の笑顔で声を張り上げた彼女に、グラディクトを除くその場全員が顔を顰めたが、彼の手前、表立って非難する者はいなかった。それから少しの間、表面上は和やかに会話が交わされたが、相変わらず椅子が三つ空いているのを見たグラディクトが、苛立たし気に目線で側付きの一人を呼び寄せて問い質す。


「おい、まだ三人がこちらに来ていないが、どうした? 私が準備したリストの全員に、きちんとこの事を知らせたんだろうな?」
「勿論です。校内探索会時に歓談の席を設けるので、こちらのカフェに来て欲しいと伝えました」
「本当だろうな? 因みに誰が来ていないんだ?」
「フランドル公爵家のキャロル嬢と、ローム侯爵家のタナトス殿と、クレスコー伯爵家のリーベル嬢です」
 それを聞いたグラディクトの表情が、益々不快気な物に変わる。


「ライアンの妹か……。この機会にクレスコー伯爵家との繋がりも元に戻してやろうと、わざわざこちらから声をかけてやったのにそれを無碍にするとは、兄妹揃って無礼な奴らだ」
 それを聞いたかつての仲間は(兄を蔑ろにされて、のこのこ出向く方がおかしいだろうが)と心の中で思ったが、神妙にお伺いを立てた。


「どういたしますか?」
「さっさと三人を探して、ここに連れて来い」
「ですが、どこにいるかも分かりませんので……」
「お前達三人が別れて、手分けして探せば良いだろう? それにカフェはここだけでは無くて、他にもあるんだ。お前達の伝え方が悪かったせいで、別の場所に行っているかもしれないだろうが。ガタガタ言わずにさっさと動け」
「……分かりました。それでは少し、この場を離れます」
 むかっ腹を立てたものの、取り敢えずこの場でこき使われるよりはマシかと思った彼は、頭を下げて他の二人に声をかけ、給仕の役を放棄して未だに来ない生徒を探しに出て行った。それを見送ったグラディクトは、彼らが出て行ったドアを睨みつけながら、忌々し気に考えを巡らせる。


(全く……、揃いも揃って気が利かない上に、率先して動けないとはな……。うん? あの三人は……)
 側付き達が出て行ってから少しして、そのドアが再び開き、男子生徒が手で押さえている間に二人の女生徒がカフェに入って来た。その三人が優雅な足取りで皆が囲んでいる大きなテーブルに近づくと、中の一人が優雅に微笑みながら、のんびりとした口調で告げる。


「まあ……、皆様。もうこちらにお揃いでしたの? 随分早く、こちらにお出ででしたのね。驚きましたわ」
(タイミングの悪い……。少し前に、こいつらを探しにやらせたばかりだと言うのに。まあ良い。何処にも居なかったら、適当に戻って来るだろう)
 声を発した女生徒が上級貴族の中でも公爵家出身だった為、さすがに公式の場で見覚えがあったグラディクトは、怒りを押さえ込んで穏やかな口調で三人に声をかけた。



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