悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(8)準備始動

 側付きに名簿の照らし合わせ作業をさせた上で、手が空いている者を講堂に集めたグラディクトは、前方の演壇に立って重々しく宣言した。
「皆、放課後に集まってくれてご苦労。これから、第一回オリエンテーションについて説明する」
 しかしろくな説明を受けないまま集められた面々は、不満そうに囁き合った。


「何なんだよ、一体?」
「また王太子殿下の気紛れか?」
「それではアリステア、説明を頼む」
「はい。私はオリエンテーション実行委員会委員長の、アリステア・ヴァン・ミンティアです。宜しくお願いします」
 そして彼に促されて登壇したアリステアを見て、そのざわめきは収まるどころか一層増す事になった。


「何だよ……。またあの女絡みか?」
「確か音楽祭の時にも、でしゃばっていたよな?」
「あいつのせいで、ダラダラと音楽を聞かせられる羽目になったんだろう?」
「ろくでもない予感しかしないぞ」
 しかしそんな非難の声など耳に届いていない彼女は、笑顔でオリエンテーションについての説明を始める。


「このオリエンテーションは今年の新入生に、クレランス学園への理解を深めて貰う為の行事です。校内のあちこちを巡って、教授方や職員の方達と触れ合って学園に関する知識を仕入れたり、普段あまり行かない場所に足を向けたりして、その正確さと速さを競います。来週末に迎える開校記念日は、通常授業は無くて講演だけですから、講演が終了した午後に開催する事になりました」
 彼女がそう口にした途端、集まった者達の口から文句が零れ出た。


「何だよ、せっかくのんびりしようと思ってたのに」
「全くだ。俺だって外出の予定を入れてたぞ」
「あの……、ちょっと質問したいのですが、宜しいですか?」
「はい、何ですか?」
 そして中の一人が大真面目に挙手してから、疑問を呈する。


「今年の新入生が入学してから、もう二ヶ月近くが経過しています。新入生達はこの間に、学園内の施設や校舎の構造は殆ど把握済みだと思いますし、授業や学園生活を通して、既に多くの教授方や職員の方々との交流はある筈です。ですから今更、このような企画を行う意味が無いのではありませんか?」
「……それもそうだよな」
「どうしてやる必要があるんだよ?」
 至極尤もな主張を聞いた他の者達も、顔を見合わせて深く頷いたが、ここでグラディクトが怒りを露わにしながら発言した生徒に詰め寄った。


「お前、先程の主旨説明を聞いていなかったのか? また同じ説明を繰り返せと? それに、私の主張を否定するつもりか?」
「いえ……、そのようなつもりでは……」
「それなら黙って、こちらの指示に従え!」
「…………」
 発言した生徒は下級貴族出身であった為、これ以上王太子に楯突く事などできずに押し黙った。それを見たグラディクトが声をかけ、アリステアが予定通り話を進める。


「アリステア、話を続けてくれ」
「分かりました。それでは校内八つのチェックポイントで、参加者に解答して貰う問題と掲示物を準備する係と、校内地図や解答用紙の作製の係と、当日各チェックポイントに立って新入生を誘導する係の三つに別れて、準備を進めて下さい。今から皆さんに係の希望を取る用紙を渡しますから、記名の上希望する係を書いて、返却して下さい」
 事ここに至って講堂内のあちこちから、うんざりした声が漏れた。


「おいおい、本当にやる気だぞ」
「面倒な……。どれが一番楽だろうな」
「当日立ってるのが、一番時間が短いんじゃないか?」
「そうは言うがな」
(どいつもこいつも……、真剣さが足りないぞ! もっとしっかり取り組まないか!)
 声は潜めていても、その囁きはしっかりグラディクトの耳に届き、だれ切っている面々を睨みながら彼は内心で腹を立てた。
 当然その出来事がエセリア達の耳に入らない筈も無く、休み時間に二人でいた時に、サビーネがエセリアに囁いた。


「エセリア様、例のオリエンテーションの件ですが、やっと動き出したみたいですわよ?」
「剣術大会の準備係の方からは何も苦情が上がっていなかった所を見ると、一応あの名簿に名前が載っている方は外してくれたようね。良かったわ」
「ええ、漏れ聞くところによると動員できたのは、殆ど前年まで開票係を担当していたやる気の無い貴族出身の、しかも言いなりにしやすい下級貴族の生徒だけみたいです」
「官吏科と騎士科の平民出身の生徒の名前も、不自然ではない程度に小物係に紛れ込ませておいて正解だったわね。そうしなければ、絶対彼らに押し付けていたわ」
「本当にエセリア様の手腕には、惚れ惚れしますわ」
 そこで楽し気に笑うサビーネに笑い返してから、エセリアは次の手を打つ事にした。


「それで、必要な仕事の割り振りが済んだ以上、これからはそれ程無茶ぶりはされないと思うから、ちょっとサビーネに彼女の様子を見に行って欲しいのだけど」
「分かりました。リアーナとしてですね?」
「ええ、勿論よ」
 そしてエセリアは、彼女に探って欲しい内容を簡単に説明した。


(ちょっと不安なのよね。《クリスタル・ラビリンス》でオリエンテーションについて触れた時、ゲームの内容に従って、悪役令嬢が予めチェックポイントの答えを入手して、自家の派閥に属する貴族の生徒にそれを教えて恩を売る流れで書いたから)
 それを思い返しながら、ろくでもない可能性について考えを巡らせる。


(本来は、その企みをほんの偶然から察したヒロインが、直前に問題を差し替えて、悪役令嬢の思惑を粉砕して、その取り巻き達に恥をかかせるわけだけど……。アリステア嬢がその本を参考に色々行動しているとなると、それを殿下達が実行に移したりはしないかしら? 何といっても、堂々と成績表の改ざんをする位だし、やりかねないわね)
 それを察知できた場合に自分がどう出るべきかと、エセリアは一人密かに悩み始めていた。







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