悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(6)参考文献は《クリスタル・ラビリンス》

「皆、ご苦労様。最近あの二人に、変わった事は無い?」
「相変わらずですね。勝手に被害妄想を募らせています」
「噂を流すどころか、寧ろ関わり合いになりたくないと、皆さん遠巻きにしているだけなのに、度し難いですわね」
 いつも通りカフェに集まって、エセリアが皆から近況報告を受けていると、ローダスが考え込みながらある事を言い出した。


「そう言えば、昨日突然、あの女が変な事を言い出したんです。『おりえんてーしょん』がどうとか」
「え?」
「アリステア嬢が、なんですって?」
 その場の何人かが顔を顰めて問い返すと、彼が更に困惑しながら説明を加える。


「ええと、確か……。『大変! そう言えば本だと、もうおりえんてーしょんをする時期じゃない! 色々あって、すっかり忘れていたわ! 急いで準備しないと』とか言い出して、殿下に何やら支離滅裂な事を訴えていたんですが。何の事だか分かりますか?」
「…………」
「あの……、どうかしましたか?」
 静まり返ったその場に、さすがにローダスが異常を感じて問いかけると、ここでサビーネが顔を引き攣らせながら口を開いた。


「そう言えばこの前……、リアーナとしてアリステア嬢と接した時に、彼女が『本でも誹謗中傷を受けていた』云々などと口走っていて、何となくそのまま聞き流していたのですが……」
「『おりえんてーしょん』……、それに『時期』って、まさか……」
「確かにヒロインが入学当初、学園の施設や構造を覚えるのに困った事から発案して、翌年、入学式の少し後に行うのでしたよね?」
「それを大成功に導いて、ヒロインが周囲からの好感度を上げて、ライバルの悪役令嬢に差を付けて、より一層陰険な嫌がらせを受ける事になるのでしたか……」
 女性陣に引き続いてミランが考え込みながらそう述べると、シレイアが不思議そうに彼に尋ねた。


「ミランは《クリスタル・ラビリンス~暁の王子編~》を読んだ事があるの?」
「一応、ワーレス商会で取り扱っている商品には、なるべく目を通すようにしていますし、エセリア様の初期作品なら、全て私が原稿をお預かりしていましたので」
 その事情を説明すると、シレイアは勿論、サビーネとカレナも驚愕して羨望の眼差しを向けた。


「えぇぇっ! 羨ましい! エセリア様の生原稿を頂いていたなんて!」
「それじゃあ誰よりも先に、その原稿に目を通す栄誉に預かっていたのね!?」
「ミラン、凄いわ!!」
「……何がそんなに凄いのか、正直良く分からない」
 ミランがどこか遠い目をしながら呟いたところで、全く話に付いていけなかったローダスが恐る恐る尋ねる。


「あの……、要するに、どういう事ですか?」
「もう、ローダスったら! 今の話の内容で察しなさいよ! あの女はエセリア様が書いた《クリスタル・ラビリンス~暁の王子編~》の内容を参考にして、グラディクト殿下の婚約者になろうとしているのよ!」
「確かに去年唐突に音楽祭が催されましたけど、あれも本に書いてありましたね」
「あれだと確かヒロインは、王子と中庭で偶然知り合うのでしたか?」
「そう言えばあのお二人は、最初の頃中庭付近で目撃されていましたわね」
 シレイアを皮切りに、周りが次々と声を上げる中、エセリアは予想外の事態に固まっていた。


(ちょっと待って……。確かに本来のゲームのストーリー通りだと、ヒロインが音楽祭を提案してくるから、念の為と思って対策を講じていたけど。シナリオ補正とか、アリステアが私と同じ転生者だからそうなったわけじゃなくて、私があれらの本を書いた結果なの!?)
 内心で混乱していると、ミランが不思議そうに声をかけてくる。


「エセリア様、どうかしましたか?」
 それで我に返ったエセリアは、慌てて気を取り直して現実的な問題を口にした。


「い、いいえ、何でもありませんわ。確かにあの本を参考にしているのかもしれませんけど、今からオリエンテーションの準備をするのは、時期的に遅いのではないかしら?」
「そうですよね。本では前年のうちに提案して準備を始めて、今の時期に開催をしていましたし」
「今から準備に取りかかるのであれば、もう新入生も学園内の構造など、きちんと頭に入れてしまっている時期に、開催する事になりそうですわね。開催する意味が無いのではありませんか?」
 そこである重要な事に気が付いたエセリアは、すかさず全員に指示を出した。


「皆、取り敢えず、暫くは二人への接触は控えた方が良いわ。今迂闊に近寄ったら、このオリエンテーションの準備にこき使われるわよ? 殿下が使える手駒は、限られているのだから」
 その意見に、周りは尤もだと同意した。


「そうですね。ここはやはり、側付きの方々に頑張って頂きましょうか」
「教授方には申し訳ありませんが、今回は高みの見物をさせて貰いましょう」
「それにそろそろ、今年の剣術大会に向けての、係を決定する時期でもありますしね」
「そうだったわね。それなら今年は、それを早めに決めてしまいましょう。刺繍係や小物係担当者は、早めに活動を始めますし、少なくともやる気のある方をそちらで忙殺されない為の、理由付けにはなるわ」
 そうエセリアが提案すると、サビーネとシレイアが真剣な面持ちで頷く。


「確かに、その通りですね」
「そうと決まれば、早速今夜にでも寮で紫蘭会会員を集めて、詳細を話し合う事にします」
「サビーネ、シレイア、宜しくお願いします」
「任せて下さい」
「本当に傍迷惑な方々ですよね」
 そして新たな迷惑を被るのを回避すべく、エセリア達は早速それに備える事となった。





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