悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

第4章 “ヒロイン”は、何故か究極の残念さです:(1)どんな時でもポジティブに

 学年末休暇をそれなりに有意義に過ごしたエセリアは、新年度に入って専科毎にクラスが別れ、新しい環境で多少戸惑う事もあったものの、一週間も過ぎればすっかり落ち着いた学園生活を送っていた。
 その日もごく親しい女生徒同士で食堂に向かい、和やかに昼食を食べていたエセリアだったが、会話の合間に考えを巡らせていた。


(新学期になって新入生が入ったけれど、アリステアとは違う寮みたいだし、私は専科下級学年になって教養科とは授業を行う教室の棟も異なっているから、積極的に顔を合わせようとしなければ、そうそう遭遇する機会は無い筈よね)
 ケリー大司教から届いた手紙を思い返して憂鬱になったエセリアは、周囲に分からないように小さく溜め息を吐いた。


(それはグラディクトも同様だけど、事態がどう転ぶかは分からないし、油断はできないわ。学年末休み中に打ち合わせた通り、そろそろ目立たないようにミランと接触して、今年の教養科の様子を聞いてみないと)
 エセリアがヒロイン対抗策をしみじみと考え込んでいた、正にその時、斜め後ろから彼女に控え目に声がかけられた。


「あの……、エセリアお姉様でいらっしゃいますか?」
「え?」
 思わず反射的に振り返ったエセリアは、そこに見慣れた顔を認め、笑顔で立ち上がった。


「まあ、マリーリカ久しぶりね! 会えて嬉しいわ。アーロン殿下も、ご無沙汰しております」
 笑顔で母方の従妹に声をかけ、次いで一緒に居たアーロンに深々と頭を下げた彼女を見て、両手でトレーを持っていたアーロンが、朗らかに笑いながら応じる。


「エセリア嬢、ご挨拶ありがとうございます。ですが学園内では、基本的に身分の差は無い事になっております。あなたの方が上級生でもありますので、それ位にしておいて下さい」
「そうですわね。新入生に指摘されるとは、私もまだまだですわ」
「いえ、宜しくご指導下さい」
 そんな事を言い合って笑い合っていると、目の前の二人が第二王子とその婚約者でエセリアの従妹だと当然の如く認識していた友人達は、既に昼食を食べ終えていた事もあり、静かに席を立った。


「エセリア様、お二方とお話がおありでしょうから、私達はお先に失礼します」
「ええ、また後で」
「どうぞ、こちらの席をお使い下さい」
「ありがとう。使わせて貰うよ」
 気を遣ってくれた友人達に礼を述べ、エセリアは再び椅子に座って、マリーリカに話しかける。


「あなたが入学したのは知っていたけど、今まで顔を合わせる機会がなかったわね」
「はい、学年ごとに授業終了時間が微妙に違っていますし、食堂も複数ありますし」
「これだけの人数が一気に押し寄せたら、調理や配膳の方も大変でしょうから。どう? 入寮してから十日は経ったと思うけれど、慣れたかしら? 基本的に身の回りの事は自分でしなければいけないし、大変ではない?」
 純粋に従姉として心配し、尋ねてみたエセリアだったが、マリーリカは笑って頷いた。


「はい、何とか大丈夫です。さすがに色々と戸惑う事は多かったですが、以前から姉達やお姉様から色々話を聞いていましたので、楽しみにしておりました」
「それなら良かったわ。何か分からない事があったら、遠慮なく聞いて頂戴ね?」
「ありがとうございます」
 そこでアーロンが、笑いながら会話に加わる。


「私も日々、新鮮な驚きで一杯です。王宮で生活していると、身の回りの事を自分でしようとすると、『使用人の仕事を奪う気ですか!』と怒られますから」
「でも、きちんとなさっておられるみたいで安心しましたわ。ちゃんと自分でトレーを運んでいらっしゃいますし」
「自分の食べる物ですから、他の皆と同じ様にしているだけですよ。当然の事です」
 そう言ってアーロンは苦笑したが、エセリアは(あなたの兄君は、今でも取り巻き連中に運ばせていますけどね)と笑顔の裏側で悪態を吐いた。そして気分を変えるべくマリーリカに視線を向けながら、からかうように言い出す。


「学園生活が、順調そうで良かったわ。それにアーロン殿下とも、随分親しくさせて頂いているみたいね?」
「あ、ええと……、その、これは……」
 途端に顔を赤くしたマリーリカの横で、アーロンが爽やかな笑顔で事も無げに告げる。


「せっかく今までより頻繁に、マリーリカ嬢と顔を合わせる機会に恵まれたのですから、この際婚約者として、親交を深めておこうと思いまして。勿論、節度は守っておりますので、ご安心下さい」
「せ、節度って! 殿下!」
 マリーリカは真っ赤な顔のままアーロンに向き直って狼狽した声を上げ、エセリアは何とか笑うのを堪えながら、彼の台詞に悪乗りした。


「それは何よりでしたわ。下手をすると、王子殿下を扇で打ち据えなければいけない羽目になりはしないかと、一瞬心配してしまいました」
「おっ、お姉様!? 打ち据えるって!!」
「これはこれは、怖い従姉殿だ。それとも義姉上とお呼びした方が宜しいですか?」
「グラディクト殿下とは婚約者の関係ではありますが、今現在は殿下の身内ではございません。エセリア嬢で結構ですよ?」
「畏まりました」
 エセリアはそんな気安いやり取りを楽しみながら、心の中で密かに安堵していた。


(お兄様やお母様から、マリーリカ達の噂や様子を聞いてはいたけど、アーロン殿下との仲が良好そうで、本当に良かった。それにアーロン殿下って、本来のシナリオでは常に日の当たる場所にいる兄と比較されて、かなり鬱屈した性格だった筈だけど。見る限りでは、まるで兄弟で性格が入れ替わっているみたいだわ。それもマリーリカにとっては良かったけれど)
 そんな事を考えてから、エセリアは気を引き締めた。


(いえ、問題はそれだけなくて……。アーロンもグラディクト同様、攻略対象の一人だもの。本来、アーロンルートのライバルキャラの名前はティリスだった筈なのに、マリーリカになってしまうなんて……)
 そこでテーブルの向かい側で、楽しげに会話しながら食べ進めている二人を見て、エセリアは微妙な心境に陥った。


(それもこれも、お兄様達にアーロン殿下の婚約者選定を促す話をするまで、すっかり殿下も攻略対象だった事を忘れていた私が悪いのだけど。でも当初のシナリオと異なる内容になってきていると言う事は、これまで私が色々やってきた事が無駄じゃなかったって事よね。うん、そう思う事にしよう。何事もポジティブに考えないと、やってられないわ)
 そして改めて、面倒な状況に巻き込んでしまったかもしれない、従妹の身を心配する。


(下手したら入学早々アリステアが、この二人に対して何かやらかしていないかと心配だったのよね。何といっても同学年だし。ミランに聞くまでもないわ、この機会に直接聞いてみましょう)
 そう決めたエセリアは、さり気なく二人に声をかけた。





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