悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(17)裏工作は順調

 剣術大会の準備を課外活動として続けながらも、クレランス学園の公式予定が変わる筈もなく、定期試験を終えて数日してから、校舎の一角に各学年の成績優秀者の名前が張り出された。


「試験の結果が張り出されているのは、あそこですわね」
「さすがエセリア様ですね。学年で九位に入っておられますもの」
 授業を終えて寮に向かう途中で、それを認めたエセリア達は足を止めた。そして周りからの声に、エセリアが苦笑気味に言葉を返す。


「私などより、シレイアの方が凄いわ。堂々の学年二位よ?」
「本当に凄いわ。試験前に色々と教えて貰って、私も思ったより良い成績を取れたし」
 サビーネも感心したように頷くと、シレイアは笑顔で応じた。


「サビーネ様は、元々の学力がありましたもの。二十位と言わず、まだまだ上を狙えると思いますわ」
「ありがとう、また教えてね?」
「はい、喜んで」
 そんな和やかな会話を交わしていると、ノーゼリアが急に声を低くしながら警告を発した。


「エセリア様、少し離れた所から殿下が睨んでいらっしゃいますわ」
「あら、そうなの」
 それを受けて、該当する方向に軽く視線を投げたエセリアは、友人達に向き直って囁いた。


「それなら余計な事を言われる前に、先手を打っておきましょうか。皆さん、打ち合わせ通り、宜しくお願いしますね?」
「はい」
「お任せ下さい」
 そして不敵な笑みを浮かべながら、彼女達はわざとらしく聞こえない程度に、先程までより声高に話し出した。


「本当に、エセリア様は凄いですわ!」
「剣術大会の実行委員長として、連日色々な仕事をこなしていらっしゃるのに、これだけの成績をお取りになれるなんて」
「それに加えて、エセリア様は学力は勿論の事、教養を試される礼儀作法等でも、教師の方々に絶賛されているではありませんか」
「私のような平民は、誇れる物が学力だけですのに。エセリア様は本当に隙がございませんね」
 友人達が声高に褒め称えている内容を聞いて、おそらく「自らの成績を誇るなど浅ましい」とか「他の努力している人間を見下すつもりか」とでも難癖を付けようと思ったのか、グラディクトが自分に向かって歩き出したのを横目で見たエセリアは、周りに目配せをしながら殊勝に申し出た。


「そうは言っても、まだまだ納得できるレベルではございませんのよ?」
「まあ、どうしてですか?」
「過去に王妃様がここに在学中、入学から卒業まで、常に一位を保っておられましたもの。王妃様は常に私の目標ですから」
 エセリアが真顔でそんな事を口にすると、サビーネ達も重々しく頷く。


「それは大変ですわね」
「母が王妃様と同時期にこの学園に在籍していて、あらゆる面で規格外の方だったと話しておりましたもの」
「ですが慢心せず、更なる高みを目指して努力するエセリア様の姿勢は、本当に謙虚で素晴らしいですわ」
「私達も王妃様と比べたら、まだまだ足下にも及びませんわね」
「本当に。これからも気を引き締めて、努力して参りましょう」
 口々に真剣な表情で言い合っている彼女達に、周囲の生徒達は尊敬の眼差しを向け、グラディクトは憮然として踵を返し、彼女達から遠ざかって行った。


(あくまで王妃様を目標にしていると公言しておけば、成績で劣っている殿下を馬鹿にしているなんて、言いがかりを付けにくいわよね。『相手にもしていない』なんてわざわざ自分で言ったりしたら、やぶ蛇だろうし)
 グラディクトの背中を見ながら、そんな事を考えていたエセリアは、思わず溜め息を吐いた。


(全く、なりふり構わず私の評判を落とせば楽だけど、家族に迷惑をかけたくないから面倒なのよね。さっさとそっちから婚約破棄を言い出してくれれば、万々歳なのに)
 忌々しげに彼を見送ったエセリアは、引き続きグラディクトとの微妙な関係を保ちつつ、陰で彼を追い込んでいく事を改めて誓った。
 そして婚約破棄に向けて密かに地道な努力をするのとは別に、エセリアはマグダレーナにある事を依頼する為、休日に王宮に出向いた。


「お久しぶりです、王妃様」
「エセリア。もう人払いはしたのだけれど?」
 開口一番微笑みながら言われた内容に、エセリアは苦笑しながら挨拶をやり直す。


「はい、ご無沙汰しております、伯母様。今日はお時間を取って頂いて、ありがとうございます」
「ええ、今日はゆっくりして行って頂戴。学園の話などを、じっくり聞かせて欲しいわ。頑張っているとの話を、あちこちから聞いていてよ?」
 そう言いながら、手振りでお茶を勧めてきたマグダレーナに、エセリアは少々困ったように笑いながら応じた。


「お耳汚しですわ。伯母様はクレランス学園在学中、常に一位を譲らなかったと聞いておりますのに」
「結果的にはそうなったけど、一位を取る事に固執してはいなかったわよ?」
「そうなのですか?」
 少々意外に思いながらエセリアが問い返すと、マグダレーナは穏やかに笑いながら、いつも通りの口調で告げた。


「ええ。あの三年間は、学業よりも何よりも、得難い交流を得られた貴重な時間だったわ。だからエセリアとグラディクト殿にも、在学中にある程度の学問を身に付ける以上に、王宮内だけでは得ることのできない、幅広い人間関係を築いて欲しいの」
「はい、心掛けます」
 しみじみと言われた内容に、エセリアは素直に頷いた。するとここでマグダレーナが、面白がっているような顔で告げてくる。


「ところで……、あなたが手紙で知らせてきた、最近学園内で準備中の剣術大会の事ですけど」
「はい、それが何か」
「それの発案者がグラディクト殿と書いた上で、さり気なく『陛下にお伝えください』とも書いてあったのでお伝えしたら、陛下が大層お喜びになって運営資金を寄付しましたが……。発案者はエセリアなのでしょう?」
「……お分かりでしたか」
 確信しているらしい物言いに、エセリアが否定せずに曖昧に笑うと、マグダレーナが苦笑しながら話を続けた。


「これまで色々と画期的な企画や発明をしてきたあなた以外に、新企画など率先して出せないでしょう。それにグラディクトの名前が前面に出て来た事で、確信したわ。今のあの子は、前例を踏襲する事はできても、改革したりはできないタイプだもの。あなたが裏にいると考えるのは、自然な流れよ?」
「殿下の素質や性格に関しては、否定できませんね」
 慎重に言葉を選びつつ、微妙なコメントを口にしたエセリアに、マグダレーナは真摯な表情で続けた。


「ですから、グラディクト殿には在学中に様々な出自や考え方を持つ生徒達と接して、より内面的な成長が促される事を期待しているの。勿論、あなたのフォローも必要だと思うけれど……」
「お任せ下さい、伯母様。在学中は殿下の足を引っ張らずお役に立てるように、精一杯務めますわ」
「心強い事。お願いするわね?」
 心にも無い事を口にしつつエセリアが微笑むと、マグダレーナも満足そうに頷く。そこでエセリアはさり気なく、話題を変えた。


「その代わりと言っては何ですが、剣術大会の発案者が既に私だとお分かりのようですし、伯母様に厚かましくお願いしたい事がございます」
「あら、改まって何かしら?」
「学園内での剣術大会の盛況ぶりを近衛騎士団の皆様にご覧頂いて、規模と種目を拡大して、国家行事として定例化を目指したいのです」
「エセリア?」
「こちらをご覧下さい」
 いきなり持ち出された内容にマグダレーナが目を丸くしていると、エセリアがすかさず彼女の前に、持参した書類の束を差し出した。
 その表紙に書かれた表題を、マグダレーナが殆ど無意識に呟く。


「『国境付近での大規模演習のあり方と、武術大会の各種有用性に関する意見書』……。これをあなたが書いたの?」
「はい」
「分かりました。取り敢えず、目を通してみましょう」
「宜しくお願いします」
 そこで伯母の顔から施政者の顔になったマグダレーナは、無言でその書類に目を通し始めた。
 それから暫く室内には、彼女が書類を捲る音だけが生じていたが、それを閉じたマグダレーナが、真剣な表情でエセリアに確認を入れてきた。


「エセリア。良く分かりました。これは表向きは、学園での剣術大会開催後に、騎士団経由で上がってくるのですね?」
「はい。ですが来年度中から切り替えるのであれば、準備と調整は早ければ早い方が良いかと思いまして」
「分かりました。それでは関係各所に内々に話を通して、然るべき措置を講じておきましょう」
「それから単なる騎士団の移動だけではなく、大勢の人間が王都に集まる事になりますので」
 そこでさり気なくワーレス商会の事を持ち出そうとしたエセリアだったが、マグダレーナが最後まで言わせなかった。


「意見書の最後に書いてある、『民間の労力と物流の活用』の項目に関してですね? あなたとの関係を考えると、既にワーレス商会に話を通してあるのかしら?」
「慧眼、恐れ入ります」
 すっかりお見通しである伯母に、エセリアが本心から頭を下げると、ここでマグダレーナは表情を緩めてエセリアに声をかけた。


「それではそちらもそのつもりで、話を進めておきましょう。これからも良いと思った物は、遠慮無く提案して下さい」
「はい、そういたします」
「それでは政治向きの話はここまでにして、また学園での話などを聞かせて貰えるかしら?」
「はい、喜んで」
 そこで張り詰めた空気が霧散し、話題はエセリアの学園生活に戻った。


(王妃様が鋭くて、私が剣術大会の発案者だと看破していたから、話が早くて助かったわ。私が意見書を持って来た理由を、一から説明する手間が省けたし)
 そして予想以上に順調に話を進める事ができたエセリアは満足し、笑顔でマグダレーナとの面会を終えたのだった。





コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品