悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(15)儲け話は逃さない

「エセリア様、お久しぶりです。寮に入られてからお会いするのは、今回が初めてですね。この間、新作の原稿は書かれていらっしゃいましたか?」
 予めエセリアがワーレス商会に連絡をしていた為、休日に実家に戻った日にミランがシェーグレン公爵邸を訪れた。しかし向かい合って座ってから開口一番に言われた内容に、エセリアは微妙に口元を引き攣らせる。


「ええと……、実は色々あって、新作は書いていないのよ。ラミアさんに謝っておいてくれる?」
「そうですよね……。入学されたばかりですから、色々とお忙しいですよね。母には伝えておきますので、お気になさらず」
 真顔で頷いたミランを見ながら、彼女は心の中でラミアに詫びを入れた。


(ラミアさん、ごめんなさい。本当は、紫蘭会の皆さんのリクエストをこなすのに、精一杯なんです。暫くは新作は封印しますから)
 そんな事を考えてから、彼女は意識を切り替えて本題に入った。


「ところで、その代わりと言うわけでは無いけれど、ワーレス商会に持ち帰って欲しい話があるの」
「はい、お伺いします。何でしょうか?」
 途端に姿勢を正したミランに向かって、エセリアは説明を始めた。


「実は今、学園内で、ちょっとしたイベントを計画して進行中なの」
「エセリア様が企画されたのなら、画期的なイベントでしょうね」
 素直に相槌を打つミランに、少しの間概略を説明した彼女は、サラリと要求を口にしながら話を締めくくった。


「そんな感じで進めているから、ワーレス商会からはこちらのリストに書いてある物品を、実行委員会に提供して貰いたいの」
 するとこの間、真剣な顔つきで話を聞いていた彼が、差し出されたリストを受け取って目を通してから、困惑も露わに問い返してきた。


「失礼な事をお伺いしますが……、『納品』ではなく『提供』ですか?」
「ええ、ワーレス商会からは『無償』で『提供』して貰いたいのよ」
 にこやかに念を押す彼女を見て、本来なら全く儲けにならないと思われる内容について、ミランが更なる説明を求めた。


「……エセリア様が仰るなら、きちんとした理由がおありでしょう。お聞かせ願いますか?」
 彼の反応は予想できていた為、エセリアは落ち着き払って話を進めた。


「今回のこれは単なる学園内のイベントに過ぎないけれど、既に国王陛下がご存知で寄付金を頂いているし、近衛騎士団の幹部が視察に来る事が決まっているの」
「それは……、さすがクレランス学園ですね」
「それでここだけの話だけど、取り敢えず学内で成功させた後は、国家でのイベントとして提案する予定になっているのよ」
「はぁ!? どうしてそんな大それた事になるんですか!」
 本気で驚いた声を上げたミランだったが、エセリアは平然と話を続けた。


「我が国は毎年、国境付近で大規模な軍事演習を行って、近隣諸国に睨みを利かせているのは知っている?」
「それはまあ……、一応話だけは聞いていますが……」
「それに代わるイベントとして、国内各地からの選抜者を王都で戦わせて、戦意の高さと技量を招待客に示すのよ」
 そこまで聞いて、話の内容が分からないミランではなく、目つきを鋭くしながら確認を入れてきた。


「その招待客が、各国の大使や重臣クラスの人間なのですね?」
「その通り。加えてそんな大会を開催するとなったら、観客も全国各地から多く集まって来る事になるでしょうね。会場周辺の飲食場や宿泊施設が、不足するのは確実だと思わない?」
「それを、ワーレス商会に任せて頂けると?」
 途端に身を乗り出して食い付いてきたミランを、エセリアが笑いながら宥める。


「きちんと許可を出すのは、主催する王家だと思うけれど、今からしっかり計画を立てて準備しておけば、営業を認められる可能性は極めて高くなると思わない?」
「因みにエセリア様には、何か試案がございますか?」
「移動式の簡易屋台での飲食物や特産品の販売とか、空き家屋や空き部屋を有効に使っての民泊業務とかね。こちらに詳細を書いてみたわ」
「拝見します」
 そしてエセリアの手から、新たな書類の束を受け取った彼は、食い入るようにそれらに目を通し始めた。


「これが『やたい』……。なるほど、空き地の有効利用と、集客度合いや流れで、場所を移動して売上を確保……。それで、旅館の素泊まり形態の『みんぱく』……。そうか。これなら開催期間だけ場所を確保すれば良いから、そもそもの設備投資が少なくて済むし、開催後の維持管理の必要性も無いのか……」
 そしてぶつぶつと独り言を呟きながら、書類に目を通しているミランに、エセリアがさり気なく声をかけた。


「それで、クレランス学園のイベントで、『未来ある若者の活動を応援したい』との名目で物品を無償提供しておけば、ワーレス商会の名前が自然に両陛下のお耳にも入るし、そこで『感心な事だ』と好印象を残しておけば、イベント開催時にも各種の許可を頂ける可能性が、高くなると思うの。いわば賄賂ではない、公の宣伝費と考えて貰えれば、費用対効果としては悪くない」
「お任せ下さい! 必要な物をお知らせ頂ければ、我が商会の名にかけて、全て最高級品を幾らでも提供させて頂きます!」
 話の途中でいきなり顔を上げたと思ったら、鬼気迫る勢いで叫んだミランに、エセリアは完全に気圧されてしまった。


「え、ええと……、ミラン? ここで確約しなくても良いわよ? 最高級品を提供して貰うとなると、かなりの金額になるのは確実だし、ワーレスに相談する必要があるでしょう?」
 しかしミランの表情に、全く迷いは無かった。


「父がこれを目にして、躊躇う筈はありませんよ。ワーレス商会を更に飛躍させる、最高の一手ではありませんか!」
「……そう?」
「エセリア様! 何としてでも学内のイベントを成功させて下さい! そして国内でも華々しく開催される様に、是非とも後押しを!」
 嬉々として訴えてくるミランに、エセリアは少々引きながら頷いてみせた。


「ええ、分かったわ。王妃様に開催を働きかけるし、諸々を取り仕切る業者の選定に関しては、ワーレス商会の事をさり気なく推薦するから」
「ありがとうございます、宜しくお願いします! こちらで滞りなく、準備を進めておきますので! いやぁ、やっぱりエセリア様は凄いな! 我がワーレス商会の、守護女神様です!」
「あら、そんな大袈裟な……」
 満面の笑みで褒め称えるミランに、引き攣った笑みで応じながら、エセリアは取り敢えず事が順調に進んでいる事に安堵した。


(ここまでミランが食いつくなんて……。取り敢えず後日、王家主催で開催する方も、ワーレス商会の全面的な協力と主導で、盛り上がりに欠けたり、有象無象が乱立してトラブルになる事は避けられそうね)
 そんな風に着々と手を打ちながら、エセリアは日々を過ごしていくのだった。





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