悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(11)エセリアの企み

 思い立ったら即実行をモットーにしているエセリアは、ナジェーク達に剣術大会の主旨を説明した翌日には、同様にグラディクトに時間を取って貰って、カフェで顔を合わせていた。


「エセリア、何の用だ。私はお前の様に女同士で固まって、無駄話をする程暇では無いんだぞ?」
 相変わらず取り巻きを引き連れて、椅子に座りながらふんぞり返っているグラディクトを見て、エセリアは内心で(はっ! お山の大将が何ぬかす!)と呆れたが、傍目には殊勝に応じた。


「ええ、良く存じ上げております。殿下は王太子として、他の者とは異なる重責を担っておいでなのですもの」
「分かっているなら良い。それで、話と言うのは何だ?」
「普段はあまり殿下に煩わしい思いをさせない様に、必要で無い限り学内での接触を避けておりますが、今回ほんの少し殿下の名声を高める方策が思い浮かびましたので、お声をおかけする事にしました」
「どういう事だ?」
 微妙に好奇心をそそられた感のグラディクトを見て、エセリアは内心でほくそ笑んだが、傍目には神妙に申し出た。


「殿下、誠に申し訳ありませんが、人払いをお願いしたいのですが……」
「何?」
「エセリア嬢。どういう意味ですか?」
 途端にグラディクトが訝しげな顔付きになり、周囲に佇んでいた生徒達が憤慨しながらエセリアに詰め寄ろうとしたが、そんな彼らを彼女は冷たく一瞥した。


「これから私が口にする事は、突き詰めれば王位継承にも関わる事項についてです。あなた方が殿下からの信頼が厚いのは重々承知していますが、あくまで臣下は臣下。分を弁えるべき所では、きちんと弁えなさい」
「何だと!?」
「それが王太子の婚約者に対する言葉遣いだと? こんな事がまかり通っているなどと外部に知られたら、殿下の名声を落とすだけではすみませんよ?」
「このっ……!」
 エセリアに強い口調で非難されて、周囲には忽ち険悪な空気が満ちたが、ここでグラディクトが渋面になりながら事態の収拾を図った。


「グンディー、少し下がっていろ。他の皆もだ」
「……分かりました」
 しぶしぶ頷いて取り巻き達が自分達のテーブルからかなりの距離を取った事を確認したグラディクトは、そこで少々嫌みったらしくエセリアに尋ねた。


「これで文句は無いな?」
「はい、殿下。ありがとうございます」
 しかし彼女は恐れ入る事もなく、冷静に頭を下げてから本題に入った。


「ご不快な話題を出してしまいますが、貴族達の中で殿下の王太子就任を未だに快く思っておられない一派が存在する事は、ご存知でいらっしゃいますね?」
「ああ。未だにアーロンを推している、諦めが悪い馬鹿どもが」
「そのアーロン殿下が、来年このクレランス学園に入学されます。ですから今年度のうちに、グラディクト殿下がこれまで誰にもなし得なかった事を行えば、周囲にアーロン殿下をより格下に見せる事ができ、王太子の地位を盤石にできるのではないかと愚考致しました」
「……そんな手があるのか?」
 忌々しげに相槌を打っていたグラディクトが、驚いた様に尋ね返すと、そんな彼に向かってエセリアが、昨日兄達に見せた企画書を差し出した。


「はい。こんな物ではどうでしょうか?」
「剣術大会?」
「はい。学内初の試みですから、名誉会長をお引き受け頂いてそれを成功に導けば、殿下の名声は嫌でも上がりますわ。加えて規模を拡大して国家行事としての開催が決まったら、そもそもの主催者である殿下の、次期国王としての面目は大いに保てると思います。如何でしょうか?」
 それから少しの間、グラディクトはパラパラと用紙を捲っていたが、最後の実行委員会名簿の欄を見て、納得した様に言い出した。


「ああ……、この名簿の一番上の欄の名誉会長が、最高責任者なのだな? その下の実行委員長の欄に、お前の名前が書いてあるが?」
 探る様な目つきを向けられたエセリアだったが、彼女は平然と笑い返した。


「私は殿下の婚約者ですもの。いわば殿下の立場を固めるのは、私の立場を固める事と同じ事。ですから精一杯、働かせて頂きますわ」
「ふん、俗物が……」
 そこで如何にも馬鹿にしたような表情を向けたグラディクトだったが、結局横柄に頷いてみせた。


「まあ良い。私の損になる話では無いみたいだからな。その代わり、失敗して私の顔に泥を塗る様な真似はするなよ?」
「重々承知しております。兄も全面的に協力してくれるそうですので、ご期待を裏切るような真似はしませんわ」
「ああ、ナジェークの名前もあるな……。全く、兄妹揃って浅ましい事だ」
 そんな嫌みも完全スルーで、エセリアは邪魔が入る前にと、どんどん話を進める。


「それでは殿下。こちらの名誉会長の欄にご署名をお願いしたいのですが。それから学園長に企画案を提出しに参りますので、急で申し訳ありませんが、これからお付き合い願えませんか?」
「何だと? 急すぎるぞ」
 さり気なくエセリアが出したペンとインク壺に手を伸ばしたグラディクトだったが、途端に渋面になった為、彼女はひたすら低姿勢で応じた。


「段取りが悪くて、申し訳ございません。偶々今日、この時間に学園長のご予定が空いていたもので。やはり最高責任者の殿下が出向けば、学園長の心証も良くなりますし、王太子の要望を無碍にはできないと思われますので」
「仕方がないな。だが内容は良く分からないから、お前がきちんと説明しろ」
「勿論、殿下に煩わしい思いはさせませんわ。宜しくお願いします」
 そして当初の予定通りグラディクトのサインを得たエセリアは、心の中で高笑いした。


(よし、釣り上げた! この調子でどんどん進めるわよ!) そして学園長室に向かう前に、さり気なくグラディクトに口止めなどをしながら、エセリアは当初の予定通り事を進めたのだった。




「エセリア様、今日の首尾はどうでしたか?」
 夕食を食べる為、自室を出て廊下を歩き出したエセリアは、同様にドアを開けて姿を見せたシレイアに声をかけられた。それで食堂に向かって並んで歩きながら、笑顔で説明する。


「上々よ。もう例の企画書を、殿下と一緒に学園長室に出向いて、学園長に提出してきたわ。主だった面々で、協議して頂けるそうよ」
「そうですか。第一関門突破ですね。ですが……、良く殿下が了承されましたね? 殿下の取り巻き連中には、貴族でありながら長男以外で家名を継げない、騎士科の人間が多い筈ですが……」
 不思議そうに尋ねられた為、エセリアは笑いを堪えながら説明を続けた。


「決定前に情報が漏れると、妨害される恐れがあるから、暫くは周りにも黙っていた方が良いと忠告しておいたわ。一応、後で心変わりしても困らない様に、王妃様にお手紙を送っておくけど」
「王妃様にですか?」
「それより、本決まりの前に、どんどん根回しを進めておくわよ? 頼んでおいた件は、大丈夫かしら?」
 一瞬、戸惑った顔になったシレイアだが、すぐに真顔になって頷く。


「はい。学園に在籍している全紫蘭会会員に連絡を取って、明日の放課後に第四音楽室に集合する事になっています」
「ありがとう。それじゃあさっさと話を進めないとね」
 そう言って、機嫌良く歩いていくエセリアを眺めるシレイアの目には、隠しきれない崇拝の色が浮かんでいた。



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