悪役令嬢の怠惰な溜め息

篠原皐月

(22)予想外の訴え

「配りました物の一枚目には、この何年かの間に国内各地に我が公爵家の人員を派遣して、聞き取り調査をさせた結果を纏めてあります。端的に申しますと、借金をする場合は個人同士の貸し借りになりますので、余剰資金がどれだけあるかによって、利息が変動し、地域格差が生じています」
 エセリアによって簡潔に説明されたそれにざっと目を通したキリングは、ある程度予想は付いていたらしく、落ち着き払って感想を述べた。


「この報告書の通りですね。昔から王都に近い商業が盛んな地域は、商人達に十分な余剰資金がある為、比較的低利で周囲に貸し出していますが、経済的に疲弊している地域では、貸し倒れで出る損失を防ぐ為か、高利になる傾向が見られます」
「はい。それで高利の為に貸し倒れになる率が高く、本当に困っている方が益々借りにくくなるという悪循環です。それで二枚目以降が、全国一律利息での貸し出し制度についての、意見書になります」
 それに暫く無言でキリングが目を通し、他に誰も声を発する者無く、室内では暫く紙をめくる音のみが聞こえていた。


「なるほど……。国教会に属する教会は、規模の大小はあれ国内全域に分布しています。それを名目に陛下に対して、全国あまねく同対応ができると、主張できるわけですね?」
「その通りです。個人や特定の団体に対して許可申請を出すと、どうしても不公平だとの声が上がる筈。それに領地を預かる貴族に対応を任せたら、どうしても統一した対応ができないと思います」
「エセリア殿のお考えは良く分かりましたし、主旨も大変結構だと思います。ですがこれを実行に移した場合の、我々のメリットはございますか?」
「メリットですか?」
 真正面から見据えてきたキリングに、エセリアが不思議そうに問い返すと、彼は少々意地悪く笑いながら言葉を継いだ。


「先程エセリア嬢は、何やら司教が高利を貪って裏金を溜め込んでいるなどと面白い事を仰いましたが、誠にその様な不届き者が存在していた場合、全国一律の低利での貸し出しを始めたら、上層部の私達がいわれのない糾弾をされかねませんので」
(やっぱり狸親父。絶対今まで黙認していた上、上納金を貰っていたってところでしょうね。それならそれで、やりようはあるわよ!)
 そこでエセリアは、不敵に笑いながら口を開いた。


「勿論、教会側にもメリットはありますわ」
「ほう? それはどのような?」
「全国津々浦々の、調査網が手に入ります」
「…………」
「調査網?」
「どういう意味ですか?」
 その一言で、キリングはエセリアの言いたい事を察したのか、表情を消して黙り込んだが、何人かの者達は、怪訝な顔で詳細について尋ねた。その彼らに向かって、エセリアが説明を続ける。


「例えば、『ご領主様のお屋敷にどんな人間が出入りしているのか調べてくれたら、何ヶ月分の利息を免除する』とか囁けば、そのお屋敷に勤めている使用人、出入りがある商人などは、進んで教えて下さるのではありません? そうして得た貴族の情報を王家に伝えて恩を売ったり、王家に対して一定の影響力を保持する事も可能だと思われます」
「諜報専属の人員ではなく、普通の人間、誰しもが探索要員になるという事ですか……」
「国教会の組織網であれば、十分可能では? それに貸出先の健全さを調査する名目で、国教会が諜報組織を作って保持する事を、王家側に認めさせる理由にもなりますわね」
「……面白いですな。通常であれば、王家が簡単に認めない筈ですし」
「それに、対外的な国教会の権威の上昇。従来よりも低利で貸し出す事で、それは十分可能です。どうでしょう? まだメリットが必要でしょうか?」
「…………」
 エセリアが淡々と説明して参加者をぐるりと見回すと、皆真剣な顔付きで押し黙り、最高責任者たるキリングに意見を求める様に視線を向けた。そんな部下達の視線を一身に浴びてしまったキリングは、深い溜め息を吐いてから、苦笑まじりにエセリアに話しかけた。


「貸金業務を教会に提案したかったという、エセリア嬢の主旨は良く分かりました。しかし、もう少し穏便な方法を選んで頂きたかったと思うのは、私どもの贅沢でしょうかな?」
 それは当然言われるだろうと思っていた為、エセリアも苦笑しながら言葉を返そうとした。
「それは重々、承知」
「勿論、査問会を開催する程の騒ぎを引き起こした責任は、全面的に私が取ります。私個人に関しては破門して頂いて結構ですし、ワーレス商会としての責任の所在を問われる場合には、店を畳んで国外退去いたします」
「何ですと?」
 ここでいきなりラミアが会話に割り込んできた上、穏やかでは無い事を言い出した為、キリングは忽ち笑みを消し、寝耳に水の内容を聞かされたエセリアは、焦って反論した。


「ラミアさん、いきなり何を言い出すの! そんな事は聞いてないし、商売命のワーレスがそんな事を言うわけ無いじゃない!!」
「エセリア様にはお話ししていませんが、家族で話し合って決めた事ですから」
「ちょっと待って! どうしてそうなるの!!」
(だってワーレス商会はこの何年かで、王都内でも五本の指に入る位の規模になった大商人なのよ? そこが急に店を畳む事になったりしたら、その理由が何なのかも含めて、どれだけ憶測を呼んで市場が混乱するか!)
 ひたすら焦りまくっていたエセリアだったが、ここでキリングが険しい視線をラミアに向けた。





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